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➃
しおりを挟む私達は今日、16歳になる。
恒例の誕生会にやって来た私は今、とんでもない状況に頭を悩まされていた。
「……はぁ!? 他の令嬢にまで愛想振ってるんじゃないわよ、あの二重人格腹黒王子」
…………………。
隣にいるのはあのソフィア様。
ゲームの中のソフィアだったら絶対に発さないような言葉がさっきから飛び出ていて私の脳内はハテナでいっぱい、絶賛大困惑中だ。
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彼女と出会ったのはつい先程。
学校が始まってからは身内だけだったこの誕生会にも学校の人達が多く訪れるようになっていたので私は彼女が来ていたことにはそれほど驚かなかった。
ただ、ソフィア様が傍にいると何かしらのフラグが立ちそうで怖いから、今までも………これからもあまり近づく予定はなかった。
……………それなのに、
「アリス様、お誕生日おめでとうございます!」
美しい美少女が満面の笑みを浮かべてそう言ってくるものだから、私も逃げることが出来ずに笑顔を浮かべてお礼を言う。
まさか主人公自ら私に接触してくるなんて………これも"強制力"ってやつなのだろうか、なんて考えが浮かんだ。
そこからの話題は勿論王子のこと、だったんだけど…………。
ハッと思い出したような顔をしたソフィア様が放った言葉に私は一瞬にして恐怖に落とされることになる。
「………アリス様は殿下のこと正直どう思っていらっしゃいますか?」
つ、つ、ついにやってきてしまったの……………???
私が"悪役令嬢アリス"になる時が………。
彼女のつぶらな瞳を見つめながら私は内心汗ダラダラだ。
「で、で、殿下のことは人として尊敬しています!!!」
………そう、尊敬であって、そういうことではないんです!!!
もしソフィア様が王子のことを好きならちゃんと身を引くので、どうか……どうか………処刑エンドはやめてくださいぃ。
私の言葉にソフィア様はコテンと首を傾げる。
その仕草1つでさえ犯罪級に可愛いんですけど。
拝みたくなるんですけど~~~!!!
主人公強すぎぃいいい!!!
「………あのヘタレ、まだ女1人さえ落とせてなかったんですか」
「へ?」
「あぁ、なんでもありませんわ」
ニッコリと微笑むソフィア様。
だけど私にはハッキリと聞こえていた…………彼女が"ヘタレ"という言葉を発していたのを。
私は戸惑いながらも目の前の美少女に目を向ける。
「アリス様、殿下を尊敬なんてそんなものする必要全くないですわ。今度会って何か嫌なことを言われたら"五月蝿い、この糞サイコパス"くらい言ってやったらいいと思います。きっとアリス様に言われたら殿下、ショックで寝込みますわ。そうしたら私、高笑いしてやりますわ。」
……………………ん?
「殿下は貴方を………そのからかうのを楽しんでますもの。許せませんわ、たまにはヒヤヒヤする思いさせてもいいと思うんです!!!」
…………………………え?
「そうしないと私の腹の虫が収まらないですわ。この間もあまりにもムカつくこと言われたので、仕返しを考えているところですわ。頭からコーヒーぶっかけてやろうかしら………」
………………………………ほ?
目の前にいる美少女は確かにこのゲームの主人公のはずで、完璧令嬢のソフィア様のはずで………………私の脳がおかしくなってしまったの!?幻聴聞いてるの?え?え???
