『九星ブレイカー!~風水で運命ぶっ壊す男~』

トンカツうどん

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第1話「ニートな理由と転職失敗な訳」

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就活サイトの未読メールは、今やお守りみたいなものだ。開けば現実が噛みつく。開かなければ希望が腐る。――どっちにしても胃が痛い。
 俺、岸波カズヤ。十八歳。風水師の家系の長男。肩書きは……まあ、社会的向かい風担当。祖父は偉大な風水師だったが、俺は偏頭痛に効く気圧アプリ派。家に遺された古い羅盤は、最近「置物」から「空気清浄機(気の流れ的な意味で)」へと役職を昇進した。めでたい。

 ニートな理由? 簡単だ。働く以前に“働ける場所”が俺を拒む。
 一社目――物流会社。面接官「チームワークを大事にしますか?」
 俺「ええ。相生を意識します。『木は火を生み、火は土を――』」
 面接官「?」
 俺「つまり、役割が正しく循環すれば火力は上がります。逆に相克――」
 面接官「風水はけっこうです」
 ……はい、退場。相生相克の例えが通じない社会、相性悪すぎ。

 二社目――コールセンター。
 研修初日、苦情電話ロールプレイ。俺の順番でロール相手が怒鳴る。「おたくの製品のせいで不運が続いてるんだ!」
 俺、反射的に口が滑る。「北東に電子レンジ置いてます?」
 場が凍った。講師が言う。「迷信でお客様を責めないように」
 迷信じゃない、“流れ”の話だよ……と喉まで出かかったが、飲み込む。俺の評価は“独自理論に固執・危険”で確定。バイト契約の連絡は来なかった。

 三社目――コンビニ夜勤。
 「棚の向きは北を意識して……」と並べ替えに手を出したのが悪かった。店長が真っ赤になって怒鳴る。「勝手にレイアウト変えるな!」
 俺は理屈で返した。「動線を巽(そん・東南)に流すと滞留が減るんです。客の回遊が――」
 結果、一晩でクビ。
 以後、履歴書の志望動機欄に「動線改善が得意です」と書くと書類落ちする体質が確立。社会ってのは“正しいこと”より“正しく見えること”を好むらしい。易学曰く「過剰な陽は災い」――出力を盛りすぎた俺の負けだ。

 四社目――清掃アルバイト。
 ここで決定打。社員食堂の冷蔵庫、開けた瞬間に鼻が死んだ。生臭い“静電気のきしみ”が喉を引っかく。あの感じは水気の凶――腐敗だけじゃなく、気の渦がよどんでいる時の匂い。
 俺はモップを杖みたいに構え、祖父の口癖を思い出して口走る。「坎(かん)を鎮め、艮(ごん)で止める……」
 モップの先で床を九宮に見立てて“止め”を刻んだ。たまたま――いや、理屈上は必然だ――換気扇の向きと床の傾斜が噛み合い、冷気の溜まりが一気に抜けた。臭いが引いた。
 そこに入ってきた主任が言う。「お前、なにやってんだ」
 俺「清掃です」
 主任は眉間をつまんだ。「宗教行為は禁止だ」
 宗教じゃなくて、設計思想なんだが……説明するほど泥沼だと悟り、翌日から現場に俺のロッカーは無かった。

 こうして履歴書の「職歴」に“風のトラブル”が並ぶうち、俺は家に沈んだ。溜息も沈む。
 言い訳はある。祖父が死んでから、家の“中心(ちゅうしん)”が空洞になった。
 祖父は家族の坤(こん・受容)であり、乾(けん・創造)であり、そして艮(ごん・停止)だった。あの人がいるだけで、家の気が落ち着いた。
 俺はその代わりになれず、ただ“理屈”だけを増やした。理屈は正しい。でも、正しさだけじゃ人は動かない。気は人の間(ま)で巡る。俺の間は抜けっぱなしだ。

 その日も、落ちたメールを既読だけつけて机に突っ伏した。視界の端で、真鍮の羅盤が淡く呼吸している。
 「お前も、俺のこと笑ってんの?」
 冗談半分で羅盤を指で弾く。コツン。針――いや、中央の青い結晶が、北東で瞬いた。
 よりによって鬼門。今月は“破”。つまり、壊れる。
 「勘弁してくれよ……もう十分壊れてるだろ、俺」

 そのとき、窓が鳴った。風が、部屋の壁をミシと押した。紙が舞う。菓子袋が踊る。
 埃の粒が、光を帯びて渦になった。
 俺は口をあけたまま固まる。渦の中心から、銀の髪がふわ、とほどけた。薄く透明な衣が風そのもので編まれている。
 少女が、笑っていた。

