5 / 7
第3話:「相殺 ― 運気反転と、新たな縁」
しおりを挟む
昼下がり、食堂「八方良し」。
カランコロン、と鳴るドアベルが今日も元気だ。
厨房では油がジュワッと鳴り、換気扇がゴォォォッと唸っている。
――この音、実は俺にとって癒し音だ。
社会という名の嵐の中で、唯一“安定した気流”を感じる場所。
「今日も風がいいねぇ~」
ミナがカウンター席で湯呑みをくるくる回している。
相変わらず、物理法則を半分くらい風任せにしている精霊。
そして俺は、バイト募集の張り紙を前に腕を組んでいた。
『スタッフ募集 時給950円 ※“方位感覚ある人”歓迎』
「……方位感覚ある人ってなんだよ。GPS内蔵のカーナビか?」
「違うよ! おばちゃんが昨日言ってたの。“カズヤ君なら気の流れ分かるでしょ?”って。」
「おばちゃん、俺をスピリチュアル家電か何かと勘違いしてるな。」
でも――悪くない。
正直、前の清掃バイトをクビになってから、求人を開く気にもなれなかった。
けれど、この店は不思議と落ち着く。
気の流れが良い。
それもそのはず、「八方良し」の厨房の中心は、奇門遁甲でいう「天心地開(てんしんちかい)」――
つまり“運の穴が開く場所”だ。
祖父の古いノートに、こんな記述があった。
> 「奇門遁甲とは、時と空の縫い目を読む術。
> 九星気学が風の流れなら、奇門は“風の通り道”を作る術なり。」
その言葉を思い出しながら、俺は店の天井を見上げる。
換気扇の音がまるで“龍の呼吸”みたいに聞こえた。
ジュワッ、ゴォォォッ、カラン――
音のひとつひとつが、気の脈動みたいに心地いい。
「ねえカズヤ、やってみようよ。奇門遁甲式・開運食堂配置術!」
「なにそれ、絶対ろくでもない響き。」
「大丈夫大丈夫! 風の流れを見てテーブル動かすだけ!」
「それで前回、冷蔵庫爆発しただろうが!」
「今回は“火の気”だから安全!」
「安全って言葉の信用度、毎回落ちてるぞ!」
しかし、おばちゃんの一言がすべてを変えた。
「カズヤ、厨房のコンロが点きにくくてねぇ。
あんた、風水でちょちょっと見てくれない?」
――その瞬間、俺の“職業的本能”がピクリと動いた。
こういうトラブル、俺の得意分野だ。
厨房に入ると、熱と油の匂い。
火の気が強すぎて“金気(機械)”を抑え込んでいる。
奇門遁甲的には「火克金(ひこくきん)」――相殺関係。
なるほど、これじゃガスも流れが悪い。
「ミナ、羅盤貸せ。」
「はいっ!」
ミナの風が羅盤を回し、青い結晶が橙色に光る。
九星気学の“九紫火星”と“六白金星”が交わるタイミング――まさに今。
奇門遁甲で言うと、“開門”と“休門”が重なる時。
つまり――運気反転のタイミングだ。
「よし、今だ。」
> 「九曜相転・奇門法――
天地反響(てんちはんきょう)・相殺陣!」
羅盤の光が走り、厨房全体に淡い風の輪が広がった。
換気扇がゴォォォッと唸り、ガスの火が**ボッ!**と灯る。
ジュワッ、と鉄板が鳴いた瞬間、油が光の花を散らした。
「おおーっ! ついた!」
おばちゃんが拍手する。
ミナが誇らしげに言う。「ね、風って便利でしょ!」
「お前、便利道具みたいに言うな。」
でも、確かに――これは気持ちいい瞬間だった。
止まっていた“流れ”が動き出すあの感じ。
まるで俺の人生が少しだけ“反転”したみたいだ。
「なあ、カズヤ。」ミナが頬杖をついて笑う。
「おじいちゃん、こういう時、なんて言ってたの?」
「“風の音を聞け。お前の中の風はまだ止まってない”……だったな。」
「うん、やっぱり似てるね。」
「誰と?」
「おじいちゃんとカズヤ。」
「……そりゃ俺、孫だからな。」
「でも、あの人の風は“導く風”。カズヤの風は“ぶつかって流れ変える風”。」
「それ、褒めてんのか?」
「もちろん!」
――たぶん、こいつの「もちろん」は、どの言葉より信用できる。
その時だった。
厨房の奥から声がした。「あの、すみません!」
