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 私達は、18歳になった。
 ついに今日は学園の卒業式だ。
 そして、悪役令嬢アリスの処刑が決まる断罪イベントの日でもある。
 私は朝からガクガクと震えながら、学校へ向かった。

 勿論、あれからソフィアさんとの関係は良好で友達として仲良くさせてもらっていた。
 …………だけど、ここはゲームの世界だ。

 今日この日に、ゲームの”強制力”が働いて処刑エンドを迎える可能性だってあるんだ。
 卒業式が終わるまでは、安心できない………!!!

 グルグルと考え事をしながら歩いていくと、いつも殿下の周りを囲んでいる令嬢達の話し声が聞こえてきた。


「王子って異国へ留学に行くんでしょう?」
「確か7年間よね………」
「寂しくなるわね」
「でもきっと素晴らしい経験を積み重ね、戻ってこられるわ!」
「そうね!私達も応援しなくては!」


 その言葉に私は愕然とした。
 殿下からそんなことは1つも聞いていなかったのだ。

 あの告白の日から2年が経ったが、私達の仲はあまり変化していなかった。
 それもそのはず、隣国との関係が悪化し殿下は公務に追われて学校にほとんど来れない日々が続いていたのだ。

 身内だけの誕生日会も開けないほどに、彼は忙しかった。
 それが落ち着いたのが先月のこと。
 なんとか戦争は回避され、隣国との関係も元に戻りつつあるらしい。


 その後、数回殿下は忙しい間をぬって私に会いに来てくださっていたけれど、深い話をするほどの時間はなかった。


 …………だ、だ、だからといって婚約者に留学について話さないなんてありますか!?!?!?
 手紙にもそんなこと書かれていたことは無かったし………!!!!


 私は焦りに焦って廊下を爆走し(先生に見つかったら大目玉)、殿下を探し回った。
 卒業生が集まる教室には殿下の姿はなく、私は人気のない校舎を走り回る。
 そして、中庭で彼の姿をやっと見つけることが出来たのだ。

 私は全力疾走して、殿下の元に駆け寄った。


「で、で、で、で、で、で、殿下!!!」

「うわっ、 アリス!?!?どうしたの、そんな汗をかいて………」

「わ、私嫌です!
嫌とか言っちゃダメなのは分かってるけど………嫌です!!」

「えっ?何が、かな?」


 殿下は酷く困惑した表情を浮かべていた。
 ……なんで留学のことって分かってくれないんだぁぁ!!!
 絶対それ以外考えられないじゃない!!!


「何で教えてくれなかったんですかぁぁあ!!!」

「えぇ?? 君に秘密とかしないけど………?」

「……私のこともう嫌になっちゃいましたか???
…………そうですよね、私今まで散々殿下を振り回してきたもの………」


 彼と出会ってからの思い出が頭の中に蘇る。
 いつだって彼は私より大人で、失敗ばかりの私に嫌な顔もせずずっと一緒にいてくれた。


「………それにずっと婚約破棄ってしつこく言ってきたし………」

「……………殿下の前で気絶するし、池には落ちるし、今日なんて汗まみれだし…………嫌われてしょうがないです………………だけど…………」


 こう思い返すと色々やらかしたな………。
 私ってなんて落ち着きがないのだろう。
 肩をがっくり落として、落ち込んだ。


 …………でも、今日はなりふり構っていられなかった。
 早く彼に会って伝えたいことがあった。
 あの告白からずっと考えていた。
 殿下と私の気持ちについて。


 婚約破棄しなくてはいけないと分かっているのに、考えれば考えるほど婚約破棄をしたくなくなってきて……………
 1年前セレスに告白された時も、断ってしまった。

 婚約破棄をするのなら、新しい婚約先が必要なはずなのに........。

 いつの間にか、自分の気持ちを抑えられなくなっていた。


 それは……………
 ……………私が…………………殿下を、”好き”だからだ。


 私は顔を上げて、殿下の袖を掴んだ。


「一緒にいたいんです!!!
処刑エンドになってもいいから!!!少しでも殿下と一緒にいたいんです!!!
私、殿下のこと好きで好きで好きでしょうがないみたいなんです………!!!」


 私の言葉に、殿下は目を見開いた。
 感情が抑えられなくて涙がポロポロと溢れた。
 いつの間に、こんなに好きになってしまったんだろう。
 私って馬鹿だから、よく分かんないよ………。
 でも………傍にいたい。
 こうやって留学の話を聞いて、自分の気持ちをしっかりと自覚させられた。


 殿下はしばらく呆然としていたけれど、ふっと微笑んで、私の涙を拭ってくれた。
 そして私の腕を引き寄せて、彼は私を抱きしめた。
 殿下の甘い香りで包まれた私は、驚いて彼の顔を見上げる。


