『地獄修鬼は父の背を追う ~馬頭牛頭の姉貴教官にしごかれ、お嬢様学校交流から始まる外道討伐録~』

トンカツうどん

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第2話模擬戦をもう一度?

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黄泉比良坂女学院の中庭に、夜の帳が降りる。月明かりが、茨木童子の銀髪を淡く照らし、その白い肌をいっそう際立たせていた。彼女はゆっくりと口を開く。
​「――あなたの父上、両面宿儺様。飛騨より金山へ飛び、鎮守山に留まって三十七日、大陀羅尼を唱え国家の安全と五穀豊穣を祈られた……そう伝え聞きますわ」
​その言葉に、焔丸の目が見開かれる。心臓がドクリと大きく鳴った。宿儺が、人々のために祈りを捧げた? 現世で伝え聞く、残虐な鬼のイメージとはかけ離れた話だった。
​「……なんで親父のことを知ってるんだよ?」
​焔丸の問いに、茨木童子は扇を閉じ、真剣な眼差しで続けた。
​「英雄は、時に“悪鬼”と呼ばれるもの。ですがわたくしの家は、両面宿儺様の祈りがこの地を救ったと代々語り継いでおります」
​焔丸は、俯き、唇を噛む。現世では、宿儺はただの化け物、呪いの王として恐れられていた。だが、目の前の茨木童子は、彼を英雄として語る。
​「現世じゃ、ただの化け物扱いだったけどな……」
​「それもまた、人の恐れゆえ。――そして今、あなたの父上が守った地が、外道に蝕まれつつあります」
​その言葉に、焔丸は顔を上げた。彼の瞳に、疑問と、そしてかすかな怒りの光が宿る。
​「……外道?」
​「ええ。表向きは静かな黄泉比良坂ですが、鎮守山の麓で“魂食い”の外道が潜伏しているという報せがありました」
​魂食い――それは、人の魂を食らい、その存在を消し去る悪しき魂。地獄の住人たちにとっても、忌み嫌われる存在だ。
​焔丸は無意識に、腰にある鬼装ギア《紅蓮羅刹》の腕輪を握りしめる。その感触が、彼の心を落ち着かせる。
​「……それで、俺を呼んだってわけか」
​茨木童子は微笑むが、その瞳は冷たい決意に満ちていた。
​「あなたの拳には、まだ英雄の血が息づいていますわ。――次の満月の夜、共に参りましょう。鎮守山へ」
​その言葉が、焔丸の胸に熱いものをこみ上げさせた。
​(……親父、アンタが守ったもん、俺が守ってやる)
​彼の心の中で、新たな炎が燃え上がる。それは、復讐の炎でも、怒りの炎でもない。自分のルーツを、そして父の誇りを取り戻すための、正義の炎だった。
​「……おう、わかった」
​焔丸は、短く、力強く答えた。
​「――では、その日のために。わたくしと、もう一度お手合わせ願えませんか?」
​茨木童子の挑発的な言葉に、焔丸はニヤリと笑う。
​「上等だ、お嬢様。今度は絶対、負けねぇぞ」
​二人の間に、再び火花が散る。しかし、それは模擬戦のそれとは違う。二人の拳には、地獄の、そして現世の運命をかけた、新たな戦いの始まりが宿っていた。
​これは、地獄の底辺から這い上がる、一人の鬼の物語。そして、その背後には、地獄と現世を揺るがす、壮大な陰謀が蠢いていた。
地獄・修羅衛司令室。
​ゴッ……と、重厚な扉が軋む音を立てて開き、牛頭と馬頭が入室する。室内は静まり返り、冷たい空気が張り詰めていた。奥の執務机の背後には、地獄の業火をそのまま纏ったような巨躯を持つ紅蓮覇鬼が、直立不動の姿勢で立っていた。赤槍《獄炎破》を壁に立てかけ、腕を組み、二人を見据えるその眼差しは、溶岩よりも鋭い。
​「……報告を」
​低く落ち着いた声が、室内に響く。その声には、一切の無駄がない。
​「ああ、交流授業だが……あのガキ、やりやがったぜ」
​牛頭がニッと笑いながら報告する。
​「模擬戦で神話級・茨木童子と互角。しかし……後半は押し込まれた」
​馬頭の淡々とした報告に、紅蓮はゆっくりと頷き、眼を細める。
​「ほう……互角か。だが、互角とは即ち――まだ半歩、届かぬということだ」
​その言葉には、焔丸の潜在能力を認めつつも、さらなる高みを目指せという、厳しい師の想いが込められていた。
​牛頭が肩をすくめる。
​「だがよ、あいつ、前半は引き下がらなかった。根性だけは一丁前だ」
​「根性は鍛えで磨かれる。しかし、魂は――試練でしか輝かぬ」
​紅蓮の声は、どこか含みを持っていた。それは、焔丸に与える次の試練を、すでに心に描いているかのようだった。
​育成学校・訓練棟裏。
​交流授業から戻った焔丸は、疲労困憊の体で廊下を歩いていた。その時、前方に牛頭と馬頭の姿を見つける。彼らの元へと駆け寄り、声を潜めた。
​「なぁ、姉貴たち……相談がある」
​「珍しいな、お前が真面目な顔して」
​牛頭がニヤリと笑う。焔丸は周囲を気にするように、さらに声を落とした。
​「茨木童子が……外道討伐に誘ってきた。しかも鎮守山だ」
​その言葉に、馬頭の表情が一瞬だけ固くなる。
​「……鎮守山、か。あそこはお前の父親が――」
​その時、背後から重い足音が近づいてきた。ゴンッ、ゴンッ……と、大地を揺らすような足音だ。三人が振り返ると、そこには、紅蓮覇鬼の姿があった。彼の背後には、夕日が差し込み、その巨躯が、まるで地獄の門番のように見えた。
​「――丁度いい。貴様に任務を与える」
​紅蓮の眼光が、焔丸を射抜く。その瞳は、彼の心の奥底まで見透かしているかのようだった。
​「鎮守山で外道の潜伏が確認された。討伐班を編成する……その先鋒に、焔丸、貴様を指名する」
​「……俺を?」
​「そうだ。貴様の血が、その地を守るために流されたのなら――今度はその拳で、守り抜け」
​その言葉に、焔丸の胸が熱くなる。父、両面宿儺が守った地。その地で、今、外道が蠢いている。そして、その討伐を、自分自身が命じられた。
​(……親父、見てろよ。俺、やってやる)
​彼の心の中で、新たな決意が芽生える。それは、ただの修行ではない。それは、父の誇りを取り戻し、自分自身の存在を証明するための、戦いだった。地獄のワルガキは、今、英雄の道を歩み始めた。
「――では、その日のために。わたくしと、もう一度お手合わせ願えませんか?」

