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 僕達は14歳になった。

 "学校が始まったら、アリスと会える機会が増えるかもしれない"
 という僕の期待は綺麗に裏切られていて、話す機会もない上にクラスの違うアリスの姿を見ることさえほとんどない。
 たまに見かければ彼女は沢山の令嬢に囲まれていて、その輪に入ってまでアリスに話しかけるのは流石に無粋で気が引けた。
 オマケに僕のクラスは周りのクラスより授業数が多く、課題の量も多いためアリスの家に会いに行ける機会さえ減っていた。


 …………今度の日曜は第2週の日曜、出来ることならアリスに会いに行きたいけれど委員会の集まりがあったな。
 すぐに仕事を終わらせたら会いに行けるか?
 いやでも今回の課題は結構重たいな……。

 ペラペラと授業で配られた本をめくりながら悶々と1週間のスケジュールを考えているところに同じクラスのソフィア・フィオーレがやってきた。
 彼女は数冊の本を抱えていて、それを僕の近くの机に置いた。


「先日のアラン先生の講義で出された占魔術のレポートに使えそうな良い文献があったのですが」

 彼女には度々助けられている。
 課題の班が同じになることが多い彼女は要領が良い上、僕と考え方が似ているためレポートがまとまりやすい。
 他の人と組む時の倍は課題が早く終わる。
 つまり彼女と課題の班が同じになりさえすればその週の日曜はアリスに会いに行ける確率がぐーんと上がるのだ。


「もしかしてスキヘンティア著の"タハトの咆哮"かい?」

「そうです! 先生が話されていた星座の利用の応用儀式について詳しく書かれていましたね」

「うん、そうだね。 明日までに大体はまとめておくから後はレオも一緒にまとめよう」


 これはいけるな。
 つい先日の授業の復習は彼女もとっくに終わらせているらしい。
 ……ただ1つ違和感があって、僕は顔を上げる。

 目の前にいるソフィアさんは気持ちが悪いほど愛想良くニコニコと微笑みながら、窓の外に目線をチラチラ向けていた。
 彼女はそんな笑い方はしない。


「………ふぅ………それと殿下、先程まで窓の外にアリス様がいらっしゃってましたよ」

「…………っアリスが!?!?」


 少し大きな声を出してしまって恥ずかしくなった僕は誤魔化すように咳払いをする。
 そんな僕の様子を見てソフィアさんはクスクスと笑った。


「余裕がないですこと………、
一国の王子が1人の令嬢に随分と手こずっていらっしゃって…………うん………くそカッコ悪いですわ」

 ソフィアさんは満面の笑みを浮かべながらそう言った。
 ……………っんの毒舌サディスト猫かぶり令嬢めが。
 だから大きな声を出したのを後悔したんだよ。
 顔をしかめる僕を見て彼女は至極愉快そうに笑みを浮かべながら、僕がレポート用にまとめた資料に目を通し始めた。

 ソフィア・フィオーレは一見、男女問わず誰もが憧れるような華麗な令嬢だけど中身はただの毒舌サディスト。
 そんな中身を知られないように上手く猫かぶりしている彼女を見ていると、外面だけは良い自分と重なって見えて余計に嫌になる。

 元々ソフィアさんは僕に難癖をつけるのが趣味だったようだが、僕がアリスに苦戦しているのを知ってからはなおさら毎日楽しそうだ。


「あ、そうそう。ご存知ですか、殿下。
"アリス様のクラスにいらっしゃるスインガ公爵のご子息であるセレス・スインガがアリス様を"という噂を耳にしましたけど………大丈夫そうですか???」


 目を輝かせながら楽しそうに話すソフィアさん。
 多分、この話を聞いて僕が嫌がるのに快感を感じているのだろう。
 ………彼女が男なら多分今頃、顔面に1発いれてやろうか迷っているところだ。

 スインガ………スインガ………確か、騎士団長を務めている男だ。
 その息子が、アリスを、ねぇ?

 その婚約相手がこの僕だと分かっているくせに…………"良い度胸"してるな。
 "ふふっ"と笑いがこぼれた僕を見てソフィアさんは読んでいる資料から目を離し、こちらに視線をよこす。


「アリス様は中庭の方へ歩いていかれましたよ。 最近忙しくてなかなかお会いになれていないのでは?私が先にまとめておきますから、行ってきてください」

 そう言った彼女は僕の手から本をぐいっと引っ張って奪い、少しイタズラに笑った。

 ……………結局、彼女は優しい人なんだとは思う。
 なんだかんだ言ってレポートも早く終わるように協力してくれる。
 さっきのだって僕が嫌がるのを楽しむ半面、そういう令嬢間の噂を手に入れることが出来ない僕の状況を知ってて教えてくれたのだろう。


「本当に君には頭が上がらないな」

「お互い様ですわ」


 彼女はそう言って不敵に微笑む。


 …………しょうがない。今度"アイツ"も誘って昼食を奢ることにしよう。

_________________



「…………あれ?アリス?」


 ソフィアさんが言っていた通りアリスは中庭のベンチに1人で座っていた。
 そんな彼女に偶然を装いながら近づいていく。
 僕の声に振り向いた彼女の顔はなぜか真っ青で僕の姿を捉えると勢いよくこちらに突っ込んできた。


「あぁぁぁあ、殿下!大変です!!!」

 勢いよくこちらに来たのは勿論、久しぶりに会えた為の熱烈な歓迎ではないらしい。
 分かってはいたことだけど、
 いつか熱烈な歓迎も受けてみたいなんてよこしまな考えが生まれる。
 

