暁闇の騎士

琉斗六

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 廊下を、二人は並んで歩いた。

 すれ違う者はおらず、ひどく静まり返っていた。
 クリスの靴音だけが、床に乾いたリズムを刻む。
 そのすぐ横を、裸足のミスティが音もなく歩いていく。
 ミスティは、それを不思議とも思っていないのか、ただ静かに歩いている。

 皮膚の感覚すら、もはや日常に埋もれて──彼にとっては、気に留めるほどのことでもないのだろう。

──あるいは、俺の方が、神経質すぎるのかもしれないな。

 そう思うことで、クリスは自身の戸惑いを中和しようとした。
 だが、何も変わっていない様子のミスティを見るたびに、クリスの心の中で、名付けようのないざらつきが、じわじわと広がっていく。

 私室に入ると、ミスティは周囲を一瞥し、ぽつりと呟いた。

「意外と生活感があるんだな」
「そうか? きみはどうなんだ?」
「……正直言って、部屋にはに帰るだけ、って感じだ」

 そう言って、ソファに腰を下ろす。

 病衣びょういの裾がわずかにめくれた。
 脚を組むその仕草に色気はなく、ただ無頓着なだけだった。

「最低限の私物ぐらいは、あるだろう?」
「うーん……。実を言うと、自分でもよくわからなくなってるんだ」
「部屋に、に帰ることがか?」
「いや、……僕自身がさ」

 言いながら、ミスティは目を伏せた。

「僕は……ほら、ネクシオンだろう? だから、部屋に帰って私物に触れたりすると、覚えてはいるんだ。全部。でも……それが本当に、自分の記憶でいいのかどうか、わからなくなる」

 ミスティは、まるでなにげない話でもするように言った。
 あまりに無邪気すぎるその言葉が、胸に突き刺さる。

 キツすぎる思考を切り替えるため、クリスは棚からグラスを取り出し、ウイスキーを注いだ。

 氷が触れ合って、澄んだ音が鳴る。

 あのシャワールームでの夜のことが、クリスの頭をよぎる。
 肌に触れたときの反応も、声も、震えも。

 その全てが、ミスティにとっては、もう "なかったこと" になっているのかもしれない。

「きみも、飲むか?」
「……いや、酒はあんまり強くない」
「一杯だけだ。それにもう成人済みだろう? グリント様からも "休め" と言われてる。命令違反はよくないぞ」

 半分冗談めかして言い、クリスはウイスキーを注いだ。
 対面のグラスに、琥珀色の液体が音を立てて満ちていく。

「それじゃあ、一杯だけごちそうになろう」

 グラスを持ち上げるミスティの手に、ブレはない。

 先ほどと同じように、淡々と。
 静かな夜が、何事もなかったように始まろうとしていた。
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