茨姫の、あの優雅でありながら底冷えするような微笑み。
黄泉比良坂の中庭で、月明かりの下、扇を畳んで告げられた言葉は、焔丸の耳の奥にずっと残っていた。

(お手合わせって……あれだよな、模擬戦だよな……しかも“もう一度”ってことは、本気モード確定だろ)

 ◇ ◇ ◇

翌日――鬼神育成高校、早朝訓練場。

「おーい、寝ぐせ野郎、今日は朝から全開でいくぞ!」

ズドン! ズドン! と大地を踏み鳴らす音とともに、牛頭がやって来た。背中には丸太、両肩には鎖。
その後ろで馬頭が冷たい目をして槍を肩にかけている。

「茨姫と再戦するんだってな」
「……う、うん」
「なら一週間、地獄の底を味わわせてやる」
「もっと優しい言い方ないの?」
「ないな」
馬頭が即答した。


---

【一週間のスパルタ鍛錬】

一日目:溶岩滝スプリント

業火の滝の前。普段は登るだけだが、この日は違った。

「よーい、どん!」

ドゴォォォォォッ!!! と滝壺から爆炎が上がる中、焔丸は全力疾走で滝を登る。
熱波が肌を刺し、足元は溶けかけた岩。ギシィッ! と足場が砕けるたび、全身が下に引きずられる。

