勇者を否定されて追放されたため使いどころを失った、勇者の証しの無駄遣い

網野ホウ

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王宮動乱編

王宮異変 後日談番外編 とある記者の失態日記

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「……かくして、権力の座を脅かす者が現れることを恐れた王は、魔物を退治する力を持ちながらも、謀略による身の危険を避けるべく、徒に他世界の者達の運命を弄ぶようになった。数々の、ここではない世界とは何の交わりもなく、損も得もならぬ世界。その世界に住む者達がどうなろうとも、この世界の人達には何の影響も及ばない。しかしこの国の王が、この世界の国々の中で、人口も生産力も軍事力も五本の指に入るくらいの国力があるこの国の王が、国民のために汗を流し血を流し、涙を流すことなくして、国民から慕われる王と言えるのだろうか! 私が目指す理想の王とは遥かにかけ離れた姿である! ゆえにまずは、赦しをえることがなかったとしても、まずはその過ちを詫びよう!」

 エイシアンム国王は長い時間をかけた最初の演説の中身は、来場者、そして受映機を通してこの戴冠式の中継を見ている国民への謝罪だった。
 その思いは言葉ばかりではなく、その言葉が伴った行動、行為にも現れた。
 戴冠式を見ている全国民に対し、若き王はこの演説の後、深々と頭を垂れたのである。
 しかもその時間も、一分、二分と過ぎていく。
 王の演説が謝罪とは思わなかった場内はざわつき、頭を下げた瞬間から水を打ったように静まり返った。
 その時間が長くなっていくにつれ、再び場内がざわつき始めた頃に、ようやく姿勢を元に戻したエイシアンムは、再び演説を始めた。

「そしてさらに、王の数代前より、異世界より召還した中で、特定の力を持つ者を蔑ろに扱うようになる、施術した者にあるまじき行為まで振る舞うようになったその傲慢さは、いつかは王家、王族、そして政治を腐敗させる。そうなったらば、国政にも不公平さが現れる要因にもなろう! それで国民全員は、平穏な暮らしを続けていけるであろうか? 私にはそうは思えなかった」

 演説を続けるエイシアンム王。
 しかし王の思いは、果たして国民に伝わったであろうか?
 私にはそうは思えなかった。
 なぜなら、現象から現れる魔物退治は、異なる世界から呼び出された者達が請け負うくらいのことは知ってはいたが、冒険者達ならいくらかは関わることもあろうが一般国民は触れ合うどころか目にする機会すらない。
 だから、王の謝罪を受けたところで、その行為の意義を理解できたものはどれほどいたか。
 ましてや、異世界から召喚された者達の中に、召喚した者から差別を受けた、爪はじきにされたなどと言う話を聞いても、どこかの国の物語の一説を聞いたような感じしか受けなかった。
 ただ現象から現れる魔物達の脅威は知っている。
 それらは国民の命を奪い、生活を壊し、国が滅んでしまう行為を繰り返すのみ。
 それを防いでくれている、という話は、むしろ知らない国民の方が少ない。
 ただ、それを目にする者もほとんどいないので、それを実感できる者も少ない。
 だから、王の演説を聞いて戸惑いのざわめきが上がるのは無理もないことだろう。

「しかし、前王に虐げられながらも、そして異世界から来たにも拘らず、この世界の、この国の民となることを決意してくれた者がいた。その人物を慕う者も現れた。……その者達は、嫌がりながらも私に、我々に力を貸してくれた。しかし……彼らもまた、この世界から、この国から、何の確たる理由もなく、ただ昔から言い伝えられたという理由だけで嫌われた者達だ」

 そして王は、一人ずつ場内に呼び出された。
 彼らは……冒険者達の間ではかなり有名な存在となっていた。
 それは、あの取材の時以上だった。
 場内は戸惑いのざわめきから驚きのどよめきに変わった。
 入場した国民の四分の一くらいは、おそらく彼らを知っている冒険者達だろうと思われる。
 最初に入ってきたのは、プリズムスライムだった。
 入場者の一部から歓声が上がる。
 おそらくは、彼の人物の知り合いなのだろう。
 しかしざわめきがその歓声をかき消した。
 一般的には、本能のままに動く原生魔法生物のイメージが強い。
 そんなことからそのざわめきは、いきなり暴れたりしないか、と心配する声と思われる。
 しかしそんな心配なぞどこ吹く風。
 王の演台の前を通る際に、王はその魔物に握手を求め、魔物はそれに応じたことでまたも場内がどよめいた。
「この者は、最初に彼の仲間になった魔物である。彼の本職でも、そして不得意な魔物との戦闘の場でも、あらゆる場面で彼の傍で立ち回り、彼の力となってきた者である!」