「……………う、うん? 何がかな?」

「私このままだと立派な悪役令嬢になってしまいます!! は、は、早く回避しないと首が………首が…………っ!!」


 そう言いながら彼女は必死に首を抑えている。
 首に跡がついたら僕がそういう趣味の男だと勘違いされそうだな……………。
 まぁいいけど。


「………………うん。1回、落ち着こうか」

 僕が彼女の上下する肩を優しく抑えると、彼女はゆっくり呼吸を整え始めた。


「…………で、何があったの?」

「危機が迫っていますの、殿下。
は、は、早く婚約破棄していただかないと、私………凄い嫌な女になってしまいますわ!」

「……………嫌な女?」

「えぇ! 今日殿下とソフィア様が一緒にいるところを見た時、こ、心がモヤッとしたのです! 私の黒き心が目覚めかけているに違いありません!!
 ………これはいけませんわ…………破滅ルートへまっすぐですわ!」


 今回は随分と切羽詰まった"婚約破棄"の申し出だな。
 いつもはもう少し頭を使って割と正論なことを言ってくるのに、今日は相当慌てているらしい。

 ……………………………………ん?

 いや、ちょっと待って。
 僕、なんか大事なことを聞き漏らしてるような………。

 うん、そう…。

 "殿下とソフィア様が一緒にいるところを見た時"

  "黒き心"

 "モヤッと"、ねぇ……………。

 0.003秒でこの思考を終えた僕の口はゆるりと弧を描いた。
 しかし、慌てているアリスは僕がこんな笑いを浮かべたことになんて多分気づいていないし気づいていたとしても何も考えられていないだろう。
 

「………………う、ん?
 えぇとつまり、僕とソフィア嬢が一緒にいるところを見て嫌な気持ちになったってことかな?」

「そうですね……………これが悪へ傾く瞬間なのだと悟りました。 」

「それってつまり……………嫉妬???」

 ニッコリ微笑みながら僕は尋ねる。

「………………………………………????」


 僕の言葉にアリスは唖然としてその内、目をキョロキョロと泳がせ始めた。
 多分、彼女なりに僕の言葉の意味を考えているのだろう。
 アリスの最初の言葉を思い出せば、彼女はこのモヤッとした感覚の理由は分かっていないらしい。

 だったらもうちょっと……………自分の中にある気持ちの正体を考えてもらおうじゃないか。


「だって僕がソフィアさんといるのを見て嫌な気持ちになったんだよね?
他の人にそんな気持ち思ったことないでしょ?」

 僕はぐいっとアリスとの距離を縮めながらそう言った。
 彼女は焦ったように後ずさって行く。

「…………で、でもでもでもでも、これは強制力ってやつでっ! そ、そのそういうことじゃないんです!殿下!」

 うん、君の言い訳は意味が分からないよ。
 でもここまで焦っている、ということは……………僕も少し自惚れていいかな?
 少しは………期待してもいいのかな?

 目の前でオロオロしているアリスを見て僕は心の中で黒い笑みを浮かべる。


 だって婚約破棄を求められる度に流石の僕でも心は傷ついてきた。
 アリスがそういうつもりで言ってないのは分かっているけど、僕が彼女を思う気持ちと彼女が僕を思う気持ちには大きな差があることをまじまじと感じざるを得なかったから。

 …………うん、だからここはもう少し攻めてみても許されるよね???
 

「ねぇ、そろそろ認めて素直になりなよ。
 君、僕のこと好きでしょ?」

「……………!?!?!?
な、な、な、な、な、何をおっしゃってますの!?
そんな訳な…………………………」


 ヒラヒラと上から落ちてきた木の葉っぱが彼女の髪に引っかかった。
 僕がそれを取ってやるとアリスは目を点にしながら微動だにせず停止している。


「……葉っぱ落ちてきてたよ」


 僕はそう言いながら緑の葉っぱを指でクルクルと弄る。

 少し頭に触れただけでこの反応。
 相当"意識"はし始めてくれている。

 今日の収穫は大きいな。

 チラッとアリスの横顔を見れば、僕が黙っていることにほっと息をついているところだった。
 …………安心したような顔をしないでくれるかな。
 もう少し僕のことで頭をいっぱいにしておいてくれてもいいだろう???


「で、アリス。 僕に何か言うことない?」

 僕はニッコリ微笑んでそう言った。
 
「あ、あ、あ、ありませんわ!」

 ……………あ、失敗した。
 僕も少し焦りすぎたな。

 追い詰めすぎたのか、アリスがついに僕の目の前から逃亡した。

 しかし彼女が突っ込んでいく方向には大きな池がある。
 彼女はそれに気がついていないのか、夢中で駆けていく。


「………!? アリス!そっち危ない!!!」


 僕が叫んだ時にはもう遅かった。
 彼女は校内の池の中に頭から落ちていったのだった。
 綺麗な放物線を描いてとんでいく彼女を僕はもう呆然と見てることしか出来なかった。

 多分、こんな破天荒で何をしでかすか僕に予想することも許さない令嬢に出会うのは後にも先にももうないと思う。
 ここまで僕を振り回す人なんて世界のどこにもいない。
 彼女のことを考えて心を躍らせたり、逆に落ち込ませたり、そうやって一喜一憂する人間らしい自分がいることに………酷く安心する。

 結局その日は池に落ちたアリスの救出と介抱でレポートは少しも進まなかった。
 ………だけどまぁいいかな。

 次"婚約破棄"の話題を出されても多分僕はもう負けないから。


 だってこう言えばいいでしょ?
 "あれ、僕のこと好きなんじゃないの?"って。


 その度に顔を赤くして慌てるアリスが脳裏に浮かぶ。

 うん。アリスが"婚約破棄"って言葉を口にするのが嫌になっちゃえばいいな。

 そしてあわよくば僕のものになる決意を固めてくれたりしたらいいのだけれど。

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