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INSIDE
INSIDE 3
しおりを挟む子供ができたという手紙が、どうして俺に届かなかったのか分からない。
フェリコットが、何度も手紙を出してくれていたと移動しながら聞いたが、どれもこれも寝耳に水だった。
どうして、臨月を迎えた彼女が王都の屋敷で、階段から落下したんだろう。
意識を失った彼女が破水し、なんとか子供を取り上げたらしいが、母子ともに予断を許さぬ状況だと、こちらに追加でやってきた伝令が伝えてくれる。
早馬で駆けても、侯爵領から王都迄3日はかかる。
その道のりを、必死な思いで駆け抜けた。
また失うのか。
いつだってそうだ、大事だと気がついて、思い出した時には手遅れだった。
今度こそ、今度こそ。
そう願って、ようやくの思いで王都に辿り着く。
屋敷に戻った俺を一番に出迎えてくれたのは、乳母に抱かれた息子だった。
生まれて間もない、息子の姿。
薄く生えた髪の毛は、フェリコットと同じストロベリーブロンドだったが、顔立ちは俺にとても良く似ていた。
間違いなく俺の子供で、生まれてきてくれた、生きていてくれたという事実に涙が零れる。
「息子は大事ないのか」
「はい、治癒魔法士の方の魔法がとてもよく効きました。後遺症もないでしょうと、太鼓判を押していただきました」
「妻は」
俺が尋ねる声に、家令が悔しそうに首を振る。
「治癒魔法が抜けていくと、魔法士の方が仰っているそうです。ほとんど効いていないと」
「旦那様、奥様は、お子がご無事だと言う事を知らないのです。
落ちた際に、頭を打ったせいか耳が聞こえなくなってしまっているようで」
「どうか、後継ぎ様を見せて差し上げて下さい」と乳母に懇願され、俺は息子をその手に抱いた。
軽くて重い、自分の息子を壊れないように抱きしめる。
と、途端に火をつけたように息子が泣き始めた、何か虫の知らせのようなものを感じて、俺は息子を連れてフェリコットが眠る部屋へと足を向けた。
「フェリっ!!!」
妻の名前を呼びながら、部屋へ入る。
一瞬だけ、フェリコットの菫色の瞳が自分を見てくれた気がしたが、すっと瞳が閉じられた。何度も彼女の名を呼んで、揺り動かしたけれど、フェリコットの瞳に再び光が宿ることはなかった。
すぐにでも、彼女を追いかけたかった。
けれども、彼女が遺してくれた子を残していくことができずに、失意を抱えながら息子を育てた。
俺によく似た顔立ちで、彼女の色と同じストロベリーブロンドの髪に、菫色の瞳をして、屈託なく「おとうさま」と俺に懐いてくれる息子が愛しかった。
フェリコットを幸せにしたかった。
それができなかった無力な俺だけど、息子だけは守ってやりたかった。
そう思っていたのに、息子の10歳の誕生日に事件は起こった。
「お父様、お父様が母様を虐げていたって本当ですか? 僕が生まれたせいで、母様は死んだって、本当ですか?」
フェリコットと同じ菫の色瞳を潤ませて、この世の終わりのような顔で息子が訴える。
否定することはできない、感情がどうであれそれは事実だから。
だからと言って肯定することもできず、沈黙することしかできなかった俺を見て、聡い息子は全てを悟ったのだろう。
「僕は母親殺しなのですね」
「うまれてきてごめんなさい」と泣きながら、10歳という若さで息子は自死を選んだ。
どこからか手に入れた毒杯が、息子の亡骸の近くで輝いていた。
フェリコットの事も、息子の事も守ってやれなかった。
息子を母親殺しにしてしまったのは俺だ、俺の責任だ。
苦しくて、苦しくて、苦しくて
狂ったように叫ぶ俺の前に、青い髪が揺れる。
「また失敗? 今度は成功とするといいね」
そんな声を聞きながら、俺は毒杯に残っていたものを飲み干した。
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