 続いて王が紹介し、入場してきたのは灰色の天馬。
 場内の所々で悲鳴が上がった。
 灰色の天馬は凶兆とされている。
 しかし、何ゆえにそのように定められたかは不明。
 王の演説の一説の通り、謂れのない迫害を受けてきた者であることは間違いないだろう。

「この者は、仲間達との語らいの場で、常にその雰囲気を和らげ、そして彼の者の力仕事担当として、またある時は彼の者の指示に従い、冒険者達から危険な目に遭わせないように彼らの行く先々で案内をし、またある時は、魔物との戦闘において、彼の者から危険を遠ざけるために三面六臂の活躍をしてきた者である!」

 王の短めの演説の後、冒険者達から「その通り!」というような同意の声があちこちで上がっていた。
 続いて入ってきた者は、やはり凶兆とされているダークエルフ。

「この者は、彼の者の本業の手伝いや、来訪者への接客の手伝いなどをする。しかしこの者の本領は、彼らの住まいの地形にて、遺憾なく発揮される。森林の中において、魔物などの危険な存在との接触する前に、そこを訪れる冒険者達や彼の者から危険を遠ざける働きをする。エルフ族の特徴はそのままに、森林での活躍は目覚ましいものばかりだ」

 王の演説は当たり前だが式場の外にまで響く。
 当然『彼の者』の仲間達の耳にも入る。
 体型が人間型の仲間の入場は、彼女が初めて。
 前の二人はどう思ったか。王の演説の途中から、彼女の尖った耳が赤くなり始めていた。

「この者を見た者は、その体格故に鈍重な者と見なされがちである。確かに動きは鈍いのは見たままであるが、それ以外の面は誰も見ようとはしない! そんな彼の本性を彼の者は見逃さなかった! 彼の者もなかなか知恵が回るが、そんな彼の者ですら目が行き届かない所や、彼の者の思いを察すること度々。仲間の中で一番の知恵者と呼ばれてもおかしくはないほどだ!」

 確かにその大男の動作は遅い。
 だが足も当然長い分、移動速度自体は普通の人よりやや早いか。
 しかし王の話の中身を証明することは、今の時点では難しそうだ。

「この者達はそれぞれが言うように、姉弟の関係だそうだ。しかしこの世に生を受けた時点で、同じ親から生まれたとは言い難く、我々の考え方から言えば、身寄りのない同種族の者達が助け合って二人きりで生きてきたのだそうだ。この種族も、見ただけで災いの兆しと呼ばれる種族。しかし彼の者はこの二人に、この世で生活するための術を身に付けさせているとのこと。そればかりではなく、魔物との戦闘でも、戦闘力は低いながらも、その種族の特性を生かし、彼の者の助けを果たしている」

 黒っぽい姿の二人が手をつなぎながら入場してきた。
 ドッペルゲンガー種は、見ただけで災いが起きるなどと言われている。
 二人は周囲を見渡しながら、恐る恐る歩みを進める。
 演説を終えた王は、その二人に何やら優しく声をかけた。
 それに心強さを得たのか、その歩みにはやや力強さが感じられた。

「この者は、主に地中での活躍がめざましい! 彼と長らく行動を共にした相棒と共に、彼の者の命を何度も救った。おそらくその長きにわたる地中の生活故に、そこで暮らしやすいような体型になった種族であろう。見た目は異様かもしれぬが、彼は他の仲間達とは違って彼の者と親密とは言えない間柄だが、それでも彼の者から高い信頼を得ているのは、その行動ゆえである!」

 その獣人族は入場中であるにもかかわらず、王の演説を否定するように、自分の顔の前で手のひらを左右に振っていた。

「その相棒と呼ばれた者が彼……彼女である! 見た目すぐにワームの種族と分かるばかりではなく、その巨体故に、初めて見る者は、どんな勇猛果敢な精神を持った者でも腰が引けるほどだ! しかし先の者と同様に、彼の者は穏やかな初対面を果たして以来、その者よりも友好的な関係を築いている」

