『幸福とは、名を持たぬ呼吸である』

トンカツうどん

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第1章 凶星の街 ― 幸福を売る占い屋ヨウマ

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> ――幸福を売るには、まず不幸を知っていなきゃいけない。




異世界に来て三日目。
宿の安い天幕で寝泊まりしながら、俺は自分の職業欄に何と書くべきか悩んでいた。

> 「職業:……占い師(自称)。」



紙を見つめて溜息。
あいかわらず“自称”の域を出ないのが笑える。
だが、飯を食うには何かしらの肩書きが要る。
戦士でも、魔導士でも、盗賊でもない俺がこの世界で生きるには、
“言葉”と“占い”しかない。

幸い、異世界でも「占術」「星読み」は人気らしい。
人は世界が変わっても、不安の形だけは変わらない。

──不安を数値化し、希望を売る。
これが、占い師という職業の実態だ。


街は「セイレム・マーケット」と呼ばれていた。
大陸でもっとも混沌とした交易都市で、
盗賊、商人、傭兵、神官、そして亡命者が入り混じる“文化の吹き溜まり”。
だが、そんな雑踏の中こそ、俺みたいな怪しい商売は生き延びやすい。

朝、露店の列を抜けながら、俺は新しい道具を探して歩いた。
“占い屋”を名乗るなら、道具が必要だ。
星盤、符札、そして何よりも――“見せ方”。

露店の老商人が声をかけてくる。
「兄ちゃん、占い師かい? 珍しいな、男の占い師は。女の方が客を取るぞ?」

「性別で占いの精度が変わるなら、神も株価も暴落だな。」

軽口を叩きながら、俺は品を見ていく。
古びた羅針盤、欠けた水晶球、そして使い込まれた易札。
その中で、一枚の黒曜石の盤が目に止まった。
表面には九つの星が刻まれ、裏には見慣れた八卦の模様。

「……これだな。」

「目が利くな。出どころは不明だが、“真北を指さない”って評判でね。」

「真北を指さない羅針盤? ……いいね、まるで俺の人生みたいだ。」

値切り交渉を適当に済ませ、代金を払う。
これで最低限の“道具”は揃った。
あとは場所と看板だ。

俺は街の外れ、露店街の端に空いた小さな屋根付きのスペースを借りた。
石畳の下からは地脈の熱を感じる。
そこに黒曜盤を置き、布を被せ、小さな木札を立てる。

> 【凶星易占ヨウマ 幸福の診断いたします】
料金:銅貨3枚(人生相談は要予約)



通りすがりの客が足を止めては笑い、怪訝そうな顔をして通り過ぎる。
まぁいい。
俺の占いは“選ばれた者”にしか当たらない。
そういう顔をしてれば、案外客は寄ってくるものだ。


最初の客は、旅装束の女剣士だった。
肩に小さな傷、腰に吊った剣は錆び、手には迷い。
見ればわかる。
この世界に来てから、観察眼だけは異常に鍛えられた。

「……あなたが占い師?」

「正確には“確率操作型の統計詐欺師”だ。何を占ってほしい?」

女剣士は一瞬、言葉を失ったように俺を見る。
やがて、小さく息を吐いた。

「笑わないでくれる? 私、最近“死相”が見えるって言われたの。」

「死相か。いいね、人気のワードだ。」
俺は黒曜盤に手をかざし、九星易術を展開する。

光の線が星盤を走り、八卦の符が空中に浮かぶ。
乾、坤、離、坎……そして巽。
符はゆらゆらと揺れ、女剣士の背後に流れを描いた。

「“天象・離火陣”。少し派手にいこうか。」

盤面から火の卦が放たれ、淡い光が彼女を包み込む。
地脈の流れ、呼吸のリズム、瞳孔の揺れ――
すべてを重ね合わせ、結果を導き出す。

> 『彼女の凶運は、戦いによるものではない。
 “選択の迷い”による停滞。
 進むべき道を選びあぐねている。』



「結果、出たぞ。」

「……どうなの? 私は死ぬの?」

「生きるか死ぬかなんて、誰にでも可能性がある。
 ただ、お前の凶は“立ち止まっていること”だ。
 選ばなければ、時間に殺される。
 選べば、結果がどうであれ“運命”は動く。」

彼女は黙って俯いた。
そして、ふっと笑った。

「……ありがとう。少し楽になった。」

銅貨三枚が置かれ、足音が遠ざかる。
俺はその音を聞きながら、黒曜盤を撫でた。
盤の中心に、ほんの一瞬だけ光が走る。

「……俺の“運命補正”も、まだ錆びちゃいないらしいな。」


昼下がり、次の客が現れた。
今度は商人風の男。
「成功する方角を占ってほしい」と言う。
この手の依頼は楽だ。数字と地図で片が付く。

「北西。金運は強いが、裏切りに注意だ。」

「なるほど……金を持って逃げられるってことか?」

「違う。お前が誰かを裏切る方だ。」

「なっ――」

男が顔を引きつらせた瞬間、盤の上に光が走った。
符札が自動的にめくれ、“凶兆反転”が発動。
俺の“凶”が、そっくりそのまま相手へ転嫁される。

「おっと。……今日の俺は機嫌が悪いんだ。」

男は汗を流しながら退散した。
黒曜盤の光が収束し、空気が落ち着く。

「やれやれ。幸福を売る商売も、胃が痛くなる。」


夜。
店を閉めたあと、街灯の下でノートを開く。
今日の収支は銅貨十二枚。
飯代と宿代で消える程度だが、
それでも“自分で稼いだ金”の重みは、妙に心地よかった。

ふと、夜空を見上げる。
見たこともない星座が散らばっていた。
どの星も知らない。
でも、その配置には不思議な既視感があった。

九星盤を取り出し、合わせてみる。
針が震え、中央の“空乾”が淡く光る。
その隣に、一瞬だけ青い星が寄り添った。

――ルナだ。

女神の声が、風の中で囁く。

> 『ヨウマ。幸福は、売るものではなく、映すもの。
 あなたが誰かを映すたび、あなた自身も変わっていきます。』



「……やれやれ、監視付きの人生か。」

それでも、不思議と悪くなかった。
人間ってやつは、見えないものを信じたがる生き物だ。
そして俺は、それを“商品”にして生きている。

「幸福を売るってのも、案外悪くねぇな。
 どうせ誰も、本当の意味なんて知らねぇんだから。」

風が吹き抜け、九星盤の針がゆっくりと回る。
その指先が、街の灯りをかすめる。

> ――今日の凶方位、俺は“この街”に立っている。
 だが、不思議と悪くない。



夜の帳が落ち、凶星が輝く。
それは“絶望の星”ではなく、
ほんの少しだけ温かい、“始まりの光”だった。


> 「天は九に割かれ、地は八を抱く。
 俺はその端っこで、運命を誤読してるだけだ。
 でも――それで誰かが救われるなら、
 それも悪くねぇ誤植だろ。」



ヨウマはそう呟き、
黒曜盤を懐にしまい、
夜の街を歩き出した。
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