振り向くと、背の高い青年が立っていた。
スーツ姿にネクタイ緩め、書類を抱えている。
「市役所の生活環境課の者ですが、この店で――“気流改善指導”されてるのが岸波さんですか?」
「え、俺?」
「ええ、飲食店の環境衛生アドバイザーを募集してまして。
風水と設備管理を組み合わせられる方、ぜひお話をと。」
……おいおい、まじか。
今月の運勢、“破”から“転”に切り替わったの、今かよ。
「ほら、言ったでしょ!」ミナが小声で囁く。
「奇門遁甲は“時と方”が合えば開運するんだよ!」
「お前、面接官にまで風送るなよ。」
「だって縁は風で運ぶもの!」
青年が名刺を差し出す。
「明日、正式に面談をお願いしたいのですが――」
俺は笑って頷いた。
「……ちょうど、風がいい方向に吹いてるんでね。」
店の外に出ると、夕陽が差し込む。
道路脇ののぼり旗がひらひらと揺れていた。
ミナが両手を広げ、風に髪をなびかせる。
「ねぇカズヤ、これが“相殺”ってやつだよね?」
「ん?」
「悪い流れと良い流れがぶつかって、ちょうどいい風になる。」
「……ああ。そうかもな。」
俺は羅盤を見つめた。
青い結晶が橙と金の間で揺れている。
“火克金”――それでも今は、両方が共存してる。
まるで俺とミナみたいに。
「風、ちょっと暖かいな。」
「うん。“吉風(きっぷう)”だよ。」
「はは、いい言葉だな。……そのまま、履歴書に書いてもいい?」
「もちろん! でも“風の職歴”って書くの?」
「いや、“風任せ人生(予定)”って書く。」
「落ちるよ、それ。」
笑いながら歩き出す。
背後で「ジュワッ」と鉄板が鳴り、「カラン」とドアが閉まった。
音の一つ一つが、まるで“運命の効果音”みたいに鳴り響く。
――奇門遁甲。
古代の兵法では「時の門を開けば、勝敗を決す」と言われた。
俺の戦場は面接会場かもしれないけど、戦い方はきっと同じだ。
風を読んで、流れを変える。
それだけで、人生の“方位”は少しずつ吉に傾く。
カランコロン、と鳴るドアベルが今日も元気だ。
厨房では油がジュワッと鳴り、換気扇がゴォォォッと唸っている。
――この音、実は俺にとって癒し音だ。
社会という名の嵐の中で、唯一“安定した気流”を感じる場所。
「今日も風がいいねぇ~」
ミナがカウンター席で湯呑みをくるくる回している。
相変わらず、物理法則を半分くらい風任せにしている精霊。
そして俺は、バイト募集の張り紙を前に腕を組んでいた。
『スタッフ募集 時給950円 ※“方位感覚ある人”歓迎』
「……方位感覚ある人ってなんだよ。GPS内蔵のカーナビか?」
「違うよ! おばちゃんが昨日言ってたの。“カズヤ君なら気の流れ分かるでしょ?”って。」
「おばちゃん、俺をスピリチュアル家電か何かと勘違いしてるな。」
でも――悪くない。
正直、前の清掃バイトをクビになってから、求人を開く気にもなれなかった。
けれど、この店は不思議と落ち着く。
気の流れが良い。
それもそのはず、「八方良し」の厨房の中心は、奇門遁甲でいう「天心地開(てんしんちかい)」――
つまり“運の穴が開く場所”だ。
祖父の古いノートに、こんな記述があった。
> 「奇門遁甲とは、時と空の縫い目を読む術。
> 九星気学が風の流れなら、奇門は“風の通り道”を作る術なり。」
その言葉を思い出しながら、俺は店の天井を見上げる。
換気扇の音がまるで“龍の呼吸”みたいに聞こえた。
ジュワッ、ゴォォォッ、カラン――
音のひとつひとつが、気の脈動みたいに心地いい。
「ねえカズヤ、やってみようよ。奇門遁甲式・開運食堂配置術!」
「なにそれ、絶対ろくでもない響き。」
「大丈夫大丈夫! 風の流れを見てテーブル動かすだけ!」
「それで前回、冷蔵庫爆発しただろうが!」
「今回は“火の気”だから安全!」
「安全って言葉の信用度、毎回落ちてるぞ!」
しかし、おばちゃんの一言がすべてを変えた。
「カズヤ、厨房のコンロが点きにくくてねぇ。
あんた、風水でちょちょっと見てくれない?」
