その日、友達と言えない同期が死んだ。その日以来、そいつと距離が縮まった。

網野ホウ

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交通もマヒするほどの雪の中の月命日

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(雨の日も、雪の日も)
(槍が降る日も)
(槍は降らないから。でも、こうして毎月来てくれて、ありがとね)
(まだ読経中なんだが)

 春にはまだ遠い時期。
 まさに美香の言う通り、雨が降ろうが雪が降ろうが、葬式が続いてへとへとになろうが雪かきでくたばる朝を迎えようが、依頼を受けた仕事はこなさなきゃならない。
 まぁこれは僧職以外の仕事だって、全て当てはまるんだけども。
 だから、三島家を中心に仕事を入れてるわけじゃない。
 やれること、できることしかせず、都合が悪ければ変更する。
 実際ここの月命日は、午前九時の時もあったし昼前の時間帯にしてもらったこともあったし。
 まぁ礼を言われたことには、素直にどういたしましてと返事はしておいた。

「お疲れさまでした。代り映えしないけど、お茶持ってくるわね」

 今日の弔問客は池田一人。
 連日、しんしんと降り積もる雪で電車時間は遅れるし、飛行機の発着もあやしい。
 陸の孤島、とはよく言ったものだ。
 次の日も仕事があるなら、そんな場所にこのことだけで来るのは流石に難しかろう。
 池田は、帰りは多少遅れても問題ないんだそうだ。
 何の仕事をしてるのやら。

「はい、お茶どうぞ。今日は陽子ちゃんきてくれたけど、他の子も、命日に来れなかった人達は都合のいい日に来てくれるのよ」
「私もそんな感じですね」
「あら、和尚さん、何言ってるんですか」

 美香の母親が笑う。
 よし。今回も滑らなかった。

「でも、もう少ししたら雪も解け始めますよね。そしたらまたみんな大勢で押し掛けてきますよ」
「そうね。美香もきっと楽しみにしてるわね」

 当の本人は、俺と池田だけでも満足そうなんだが。
 いや、それよりも、肩もみはいつものことなんだが、腕を母親の首、というか肩に回して抱きしめる感じでおんぶされている、ような感じ。
 心なしか、今までより幼げに見える。
 と言うか、単なる甘えん坊か。
 自分の素顔を見せても恥ずかしくない、と言った風だ。
 その格好のまま、美香は話しかけてきた。

(でも昭司君って、お正月もみたいだったけど、休みの日ってないの?)
(ないね)
(……彼女とか、つくらないの?)
(前にも言ったよな? 寺の跡継ぎと付き合ったら、結婚秒読み開始になっちまうぞ?)
(少しくらい遊んだらどうかなと思ったりするけど)
(寺の坊主に遊ばれた、なんて噂流されてみろ。ここにいられなくなっちまうわ)
(なんか、遊ぶ時間減らしてしまったような気がしないでもない……かな……)
(何言ってんだか)

 元々定休日も休日もない仕事。
 仕事のないときは家の中にじっといるだけ。
 そこんところは、出不精の自分には合ってる仕事。

(まぁ美香さんが見る俺はここでしか見てないいから、ここ以外でどんなことをしてるかは全然見当もつかないだろうけどな)
(なんか、あたしの都合で昭司君の仕事が左右されてるような気がしてならないんだけど)
(気にし過ぎだし、気のせいだ。俺だって三島家からの依頼に振り回されてるつもりなんかないっての)

 大体世の中、美香を中心に回ってるわけでもないし、三島家も俺も、池田も世界の中心になれるわけがない。
 だから、自分が見えることばかりを世のすべてと思い込んで、思う通りに事が進んでいくだけで周りを振り回してると勘違いされても困る。

(それならいいけど……。でもさぁ、昭司君の後は誰が継ぐの?)
(知らね)

 それこそ余計なお世話だし、そんな先の事よりも目先の漬物の方が割と重要。
 ずず、と玄米茶をすすって漬物を口にする。
 茄子寿司と呼ばれる漬物が、この季節には合うんだな。
 しょっぱさと辛さと甘さが口の中で入り混じって、そこに茶の苦さが入り込むともうね。
 余計な会話は、この余韻の邪魔になる。

「ところで和尚さん」
「はい?」
「まだ独身なの?」
「ぶはっ! ゲホッ」
「だ、大丈夫? 和尚さん」

 親子そろって同じ話題口にしてんじゃないっての!
 母親の背中で美香がケタケタと笑ってやがる。
 それを見て、池田は美香が何を言ったか、何となく察したようだ。

「ゲホ……、いきなり何言ってんですか、三島さん……」
「だって、今お父さんが住職でしょ? すると副住職なわけよね?」
「まだ手続きはしてないですが、いずれは、多分」
「でも、そうなるとやっぱり、さらにその後の跡継ぎを、なんて思っちゃうのよね」
「まぁ……いい人、とはよく言われますが、その手の話は一切どこからも出てきません」
「美香が元気だったら……」
「ゲホッ」