「足止めるな!」牛頭の怒号。
「槍を掴め!」馬頭の声とともに、上から槍の柄が差し出される。
焔丸はそれを掴み、ゴンッ!と自分を引き上げ――そのまま頂上でぶっ倒れた。


---

三日目:三途川逆流泳

ドボン! と冷たい川に飛び込んだ瞬間、全身にまとわりつく怨霊の冷気。

「進め!」
牛頭が川岸から叫ぶ。
「こいつらは“触れたら魂を削る”水流だ。止まったら終わりだぞ!」
「聞くな! 泳げ!」馬頭が低く言い放つ。

ザバァァッ! ザシュザシュッ! と水しぶきを上げながら、焔丸は腕をかき続けた。背後から幽霊の手がのび、首を掴もうとする。
「離せェッ!」ドゴォッ! 水面下で回し蹴りを放ち、怨霊を吹き飛ばす。


---

六日目:煉獄獣との格闘

グルルルル……と低い唸り声。
檻から解き放たれたのは、全身を黒炎に包んだ四足獣。牙が光り、地面を爪で抉る。

「ギアなしで五分耐えろ」
牛頭が笑う。

ドガァッ!!! と突進してきた獣を、焔丸は紙一重でかわし、地面を滑るように回避。
「ほらどうした! その程度か!」獣が再び突進。
ゴッ! ガンッ! と拳と牙がぶつかり合い、火花と黒炎が弾けた。


---

【決戦の日】

一週間後――黄泉比良坂女学院、演武場。

観客席はお嬢様たちで満員。日傘と扇が華やかに揺れる中、中央には焔丸と茨姫が向かい合っていた。
茨姫は紅の振袖に身を包み、白銀の髪を夜風になびかせている。その眼差しは涼やかだが、鋭さが隠しきれない。

「先日は楽しいひとときをありがとうございました。
 ――ですが、今日のわたくしは“遊び”ではありませんわ」

「そっちが本気なら、こっちも出し惜しみしねぇ」
焔丸は鬼装ギア《紅蓮羅刹》に手を添えた。


---

「始めッ!」

審判の号令と同時に――

ヒュンッ! と風を裂く音。茨姫が一歩で間合いを詰め、刀が閃く。
キィィンッ! 火花が飛び、焔丸の鎧の肩をかすめる。

「速ぇっ!」
ガッ! と焔丸は足を踏み込み、逆に拳を放つ。しかし茨姫は扇で軽く受け流し、流れるように反撃。
ザシュッ! と刀の切っ先が鎧の胸をかすめた。


---

茨姫の周囲に茨が広がり、地面から黒い蔓が伸びる。
「くっ……!」焔丸は跳び上がり、空中でギアを赤角モードに切り替える。
ゴォォォォォッ!!! 赤い衝撃波とともに地面を爆ぜさせ、蔓を吹き飛ばす。

「面白くなってきましたわ」
茨姫が笑い、今度は三連撃。
ギンッ! ギンッ! ギィィンッ! と金属音が連続し、火花と花弁が同時に舞う。


---

観客席で馬頭が腕を組む。
「……前より粘るな」
牛頭が頷く。
「だが、まだフィジカルで押されてる。持久力勝負に持ち込めれば……」


---

焔丸は息を荒げながらも踏み込む。
「――まだ終わってねぇ!」
ドゴォォンッ!!! と地面を蹴り、全力の拳を茨姫の刀とぶつける。
ズガァァァンッ! と衝撃が走り、演武場の中央に爆風が巻き起こった。

二人は数歩下がり、同時に構えを解く。
「……互角、ですね」
「次は勝つ」
二人の視線が交わり、火花が散ったような錯覚が走った。

観客席は拍手とざわめきに包まれ、馬頭と牛頭は小さく笑った。
(負けてもいい。……帰ってくりゃ、それでいい)
模擬戦場の喧騒を背に、焔丸は演武場の裏手にある控え室へと続く通路を歩いていた。

足音がやけに大きく響く。
ドスッ、ドスッ……。
体は鉛のように重いのに、心臓はまだ全力疾走中みたいにドクドクとうるさい。
全身を包む《紅蓮羅刹》の鎧は解除され、汗に濡れた肌着が冷たい。
さっきまでの轟音と歓声が遠のき、代わりに自分の息づかいと足音だけが耳に残る。

