『地獄修鬼は父の背を追う ~馬頭牛頭の姉貴教官にしごかれ、お嬢様学校交流から始まる外道討伐録~』

トンカツうどん

文字の大きさ
4 / 5

第3話親父の面影と鬼の畏怖の念

しおりを挟む
地獄・修羅衛本部、作戦会議室。
バンッ! と重厚な鉄扉が開くと同時に、冷えた空気が流れ込んだ。

長方形の作戦卓の中央には、鎮守山とその周辺を立体投影した赤黒い地図。
地表の影がゆらりと揺れ、所々に血のような赤い斑点が浮かび上がっている。
壁際には黄泉比良坂女学院の制服姿の高位生徒と、鬼神育成高等学校の戦闘教官たちが並び、視線を交差させていた。

ゴウン……ゴウン……
低い駆動音と共に、地図上の斑点が淡く脈動する。

「……開始する」
低く響いた声に、場の空気が一気に引き締まった。
中央に立つのは紅蓮覇鬼――背に赤槍《獄炎破》、眼光は炎のように鋭い。

「諸君。鎮守山周辺で、外道の活動が顕著になっている。映像を出せ」

ピピッ……ブゥン!
地図が切り替わり、粗い魔視映像が浮かぶ。
そこには、山肌を這う黒い影が幾重にも蠢き、時折ねじれた腕や牙が覗く。

「……外道、魂食い型か」
女学院の生徒会長が小さく息を呑む。

紅蓮が頷き、言葉を続ける。
「確認されたのは計三十七体。既知の魂食いとは動きが違う……まるで、何かを“護っている”かのようだ」

ボソッ……と机の端で誰かが呟く。
「……巣か?」

その一言に、周囲がざわめく。
ガタッ!と椅子を鳴らして立ち上がったのは牛頭だ。
「じゃあ、放っときゃ際限なく増えるってことじゃねぇか」

紅蓮は頷く代わりに指先を弾いた。
パチンッ――瞬間、地図の外周に新たな線が描かれ、山から伸びる細い道が現れる。
「加えて……人間界への影響も出ている」

映像が切り替わり、現世の山間の村。
だが空は薄暗く、道端には枯れた穂やひび割れた水瓶。
子供の姿はなく、家々の窓は固く閉ざされていた。

「作物の枯死、井戸水の濁り、夜間の失踪――これらは全て外道の瘴気によるものだ。
 呪いの濃度は、術師が意図的に撒いた場合に匹敵する」

茨姫が静かに口を開く。
「つまり……この外道たちは“自然発生”ではなく、“誰か”が意図的に集めた可能性がある、と?」

「その通りだ」紅蓮が即答する。
「加えて、鎮守山は――貴様らも知っているだろう。両面宿儺が祈りを捧げた地だ。
 ここが汚されれば、現世と地獄双方の結界が歪む。そうなれば、冥府の門は容易く開くだろう」

ズズン……と全員の背筋を震わせる低い音。
それは外から聞こえたのではない。誰もが頭の奥で想像した光景の重さだった。


---

紅蓮は作戦卓に両手をつき、視線を巡らせる。
「よって、本日をもって――黄泉比良坂女学院と鬼神育成高等学校、合同討伐隊を編成する」

ゴトッ……と机に置かれた分厚い資料。
その表紙には大きく“鎮守山外道殲滅作戦”と刻まれている。

「第一突撃班――焔丸、茨姫、牛頭。
 第二突撃班――馬頭指揮、女学院二名、育成校二名。
 支援班――女学院魔導士二名、育成校射撃手一名」

カチャ……と資料をめくる音が重なる。
焔丸は自分の名前を見つけ、思わず口を尖らせた。
「……また俺と茨姫ペアかよ」

「不満か?」紅蓮の声が低く響く。
「戦場では、互いの呼吸を知る者同士の方が生存率は高い。……それが、たとえ数日前まで刃を交えていた相手であってもな」

茨姫は扇を口元に添え、笑みを浮かべる。
「光栄ですわ、焔丸様。――また背中を預けてくださいませ」

「背中守るのは俺の方なんだけどな……」
焔丸がぼそっと呟くと、牛頭がドン!と背中を叩いた。
「いいからやれ! お前しかできねぇ仕事だ!」


---

紅蓮が再び場を見渡す。
「……諸君。任務は一つ、“外道を鎮守山から完全に駆逐する”ことだ。
 術式も呪具も全て使用許可する。だが――村人を一人たりとも死なせるな。
 これは殲滅戦であると同時に、救出作戦だ」