 流石に五十メートルを超える体には、初めて見る者はみな、腰を抜かしたに違いない。
 戴冠式が始まって一番驚いた声が場内中に響き渡った。
 対照的に、王はにこやかな顔をそのワームに振り向けている。
 が、その驚きの声は次の入場者を見て、それをさらに上回った。

「この二人の協力を得た、という話を聞いた! 冒険者達ですら、まともに見たことのない種族、そして囮として生まれた卵から孵った魔物、魚竜族だ。幻の種族とも言われ、それを討伐すれば貴重な素材などを手にし、それを手にした者は億万長者にもなれるとも言われる。、卵も囮の物ですら高額な値で取引されるかもしれないと言われている。しかし彼の者はそのような財宝を手にすることを選ばず、珍しい素材を手にすることを選ばず、孵る前に命を失われていたかもしれないその者と共に日常を生活することを選んだ。この世界に生を受けた者達に対する態度と、何ら変わりなく、だ!」

 この演説を聞いた大衆は、驚きの声を止めた。
 静まり返る場内には、その魚竜族が発する「ミィ」という鳴き声が、小さくも何度か響き渡った。

「この者は、その姿はとても小さい。しかしその姿を見せること自体あり得ない種族だ。桁違いな魔力を有している故にである。しかしその力を持続するための補給は、自らの身のみではままならない。彼の者が、己の力を利用してこの者を助けている、とのこと。この者も珍しい種族故に、密猟者めいた者達から身柄を狙われることもあった。救いの手を求めるこの者の声を彼の者が聞き入れ、救いの手を差し伸べたとのことだ! 彼の者には憎まれ口を叩くことが多いが、それも信頼できる相手であるが故であろう」

 私の席から肉眼では全く見えない。
 場内の巨大な平面受映機では、その可愛らしい姿はよく見えた。
 が、この姿で憎まれ口を叩くなど、誰が想像できようか。
 歓声があちこちから湧き上がった。
 そう言えば、ファンクラブなるものが存在しているらしい。
 おそらくそれに所属している者達からだろうが、それ以外の者達全員、ピクシー種だのは初めて見たのだろう。
 その第一印象によるものと思われる。
 歓声が鎮まって、王は再び口を開いた。

「彼の者が、不条理に、理不尽にこの世界に呼び出された次の日以来、ずっと彼の者に付き添ってきた者がいる。純粋に、この世界の、そしてこの国の民の一人である。彼の者がこの世界に来たその日以来感じてきた怒りや悲しみを分かち合い、今日に至る」

 入場したのは女性、いや、女の子か?
 戸惑いを隠せず、入場するなりなかなか前に進めない。
 王の護衛の者に付き添われ、何とか席に向かう。
 私の席からは、顔まで真っ赤になっているのが分かった。
 そして、最後の一人が入場してきた。

「彼の者は、父親である先代の王と、国教である慈勇教の大司祭によって、旗手として召喚された一人である!しかし先の報告のように、召喚した直後から差別を受け、謂れのない理由で犯罪者扱いされてしまった。前王を拘束、軟禁状態にしたのは、このままでは王家、王族は国民から信を得られないこと、そしてなにより人道上してはならないことを何のためらいもなく行ったためである!」

 入場してきたその男は、場内に入った直後から挙動不審。
 方々をあちこち見ながら、まるで罠があちらこちらに仕掛けられている場所に入るがごとくに心深く、ゆっくりと前に進む。
 その様子を見ていた、既に入場していた仲間達は苦笑いをしているようだ。

「それくらいのことをしてからでないと、この非例の詫びは受け入れてもらえないだろう、と判断した。もちろんそれでも受け入れてもらえないことも考えた。そして、それでも彼の者は、人の道から外れるどころか、この国の民から受け入れられなかった彼らに救いの手を差し伸べ、訪れた先々で目の当たりにした問題を解決のために彼らとともに取り組んでこられた。その人柄にほれ込み、私もまた、彼らの仲間になることを決めた!」

 その男がこの演説で完全に足を止め、王を凝視していたようだった。
 護衛の兵からは、先に進むように促されていたようだったが、なかなかその足は動かさない。

「仲間になる、ということは、彼の助けとならんことを約束したも同然である! それは、この日を迎えたこの後も決して変わることがない! 国内外の民から命を狙われ、あるいは迫害に遭ってきた彼の者の仲間達にも同様である! ……さぁ、ミナミ・アラタ。私の横の席に着いてくれ」

