その日、友達と言えない同期が死んだ。その日以来、そいつと距離が縮まった。

網野ホウ

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初めての月命日も、悲しくも優しい世界は続いてた

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 四七日から五七日までの間に、美香の月命日を迎える。
 一週間ごとにお邪魔している三島家の家。
 その間隔が短いから、なんかいつもと感じが違うような気がした。
 この日も平日。にも拘らず、相変わらず彼女の同期達が弔問に来ていた。
 もちろん毎回来ている人はもういない。
 みんな就職しているから当たり前か。
 全員、来たり来れなかったりを繰り返している。

(……一週間って待ちきれないと思ってたんだよね)
(で?)
(今回は三日後くらいだったでしょ?)
(そうだな)
(その三日間も待ちきれなかった)

 やれやれだ。

(次は五七日のお勤めなんだが)
(そうだね)
(やはり三日くらい間が空くな)
(……長いよね)
(毎日ここに来てお勤めさせてください、とか言えるわけないから)
(あぅ……)

 三島家には、悲しくなるほど、辛く感じるほど優しい世界があった。
 けど、俺の寺の仏事の仕事は、この家ばかりではない。
 いつまでもその世界に引きずられてる場合じゃないし、気持ちを切り替える必要もあったりする。
 先週は先週、今週は今週、という切り替えもある。
 が、今回は四七日から間を二日置いての来訪。
 美香の顔は、心なしか沈んでいる。

(でも家族の傍にいたい、家にいたいって気持ちはあるんだろ?)
(そりゃもちろん!)
(その願いが叶ってるんだから、それはそれで満足すべきだと思うんだが)
(……それは、そうなんだけど……)

 俺の理論は間違っちゃいない。
 が、今の状態が当たり前だと思うようになると、さらにその先にある望みを叶えたい、と思うのは、死んだ後も同じか。
 ならその気持ちも分からんでもない。
 分からんでもないから、自分の言うことは理想論だということも自覚してしまう。
 理想論を押し付けるのは、それは傲慢というものだろう。

「月命日のお勤め、ありがとうございました。どうぞ、お茶を一服」
「あ、ありがとうございます」
「……磯田、いつもありがとうな」
「え? あ、いや、うん」

 彼女の同期から労う言葉を聞いたのは初めてのような気がする。
 不慣れなことをされると挙動不審になる肝っ玉の小ささ。
 親父がまだ健在だからいいけど、葬儀を一人でさせる、なんて言われたら、俺、どうしよう……。

(……ところで美香さん)
(なぁに?)

 今日も母親の背中におんぶされてるように見える位置にいる。

(お勤めのない日も、いつもそこにいるようになったの?)
(ううん。いつもはそこのお仏壇の所にいるよ。家の中うろうろしても、面白い事とかはないしね)
(家の中、うろうろできるんだ……)
(うん。壁も素通りできるよ。でも扉とか襖とかを通らないと、ここ、どこだっけ? って一瞬迷っちゃう。おかしいよね、自分の家なのに)

 通るべきところ以外通ったことがないなら、変なところから見慣れたところに着いたとしても、そりゃ一瞬方向を見失うことだってあるだろう。

(でも、壁を通りぬける途中で引っかかったりしたら、抜けられないんじゃね?)
(壁の穴くぐるんじゃないんだから……って、何想像してるのよっ!)

 何いきなり怒ってんだよ。

(途中で引っかかって抜けなくなっても、誰も手助けできないんじゃないか? と心配してるんだが)
(え? あ、うん……うん、まぁ、そうだね……。あ、きょ、今日も肩もみしにきたんだったっ。よいしょっと)

 なんかこう、何か、取り繕ってるように見えなくもないが……まぁいいけどさ。

「あ、そうだ、和尚さん」
「あ、はい?」
「先週、あたし、まだ美香が傍にいるような気がする、みたいなこと言ったでしょ?」
「え……あ、言ってましたね」

 またあの辛さが戻ってくるのか。
 軽々しく、娘さんはそこにいますよ、って言えないよな。

「和尚さんにお茶のお代わり淹れてたとき。あのときね、なんかこう、肩が軽くなった気がしてね」
「え……」

 先週も美香は、母親に肩もみしてたよな。
 まさかその効果が。

「何か……今も、何となく肩が温まって、軽くなってる気がしてね」
「そ……そう、ですか……」

 母親が俺に話してることを、美香は当然理解できてない。
 一々気にしても分かるようにはならないから、美香は俺が話しかける時以外の声は、気にしないようにしてるらしい。
 が、これは伝えるべきだろう。
 お前のやってることは、決して意味がない事じゃない。
 一回目は偶然かもしれない。
 三度目の偶然は偶然じゃない、なんて話は聞くが、この二回目はあまりにタイミングが良すぎる。

(美香さん)
(な、何?)
(多分その肩もみのおかげだと思う。お母さん、肩が温かく感じて、軽くなった気がする、だってさ)
(え……)
(ほら、固まってないで肩もみ続けろよ。お母さん、気持ちよさそうに首回してるじゃねぇか)
(え……あ……うん……)
(死んでも親孝行できるなんて、話し相手が俺しかいない寂しい時間を過ごしてるかも分からんが、そういうのも悪くねぇんじゃね?)
(あ、うん……)

 それとだ。
 お前は母親より幸せ者かもしれない。
 だってさぁ……。

(その肩もみって、お母さんがお前の好きな物を仏壇にあげる供養よりも価値があるかもな)
(え? どうして?)
(普通なら、気持ちを伝えるために行動を起こしてるだけなんだよな)
(そりゃ、そうよ?)
(それって、お母さんがお前の好物を仏壇にあげることとほぼ同じ。美味しい物、好きな物を食べさせてあげたい、ってな)
(まぁ、そうね)
(お前はそれを喜んでる。違うか?)
(当然うれしいわよ!)
(お前のお母さんは、お前が喜んでることを知らない)
(うん……)
(片やお母さんは、お前の肩もみで肩が軽くなった実感を得た)
(そうみたいね)
(それでお母さんは喜んでいる。そして、自分の肩もみでお母さんは喜んでいることを知った)
(あ……)

 自分の行為に意味があることを実感できないことは、多分数多い。
 だから、自分の行為に意味はあるんだ、と思い込むことの方が多いと思う。
 思い込む、ということは、意味はないかもしれない、ということを無意識に感じ取っているのかもしれない。
 つまりそれは、実際意味があるのに、その意味を知らずにいる、ということなんだろう。
 美香の母親の現状が多分それ。
 ある意味、かわいそうなことだと思う。ある意味、不幸なことだと思う。
 けれど、一見意味がなさそうな彼女の肩もみが、実際に母親がありがたく感じている。
 そういう意味では、今この場にいる者達の中で、美香が一番幸せ者なのかもしれない。
 美香は泣きながら肩もみを続けている。
 美香の母親は、気持ちよさそうな顔で、俺のお茶を淹れてくれている。
 悲しいほどに優しい世界は、こんなにも辛く、そしてこんなにも幸せを感じさせられるものなんだな。
 でもさ……勘弁してくれないか。
 突然俺が泣きだしたら、みんな不気味がるだろ。
 涙を堪えるのはこんなに辛くてキツいものと思わなかったよ。
 ほんと勘弁してくれ。
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