 今度は池田がむせている。
 視界の中で、母親の後ろの美香に神経を向けると……。
 なんか、泡くってる。

「いや、元気だったらもっと良物件釣りあげてるでしょう」
「そうかしらねぇ」
「同期の人達、毎回集まってたでしょ? 人気者だったんですよ。ねぇ、池田さん」
「え? え、えぇ、そうね」
「と言っても、自分よりも長居してた同期達からの話をたくさん聞いてるでしょうからご存じでしょうけどね」
「そりゃもう、学生の頃から、いろんな話聞かせてもらったのよ」

 お?
 話題の矛先が自分から逸れた。
 よしよし。

 ※※※※※ ※※※※※

 そしていつもの玄関先にて。

(いきなり何言い出すやら。びっくりしちゃった)
「眼中にないだろうになぁ。美香さんもいい迷惑だわ。つか、実の娘に迷惑かける母親。はは」
(……でもさあ)
「ん?」
(好き嫌いは置いといて、話し相手って、昭司君しかいないからさ……)

 ちらりと横目で池田を見る。
 目が合った。

「何よ」
「……俺、つくづく友達いないな、てな」

 いい人、とよく言われるが、あれは略称だ。
 正式には、どうでもいい人、だ。
 話題の場つなぎみたいなもんだ。
 本当にいい人なら、自分の娘を花嫁候補に挙げろ、と常々思う。
 その気がないのも分かってる。
 故に、冷やかしみたいなもんだ。
 田舎だから、そんなことくらいしか目立つ話題がない。

「跡継ぎか。磯田君も大変そうだね」
「いや別に? 嫁探しに躍起になり始めたら大変になるだろうが……。檀家に必要なのは磯田昭司じゃない。お勤めができる寺の和尚さんだ。だから極端な話、今寺に必要な人材は俺じゃなくてもいいってこと」
「……卑下するのやめなさい」
「事実だぜ? だから、なるべく何事にも執着しないようにしてる。檀家に追い出される僧侶だって、いないとも言い切れないからな。そうなったら見苦しいくらい寺にしがみついてるぜ? そんな大人になるの、嫌だしな」
(でも、昭司君に来てほしいな……)
「最悪親父が来てくれる。つか、依頼があるうちは大丈夫。あの坊主に法事任せてらんないって言われるようになったらヤバい」
「そんな事言われないでしょ」
「さあ? お布施が高すぎる、とか言われたらもうね」

 前にも話題に上がったな。
 葬儀のお布施、百万越えるところがあるって話も聞いたことがある。
 ま、檀家の生活を壊すような真似をしない限り、あの寺にずっと住み続けることはできるはず。
 あ、あと、俺に弄ばれた、などと言い出す年頃の異性が現れない限り、かな。

(でもさ)
「でもさ」

 美香と池田がハモった。
 何だよこの現象。

(あたしがこんなことにならなきゃ、昭司君の事知らないままだったのよね)
「美香ちゃんがこんなことにならなきゃ、磯田君の事しらないままだったのよね」

 ハモった。
 まぁいいけど。

「まぁ、そうだな。美香さんがこんなことにならなかったら……。でも知ってても知らなくても、俺は変わらねぇな」

(変わらないのかよ)
「変わらないのかよ」

 双子かお前ら。

「何の損にも得にもならん。依頼されたことは俺なりにただ粛々と事を進めるだけ」
「何となく淡泊ね」

 檀家三百を相手にするんだ。
 どこか一軒に感情をむき出しで固執してたら檀家にどんな文句言われるか分からないし。

「時間は誰にでも平等に進んでいく。それは、誰かの死に近づいて行ってるとも言える。悲しんでも無関心でも、誰かの死と向き合ってる間も、他の誰かの死が近づいて行ってる。この仕事、誰かのために泣いたりしたら、泣きながら次の誰かの死に向かわないといけない。それじゃその人に失礼だろ。誰にも平等にそれぞれの死に向き合わなきゃ、と思ったりするわけだ」
「……美香は幸せ者よね。菩提寺の僧侶がそんな考え方を持ってて」
(うん……)

 だがな。

「なんて坊さんらしいことを言ったら、しばらくは寺から追い出されずに済むかな?」
「ちょっと……」
(あらら)

 自分のためにそこまでしてくれる、なんて思われるのも困る。
 誰にでもその姿勢で仕事に取り組むつもりだからな。
 そういうオチをつけて、距離感を極端に縮めないようにしないと。
 僧侶にストーカーって聞いたことないけど、そうなっちゃったらいろいろと困るしな。
 付かず離れずがいいと思うんだよ。
 俺のプライベートな話題まで出てしまったんだから尚更だし。
 にしても結婚に跡継ぎか。
 ホントに関心ないな、俺。
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