暁闇の騎士

琉斗六

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 クリスは何も言わず、再びキスを重ねた。
 唇が触れている間だけは、現実のすべてが遠ざかる気がした。
 ミスティに、何も言わせたくなかった。
 いや──何も聞きたくなかっただけかもしれない。

 ソファに体を預けたミスティは、力を抜いたまま動かなかった。
 病衣びょういがゆるみ、白い肌がこぼれる。
 拒まれたわけでもなく、求められたわけでもなかった。
 ただ横たわるミスティの体に、クリスはそっと腕をまわした。

 指先で肌をなぞると、ミスティの体がわずかにすくんだ。
 そのびくりとした反応に、クリスが手を止める。

──これじゃあ、シャワールームの二の舞じゃないか……。

 あのときも、ミスティはただ受け入れるだけだった。
 声も、抗いもなく、熱を発してはいたが、感情を見せなかった。

──違う……。今回は、そうじゃない。

 今度は、ちゃんと触れる。
 ちゃんと伝えるのだ。

 クリスはゆっくりと身を起こし、ソファを離れた。

 ベッド脇の引き出しを開ける。
 奥にあった小さなボトルを取り出す。
 かつて、レティシアが使っていたラベンダーの香り。
 すっかり忘れていたその存在が、今は唯一の答えのように思えた。

 ボトルの蓋を開け、ローションを手のひらに取る。
 滑らかな感触が、ほんの少しだけ手を落ち着かせる。

 ミスティの腰に、そっと手を添えた。
 その体が、かすかにすくんだ。
 それは拒否ではなかった。
 驚きでもない。
 むしろ、どう反応すればいいのかわからないまま、ただ受け入れているように見えた。

 クリスは息を詰め、慎重に指を動かした。
 手のひらで温めたローションが、ミスティの肌に広がっていく。

 無音むおんの中で、ミスティがわずかに息を飲んだ。
 小さな音だった。
 けれど確かに、感じていた。

 濡れた肌が、指を受け入れていく。

 やわらかく、ゆっくりと。
 何かを開いていくように。

「……っ」

 喉の奥で、小さく声がこぼれた。
 痛みではなかった。
 抗いでも、拒絶でもなかった。

 ミスティは言葉を失い、わずかに喘ぎ声を漏らす。
 それが快感の吐息だったのか、壊れかけた心が掻き乱される音だったのか──クリスには、判別がつかなかった。

 だが、確かなことが一つだけあった。
 ミスティの身体は、確かに反応していたのだ。

 クリスは、自分の指先が引き出したその反応に、胸の奥をきゅうと締めつけられるような痛みを覚えた。

──きみを、もっと……。

 言葉にしようとして、けれどクリスは口を開けなかった。
 言葉にした瞬間、目の前のミスティが消えてしまいそうで、クリスは怖かったのだ。

 クリスは、慎重に指を動かした。
 ゆっくりと。
 ローションをなじませながら、その内部を押し広げていく。

 ミスティの腹筋が、ぴくりと引きつった。
 それはほんのわずかな反射にすぎなかったが、確かに、熱は感じられた。
 最初は、かすかに逃げるようだった動きが、数度繰り返すうちに──わずかに、迎えるような気配へと変わっていった。

 そして、吐息が漏れた。
 ごく小さく、誰にも気づかれないような、くぐもった音。

 だが、クリスの耳には、はっきりと届いた。

 それは、痛みのものではなかった。
 声にならない快感の吐息。
 逃れようとしても零れ落ちてしまった、ごまかしの効かない音だった。

 クリスの胸が、熱く高鳴った。
 喉が焼けるほどの歓喜と焦燥が、クリスの心に混じり合う。

 ミスティの目は、閉じられたままだった。
 感情は、そこに映らない。
 けれど──

 ミスティのつま先がそっと丸まり、足の甲にわずかに力が入る。
 そのわずかな揺れが、クリスの胸に深く刺さった。

 感情を表に出さないミスティのかわりに、その身体だけが真実を告げていた。

 クリスは、触れ方を変えた。
 より深く、角度を探りながら、指を増やし、慎重に広げていく。

 水音が微かに響く。
 布が擦れる音と、ミスティの震える吐息。

 ミスティの肩が、またわずかに震える。
 口元が、かすかに熱を漏らすように動いた。

 たまらず、クリスは唇を這わせる。
 首筋から鎖骨へ、乱れた病衣びょういの隙間に唇を押し当て、その熱を確かめるように、何度も、何度も触れた。

 ミスティの喉が震えた。

 目を開くことはない。
 だが、その表情に、ふと──

 快感の余韻にとろけたような、わずかな緩みが浮かび上がった。
 クリスの喉の奥から、かすれた吐息が漏れた。

 届いている。
 ちゃんと、感じてくれている。

 その確信に、クリスの胸の奥で、喜びと、得体の知れない焦燥が混じり始めた。

──今だけでいい。
──今だけは、俺の手が、きみを "人間" に引き戻していると、思わせてくれ。

 クリスはそっと指を抜き、自分の体を重ねる。

 ミスティの脚は、わずかに開いた。
 それはもう、拒絶でもなければ、受動でもなかった。
 それは、確かに呼応だった。

 深く結ばれるたびに、ミスティの指は、ソファの縁を握りしめた。

 張り詰めた関節、白くなる指先。
 唇から、息が漏れる。
 それは言葉にはならない。けれど──
 クリスには、それがわかった。

 今この瞬間を、彼が確かに感じていることが。

 それだけで、胸が張り裂けそうだった。
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