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動き出した婚約破棄への一本道

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「アン。あの馬鹿王子からの手紙をお母様に見せますわ」
「よろしいのですか?」

 一度部屋に戻った私は、アンが帰ってくるまでの間に馬鹿王子からずっと送られてきていた手紙をまとめていました。
 本当ならあまりに馬鹿げたこの手紙は見せたくはありません。

 あの偽聖人の外面からは全く想像できない内容過ぎて、逆に私の偽造を疑われるかもしれないと思っていたからです。
 ですが、この『証拠』なくしては、偽聖人を信じきっているお母様を説得する事は出来ない。
 先ほどの母親の目を見て、私はそう結論づけたのです。

「さすがにお母様もこの手紙を見れば私の言葉を信じてくれるでしょう」
「そうだと良いのですが」
「いくわよアン」

 私はまとめた手紙を袋に詰め込むと、それを持ってもう一度母の部屋に向かいます。

「いくらあの馬鹿王子のことを買っているお母様でも、この手紙を見れわかってくれるはずですわ」
「だとよろしいのですが」

 私は何処か不安げなアンを無理やり引きずってお母様の部屋を再訪しました。
 そして、お母様の前に数十通にも及ぶその手紙を積み上げて高らかに宣言します。

「お母様、このポールからの手紙をよく読んでくださいまし」
「これは貴方への恋文ですわよね?」
「恋文? 中身を知らなければそう思われても仕方ありませんわね。ですけど、これは恋文などというものではございませんわ」

 私の言葉を最初は信じていなかったお母様でしたが、手紙を読み進めていくうちにみるみる表情をこわばらせていきます。
 やがて手紙の山の半分ほどまで読み終わった頃でした。

「メアリー。この手紙が本物だったとしたら、許されざることです。今から私は王城へ向かい、お父様と共に真偽をたしかめてまいります」
「私も一緒に行きますわ」
「いいえ、貴方は残っていなさい。事は貴方とポールだけの話ではなく、王家と我がフォックス家との問題にもなりかねません」

 我がフォックス家は、この国の建国以来、長い間王家を支え続けた重鎮中の重鎮です。
 王家が今あるのはフォックス家のおかげとさえも世間では言われているほど、王家に対して影響力がありました。

「あの、お母様。私としてはポール様との婚約さえ破棄させていただければ……」

 馬鹿王子からの手紙を読んで頭に上っていた血が、お母様の憤怒の表情を見て下がっていくのを感じます。
 人は自分よりも怒りを露わにしている人を見ると、逆に冷静になれるというのは本当の事だったのでしょう。

「何を言っているのメアリー。私の大事な娘に対してのこのような仕打ち、到底許せるものでは無いでしょう?」
「ですけどお母様」
「我がフォックス家が代々どれほどの犠牲を出して王家を守り続けて来たのか、この馬鹿王子に教育してこなかった罪は見逃すわけにはいきません」

 お母様は私の言葉を遮るように叫ぶと、筆頭執事であるセバスを呼びつけ、王城への馬車を手配させます。
 その間、私は思った以上の大事になりそうな気配に一人右往左往するばかり。

「ですからよろしいのですか? と私は確認したのですが」

 慌てる私の後ろに控えたアンのそんな呟きは、すでに動き出した物事を止めることは不可能だと物語っているようでした。
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