教室のヒーローは僕じゃない！ （学園ラブコメ）

第1話 放課後のハプニング

　春川高校の2年B組の教室は、放課後になるとまるで別の世界に変わる。

　授業中の堅苦しい空気はどこへやら、残った生徒たちは笑い合ったり、スマホをいじったり、自由気ままに過ごしている。
　窓の外では桜の花びらがちらほら舞っていて、4月らしい穏やかな風がカーテンを揺らしていた。

　僕、佐藤悠斗（さとうゆうと）は、いつも通り机に突っ伏して、数学の宿題を眺めていた。
　正確には、眺めているだけで頭には何も入ってこない。

　隣の席では、幼馴染の山崎美咲（やまざきみさき）が、楽しそうにスマホで何かを見ている。

「ねえ、悠斗。これ見てよ、めっちゃ面白い動画！」

　美咲が急に顔を近づけてきて、スマホを僕の鼻先に突きつけてきた。
　画面には、子猫が段ボールに突っ込んで転がる姿が映っていて、確かにちょっと笑える。

「うわ、近いって！　ちょっと離れてくれよ」と言いながら、僕は慌てて顔を引いた。

　でも内心、美咲の笑顔が近くで見られてちょっと得した気分だった。
　美咲はショートカットの髪を揺らして、また笑う。

「悠斗ってさ、いつ見ても反応が地味だよね。もっとテンション上げてよ、学園生活楽しもうぜ！」

　その明るさに引きずられるように、僕もつい苦笑いしてしまう。

　美咲とは幼稚園の頃からの付き合いで、こうやってからかわれるのも日常茶飯事だ。
　でも最近、妙に意識してしまう瞬間が増えてきて困る。

　たとえば、制服のブレザーを脱いでシャツ一枚になったときの無防備な姿とか、笑うたびに揺れる髪とか。
　……って、僕、何考えてんだ？

　そんな平和な放課後に、事件は突然訪れた。

「大変だー！　誰か助けてくれー！」

　教室のドアが勢いよく開いて、3年の先輩、田中翔太（たなかしょうた）が飛び込んできた。
　顔は真っ赤で、息を切らしてる。

　翔太先輩はサッカー部で、そこそこイケメンで有名な人だ。
　でも今は、イケメンどころかただの慌て者に見える。

「どうしたんですか、先輩？」と美咲が立ち上がって聞くと、翔太先輩は叫んだ。

「屋上で告白しようとしたら、風で手紙が飛ばされて、下の木に引っかかったんだ！　あれがないと死ぬ！　頼む、取ってくれ！」

　教室にいた数人が「えーっ」と声を上げて笑い始めた。
　僕も内心、『告白の手紙って……先輩、昭和のラブコメかよ』と思ったけど、美咲は目をキラキラさせて立ち上がった。

「面白そう！悠斗、行くよ！」
「え、僕？」
「当たり前じゃん、幼馴染のピンチは僕のピンチ、でしょ？」

　いや、ピンチなのは先輩であって僕じゃないんだけど……。
　そう思いつつも、美咲に引っ張られて教室を出ることになった。


　＊＊＊＊＊


　校庭の裏にある大きな桜の木の下に着くと、確かに枝の間に白い紙が引っかかっているのが見えた。
　風で揺れてて、今にも落ちそうだけど、微妙に高い位置にある。

「うわ、マジで引っかかってる。悠斗、登って取ってきてよ！」
「え、僕が？」
「ほら、男の子なんだからさ、カッコいいとこ見せてよ！」

　美咲がニヤニヤしながら言うから、断るわけにもいかず、僕は仕方なく木に登り始めた。
　小学生以来の木登りで、制服のズボンが枝に引っかかりそうになりながらも、なんとか手紙の近くまでたどり着いた。

「よし、取ったぞ！」

　紙を手に持った瞬間、下から拍手が聞こえてきた。
　美咲と翔太先輩が「ナイス！」とか言ってる。

　でもそのとき、ふと視線を感じて横を見ると、木の反対側に誰かが立っていた。

「え、誰？」

　よく見ると、隣のクラスの藤原結衣（ふじわらゆい）が、じっとこっちを見上げてる。

　結衣は学年でも有名なクールビューティーで、長い黒髪と鋭い目つきがトレードマーク。
　普段はほとんど喋らないのに、なぜか今、僕をガン見してる。

「……何？」と聞くと、結衣は一言。

「下手くそな木登りだったね」
「はぁ！？」

　その冷たい一言に、僕はバランスを崩して枝から滑り落ちそうになった。
　慌ててしがみついてなんとか耐えたけど、美咲が下で爆笑してるのが聞こえてきて、完全に恥をかいた気分だ。

「悠斗、大丈夫？　結衣ちゃん、辛辣すぎ！」

「事実を言っただけ」と結衣は平然と返す。

　結局、手紙は無事に翔太先輩に渡して、先輩は「命の恩人だ！」とか大げさに感謝してきた。
　でもその後、美咲が「悠斗、意外と頼りになるじゃん」と笑いながら肩を叩いてきたのが、なんだか妙に嬉しかった。
　結衣は「ふーん」とだけ言って去っていったけど、その背中を見ながら、『こいつ、実は面白い奴なのかも…？』なんて思ったりした。

　放課後の小さな騒動はこうして終わりを迎えたけど、この日から、僕の学園生活が少しずつおかしな方向に進み始めた気がする。