――その瞬間、俺の“職業的本能”がピクリと動いた。
こういうトラブル、俺の得意分野だ。
厨房に入ると、熱と油の匂い。
火の気が強すぎて“金気(機械)”を抑え込んでいる。
奇門遁甲的には「火克金(ひこくきん)」――相殺関係。
なるほど、これじゃガスも流れが悪い。
「ミナ、羅盤貸せ。」
「はいっ!」
ミナの風が羅盤を回し、青い結晶が橙色に光る。
九星気学の“九紫火星”と“六白金星”が交わるタイミング――まさに今。
奇門遁甲で言うと、“開門”と“休門”が重なる時。
つまり――運気反転のタイミングだ。
「よし、今だ。」
> 「九曜相転・奇門法――
天地反響(てんちはんきょう)・相殺陣!」
羅盤の光が走り、厨房全体に淡い風の輪が広がった。
換気扇がゴォォォッと唸り、ガスの火が**ボッ!**と灯る。
ジュワッ、と鉄板が鳴いた瞬間、油が光の花を散らした。
「おおーっ! ついた!」
おばちゃんが拍手する。
ミナが誇らしげに言う。「ね、風って便利でしょ!」
「お前、便利道具みたいに言うな。」
でも、確かに――これは気持ちいい瞬間だった。
止まっていた“流れ”が動き出すあの感じ。
まるで俺の人生が少しだけ“反転”したみたいだ。
「なあ、カズヤ。」ミナが頬杖をついて笑う。
「おじいちゃん、こういう時、なんて言ってたの?」
「“風の音を聞け。お前の中の風はまだ止まってない”……だったな。」
「うん、やっぱり似てるね。」
「誰と?」
「おじいちゃんとカズヤ。」
「……そりゃ俺、孫だからな。」
「でも、あの人の風は“導く風”。カズヤの風は“ぶつかって流れ変える風”。」
「それ、褒めてんのか?」
「もちろん!」
――たぶん、こいつの「もちろん」は、どの言葉より信用できる。
その時だった。
厨房の奥から声がした。「あの、すみません!」
振り向くと、背の高い青年が立っていた。
スーツ姿にネクタイ緩め、書類を抱えている。
「市役所の生活環境課の者ですが、この店で――“気流改善指導”されてるのが岸波さんですか?」
「え、俺?」
「ええ、飲食店の環境衛生アドバイザーを募集してまして。
風水と設備管理を組み合わせられる方、ぜひお話をと。」
……おいおい、まじか。
今月の運勢、“破”から“転”に切り替わったの、今かよ。
「ほら、言ったでしょ!」ミナが小声で囁く。
「奇門遁甲は“時と方”が合えば開運するんだよ!」
「お前、面接官にまで風送るなよ。」
「だって縁は風で運ぶもの!」
青年が名刺を差し出す。
「明日、正式に面談をお願いしたいのですが――」
俺は笑って頷いた。
「……ちょうど、風がいい方向に吹いてるんでね。」
店の外に出ると、夕陽が差し込む。
道路脇ののぼり旗がひらひらと揺れていた。
ミナが両手を広げ、風に髪をなびかせる。
「ねぇカズヤ、これが“相殺”ってやつだよね?」
「ん?」
「悪い流れと良い流れがぶつかって、ちょうどいい風になる。」
「……ああ。そうかもな。」
俺は羅盤を見つめた。
青い結晶が橙と金の間で揺れている。
“火克金”――それでも今は、両方が共存してる。
まるで俺とミナみたいに。
「風、ちょっと暖かいな。」
「うん。“吉風(きっぷう)”だよ。」
「はは、いい言葉だな。……そのまま、履歴書に書いてもいい?」
「もちろん! でも“風の職歴”って書くの?」
「いや、“風任せ人生(予定)”って書く。」
「落ちるよ、それ。」
笑いながら歩き出す。
背後で「ジュワッ」と鉄板が鳴り、「カラン」とドアが閉まった。
音の一つ一つが、まるで“運命の効果音”みたいに鳴り響く。
――奇門遁甲。
古代の兵法では「時の門を開けば、勝敗を決す」と言われた。
俺の戦場は面接会場かもしれないけど、戦い方はきっと同じだ。
風を読んで、流れを変える。
それだけで、人生の“方位”は少しずつ吉に傾く。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる