婚約破棄で覚醒したポンコツ令嬢は、最強聖女として愛されます

白桃

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聖女の力

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 王都を出て三日目、クラリスの馬車は小さな村へと近づいていた。しかし、遠くから見える光景に彼女は息を呑んだ。村の入り口付近には多くの人が集まり、何かに怯えているように見えた。

「何かあったのでしょうか」馭者に尋ねると、老人は顔をしかめた。

「魔物が出たらしいです。この辺りでは珍しいことじゃないんですが、最近は特に増えているようで…」

 クラリスの心が高鳴った。これは彼女の力を試す最初の機会かもしれない。

「急いでください」

 村に着くと、住民たちは混乱に陥っていた。若い男性数人が武器を手に持ち、村の外れにある森に向かって身構えている。

「どうしたの?」クラリスは村長らしき老人に声をかけた。

「お嬢さん、危ないですよ。森から魔物が現れて、すでに二人の村人が怪我をしました。王都に援軍を求める使者を出したところですが…」

「怪我人はどこに?」

 クラリスの表情は真剣だった。旅立つ前に読んだ書物によれば、聖女の力は癒しの力も含まれているはずだ。

 案内された小屋の中には、二人の若者が血まみれで横たわっていた。村の女性たちが必死に手当てをしているが、傷は深く、出血が止まる気配はなかった。

「どいてください」

 クラリスは毅然とした声で言い、怪我人のそばに膝をついた。彼女は目を閉じ、自分の中に眠る力を呼び覚まそうとした。

「精霊たちよ、私に力を貸して…」

 心の中で願うと、クラリスの手から柔らかな光が放たれ始めた。その光が怪我人の体を包み込むと、傷口が徐々に塞がっていく。

「あ…あれは…」

「聖女様の奇跡だ!」

 村人たちから驚嘆の声が上がる。クラリス自身も、自分の力に驚いていた。しかし、今はそんなことを考えている暇はない。

「森の魔物、どんな姿をしていたの?」

「巨大な影のような姿で、触れたものから生命力を奪うようです…」

「分かったわ」

 クラリスは立ち上がり、森に向かって歩き始めた。

「お嬢さん、危険です!」

 村長が止めようとしたが、クラリスの表情は揺るがなかった。

「大丈夫。私には…精霊の導きがあるから」

 森に入ると、空気が一変した。暗く、重く、生命の息吹が感じられない。しかし、クラリスの目には、森の中をさまよう精霊の光が見えていた。そして、その光が避けている場所が一か所。

「あそこね…」

 闇に包まれた一角に、巨大な影のような存在が蠢いていた。それは形がなく、ただ暗闇そのものが動いているかのようだった。

 クラリスは深く息を吸い込み、両手を前に差し出した。

「光よ、闇を照らせ」

 彼女の手から放たれた光は、森全体を包み込むほどの輝きとなった。魔物は悲鳴のような音を発し、その姿が揺らめいた。

「私は聖女、クラリス・アレスフォード。精霊の加護を受けし者。闇に紛れし魔物よ、この地を去れ!」

 クラリスの声は、彼女自身が驚くほど力強かった。光は次第に強さを増し、魔物の姿は徐々に小さくなっていった。

 最後の一閃で、魔物は完全に消え去った。森に静けさが戻り、クラリスはふらりと膝をついた。力を使い切った疲労感が全身を包み込む。

「大丈夫ですか、お嬢さん!」

 駆けつけた村人たちがクラリスを支えた。彼女は疲れた表情ながらも、微笑んだ。

「大丈夫よ。もう安全です」

 クラリスの噂はすぐに広まった。「光の聖女」と呼ばれるようになった彼女は、次々と魔物に襲われた村々を救っていった。その度に、彼女の力は強くなり、制御も巧みになっていった。

