『九星ブレイカー!~風水で運命ぶっ壊す男~』

トンカツうどん

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第3話:「相殺 ― 運気反転と、新たな縁」

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昼下がり、食堂「八方良し」。
 カランコロン、と鳴るドアベルが今日も元気だ。
 厨房では油がジュワッと鳴り、換気扇がゴォォォッと唸っている。
 ――この音、実は俺にとって癒し音だ。
 社会という名の嵐の中で、唯一“安定した気流”を感じる場所。

「今日も風がいいねぇ~」
 ミナがカウンター席で湯呑みをくるくる回している。
 相変わらず、物理法則を半分くらい風任せにしている精霊。
 そして俺は、バイト募集の張り紙を前に腕を組んでいた。

『スタッフ募集 時給950円 ※“方位感覚ある人”歓迎』

「……方位感覚ある人ってなんだよ。GPS内蔵のカーナビか?」

「違うよ! おばちゃんが昨日言ってたの。“カズヤ君なら気の流れ分かるでしょ?”って。」
「おばちゃん、俺をスピリチュアル家電か何かと勘違いしてるな。」

 でも――悪くない。
 正直、前の清掃バイトをクビになってから、求人を開く気にもなれなかった。
 けれど、この店は不思議と落ち着く。
 気の流れが良い。
 それもそのはず、「八方良し」の厨房の中心は、奇門遁甲でいう「天心地開(てんしんちかい)」――
 つまり“運の穴が開く場所”だ。

 祖父の古いノートに、こんな記述があった。
 > 「奇門遁甲とは、時と空の縫い目を読む術。
 >  九星気学が風の流れなら、奇門は“風の通り道”を作る術なり。」

 その言葉を思い出しながら、俺は店の天井を見上げる。
 換気扇の音がまるで“龍の呼吸”みたいに聞こえた。
 ジュワッ、ゴォォォッ、カラン――
 音のひとつひとつが、気の脈動みたいに心地いい。

「ねえカズヤ、やってみようよ。奇門遁甲式・開運食堂配置術!」
「なにそれ、絶対ろくでもない響き。」
「大丈夫大丈夫! 風の流れを見てテーブル動かすだけ!」
「それで前回、冷蔵庫爆発しただろうが!」
「今回は“火の気”だから安全!」
「安全って言葉の信用度、毎回落ちてるぞ!」

 しかし、おばちゃんの一言がすべてを変えた。
 「カズヤ、厨房のコンロが点きにくくてねぇ。
  あんた、風水でちょちょっと見てくれない?」

 ――その瞬間、俺の“職業的本能”がピクリと動いた。
 こういうトラブル、俺の得意分野だ。

 厨房に入ると、熱と油の匂い。
 火の気が強すぎて“金気(機械)”を抑え込んでいる。
 奇門遁甲的には「火克金(ひこくきん)」――相殺関係。
 なるほど、これじゃガスも流れが悪い。

「ミナ、羅盤貸せ。」
「はいっ!」
 ミナの風が羅盤を回し、青い結晶が橙色に光る。
 九星気学の“九紫火星”と“六白金星”が交わるタイミング――まさに今。
 奇門遁甲で言うと、“開門”と“休門”が重なる時。
 つまり――運気反転のタイミングだ。

「よし、今だ。」

> 「九曜相転・奇門法――
天地反響(てんちはんきょう)・相殺陣!」



 羅盤の光が走り、厨房全体に淡い風の輪が広がった。
 換気扇がゴォォォッと唸り、ガスの火が**ボッ!**と灯る。
 ジュワッ、と鉄板が鳴いた瞬間、油が光の花を散らした。

「おおーっ! ついた!」
 おばちゃんが拍手する。
 ミナが誇らしげに言う。「ね、風って便利でしょ!」
「お前、便利道具みたいに言うな。」
 でも、確かに――これは気持ちいい瞬間だった。
 止まっていた“流れ”が動き出すあの感じ。
 まるで俺の人生が少しだけ“反転”したみたいだ。

「なあ、カズヤ。」ミナが頬杖をついて笑う。
「おじいちゃん、こういう時、なんて言ってたの?」
「“風の音を聞け。お前の中の風はまだ止まってない”……だったな。」
「うん、やっぱり似てるね。」
「誰と?」
「おじいちゃんとカズヤ。」
「……そりゃ俺、孫だからな。」
「でも、あの人の風は“導く風”。カズヤの風は“ぶつかって流れ変える風”。」
「それ、褒めてんのか?」
「もちろん!」
 ――たぶん、こいつの「もちろん」は、どの言葉より信用できる。

 その時だった。
 厨房の奥から声がした。「あの、すみません!」
 振り向くと、背の高い青年が立っていた。
 スーツ姿にネクタイ緩め、書類を抱えている。
 「市役所の生活環境課の者ですが、この店で――“気流改善指導”されてるのが岸波さんですか?」

「え、俺?」
「ええ、飲食店の環境衛生アドバイザーを募集してまして。
 風水と設備管理を組み合わせられる方、ぜひお話をと。」

 ……おいおい、まじか。
 今月の運勢、“破”から“転”に切り替わったの、今かよ。

「ほら、言ったでしょ!」ミナが小声で囁く。
「奇門遁甲は“時と方”が合えば開運するんだよ!」
「お前、面接官にまで風送るなよ。」
「だって縁は風で運ぶもの!」

 青年が名刺を差し出す。
 「明日、正式に面談をお願いしたいのですが――」
 俺は笑って頷いた。
 「……ちょうど、風がいい方向に吹いてるんでね。」

 店の外に出ると、夕陽が差し込む。
 道路脇ののぼり旗がひらひらと揺れていた。
 ミナが両手を広げ、風に髪をなびかせる。
 「ねぇカズヤ、これが“相殺”ってやつだよね?」
 「ん?」
 「悪い流れと良い流れがぶつかって、ちょうどいい風になる。」
 「……ああ。そうかもな。」

 俺は羅盤を見つめた。
 青い結晶が橙と金の間で揺れている。
 “火克金”――それでも今は、両方が共存してる。
 まるで俺とミナみたいに。

「風、ちょっと暖かいな。」
「うん。“吉風(きっぷう)”だよ。」
「はは、いい言葉だな。……そのまま、履歴書に書いてもいい?」
「もちろん! でも“風の職歴”って書くの?」
「いや、“風任せ人生(予定)”って書く。」
「落ちるよ、それ。」

 笑いながら歩き出す。
 背後で「ジュワッ」と鉄板が鳴り、「カラン」とドアが閉まった。
 音の一つ一つが、まるで“運命の効果音”みたいに鳴り響く。

 ――奇門遁甲。
 古代の兵法では「時の門を開けば、勝敗を決す」と言われた。
 俺の戦場は面接会場かもしれないけど、戦い方はきっと同じだ。

 風を読んで、流れを変える。
 それだけで、人生の“方位”は少しずつ吉に傾く。
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