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勇者と騎士と冒険者、時々魔術師

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 このダンジョンはCランクの冒険者が挑戦するダンジョンらしく、低層階で出て来た魔物はスライム、ゴブリン、ホブゴブリン、そして頭が犬のコボルトだった。

 田代の結界を全面に張れば、魔物の攻撃は全く通らない。
 それでは訓練にならないので、田代は危険時にだけ活躍する要員になった。

 前衛に坂下、如月。
 その後ろに田代、エリーナ、マッシモと騎士団の一人を配置し、真ん中に水魔術師、回復術師二人、陣野を配置し、残りの騎士団三人で囲む。

 陣野の『鼓舞』で力が漲った面々は魔物を次々に討伐戦していく。

 エリーナは『鼓舞』スキルに感嘆しながら、風矢を発射する。
 前衛で剣を振るう坂下と拳を打ち込む如月を上手く避けながら風矢は魔物の後方側を次々と倒していった。

「流石ベテラン冒険者。さすエリだわ」

 坂下は剣に残っている魔物の青い血を振り払いながらエリーナを褒めた。

「陣野さんの『鼓舞』があったからかも。命中率上がってると思う。それに坂下さんの『剣聖』も凄いね!る〇剣みたい!」

 女子組はとても賑やかしい。

「僕のやることが無い……」

 田代がそう呟けば、回復術師のイケおじはにこやかに頷いた。

「俺もそうだけど、回復術師が活躍するとなるとパーティー自体が危険に晒されている状態を意味するからね。順調に攻略出来てる証拠だからさ、勇者殿もそんな残念そうな顔をしないで、下層階になると結界が必要になってくると思うし」

 なるほど、そう言う解釈もあるのかと田代は反省する。
 皆が無事に地上に戻ることが大事なのだ。

 田代は回復術師のイケおじに頭を下げ、改めて気を引き締めた。

 中層階の途中で一旦地上に出ることになった。
 ゲームの様に転移の魔方陣等無く、又来た道を帰らなければならない。
 魔物を倒すと魔石や他のアイテムに変わるが、これはギルドから貸し出されている収納袋に詰めて持って帰る。
 この収納袋はギルド専用で、最大で荷馬車半分の物が収納出来る。追跡、盗難防止の魔方陣が組み込まれている為転売等は出来ない。
 ダンジョン攻略が終わったら必ずギルドに返すことになっているが、継続して使う場合は手続きをしなければならない。
 攻略者が命を落とし、放置された収納袋はギルドの職員が回収に向かったり、冒険者に回収依頼を頼むことになる。
 個人で購入することも出来るが、中々に値が張る品であるので持っていると言えば大商人や貴族になる。

「転生、転移チートのアイテムボックスやストレージみたいなスキルは誰も持ってないのね」

 エリーナが聞くと田代達も「それな」と残念そうに答える。
 今のところ収納魔法は夢である。

 今後の話だが、エリーナとラランも田代達に付き合うことになり一緒にダンジョンをクリアすることになった。

 マッシモはダンジョンの魔物の様子や大体の数をタナトスへ伝魔鳥にて報告する。
 青い小鳥の伝魔鳥は帝国ならではの伝達魔術である為、エリーナは只管「可愛い!」と言っていた。
 一定基準を満たす魔力持ちの帝国民なら誰でも使えるが、慣れるまでは詠唱が必要になる為、そこまで伝魔鳥が帝国の空を行き交うことは無い。
 魔術師のレースが作った時に混乱を招かない様に制限すること考え、敢えて言い難い詠唱にしたそうだ。

