43 / 75
11-2
しおりを挟む
ミスティは、監房に監禁されていた。
両手は拘束具で固定され、常に背後で留められている。
監房内には、横になるための簡素なベッドと、仕切り壁の奥に、ぽつんと排泄装置が据えられている。
おそらく魔力循環式で処理されるのだろうが、使う者の羞恥を和らげるような配慮は皆無だった。
押し込まれた際、拘束は背中から前へと移されたが、解かれることはなかった。
"検体" という言葉が指すのは、ミスティの体細胞なのか、存在そのものなのか──その境界さえ曖昧になるほどの扱いだった。
ドクター・アルドリックは「嗜虐趣味はない」と言い、実際になんらかの処置をする時、丁寧に麻酔は掛けてくれたが。
しかし、処置の内容そのものは尊厳を踏みにじられるようなことばかりだった。
特に今日は──。
処置室の金属のベッドに横たえさせられて、いつもならば採取部位に麻酔が施されるが、それがなかった。
ドクター・アルドリックと数人の助手、部屋には映像を残すための機材がすでに設置されていて、それらを扱うためにタイドがいた。
「もうしわけないね、ミスティくん。今日は少々、恥ずかしい目にあってもらう。まぁ、痛みはないから心配はしないで」
ドクター・アルドリックは、いつもの不気味な微笑みをミスティに向けた後、スッと表情を引っ込めると助手に向かって淡々と命じた。
「今日は生理学的データを取る。ホルモンバランスや反応時間だ。心理状態も同時に計測する」
助手たちは、ミスティの頭部に脳波計を、胸に心電図をとるための粘着式の電極パッドを貼り付けた。
「準備、終わりました」
「よし。引き続き、検体の採取を始めよう」
ドクター・アルドリックが指示を出すと、白衣にゴム手袋をした助手と、ビーカーを持った助手が、作業を開始する。
「ちょっと、待て! これは、一体……っ!」
「生殖機能に関するデータが取りたいんだ。なに、すぐに終わるよ。もっとも、趣味の悪い一部の研究者が、採取の際のきみの反応も知りたいというのでね」
──趣味が悪いのは、おまえもじゃないかっ!
ミスティはぎりと奥歯を噛む。
それは、痛みでも快感でもなかった。
感覚の輪郭はぼやけ、何を失っているのか自分でも掴めない。
だが確かに、何かが静かに、自分の内側から剥がれ落ちていくのを感じていた。
──ああ、僕にも、まだ……尊厳なんて残ってたのか?
「ふむ。不死身のヒーローも、心理面では意外に脆いようだね。死と再生を繰り返し、心のほうも鈍化したと思っていたが……そんな顔も出来るのだね」
タブレットに淡々と記録をつけていたドクター・アルドリックが、感情の抑揚すら乗せず、まるで顕微鏡越しの変化に言及するような声で言った。
──そんな顔……って、どんな顔だ……?
そこにカメラがあることに改めて気付き、顔を天井に向けるとオペライトの鏡面に自分の顔が見えた。
──僕は、羞恥している?
そうした行為の全ては、生理現象の一つに過ぎず、与えられる感覚に対する神経伝達物質の化学反応……のはずだ。
けれど、もしそれだけなら、なんで胸がこんなにざわつく?
こうした衆人環視の中で行われることに、羞恥を覚えたのか? と思うが、実際のところ自分の置かれている状況は、端的に言えばモルモットの実験に過ぎない。
──いやだ……!
しかしミスティの悲鳴は、喉奥に貼り付いて声にはならなかった。
ゴム手袋が冷たく触れる。
器具が押し当てられた時、彼は身を強張らせた。
反応する身体が、自分の意思では止められないことを悟った瞬間、何かが内側から崩れ落ちていった。
やがて、ビーカーの底に濁った液体が落ち、しんと静まり返った室内に、小さく鈍い音を響かせていった。
──……終わった、のか?
ミスティが体を弛緩させた様子を眺め、ドクター・アルドリックは首をかしげる。
「申し訳ないね、ミスティくん」
ビーカーに貯められた体液は、その場で凍結の術が掛けられて、部屋から運び出された。
だがミスティの回りを取り囲んでいた助手は、作業を終わらせる様子もなく、次の器具を手にしている。
「最初と、それから限界を迎えたあとのものと、差異を比べたいと言われていてね。もう少し、付き合ってもらわなければならないよ」
冷たい金属音が、手術室に響いた。
ミスティの視界の端で、カメラの赤い光が、静かに瞬いていた。
──こいつら……っ!