沈黙。
次の瞬間――ドンッ! と全員が拳を胸に当て、同時に応えた。
「了解!」

紅蓮はわずかに目を細め、静かに言葉を締めくくる。
「では、行け。魂を燃やせ。鎮守山は――我らの手で、必ず浄める」

ブゥゥゥン……!
地図が消え、作戦室の灯りが一段と明るくなる。
同時に、全員の胸の内で何かが熱を帯びていった。

(親父……見てろよ。あんたが守ったもん、今度は俺が守る)

焔丸は拳を握り、熱く脈打つ心臓の音を感じながら作戦室を後にした。
深夜0100
最上川
最上川の支流が静かに蛇行する谷間。
古い木造の家屋が肩を寄せ合い、山風に揺れる稲穂はすでに半分以上が枯れていた。
山形県最上郡金山町――その奥にそびえる鎮守山が、今日の戦場だ。

ゴウン……ゴウン……
地獄からの転送門が低く唸りを上げる。
赤黒い光が地面を舐め、円形の魔法陣が浮かび上がった。

「第一突撃班――焔丸、茨姫、牛頭。
 第二突撃班――馬頭指揮、女学院二名、育成校二名。
 支援班――女学院魔導士二名、育成校射撃手一名」

紅蓮覇鬼の低い声が、現地入りする全員に届く。
その瞬間、焔丸は思わず口を尖らせた。

「なぁ……これで37匹の外道を駆逐するって、本気で言ってんのか?」

背後から、ゴスッ!と拳骨が飛んできた。
「痛ってぇっ!」
「悪態つく暇があったら装備を確認しろ、ガキ」牛頭だ。
鎧の肩越しに睨みつけてくるその目は、まるで雷鳴の前触れみたいに鋭い。

茨姫が扇で口元を隠し、くすりと笑う。
「まぁ……確かに数だけ見れば不利ですわね。でも、外道は数より質。
 わたくしたちなら、十分可能ですわ」

「お嬢様は簡単に言うけどなぁ……俺ら現場組は、数に囲まれてボコられんのごめんだぜ」
「まあ。では囲まれる前に殲滅すればよろしいのでは?」
「言うは易しだな……!」

牛頭がドンッ!と二人の間に割って入った。
「おしゃべりはそこまでだ。全員、転送門に入れ。現地で立ち話してる暇はねぇ」


---

【現地・鎮守山麓】

ブゥゥンッ! と空間が歪み、視界が一瞬真っ白になる。
次に目を開けた時、冷たい山風が頬を打った。
周囲には金山町特有の黒光りする杉の家々、その向こうに広がる鎮守山の濃い緑。
だが、山の一部はまるで墨を流したように黒ずみ、木々は枯れ、地面はひび割れていた。