 エリーナが田代達にその詠唱を教えてくれとせがむが、勇者達四人は渋い顔をする。
 仕方ないのでマッシモに聞くと

 《青は空の色である!青は海の色である!偉大なる二つの自然が溶け合う隙間を切り裂いて望む者に伝達せよ!》

 と、両手を水平にしバサバサと上下させ、鳥が飛ぶ真似をしながら教えてくれた。顔は真っ赤である。
 しかし恥ずかしがって声が小さくなると発動しないらしい。
 なので皆早く無詠唱で使える様に必死に練習するのだが、心が挫折した者も多い。
 エリーナは遠い目でマッシモや田代達を見た。
 伝魔鳥を使える者は、ある意味で猛者である。
 因みに、本当に因みにであるが、アンドリュースが伝魔鳥を無詠唱で使える様になるまで、鉄仮面を張り付けた様に無表情であったという。


 冒険者ギルドへ今日得た魔石やアイテムを買い取って貰い、収納袋の貸出延長手続きをする。
 売り上げは全員に分配された。

「私、何も活躍してないのに、貰えないのです!」

 ラランは慌てて訴えるが、即座に却下される。
 イケおじ回復術師に諭されて漸く受け取った。
 田代達やマッシモ達は訓練なので、ダンジョンに挑戦している間も給料が出る。
 ラランには生活費だが、彼等に取ってこのダンジョンの売り上げは所謂お小遣いだ。
 人数が増えて分け前が減ったとしても誰も不満なんて挙げなかった。

 冒険者ギルドを出て宿屋へ向かう。
 エリーナとラランが今まで泊まっていた宿は『狼の叫び』の連中も泊まっている為、二人はこっそりと宿を出る手続きをして、田代達と同じ宿に部屋を取った。

 昼食はダンジョンの中で、それぞれが携帯食で済ませたので、夕食は美味しいと評判の食堂に全員で向かう。
 途中で子供が嬉しそうに田代達に手を振る。田代達も子供に手を振り返す。
 割と日常的な光景である。
 エリーナはそれを見ながら、勇者として召喚されなくて良かったと思った。
 品行方正であらねばならず、その上戦争に駆り出されるのである。
 一度死んで、この世界でも生にしがみついて生きてきたエリーナには到底理解し難い。

 ふとラランに視線を向けると、イケおじ回復術師と楽しそうに話し込んでいる。
 回復術師同士で気が合うのだろう。
 微笑ましく見ていたエリーナを余所に、彼等を見ていた坂下は違う見方をしていた。
 そして坂下の予想通り、それは夕食時に告げられる。

「え?後見人?」

 イケおじ回復術師がラランの後見人になり、魔術学校に通わせると言ったのだ。
 聞けばラランの魔力量は、十分入学テストを合格出来ると判断したらしい。
 判断基準は下級回復魔術の『ヒール』を何回使えるか、である。

「それなら安心ね」

 と、エリーナはにこやかラランに言うと

「卒業したら俺の後妻にする予定だ」

 と、イケおじが爆弾発言をした。

 坂下はやっぱりなと思って目の前の料理に集中するが、イケおじは田代達から「ロリコン!」と責められ、マッシモ達からは白い目で見られ、ラランがイケおじを庇うシーンが繰り返された。

 明日もダンジョンへ行くので皆酒は飲まない。
 食事を済ませ、宿へ戻る。エリーナとラランは二人部屋を借りたが、ラランは直ぐに眠ってしまった。
 エリーナは『清潔魔術』の魔方陣が刻まれた魔道具を使い、ラランと自分の身体に施す。
 この魔道具はライソン帝国で購入したものだが重宝している。公爵邸には風呂があるが、冒険者活動をする時はお湯を宿で借りて身体を拭くか、大衆浴場があればそれを利用していた。
 前世の記憶が戻った時にそれ系の魔術を練習したこともあったが、エリーナには習得出来なかったので今は魔道具に頼っているのだ。

(この魔道具使うと歯までツルツルになるのよね。やっぱ帝国の技術は凄いわ)

 エリーナは寝る前に少し坂下と陣野が泊まっている部屋にお邪魔することにしている。
 先方にもそう伝えているので、ラランを起こさない様に、そっと部屋を出て行った。



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水魔術師「俺、空気?(TT)」
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