2 / 10
第1話「焼き串は正義」
しおりを挟む目が覚めたら、空が青かった。
青すぎてムカつくレベルで青い。都会の空みたいに薄汚れてない。雲が白くて、風が妙にいい匂いする。なんだこれ、俺はファンタジーの絵葉書の中にでも落ちたのか。
そして、落ちたら落ちたで現実が追いかけてくる。
「……腹、減った」
生理現象は世界を越える。死んだ直後に空腹とか、人としてどうなんだ。いや、死んだはずなのに腹が減る時点で、この世界の仕様がバグってる。
地面に座り込み、周囲を見回す。石畳。木造の家。遠くに見える尖塔。荷車を引く馬。……いや馬車というより“馬が仕事してる”感じのやつ。
通りすがりの男が、俺の格好を一瞬だけ見て眉をひそめた。ジロ見じゃない。視線を滑らせる“警戒”。この世界の一般人は、知らない奴に優しくないらしい。
俺は自分の服装を確認する。
黒のパーカー、白シャツ、黒パンツ。現代人のテンプレ。異世界的には確実に浮く。
目立つのは嫌いだ。平穏に暮らしたいだけだ。なのに開始一分で浮いてる。人生ってやつは、やっぱり俺を嫌ってる。
――そこで、脳裏にあの女神が浮かんだ。
『完璧女神ルミ様よ!』
『借金は一億五千万ゴールド♡』
「……くそ。忘れようとしても忘れられねぇ」
つまり俺はこの世界で稼がなきゃいけない。屋根と飯と安全を確保した上で、返せる範囲で返す。
英雄? 魔王? 知らん。関わったら死ぬ。俺はただ、今日を生きる。
まずは情報だ。言葉。通貨。治安。食い物。
俺は腹を押さえつつ、街の中心らしい方向へ歩いた。人が多い方へ行けば、食い物と仕事とトラブルが落ちてる。トラブルは要らないが、仕事は欲しい。
――市場は、うるさかった。
「新鮮だよ新鮮! 朝獲れの川魚だ!」
「薬草! 擦り傷に効くよ!」
「安い布あるよ、旅人さん!」
露店がずらっと並び、人が押し合いへし合いしてる。匂いは悪くない。焼き串の匂い、香辛料、汗、動物、土。
俺の目はまず焼き串に吸われた。串に刺さった肉がじゅうじゅうしている。脂が光っている。俺の胃が悲鳴を上げる。
しかし、金がない。
「……まず金だ」
当たり前のことを口にして、当たり前の壁にぶつかる。
俺はポケットを探った。財布はない。スマホもない。身分証もない。人生の全部が置いてけぼりだ。
代わりに、妙に硬いものが指に触れた。
「……ん?」
取り出したのは、小さな金属片――いや、コインだ。薄い。銀色。片面に紋章、片面に数字っぽい刻印。
まさか。あの女神、借金は押し付けたくせに初期資金だけはくれたのか?
「えーっと……」
周囲の露店を観察する。客がコインを渡し、商品を受け取る。コインの色が何種類かある。銅、銀、金。
俺の手元のは銀色だ。価値は中くらいか。中くらいなら……肉串一本くらい、いけるか?
俺は焼き串屋に近づいた。
店主は腕が太く、顔が怖い。髭が濃い。こういうのはだいたい善人か悪人か極端だ。
俺は笑顔を作る。作り慣れてない笑顔は、たぶん怪しい。
「それ、一本いくら?」
「銀貨一枚だ」
即答。銀貨一枚。
――俺の手元の銀貨も一枚。運命か? 罠か?
「……じゃあ一本」
銀貨を出す。店主は受け取って、じっと見た。指で弾いて音を聞く。偽物チェックだ。
短い沈黙の後、肉串が差し出される。
「ほらよ」
勝った。俺は勝った。異世界初勝利が肉串。規模が小さい? いいんだ。小さな勝利が人生を救う。
肉を噛む。
……うまい。
思わず目を閉じた。香辛料が効いてる。脂が甘い。焼きの香ばしさ。
泣ける。現実の俺は、コンビニのチキンで満足してた。異世界の肉串は、その上を行く。悔しいくらい。
「旅人さん、見ない顔だね」
声をかけてきたのは、隣の露店の婆さんだった。布を売ってる。目がやたら鋭い。
俺は肉串を口にしたまま頷いた。
「まぁ……さっき着いた」
「どこから?」
「遠くから」
雑。情報は出さない。
婆さんは俺の服を見て鼻を鳴らした。
「変な格好だ。すぐ狩られるよ」
「狩られるって何」
「奴隷狩りだよ」
……は?