「……くせぇな」
焔丸が鼻をしかめる。
腐った泥と血の匂いが入り混じったような、重い瘴気が空気に満ちている。

「瘴気濃度、予想以上ですわね」
茨姫が静かに呟く。扇で口元を覆い、足元を確かめるように歩く。

カサ……カサ……
風に揺れる枯れ草の音が、不自然に耳に残る。
鳥も虫も、ここでは声を上げない。

「全員、耳を澄ませ。外道は音もなく近づく」
牛頭の声が低く響く。


---

【接触】

ザシュッ……。
何かが地面を這う音がした。次の瞬間、枯れ木の影から黒い腕がヌゥッと伸びる。
指先は異様に長く、爪は錆びた刃のように光っていた。

「来やがったな!」
焔丸は即座に鬼装ギア《紅蓮羅刹》を起動。
ゴォォォォッ! 赤い炎が全身を包み、角が鋭く伸びる。

茨姫も腰の刀を抜き、薄く笑った。
「では……殲滅戦の幕開けですわね」

ギンッ!!!
刀と爪がぶつかり、火花と黒い血が同時に飛び散る。
焔丸はその隙に飛び込み、拳を叩き込む。
ドゴォォォンッ! 地面が陥没し、外道の体が半分沈んだ。

「一匹目だ!」
「まだ三十六!」茨姫が即座に返す。

背後で牛頭の斧が唸る。
ブンッ! ゴシャァァッ!!!
一薙ぎで二体の外道が粉砕され、黒い霧となって消える。

「全員、隊列を保て! 散らばるな!」
牛頭の号令に、他の班も連携を取りながら山道を進む。


---

【村への影響】

進軍の途中、山の中腹から見える村の風景は惨憺たるものだった。
田畑は枯れ、川は濁り、家々の屋根には奇妙な黒い染みが広がっている。
遠くに人影が見えたが、それはゆらゆらと揺れ、輪郭が歪んでいた。

「……村人か?」
焔丸が目を凝らす。

「いいえ。魂を喰われた後、“抜け殻”になった者ですわ」茨姫の声が低くなる。
「放置すれば……人間界そのものが侵食されます」

牛頭が斧を担ぎ直し、吐き捨てる。
「だから今日中に終わらせる。37体、残らずな」

焔丸はギアの角を握り、ニヤリと笑った。
「……上等じゃねぇか。やってやろうぜ、お嬢様」
「ええ。背中はお任せを」
「だから守るのは俺の――」
「その会話、もう三度目ですわよ」
「うるせぇ!」

ガンッ! ガンッ! と三人の足音が山道に響き、鎮守山の奥へと消えていった。


---

鎮守山中腹。
冷え切った空気が肺に刺さる。足元の土は黒く、踏み込むたびにズズッ…と嫌な感触を返してくる。
それは土ではなく、外道の瘴気が凝った“肉”だった。

「……気持ち悪ぃな」
焔丸が小さく吐き捨てる。

「集中しろ、ガキ」
牛頭が前を睨み、斧の柄をギュウッと握る。
背後では茨姫が足音も立てずに進む。その刀先には、すでに薄く青い霊光が宿っていた。

ズズズズ……ッ!
左右の茂みが揺れ、真っ黒な影が四方から迫る。
その形は人型とも獣型ともつかず、四肢の長さも数もまちまち。
そして口だけが異様に大きく、牙が何重にも並んでいる。

「……来たな」

牛頭が斧を横薙ぎに振る。
ブンッ――ゴシャァァッ!!!
五体の外道が一度に切り裂かれ、黒い霧となって弾け飛んだ。

「【業裂(ごうれつ)・壱】!」
茨姫が舞うように刀を振ると、刃から放たれた半月の衝撃波が前方の群れをまとめて両断する。
ザシュゥゥッ!! 切断面から紫煙が立ち昇る。

焔丸は炎を纏った拳を構える。
「【紅蓮羅刹・焔脚】ッ!」
ドガァァァンッ!!!
蹴りが地面を割り、炎の爆風が前線を焼き払った。
だが黒い霧の中から、さらに数倍の外道が這い出してくる。

「数が減らねぇぞ!」
「無限湧きじゃない。奥に“核”があるはずですわ」
茨姫の言葉に牛頭が頷く。
「核を潰すのは第一班の役目だ。第二班が迂回して背を取るまで耐えろ!」


---

【別班:第二突撃班】

鎮守山の北斜面。
馬頭が先頭に立ち、槍を逆手に構えている。
その後ろには女学院の双子剣士・蘭と苑、育成校の双斧使い・日影と鎖鎌の露草。

「目標は山頂裏手。核を包囲し、第一班と挟み撃ちにする」
馬頭の声は淡々としていたが、その眼差しは鋭い。

ズルリ……と黒い蔓が地面から伸びる。
「【呪縛解除・二連】」
蘭が短剣を交差させ、青白い光で蔓を焼き切る。
続けて苑が地面に符を叩きつける。
バチバチッ!! 電撃が走り、周囲の瘴気が一瞬晴れる。