自分の意思とは無関係に達してしまったという事実が、全身に寒気のようなものを走らせる。
身体が勝手に反応した。そう思えば思うほど、何かが壊れたような気がした。
感じているのは、羞恥なのか、怒りなのか、それとも屈辱なのか。
はっきりしていたのは、胸の奥を押しつぶすような、混乱だけだった。
両手は拘束具で固定され、常に背後で留められている。
監房内には、横になるための簡素なベッドと、仕切り壁の奥に、ぽつんと排泄装置が据えられている。
おそらく魔力循環式で処理されるのだろうが、使う者の羞恥を和らげるような配慮は皆無だった。
押し込まれた際、拘束は背中から前へと移されたが、解かれることはなかった。
"検体" という言葉が指すのは、ミスティの体細胞なのか、存在そのものなのか──その境界さえ曖昧になるほどの扱いだった。
ドクター・アルドリックは「嗜虐趣味はない」と言い、実際になんらかの処置をする時、丁寧に麻酔は掛けてくれたが。
しかし、処置の内容そのものは尊厳を踏みにじられるようなことばかりだった。
特に今日は──。
処置室の金属のベッドに横たえさせられて、いつもならば採取部位に麻酔が施されるが、それがなかった。
ドクター・アルドリックと数人の助手、部屋には映像を残すための機材がすでに設置されていて、それらを扱うためにタイドがいた。
「もうしわけないね、ミスティくん。今日は少々、恥ずかしい目にあってもらう。まぁ、痛みはないから心配はしないで」
ドクター・アルドリックは、いつもの不気味な微笑みをミスティに向けた後、スッと表情を引っ込めると助手に向かって淡々と命じた。
「今日は生理学的データを取る。ホルモンバランスや反応時間だ。心理状態も同時に計測する」
助手たちは、ミスティの頭部に脳波計を、胸に心電図をとるための粘着式の電極パッドを貼り付けた。
「準備、終わりました」
「よし。引き続き、検体の採取を始めよう」
ドクター・アルドリックが指示を出すと、白衣にゴム手袋をした助手と、ビーカーを持った助手が、作業を開始する。
「ちょっと、待て! これは、一体……っ!」
「生殖機能に関するデータが取りたいんだ。なに、すぐに終わるよ。もっとも、趣味の悪い一部の研究者が、採取の際のきみの反応も知りたいというのでね」
──趣味が悪いのは、おまえもじゃないかっ!
ミスティはぎりと奥歯を噛む。
それは、痛みでも快感でもなかった。
感覚の輪郭はぼやけ、何を失っているのか自分でも掴めない。
だが確かに、何かが静かに、自分の内側から剥がれ落ちていくのを感じていた。
──ああ、僕にも、まだ……尊厳なんて残ってたのか?
「ふむ。不死身のヒーローも、心理面では意外に脆いようだね。死と再生を繰り返し、心のほうも鈍化したと思っていたが……そんな顔も出来るのだね」
タブレットに淡々と記録をつけていたドクター・アルドリックが、感情の抑揚すら乗せず、まるで顕微鏡越しの変化に言及するような声で言った。
──そんな顔……って、どんな顔だ……?
そこにカメラがあることに改めて気付き、顔を天井に向けるとオペライトの鏡面に自分の顔が見えた。
──僕は、羞恥している?
そうした行為の全ては、生理現象の一つに過ぎず、与えられる感覚に対する神経伝達物質の化学反応……のはずだ。
けれど、もしそれだけなら、なんで胸がこんなにざわつく?
こうした衆人環視の中で行われることに、羞恥を覚えたのか? と思うが、実際のところ自分の置かれている状況は、端的に言えばモルモットの実験に過ぎない。
──いやだ……!
しかしミスティの悲鳴は、喉奥に貼り付いて声にはならなかった。
ゴム手袋が冷たく触れる。
器具が押し当てられた時、彼は身を強張らせた。
反応する身体が、自分の意思では止められないことを悟った瞬間、何かが内側から崩れ落ちていった。
やがて、ビーカーの底に濁った液体が落ち、しんと静まり返った室内に、小さく鈍い音を響かせていった。
──……終わった、のか?