「この街は表は綺麗だが、裏は汚い。身分証もなく、金もなく、守りもない旅人は、いい商品だ」
「商品……?」
俺は咀嚼を止めた。
背筋が冷える。借金返済どころじゃない。今日中に首輪が付く可能性が出てきた。
「……忠告ありがとう」
「礼はいらん。生き延びたいなら“格好”を変えな。あと、武器だ」
婆さんは顎で市場の奥を示した。そこには武器屋が並んでいる。
剣、槍、弓、斧。金属が光り、値札が高そうに見える。
俺は自分の手を見た。
手は普通だ。筋肉はあるが、ファンタジー主人公みたいに鍛え抜かれてはいない。
でも“武器がないと狩られる”。それは現実だ。
「武器……か」
俺は考えた。
剣は扱いやすいが、練度が要る。槍はリーチがあるが、街中だと邪魔。弓は当たらない。短剣は近すぎて怖い。
最も重要なのは、俺は戦いたくないということだ。戦いたくない奴が選ぶ武器は、戦わずに済む武器。つまり――威圧だ。
武器屋の一つに入る。
店主は痩せていて目が細い。こういうのはだいたい値段を盛る。
「いらっしゃい。旅装備かい?」
「……できれば、安くて、目立たなくて、強そうに見えるやつ」
「欲張りだね」
俺もそう思う。だが生き残りは欲張りな奴が勝つ。
店内を見回す。
そこで、壁際に立てかけられている“それ”が目に入った。
――異様に長い。
柄も長い。刃も長い。全長が人間より長い気がする。大剣というより“鉄の扉”だ。
「……あれ、何」
「ツヴァイヘンダー。両手剣だよ。大きいだろ」
大きいなんてもんじゃない。
俺が持ったら引きずる未来しか見えない。
だが――“強そうに見える”という一点においては満点だった。
「これ、いくら」
店主は一瞬だけ言い淀んだ。
値段が高いとき、人は一瞬黙る。逆に、安すぎても黙る。さてどっちだ。
「……正直に言うと、売れ残りでね。扱える人間が少ない。荷物になる。……銅貨三十枚でいい」
安い。
いや俺の手元に銅貨がない。だが“安い”という事実は重要だ。
銀貨一枚=銅貨何枚? この換算が分からない。でも買える可能性はある。
「銅貨三十枚……銀貨だと?」
「銀貨一枚と銅貨十枚」
換算が出た。
つまり俺の銀貨一枚だけじゃ足りない。
くそ。肉串を食う前に武器を買うべきだったか? いや食わなきゃ死んでた。精神的に。
「……足りねぇな」
「まあ、そうだろう」
店主は肩をすくめた。
その瞬間、外から騒ぎが聞こえた。
「どけ! 通せ!」
「おい、あの辺だ、見失うな!」
荒い声。複数。鎧の擦れる音。
市場がざわつく。人が避ける。
――治安の匂いがする。しかも良くない方の。
俺は反射的に店の外を覗いた。
通りを走る影。灰色の布。首輪の鎖。追う男たち。
……奴隷狩り?
婆さんの言葉が脳内でリピートする。
“いい商品だ”。
走っているのは、小柄な女だった。髪は銀色。顔が青い。
追う男たちは笑っている。捕まえる気満々だ。
俺の口が勝手に動いた。
「……最悪」
俺は平穏に暮らしたいだけだ。
なのに初日から、俺の目の前で“最悪”が始まろうとしている。
俺は考える。
関わるな。関わったら死ぬ。借金も返せない。
でも――見捨てたら寝覚めが悪い。
寝覚めが悪いと、翌日からの判断が鈍る。鈍ったら死ぬ。
つまり、ここで無視するのは“安全”に見えて、長期的には危険だ。
俺は舌打ちした。
「店主。あのツヴァイヘンダー、担保で貸せる?」
「は?」
「今すぐ必要なんだ。銀貨一枚払う。残りは今日中に稼ぐ。無理なら……返す」
店主は俺を見た。
目が細いまま、値踏みしている目だ。
だが外の騒ぎは近づいている。判断の時間はない。
「……いいだろ。だが折ったら殺す」
「折らない。俺が折れる」
店主は鼻で笑って、ツヴァイヘンダーを突き出した。
重い。想像以上に重い。腕が沈む。
――でも、これを背負っただけで“狩られにくくなる”気がした。
俺は店を飛び出した。
平穏は、いつだって遠い。
0
あなたにおすすめの小説
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる