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先輩、本当に好きです。[有希]
しおりを挟む「それ、本気で言ってるの?」
先輩は、少し目を細めてこちらを見る。
僕が嘘をつくわけ無い。こんなに大好きなのに、嘘なんかつけないよ…。
「ね、本気で僕のこと好き?」
先輩は、もう一度僕の目をみて確かめる。
「本当です。嘘じゃ無いです」
「俺に遠慮してるんじゃなくて?俺が年上だから気を遣ってるんじゃ無いの?」
先輩はそんな風に捉えてしまったのか。
僕はどうしたらいいかわからなくて、下を向いて黙るしかなかった。
「有希君さ、俺に色々隠し事してるじゃん?俺が好きなら全部話せるよね?その辺どうなの?」
鎌をかけられているというか、探られているというか…。
僕は、初めて先輩が怖いと思った。
それと同時に、鋭くなった目つきの先輩がかっこいいと思った。
だけども、絶対に僕の痣の事は言いたくない。
もし、父親に虐待されてるなんて知られたら、育ちが悪いと気持ち悪がられるかもしれない。ましてや、実の父親に性行為を強要されているなんて…。
軽蔑される。
でも、本当は嫌な事、辛い事を全部吐き出してしまいたい。そうしたら、優しい先輩は慰めてくれるだろう。そう考える一方で嫌われるかもしれない恐怖が有った。
言いたいけれど言いたくない、言えない…。
テーブルを挟んで僕の反対に向き合う形で座っていたのに、先輩は腰を上げて僕の横に並んで座った。
先輩の肩が僕の肩にくっつく。
僕の手の甲に先輩の掌が乗っかった。
「嫌じゃない?」
先輩が小声で尋ねてくる。
「嫌なわけ無いです…。」
先輩の手は、男のなのに小さい僕の手を包み込んだ。
とってもあったかい手だと思った。
「先輩、本当に大好きです。」
そう伝えて、先輩の手の下の僕の手を裏返した。
誰かと手を繋ぐのは、初めての経験だったから心臓がバクバク音を立てた。
しばらくの沈黙。
これは心地のいい沈黙だった。
僕の心臓のバクバクが先輩にも伝わればいいんだけど…。先輩も同じ気持ちでいてくれるかな?なんて考えていた。
冷たかった僕の手が、先輩の手の温もりが移ってだんだん暖かくなってきた。
この時間が、しばらく続いた。
食べかけのカップラーメンのことなんて忘れていた。
「おいで」
そう言って手を離した先輩が、横から僕を抱きしめた。
僕もそれに応えるために、先輩の方を向いて、先輩の腰に手を回した。
元野球部の先輩は、背が高くて細身で、どっちかと言うとバスケ部っぽい。制服の下はガリガリだって勝手に思っていたけど、意外と胸板が分厚くって、男らしいと思った。
「好きだよ、山田君…」
「僕もです。」
この時間が永遠に続けばいいのにと思った。
絶対に、ひと時たりとも、この人から離れたくない。
「山田君、山田君の事色々知りたいんだ。それに、山田君が傷つくのは嫌なんだ。だから、山田君の事、なんでも話してね。」
きっと、まだ僕の痣の事を気にしてるんだろう。
「どんな話でも、僕がどんな人間でも、僕のこと嫌いになりませんか?僕のこと好きでいてくれますか?」
「もちろん。」
僕はその一言に安心して、先輩の胸に顔を埋めた。
今すぐには話せないけど、いつか決心がついたら先輩に全部話そう、正直に。
それからも、僕らはしばらく抱きしめあった。
お互いの気持ちを確かめる様に、何度も「好き」を伝えた。
先輩は、僕の頭を撫でてくれた。
「髪の毛もサラサラで素敵だね。」
そんな風に褒められたのは初めてだった。
頭を撫でられて、とてもとても小さかった頃を少し思い出した。
今はどこにいるかわからない母親にもこうやって優しく頭を撫でてもらった気がした。
幸せで、胸がいっぱいになった。
先輩が僕の事を膝の上に乗っけてくれた。
これでもっと距離が近くなる。
先輩の胸の音も聞こえた。
どくっどくっ。
低い音と同時に、先輩の胸がかすかに動くのを感じた。
他人の鼓動がこんなに心地よいものだったなんて知らなかった。
先輩はまた、「辛い事は俺に全部話して。俺も分け合おう。」と言って頭を撫でてくれた。
安心した僕は目を瞑った。
気がついた時には、まだ先輩の胸の中だった。
しばらく、先輩に抱かれながら、子供と様に眠っていた様だった。
目が覚めると、先輩が軽くキスをしてくれた。
初めてのキスが不意打ちだった。
先輩の少し硬くて冷たくなった唇の感触。
僕は目を瞑る暇さえなくて、先輩の長いまつげに見惚れていた。
「まだ寝てていいよ。後で一緒にお風呂入ろう?」
そう言われて、なんとなく安心感を得た僕は再び先輩の胸に顔を埋めた。
そう言えば、最近はあんまりよく眠れていなかったかもしれない。
父親がいる日はもちろんまともに眠れないし、父親が居ない日も、いつ帰ってくるか分からないから、深く眠れていなかったかもしれない。
それに加えて、今はバイトで体力も使うし。体力の限界だったのだと思う。
「先輩。好き。」
心の底からの言葉を先輩に送る。
先輩が、まるで幼い子供をあやす様に、僕の背中をポンポン叩いてくれた。
その動きが、僕の心臓の鼓動と重なると、完全に安心した僕は体を脱力させて、まな深い眠りについた。
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