「開いた! 日影、露草!」
「おうっ!」
ドガァァッ!!! 日影の双斧が正面の外道を真っ二つにし、露草の鎖鎌が背後からもう一体の首を刎ね飛ばす。

だがその時――
ゴゴゴゴゴ……ッ!
山全体が震え、頭上から大量の黒い液体が降り注いだ。

「伏せろ!」
馬頭の号令と同時に全員が飛び退く。
ジュゥゥゥ……ッ! 液体が地面に触れた瞬間、土が溶け、白い煙が立ち昇る。

「酸か……いや、呪詛混じりだ」
露草が顔をしかめる。

馬頭は周囲を一瞥し、低く呟いた。
「核の防衛反応……第一班も同じ頃、強化波を受けているはずだ。急ぐぞ!」


---

【第一班・乱戦】

ズドォォンッ!!!
焔丸の拳が外道の頭を粉砕し、炎が骨まで焼き尽くす。
だがその背後から、別の外道が鎌のような腕を振り下ろす。

ガギィィィンッ!!!
茨姫の刀がその腕を受け止めた。
「下がって、焔丸様!」
「おう!」 焔丸は素早く後退し、牛頭と背中合わせになる。

「ガキ、息は残ってるか」
「ギリな!」
「なら――押し返すぞ!」

牛頭が斧を地面に突き立て、周囲の瘴気をかき消す。
「【破魔・鬼斬り】ッ!」
ゴバァァァンッ!!! 周囲の外道十数体が一斉に爆散し、黒霧が後方へ吹き飛ぶ。

その一瞬の隙に茨姫が刀を構える。
「【業裂・参】」
ザシュウウウッ!!! 三連の斬撃が外道の群れを薙ぎ、地面を深く刻む。

「道、開いたぞ!」
牛頭の声に、焔丸が前に飛び出す。
赤い炎が角から迸り、拳に集中する。

「【紅蓮羅刹・崩炎撃】ッ!!!」
ドゴォォォォォンッ!!! 地面が爆裂し、炎の柱が空へ突き抜ける。
外道の列がまとめて吹き飛び、奥にぽっかりと穴が開いた。

「見えた……核だ!」
茨姫の視線の先、黒い水晶のような塊が脈動していた。
その表面には幾重もの顔が浮かび、苦悶と嘲笑を同時に表している。


---

【第二班・挟撃開始】

「位置、取った!」
馬頭が第一班と核を挟む位置に立つ。
「全員、術式全開。合図で撃ち込む!」

蘭と苑が同時に符を展開し、青白い陣が地面を覆う。
日影が双斧を地面に叩きつけ、露草が鎖鎌を唸らせる。

「第一班、こちら第二班。挟撃準備完了!」
馬頭の声が呪符通信で届く。

牛頭が斧を構え直す。
「――合わせるぞ!」

紅蓮覇鬼の声が全員の頭に響いた。
「殲滅せよ。魂を燃やせ!」


---

「今だッ!!!」

第一班と第二班が同時に飛び込む。
焔丸の炎拳、茨姫の斬撃、牛頭の鬼斬り。
馬頭の突槍、蘭と苑の呪符爆裂、日影と露草の連撃。

ドォォォォォンッ!!!
轟音と共に核が砕け、黒い霧が悲鳴のような音を立てて四散する。

外道の群れが一斉に崩れ落ち、地面は静けさを取り戻した。


---

焔丸は荒い息を吐き、拳を下ろした。
「……37匹、片付いたか?」
「数えなくても、もう湧いてこない」
茨姫が刀を納め、微笑む。
「お疲れさまですわ、焔丸様」

「おう。……ま、悪くねぇ連携だったな」
牛頭が豪快に笑い、背中をバンッと叩く。
「次はもっと速く片付けるぞ、ガキ!」

山風が瘴気を払い、空にはわずかに陽光が差し込んでいた。
鎮守山の頂を覆っていた瘴気が、ゆっくりとほどけていく。
ヒュウゥゥ……と冷たい山風が吹き抜け、空の灰色が少しずつ青に変わっていった。
地面に散らばった外道の残骸は、陽に焼かれる雪のようにじわじわと溶け、やがて跡形もなく消えた。

「……終わったな」
牛頭が斧を肩に担ぎ、息を吐く。
焔丸はギアを解除し、額の汗を拭った。
「37匹……やっと片付いたか。数は合ってるよな?」
「数なんざどうでもいい。もう湧いてこねぇ、それで充分だ」
牛頭は笑い、背中をバンッと叩く。
ドンッ! と衝撃が響き、焔丸は前のめりになる。