訳の分からない状況に頭を抱える私。
そして、状況は冒頭に戻る。
ソフィア様の目線の先には殿下がいた。
実は殿下の姿を目にするのは久しぶりだったりする。
最近は公務の方も増えてきたらしく、殿下はますます忙しそうにしていた。
だからここ数ヶ月はろくに会えていなくて、たまに会話を交わすくらい。
あまりにも淡々と過ぎていく毎日。
いつも人に囲まれ完璧な王子をしている彼と私とは別世界いるように見えて、
殿下と私が婚約関係にあるのなんて夢だったんじゃないか、と思ってしまうくらい。
次から次へとプレゼントを受け取っていく殿下の姿を遠くからぼーっと見つめる私。
そこに現れたのは同じ乗馬倶楽部のセレス・スインガだった。
「……ソフィア嬢、アリスを借りていっていいかな? 倶楽部の皆と会わせたいから」
「えぇ!構いませんわ。
…………………ここで恋のライバル登場は熱いですわね、読者の皆様(小声)!!!」
「………………??? うん、ありがとう。
行こうか、アリス」
私はパーティーが始まってから未だに渡せていない殿下への誕生日プレゼントを片手にセレスを追いかける。
しかし、セレスが歩いていく方向は人混みの少ない方で私は首を傾げた。
「……………セレス、皆はどこ?」
「ん?あぁ、その前にちょっと……二人で話したくて。」
…………なんだろう。
セレスとは学校に入ってからずっと同じクラスで、仲が良い。
最近、乗馬倶楽部に入ったのもセレスに誘われたからだった。
…………もし、なんかあった時に馬で逃げれるのは強いしね。
もう夢中で走って池に落ちるとかしたくないしね………………。
2年前の記憶に心の中でため息をついた。
「あのさ、殿下との婚約は断る……つもりなんだよね?」
「…………うん、王妃という役割は私なんかが務まる役割だとは思わないから」
昔は自分を守るためだけに婚約破棄を望んでいた。
だけど歳を重ねるごとにどんどん周りが見えるようになって……………、
私と殿下はどう考えても釣り合っていないことを日々感じていた。
私は殿下のことをとても大切に思っているから、完璧超人で誰からも尊敬されている彼の"恥"にはなりたくない。
「…………じゃあ、ちゃんと婚約破棄出来たら…………俺と婚約しない?」
「……………………………………へ?」
予想外の言葉に私は固まる。
だって、セレスはずっと"友達"だった。
令嬢らしくない姿も散々見せたし、今更そんなこと言われても…………………戸惑う。
頭の中が真っ白になって、私はその場で固まった。
「アリスは鈍感だからずっと気づかなかったと思うけど…………俺……………「ひゃあ!?!?!?!?」」
突如、誰かに両耳を塞がれてた私は慌てすぎて、椅子から落っこちそうになった。
そんな私の体を片手で支えた人から香る仄かな甘い香りは、今では少し懐かしい。
そんな彼の顔を見上げると…………
見たこともないくらい真っ黒な笑みを浮かべていた。
心なしか後ろに死神がいるように見える。
今にも殺されるんじゃないかくらいの悪寒がした。
良い子にするので食べないでください、アーメン………………。
「やぁ、アリス。婚約者がいるのに男と2人で密会かい?」
その満面の笑みがとんでもなくコワイです殿下……………。
私は顔をひきつらせながらも、必死に笑顔を作った。
「ち、ち、違います!誤解ですよ、殿下。なのでそのブラックスマイルと絶対零度の瞳の掛け合わせはやめてくださいぃ!!!」
「…へぇ?
まぁ、後で話は聞くよ。アリス」
王子は私から手を離し、セレスの方を向いた。
「君もしつこい男だな、」
「………っお前もいつも邪魔しやがって」
「当たり前だろう? アリスは僕の婚約者なんだから」
「………でも、アリスはお前との婚約を嫌がってるじゃないか!!!」
「身内の話に他人が首を突っ込む必要はないから」
王子は冷たくそう言い放った後、私の体に手を回す。
そのまま私を持ち上げて………所謂"お姫様抱っこ"ってやつで歩き始めた。
「ひぇ!? 殿下、お、下ろしてください!」
「ダメだよ、アリス。 せいぜい恥ずかしがっていればいいよ、僕は今少し機嫌が悪いからさ」
久しぶりに近くで見た殿下は少し髪が伸びたのか、後ろで一つにくくっている。
それがまた余計に彼を美青年に見せていて…………………………眼福である。
この美青年を見ながらなら、お米5杯は余裕でいけるだろう。
「君は僕の婚約者なのに他の男を誑かすとは悪い子だね?」
「そ、そ、そ、それは殿下の方ですわ! 積もりに積もった誕生日プレゼントの山がその証拠です!!」
「…………バカだなぁ。 あんなの将来の王族へのただの媚び売りだよ」
彼は嗤笑を浮かべてそう言った。
私は殿下がそんな表情をするなんて思ってもいなかったから驚きで言葉を詰まらせた。
けれど彼の寂しげな笑顔を見て、何も言わずにはいられなかった。
「………………っ、それは、それは違うと思います。
勿論、殿下は王族で…………将来王となってこの国を統治する方ですが………それだけじゃこんなに温かい祝福をされませんよ!