(……終わった……終わった、よな)

思わず深呼吸しながら、焔丸はあの瞬間を思い出す。
茨姫の刀と拳がぶつかった時の、空気が震える感覚。
ギィィィン! と金属が擦れたあの高音。
足場を粉砕する衝撃と、吹き飛ばされそうな気圧。
――あれを、最後まで耐えきったんだ。

通路の突き当たり、控え室の扉が開いた。
ギィィ……。

そこに立っていたのは、二人の鬼姉御――馬頭と牛頭だった。

「おう、帰ってきたか」

先に口を開いたのは牛頭。腕を組み、相変わらず豪快な笑みを浮かべている。
馬頭は少し後ろで静かに立っていたが、その目がいつもより柔らかい。

「……よくやったな、焔丸」

その一言に、焔丸は一瞬耳を疑った。

「……え、今、褒めました?」

「聞き間違いじゃねえよ」牛頭が笑う。
「今日は特別だ。茨木童子相手にあそこまで維持できた奴は、そうそういねぇ」

馬頭がゆっくり歩み寄る。
コツ、コツ……と足音が静かに響く。
「神格クラスの猛攻を、最後まで崩れず耐えた。それだけで充分だ。まるで……雲の糸だな」

「雲の……糸?」

「滅多に降りてこない、希なものだ。貴様を褒めるのは、それくらい珍しいということだ」

「お、おう……それ、素直に嬉しいような、そうでもないような……」

牛頭がドンッ!と焔丸の背中を叩く。
バンッ!という乾いた音と同時に、肺の中の空気が一瞬で押し出される。

「ぐふっ! ちょ、お姉ちゃん加減ってもんが……」

「加減? そんなもんしたら、今日の褒め言葉が嘘になるだろうが!」
豪快に笑いながら、牛頭は焔丸の肩を鷲掴みにする。
「いいか、あの茨姫の剣速と圧力に耐えられる奴は、この地獄広しといえど数えるほどしかいねぇんだぞ」

馬頭も口元だけで微笑む。
「最後の一撃まで、視線を逸らさなかった。それが何よりの収穫だ」

焔丸は耳の奥が熱くなるのを感じた。
地獄に来てから、褒められることなんてほとんどなかった。
いつもは怒鳴られ、叩かれ、蹴られ、煽られてばかり。
そんな二人が、今は真正面から自分を評価してくれている。

(……悪くねぇな、こういうの)


---

牛頭が部屋の奥に置かれた木箱をガサゴソと漁り、何かを取り出した。
「ほれ、これ食え。特製だ」

ドンッ!とテーブルに置かれたのは、巨大な握り飯と肉の塊。
湯気がモワァッと立ち上り、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。

「……何これ、現世で言うステーキ?」
「地獄牛だ。試合後の回復には最高だぞ」
牛頭がニカッと笑い、馬頭も小さく頷いた。

焔丸はガブリと握り飯をかじる。
モチッ! とした食感と共に、口の中に塩気と米の甘みが広がる。
続けて肉を噛み締めると、ジュワァァ……と肉汁が溢れた。

「……うまっ!」

「だろ? 褒めるだけじゃなく、こういうご褒美もたまにはな」
牛頭がドンと胸を張る。

「だが、勘違いするなよ」馬頭の声が鋭くなる。
「今回は維持できた。それだけだ。次は、押し返せ。――それが課題だ」

焔丸は口の端を上げて笑った。
「上等だ。やってやるよ」

二人の視線が同時に鋭くなる。
その瞬間、控え室の空気が一気に熱を帯びた。
ズン……と床が沈むような圧。背筋に冷たいものが走る。

「――じゃあ決まりだな」牛頭の拳がゴンと焔丸の肩に落ちる。
「次は勝て、焔丸」

「はいはい、任せとけって」

握り飯を頬張りながらも、焔丸の胸の中は熱く燃えていた。
雲の糸みたいに希な褒め言葉。それを、次は当たり前にしてやる。
そう心に決めた瞬間、彼の拳は自然と強く握られていた。
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