「それは"プロポーズ"かな?アリス」


 殿下は見たこともないくらい、甘い笑顔を浮かべていた。
 私はその表情についつい見惚れてしまったけれど、”プロポーズ”という言葉には動揺を隠せなかった。


「…………ひぇ!? ち、違います!」

「僕を求めてこんな泣いてくれるなんて君が本当に小さい時以来だな」


 ポツリと殿下はそう呟いた。
 小さい頃は、まだ前世の記憶が戻っていなかったから素直に殿下に甘えられていた。
 殿下のことが大好きで、離れたくなくって……
 …………あれ、私………そんな幼い時からずっと殿下のこと好きだったのね…………。


「僕はずっと君の傍にいるよ、アリス。……………だって君は僕の奥さんになる人なんだから」

 
 耳元で殿下が囁いた。
 ”奥さん”という言葉に顔がぶあっと赤くなるのが分かった。


「で、でも、留学に行くんでしょう?
          ………異国へ」

「……………………」

「…………え?殿下???」


 何も言わなくなった殿下を不思議に思って、彼の顔を覗き込む。
 その瞬間、彼は見たこともないくらい大笑いをしだした。


「………ふはっ!!!そういうことか!!!はははは!!!それ、僕の弟の話だよ。ふははは!」


 ……………………は??????

   ……………え??????

 さきほどの令嬢達の会話を思い出す………。


 ”王子って異国へ留学に行くんでしょう?”
 ”確か7年間よね………”
 ”寂しくなるわね”
 ”でもきっと素晴らしい経験を積み重ね、戻ってこられるわ!”
 ”そうね!私達も応援しなくては!”


 …………確かにリヒト殿下だなんて、彼女達は一言も言っていなかった!!!!!!!


「……………………………」


 私はそっと殿下に背を向けた。
 息をゆっくりと吐き、落ち着こうと努力する。
 ………しかし無駄だった。


「アリス?」

「…………………………うわぁぁあ!!!最悪です!!!もう行きます!!!」


 突然走り出した私だったが、すぐに殿下に捕獲された。


「まだ行かないでよ、アリス。」

「い、やです………恥ずかしすぎて、顔を見られたくありません……」

「いいから」


 殿下は無理やり私を引き止めて、正面で向き合った。
 …………顔が熱い。
 今、私は本当にリンゴと瓜二つになっているのではないかってくらいには顔が真っ赤になっている自信があった。

 そんな私を見つめて、殿下は穏やかに微笑んでいる。
 

「これからどうやってアリスに結婚を説得するかを今、考えてたんだよ。それが………君からあんなプロポーズをされるとはね…………「プ、プ、プ、プロポーズじゃないです………!!!」」

 
 私は激しく動揺しながら訂正をした。
 すると殿下はまた楽しそうに微笑み、私の顔を覗き込んだ。


「じゃあ、僕から言わせてもらおうかな」


 殿下は目の前で跪き、私の手を取った。
 そのいきなりの行動に私は驚いて、目を丸くした。

 でも何も言葉を発さなかった。

 彼が.............とても真剣な表情だったから。


「アリス。君は僕の人生をいつも照らしてくれる太陽みたいな存在なんだ。僕はあまり他人を信用できないし、貴族達との付き合いにも本当はうんざりなんだ。”完璧王子”なんて言われているけど、本当は違う。根暗で卑屈な男なんだ。
だけど君といると、僕は君を護れるような強い男になりたいと思える。自然な笑顔になれる。苦手な人付き合いも君がいるなら頑張ろうと思える。
だから……これからもずっと傍にいて欲しい。結婚をして、一生を私とともに過ごしてくれないか???」


 全身が燃えるように熱かった。
 緊張.........動揺..........喜び...........全てが合わさって、訳がわからない気分だった。
 気絶しそうなくらい、顔が熱くて唇は震えた。


 それでも私の答えは一つだった。
 瞳から溢れる涙とともに、私は口を開いた。


「.......勿論です。殿下のことを.....絶対に幸せにします.......っ」


 私は殿下に釣り合うような女性ではない。
 だけど彼を少しでも支えてあげられるなら……………元気付けてあげられるなら、喜んで傍にいよう。


 私の答えに、殿下は「ふふっ」と笑いながら、瞳を潤ませた。
 そして、立ち上がり私の体を強く抱きしめた。


 春の風によって、近くの花壇から花びらが舞っていた。
 それはまるで私達を祝うかのようで……………


 その花びらが舞う世界の中、殿下と数秒見つめあった。
 相変わらず絶世の美男子である殿下の顔が目の前にあるとやはり落ち着かない。


 ……………その顔はゆっくりと近づいてきた。
 それを私も拒まなかった。


 「アリス、愛しているよ」


 その一言とともに、柔らかい口づけが落とされた。
 ファーストキスは幸せの味だった。





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