 編にぎこちないくらいに全身に力が入っていたようだった。
 それが一瞬にして脱力。言われるがままに順路を歩き始めた。

 これは、戴冠式での、エイシアンム殿下が新たに王に就いた記念の演説だったはずだ。
 それが、これでは、前の王ばかりでなく、数代前からの歴代の王の所業の告白と贖罪。
 そして元旗手とその仲間達への差別意識の払しょくのための演説ではないか。
 それだけ、その事に思いを募らせていたということにもなろうが、まさかこの大衆の面前、そして国内に向けての中継で発言するとは思いもしなかった。
 しかし、これが新たな国王の門出ということになることを思えば、まっさらな体勢でその第一歩を進めると思えば、ある種の清々しさを感じずにはいられない。
 以上が、筆者が新たな王、エイシアンムの戴冠式に同席した感想である。

 ※※※※※ ※※※※※

「あー……レワーさん?」
「はいっ! 何でしょう! 編集長!」

 戴冠式のレポートを編集長に読んでもらった。

「……あの店の主に取材に出かけた、そして彼が取材を受けたのは我が一社のみ」
「はいっ! 存じ上げておりますっ!」

 そう。
 彼が取材を受けたのは、後にも先にも私一人だけらしい。
 そんな縁で、冒険者雑誌の取材記者である私ことレワー・ドーターは、戴冠式の招待状をもらってしまったのだったー。
 申し込んでも入場券をもらえない記者たちの夢の後。
 見るも無残な屍を散らす中、燦然と輝くあの招待状を手にした、数少ない取材記者の一人となったのであった―っ!
 でも……編集長の顔が、何か沈んでる。

「……何と言うか……、これ、レポートだよね?」
「はいっ! そのとーりでありますっ!」
「……なんかこう……駄文めいた気がしなくもないんだけど?」
「へ?」

 はい?
 いやちょっと待ってくださいな。
 いくらなんでもそりゃないでしょう?
 精魂込めて書き上げた記事ですよ?

「おにぎりの店、だっけ? 私が君に取材に行かせたのは覚えてる」
「はぁ……」
「けど、その時の取材内容さぁ、ほとんど記事にできなかったの、覚えてるよね?」
「うぐっ……」

 やべ。
 結局あの原稿、没にされたんだよな……。

「だから店の名前とか場所や、従業員達の紹介しか載せられなかったんだよね」
「はぅぅ……」
「日記に書くなら問題ないと思うよ? それに……何でエイシアンム王の演説の途中から書いてるの?」

 やべっ!
 そ、そこには涙なしでは語れない事情が……。

「まさか、録音、録画の機械、扱えなかったんじゃないだろうね?」

 い……痛いところをいきなり直撃は止めていただけませんかあ?

「え、えーと……」
「そうじゃないなら最初から書き直し。そうなら……物書きだけがすべてじゃないんだよ。機材とかの使い方、もちょっとしっかり身に着けてくれよ……。中継の最初から最後まで録画したのあるから、それ見ながら、その時の感情をよみがえらせながら書き直し。王の演説のみならず、式典全てのね」
「ちょ、ちょっと! 確か五時間以上かかったんですよ? それを最初からって……」
「王様見たり、取材対象がスポットに当たったのを見て興奮するのも悪くはないけどさぁ……。仕事で出向いたんだよ? 一般入場者ならそんなの問題にしないだろうけどさぁ」

 なんか……背中に冷たい視線が突き刺さる……。
 同僚達がこっちに注目しているのは間違いないんだけど……。

「じゃ、明日までにでかしといてね」
「明日?! 明日って言いました?! 今!」
「締め切りってのがあるんだ。みんなの足、引っ張らないようにね」
「編集長のおにーっ!」
「鬼族の人が聞いたら激怒するぞ、その発言。気を付けなさい」
「ぁぅぅ……」

 貴重な体験をさせてもらった気分はまるで天国にいるような。
 けれど一気に地獄に突き落とされてしまいましたぁ……。
 誰かに手伝ってもらえる仕事じゃないから……もう泣くしかない……。
 泣いても仕事が進まない、と分かってるからなお辛い……はうぅ。
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