 王都から一か月ほど離れた村で休息していたある日、上質な馬車がクラリスの滞在していた宿に到着した。

「クラリス・アレスフォード様をお探しします」

 丁寧な口調で尋ねる男性は、王家の紋章を付けた制服を着ていた。

「私です」

 クラリスが名乗り出ると、男性は恭しく一礼した。

「陛下より使者として参りました。アレス第二王子様が、閣下とのご謁見を希望されております」

 宿の中が騒然となった。王子様からの招待など、この村では前代未聞の出来事だ。

「第二王子様が…私に?」

「はい。閣下の噂は王都にも届いており、王子様は大変興味を持たれております」

 クラリスは考え込んだ。王都に戻るということは、ロランやパトリシアと再会する可能性もある。しかし、彼女はもはや以前のクラリスではなかった。

「分かりました。お伺いします」

 王都への道中、クラリスは窓の外の景色を眺めていた。出発したときとは違う道を通っているが、それでも見慣れた風景が次第に近づいてくる。

「アレス王子様は、どのような方なのでしょうか?」

 使者に尋ねると、彼は敬意を込めて答えた。

「アレス王子様は、学問に秀でられ、民のことを第一に考えられる優しい御方です。それでいて、魔物対策にも熱心で、国境警備隊の強化に尽力されております」

 クラリスは頷いた。以前の彼女なら、王子様との謁見などとても考えられない出来事だった。今でも緊張はしているが、それでも自分の力と役割に自信を持てるようになっていた。

 王都に到着すると、クラリスは直接王宮へと案内された。華やかな宮殿の廊下を進むうち、彼女は様々な貴族たちの視線を感じた。驚き、嫉妬、そして興味。彼女の変貌ぶりに、誰もが反応を示している。

 大広間の扉が開かれ、クラリスは中へと進んだ。そこには若い男性が立っていた。背が高く、凛とした佇まいで、優しげな目をしている。

「クラリス・アレスフォード殿。お越しいただき、感謝する」

 アレス王子の声は、予想以上に柔らかく、温かみがあった。

「お招きいただき、光栄です、王子様」

 クラリスは丁寧に礼をした。

「光の聖女」と呼ばれる貴方の噂は、私の耳にも届いていた。辺境の村々を魔物から救い、怪我人を癒す…まさに聖女と呼ぶにふさわしい」

「過分なお言葉です。私はただ、自分にできることをしているだけです」

 アレス王子は微笑んだ。

「その謙虚さもまた、聖女の資質だな」

 彼はクラリスに近づき、真剣な表情で言った。

「実は、国境付近で魔物の活動が活発化している。このままでは王国全体が危機に瀕するかもしれない。そこで提案がある」

 クラリスは息を呑んだ。

「クラリス・アレスフォード殿。私と共に、この国を守っていただけないか」

「王子様…それは…」

「もちろん、強制ではない。しかし、貴方の力は王国にとって必要不可欠だ。そして…」

 アレス王子は一瞬言葉を詰まらせた。

「個人的な話になるが、私は初めて会った時から、貴方に心惹かれている」

 クラリスの頬が熱くなった。

「つまり…これは求婚ということですか?」

「そうだ。もちろん、今すぐ答えを求めるわけではない。ゆっくり考えてほしい」

 クラリスは深く息を吸い込んだ。かつて婚約破棄され、絶望の淵に立たされた自分が、今や王子から求婚されている。人生とは、なんと不思議なものなのだろう。

「考えさせてください、王子様」

「もちろんだ。明日の晩餐会で、また話をしよう」

 クラリスが広間を後にすると、廊下には多くの貴族たちが集まっていた。その中に、見覚えのある顔があった。

 ロラン・カーライルと、パトリシア・ウィンザー。

 二人の表情には、明らかな驚きと動揺が浮かんでいた。特にロランの目は、信じられないものを見るかのように見開かれていた。

 クラリスは二人の前を通り過ぎようとした。

「ク、クラリス…」

 ロランが声をかけたが、クラリスは立ち止まらなかった。今の彼女には、もはやロランに言うべきことなど何もなかった。

「聖女様!」

 廊下の先で、かつての同級生たちが彼女に駆け寄ってきた。かつては「ポンコツ令嬢」と陰で囁いていた者たちも、今は敬意の眼差しを向けている。

「クラリス、本当にあなただったのね!変わったわね!」

「聖女様として活躍されていると聞いていたけど、まさか王子様から求婚されるなんて!」

 彼女たちの熱狂的な反応に、クラリスは穏やかに微笑んだ。

「ありがとう。でも、まだ何も決まっていないわ」

 しかし、クラリスの心の中では、すでに答えが出始めていた。
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