「……こんにちは。風が呼んだよ」
「――――誰?」
「ミナ=ロット。北東がラッキーポイント!」

 おい、やめろ。そこ今月“破”だから。
 俺のツッコミは空気の壁に撥ねられ、少女は構わず部屋を滑空する。古い教科書に頬を押しつけ、「これ、好き。難しい言葉が風に似てる」なんて言う。
 俺は頭を抱えて座り直した。「……風の精霊? 召喚とか俺、してないけど」
「呼んだのはこの子だよ」ミナは羅盤に指を置き、青い結晶をコツンと叩いた。「息をしてる。あなたが何度も“理屈で世界に触ろうとした”から、入口が開いたの」
「入口って鬼門だぞ。人生にバグを招く方向だ」
「バグがあるならパッチを当てればいいでしょ?」
 こいつ、言うね。俺の負けず嫌いがむくりと起き上がる。

「……じゃあ教えてくれ、ミナ。俺がことごとく落ちる“訳(わけ)”は何だ」
「訳?」
「易学的な“訳”。社会的“訳”。そして――俺の“言い訳”。」

 ミナは窓辺に座り、足をぶらぶらさせながら指を折った。
「まず易学。陽が強すぎ。正しさを押し出しすぎると、陰(受容)が逃げる。だから人が離れる。
 次に社会。言葉が“外向き”じゃない。あなた、答えが早いの。早い風は冷たい。だから相手は防寒する。
 最後に言い訳。あなた、“正しさで自分を守ってる”。正しいことを言っている時、失敗は世界のせいにできるから」

 図星だ。喉の奥に引っかかってた骨を、指でつまみ上げられた感じ。
 俺は笑ってごまかした。「風の精霊のくせに、口が冷たすぎるぞ」
「風は、時々冷たい。じゃないと、熱で燃えちゃうから」
 ミナはすっと立ち上がった。羅盤の青い結晶が、彼女の指先に淡い光を映す。
「ねえ、カズヤ。転職、また挑戦しよ? “理屈を使いながら、人の温度も測る”仕事」
「あるのか、そんな都合のいい――」
「あるよ。だって、ここに凶の冷蔵庫があるもの」
 ミナが示したのは、俺の部屋の小型冷蔵庫(北東配置)。電源の唸りとともに、気流がうずまいているのが“見える”。青黒い淀み。坎の濁り。
 ……待て、さっきまで普通に動いてたよな? いや、気づかなかっただけか。
 ミナは無邪気に宣言する。「初仕事は“家庭内凶所の改善”! 報酬は昼ごはん!」
「安っ! いや、俺が払う側!?」
「だって私、お金、風に飛ばされちゃうから」
 言いながら、彼女は羅盤を軽く回した。針が北東で止まる。部屋の空気が、静かに音程を下げる。
 俺は息を吸う。祖父の声が、耳の底で揺れた――『坎を鎮め、艮で止めろ。理は止めることで見える』。

「……わかった。やる。けど、これは仕事ってより――俺のリハビリだ」
「うん。風のリハビリ」
 ミナが手を差し出す。俺はためらってから、握る。驚くほど温かい。風なのに、温い。
「まずは“訳”を行動でひっくり返す。正しさは一旦、陰に引き込む。相手は俺だ。冷蔵庫。受容と停止、いけるか?」
「いける!」
「よし――易理構築術、試運転だ」

 俺は冷蔵庫の前にしゃがみ、床の埃を左手で払った。右手でモップ――じゃない、雑巾。九宮の“中宮”に当たる位置を意識し、そっと置く。
 呼吸を整え、低く唱える。
「陰陽相転……木火土金水、循環再構築。坎を鎮め、艮にて止む――理転(ことわりてん)」
 羅盤の青が小さく脈打つ。ミナの髪がふわりと流れる。
 冷蔵庫が、ゴトン、と小さく鳴った。音が丸くなる。室内の臭いが一段引き、耳鳴りみたいな不快な圧が緩んだ。
 ……できる。やっぱり理屈は世界に効く。

 ミナが目を輝かせる。「すごい! ねえ、カズヤ、やっぱり転職先は“風水メンテ屋”で――」
「落ち着け。まずは俺の履歴書に“冷蔵庫の霊障退治”って書ける形式を考え――」
 その瞬間、ブチッ。電源タップが火花を吐いて落ちた。
 俺とミナは固まる。次の瞬間、部屋中の冷気と汗臭さと謎の漬物臭が、北東から一斉に噴き出した。
「……なあミナ」
「うん」
「凶、深刻っぽい」
「大丈夫、風に任せよう」
「いや任せた結果これだよ!?」

 笑うしかない。けれど、笑いながら俺は立ち上がった。
 “訳”を乗り越える術は、いま手の中にある。正しさも、温度も、風で調整できる。
 俺のニートな理由は、世界と“向き合う言い訳”だった。じゃあ今日からは、向き合った上で、風の角度を変える。
 そう決めた俺の横で、ミナがいたずらっぽくウィンクした。

「じゃ、初任務いこっ!」
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