皆……殿下のことを尊敬し敬愛しているからこそ、殿下の周りに人が集まるんです!!!」
私はなんだか…………あまりにも必死で半分叫ぶように殿下に向けて言葉を放った。
そんな私をポカンとした表情で王子は見つめている。
しかし、すぐに彼は顔に笑みを浮かべた。
「……………ふはっ、アリスはホント面白いね」
「な、何がですか!?」
「………いや。君が可愛くて仕方がないんだけど、どうしようかな」
殿下は私を近くのベンチに下ろし、顔をグイッと近づけてくる。
最近思うのだけど、これ絶対わざとよね!?
私が殿下の顔に弱いことしっててやってるでしょう!?!?
長年の付き合いでやっと彼の行動の意味が分かってきた私だったが、だからといって抵抗できる訳でもない。
美しい顔が近くにあり、私は思いっきり動揺をしていたが、口を開いた。
………言いたいことがあったから。
「で、殿下はおかしいですわ。
普通ならソフィア様とか…………ちゃんと王妃の責務を全うできる完璧令嬢と婚約するべきです」
その私の言葉に王子のブラックスマイルが復活した。
「…………………は? ソフィア?
何言ってるの、キミ。
僕があんな性悪好きになる訳ないし、ソフィアさんには別に慕ってる人がいるよ」
…………別に、慕っている人…………??
「えぇ!?!? ソフィア様が好きなのはやっぱり殿下じゃないんですか!?!?
……………なんかおかしいと思いました………!!!」
「うん、どこからどう見たらそう勘違い出来たのか………君の脳の中を僕は1回覗いてみたいよ」
えぇぇえ、でもどうなってるの!?
ソフィア様は違うルートを歩んでいるの???
でも、あのクラスにいるってことは殿下のルートのはずなのだけれど…………。
私の存在という異物のせいでゲームのルートがグチャグチャになっているのかしら………???
というか………ソフィア様が殿下を選んでいないってことは、もしかして私の破滅エンドは…………回避されたのでは……………!?!?!?
「で、君の右手にある箱は僕へのプレゼントかな? お姫様」
殿下が指さした箱を私は慌てて背に隠した。
「………う、やっぱり渡したくなくなりました、殿下」
「は???」
「だってあんなに沢山のプレゼントに比べたら…私のなんて……」
「へぇー。僕はキミからのプレゼントだけを待っていたんだけど」
王子はベンチの背もたれに手をついて、私に覆い被さるような形になる。
あまりの顔の近さに私は慌てて仰け反った。
「………それなのに、ずっとソフィアさんと喋っているし、男とどっか消えていくし…………」
「ご、ごめんなさい」
「まぁキミに振り回されるのは悪くないんだけどね。……………お誕生日おめでとう、アリス」
「ありがとうございます、殿下」
殿下が私にくれたのはジャスミンの花が縁取られたネックレス。
お花の真ん中には宝石が埋め込まれていて光に当たるとキラキラ輝いた。
「僕にとって君がどれほど必要な人か、君はまだ微塵も気づいていないことがよく分かった誕生日だったなぁ………」
「………………」
「だからこれからはちゃんと言葉で伝えるよ、アリス」
王子はいつものように不敵な笑顔を浮かべていた。
私は彼のこの笑顔が好きだ。
いつも王族として、王太子として、堂々と自分の道を歩む彼に憧れているから。
だから、この笑顔をもっと見ていたいと思ってしまう。
彼の瞳は真っ直ぐ私だけを見つめていて、いつもなら恥ずかしさで逸らしてしまうけど、今日は…………彼から目を逸らせなかった。
「僕は昔から、君が好きで好きで堪らないんだ」
………………これは夢でしょうか、神様。
とうとう私の頭はおかしくなってしまったのでしょうか???
目の前の天使のような美青年に"好き"と言われました。
「絶対に君を逃がすつもりはないからね」
そう言い放った王子は彼の名前をしきりに呼んでいる集団の方へ歩き出す。
私の背に隠していたはずのプレゼントはいつの間にか消えていて、もう数メートル先を歩いていた王子を慌てて見つめると………………
彼はイタズラな笑顔を浮かべてながら、その箱に軽いキスを落として見せた。
応援ありがとうございます!
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