茨姫は刀を納め、周囲を静かに見回した。
「山も……少し呼吸を取り戻したようですわね」
ヒュウウ……と風が稲穂の残骸を揺らし、遠くで鳥の声が一声だけ響く。


---

【下山と村への帰還】

ザクッ、ザクッ……
土道を踏みしめながら、第一班と第二班は山を下りていく。
途中で見えた村は、戦闘前とは明らかに違っていた。
濁っていた川の水は澄み、空気の重さがなくなっている。

門の前で、数人の村人が固まって待っていた。
腰を抜かしそうな老人もいれば、子供を抱きしめている母親もいる。
そして、その中には鬼たちを明らかに警戒する視線もあった。

「……鬼が来た、って聞いた時は、村が滅ぶと思った」
低くつぶやいたのは、肩に鍬を担いだ中年の男だ。
「けど……山が晴れた。お前らがやったんだな」

焔丸は返事をしようと口を開いたが、別の声が割って入った。
「ああ、こいつらは本物だよ。……あの時の宿儺さまみたいにな」

声の主は、腰の曲がった白髪の老人。
その目には涙が滲み、皺だらけの顔が笑っていた。


---

【宿儺の記憶】

「昔な、まだわしが小僧の頃……宿儺さまがここに来てくれたことがある」
老人は遠くを見ながら語り出した。
「山に悪いもんが出て、村の水が全部枯れたんだ。
 その時、宿儺さまは笑って言った。『心配すんな、オレがやっつけてやる』ってな」

老人の口調は軽く、お調子者の昔語りのようだった。
けれど、その目だけはまっすぐで、言葉は確かな熱を帯びていた。

「戦ってる時も、ずっと笑ってたよ。『俺がいるんだ、大丈夫だ』って顔してな。
 ……あん時の笑い顔、忘れられねぇ。怖い顔してても、あれは人を守る鬼だった」

焔丸は黙って聞いていた。
胸の奥で何かがぎゅっと締めつけられる。
(……親父、やっぱりそうだったんだな)


---

【恐れと感謝】

別の若い男が一歩前に出た。
「……でも、鬼はやっぱり怖ぇ。
 強すぎて、何を考えてるのかわからねぇ。今日だって、もしあんたらが敵だったら……」

その言葉に一瞬空気が張り詰める。
だが牛頭が肩をすくめ、豪快に笑った。
「そりゃそうだ。怖がるのは当たり前だ。
 だからこそ、俺らは“味方”でいることを忘れねぇ。――そういう訓練を毎日やってんだ、こいつらにもな」

牛頭が親指で焔丸を指す。
焔丸は少し照れたように鼻をこすった。
「ま、俺はまだ半人前だけどな。……でも、守るのは得意だぜ」

茨姫が微笑み、扇で口元を隠す。
「恐怖と安心は紙一重ですわ。
 ……本日は、安心を差し上げられたのでしたら光栄ですわね」


---

【宴と笑い】

その夜、村では即席の宴が開かれた。
焔丸たちのために用意されたのは、炊き立ての米、山菜汁、川魚の塩焼き。
カンッ! カンッ! と盃がぶつかる音、子供たちの笑い声、焚き火のパチパチという音が混じり合う。

「食え食え! こんな米は地獄じゃ食えねぇだろ!」
「おう、これは……マジでうまい!」
焔丸は頬張りながら笑い、子供たちに囲まれて武勇伝をせがまれる。
「お兄ちゃん、本当に火を吹いたの?」
「火じゃねぇ、拳だ!」
「えー、拳から火が出るの!?」
「出るんだよ、それが!」

茨姫は相変わらず上品に箸を運びながら、微笑ましそうにその様子を見ていた。
牛頭は村の男衆と盃を交わし、馬頭は静かに山菜を味わっている。


---

【夜更けの語らい】

宴も終わり、焔丸は外に出た。
澄んだ夜空には満天の星。鎮守山の影が月明かりにくっきりと浮かんでいる。

「……親父も、こんな夜を見たのかな」
呟いた声に、隣から笑い声が返ってきた。
「きっとな」老人が現れ、空を見上げたまま言った。
「宿儺さまはよく空を見てた。笑ってな、『これでまた守れた』って」

その言葉は焔丸の胸に深く刺さった。
静かな夜風が吹き、稲穂の残骸がサラサラと揺れる。

(……俺も、そう言える鬼になってやる)

焔丸は拳を握り、もう一度夜空を見上げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...