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10.潜入
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数日後、ミスティはヴィクトリアの手引によって、ルミナリア王国へと入った。
変装のために、服装は一新された。
王国までの移動はブリュンヒルデではないが、同じくヴァルハラの飛空艇だった。
その搭乗中、ヴィクトリアによって十着を超える服を試着させられる羽目になったが──最終的に彼に与えられたのは、くたびれた土汚れの目立つツナギという、整備士なのか農作業員なのかよくわからない作業服だった。
さらに、目立つ真紅の瞳を隠すため、ミーミルから認識阻害効果のある眼鏡を渡された。
顔の周囲に何らかの魔導が作用しているようだったが、鏡に映ったのは──驚くほど「冴えない整備士」だった。
移動には、ミーミル特製の魔導車が用意されていた。
「……どこが特製なんだ?」
外見は、ごく普通の魔導車に見える。そう問うたミスティに、ヴィクトリアは微笑む。
「ふふ、お乗りになればわかりますわ」
運転を務めるのは、ヴィクトリアの使用人であり秘書であり、運転手でもあるエルアスキン。
ニコリとも笑わない無表情の男だったが、それがむしろ、信頼に足る雰囲気を醸している。
そんな彼がドアを開けると、ミスティは一瞬、自分の目を疑った。
窓越しに見えていた無機質な内装はどこにもなく、目の前には──まるでブリュンヒルデの縮小版のような、別世界が広がっている。
「すごいな。そもそも、外観より広く感じる」
「実際に、広いですわ。空間を捻じ曲げる術を、ミーミルが考案してくれましたのよ。──ところで、シェイドさんとは、どこで合流なさるの?」
「レフュージの本拠地の手前で、落ち合います」
ルミナリア騎士修道会──通称:レフュージは、ルミナリア王国の引退騎士たちによって運営される非営利団体である。
表向きは修道会を名乗っているが、実態は負傷兵の保護、再就職支援、そして魔法薬の開発・販売を行う、騎士たちのための "隠れたセーフティネット" だった。
ミスティが向かう本部は、ルミナリア南東部の広大な丘陵地帯にある。
かつては王家の狩猟地だったが、「王国のために戦い、傷ついた騎士たちの受け皿」として王家から下賜された土地である。
丘陵の目立つ位置にある "大修道院" は、あくまで人目を欺くための顔。
その裏側には、石造りの建物が丘の影にいくつも点在しており──手足を失った者たちの療養施設や医療棟、自給自足のための畑や牧場まで備えた、小国家にも等しい複合施設となっていた。
「ミスティさんの血液サンプルは、研究棟地下の魔導保存庫にあると判明しております。ただ、それだけを取り戻しても、研究データが残りますわね」
「大丈夫です。一緒に入るシェイドが、データは全て破棄してくれるはずです」
「それで、侵入のための偽装身分証が二人分、必要と仰っていたのね」
ヴィクトリアは、魔導文様が浮かぶ金属製の身分証を二枚、そっと手渡した。
「……でも、本当に、お二人だけで大丈夫ですの? 心配ですわ」
「……正直、前線経験のないシェイドと二人きりは、少し不安です。でも彼もラディアントの一人ですし──それに、いざとなれば僕が騒ぎを起こせば……」
「ミスティさん。血液サンプルを取り戻すということは、あなた自身の "存在" を取り戻すことなのですわ。──そのご本人が捕まってしまっては、本末転倒ですわよ?」
「……ああ、そうだった。悪い癖だな……」
──もしも、潜入の相棒がシェイドではなくクリスだったなら……。
こんな不安は、覚えなかったかもしれない──。
その想いは、口にはせず。
ミスティはただ、魔導車の窓から空を見上げた。
空には雲ひとつなく、ミスティの沈黙だけが、静かに流れていた。
変装のために、服装は一新された。
王国までの移動はブリュンヒルデではないが、同じくヴァルハラの飛空艇だった。
その搭乗中、ヴィクトリアによって十着を超える服を試着させられる羽目になったが──最終的に彼に与えられたのは、くたびれた土汚れの目立つツナギという、整備士なのか農作業員なのかよくわからない作業服だった。
さらに、目立つ真紅の瞳を隠すため、ミーミルから認識阻害効果のある眼鏡を渡された。
顔の周囲に何らかの魔導が作用しているようだったが、鏡に映ったのは──驚くほど「冴えない整備士」だった。
移動には、ミーミル特製の魔導車が用意されていた。
「……どこが特製なんだ?」
外見は、ごく普通の魔導車に見える。そう問うたミスティに、ヴィクトリアは微笑む。
「ふふ、お乗りになればわかりますわ」
運転を務めるのは、ヴィクトリアの使用人であり秘書であり、運転手でもあるエルアスキン。
ニコリとも笑わない無表情の男だったが、それがむしろ、信頼に足る雰囲気を醸している。
そんな彼がドアを開けると、ミスティは一瞬、自分の目を疑った。
窓越しに見えていた無機質な内装はどこにもなく、目の前には──まるでブリュンヒルデの縮小版のような、別世界が広がっている。
「すごいな。そもそも、外観より広く感じる」
「実際に、広いですわ。空間を捻じ曲げる術を、ミーミルが考案してくれましたのよ。──ところで、シェイドさんとは、どこで合流なさるの?」
「レフュージの本拠地の手前で、落ち合います」
ルミナリア騎士修道会──通称:レフュージは、ルミナリア王国の引退騎士たちによって運営される非営利団体である。
表向きは修道会を名乗っているが、実態は負傷兵の保護、再就職支援、そして魔法薬の開発・販売を行う、騎士たちのための "隠れたセーフティネット" だった。
ミスティが向かう本部は、ルミナリア南東部の広大な丘陵地帯にある。
かつては王家の狩猟地だったが、「王国のために戦い、傷ついた騎士たちの受け皿」として王家から下賜された土地である。
丘陵の目立つ位置にある "大修道院" は、あくまで人目を欺くための顔。
その裏側には、石造りの建物が丘の影にいくつも点在しており──手足を失った者たちの療養施設や医療棟、自給自足のための畑や牧場まで備えた、小国家にも等しい複合施設となっていた。
「ミスティさんの血液サンプルは、研究棟地下の魔導保存庫にあると判明しております。ただ、それだけを取り戻しても、研究データが残りますわね」
「大丈夫です。一緒に入るシェイドが、データは全て破棄してくれるはずです」
「それで、侵入のための偽装身分証が二人分、必要と仰っていたのね」
ヴィクトリアは、魔導文様が浮かぶ金属製の身分証を二枚、そっと手渡した。
「……でも、本当に、お二人だけで大丈夫ですの? 心配ですわ」
「……正直、前線経験のないシェイドと二人きりは、少し不安です。でも彼もラディアントの一人ですし──それに、いざとなれば僕が騒ぎを起こせば……」
「ミスティさん。血液サンプルを取り戻すということは、あなた自身の "存在" を取り戻すことなのですわ。──そのご本人が捕まってしまっては、本末転倒ですわよ?」
「……ああ、そうだった。悪い癖だな……」
──もしも、潜入の相棒がシェイドではなくクリスだったなら……。
こんな不安は、覚えなかったかもしれない──。
その想いは、口にはせず。
ミスティはただ、魔導車の窓から空を見上げた。
空には雲ひとつなく、ミスティの沈黙だけが、静かに流れていた。
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