ミスティが体を弛緩させた様子を眺め、ドクター・アルドリックは首をかしげる。
「申し訳ないね、ミスティくん」
ビーカーに貯められた体液は、その場で凍結の術が掛けられて、部屋から運び出された。
だがミスティの回りを取り囲んでいた助手は、作業を終わらせる様子もなく、次の器具を手にしている。
「最初と、それから限界を迎えたあとのものと、差異を比べたいと言われていてね。もう少し、付き合ってもらわなければならないよ」
冷たい金属音が、手術室に響いた。
ミスティの視界の端で、カメラの赤い光が、静かに瞬いていた。
──こいつら……っ!
自分の意思とは無関係に達してしまったという事実が、全身に寒気のようなものを走らせる。
身体が勝手に反応した。そう思えば思うほど、何かが壊れたような気がした。
感じているのは、羞恥なのか、怒りなのか、それとも屈辱なのか。
はっきりしていたのは、胸の奥を押しつぶすような、混乱だけだった。
0
あなたにおすすめの小説
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
【完結】完璧アルファな推し本人に、推し語りするハメになったオレの顛末
竜也りく
BL
物腰柔らか、王子様のように麗しい顔、細身ながら鍛えられた身体、しかし誰にも靡かないアルファの中のアルファ。
巷のお嬢さん方を骨抜きにしているヴァッサレア公爵家の次男アルロード様にオレもまたメロメロだった。
時に男友達に、時にお嬢さん方に混ざって、アルロード様の素晴らしさを存分に語っていたら、なんとある日ご本人に聞かれてしまった。
しかも「私はそういう人の心の機微が分からなくて困っているんだ。これからも君の話を聞かせて欲しい」と頼まれる始末。
どうやら自分の事を言われているとはこれっぽっちも思っていないらしい。
そんなこんなで推し本人に熱い推し語りをする羽目になって半年、しかしオレも末端とはいえど貴族の一員。そろそろ結婚、という話もでるわけで見合いをするんだと話のついでに言ったところ……
★『小説家になろう』さんでも掲載しています。
【完結】生まれ変わってもΩの俺は二度目の人生でキセキを起こす!
天白
BL
【あらすじ】バース性診断にてΩと判明した青年・田井中圭介は将来を悲観し、生きる意味を見出せずにいた。そんな圭介を憐れに思った曾祖父の陸郎が彼と家族を引き離すように命じ、圭介は父から紹介されたαの男・里中宗佑の下へ預けられることになる。
顔も見知らぬ男の下へ行くことをしぶしぶ承諾した圭介だったが、陸郎の危篤に何かが目覚めてしまったのか、前世の記憶が甦った。
「田井中圭介。十八歳。Ω。それから現当主である田井中陸郎の母であり、今日まで田井中家で語り継がれてきただろう、不幸で不憫でかわいそ~なΩこと田井中恵の生まれ変わりだ。改めてよろしくな!」
これは肝っ玉母ちゃん(♂)だった前世の記憶を持ちつつも獣人が苦手なΩの青年と、紳士で一途なスパダリ獣人αが小さなキセキを起こすまでのお話。
※オメガバースもの。拙作「生まれ変わりΩはキセキを起こす」のリメイク作品です。登場人物の設定、文体、内容等が大きく変わっております。アルファポリス版としてお楽しみください。
恋人ごっこはおしまい
秋臣
BL
「男同士で観たらヤっちゃうらしいよ」
そう言って大学の友達・曽川から渡されたDVD。
そんなことあるわけないと、俺と京佐は鼻で笑ってバカにしていたが、どうしてこうなった……俺は京佐を抱いていた。
それどころか嵌って抜け出せなくなった俺はどんどん拗らせいく。
ある日、そんな俺に京佐は予想外の提案をしてきた。
友達か、それ以上か、もしくは破綻か。二人が出した答えは……
悩み多き大学生同士の拗らせBL。
うそつきΩのとりかえ話譚
沖弉 えぬ
BL
療養を終えた王子が都に帰還するのに合わせて開催される「番候補戦」。王子は国の将来を担うのに相応しいアルファであり番といえば当然オメガであるが、貧乏一家の財政難を救うべく、18歳のトキはアルファでありながらオメガのフリをして王子の「番候補戦」に参加する事を決める。一方王子にはとある秘密があって……。雪の積もった日に出会った紅梅色の髪の青年と都で再会を果たしたトキは、彼の助けもあってオメガたちによる候補戦に身を投じる。
舞台は和風×中華風の国セイシンで織りなす、同い年の青年たちによる旅と恋の話です。
【完結】執着系幼馴染みが、大好きな彼を手に入れるために叶えたい6つの願い事。
髙槻 壬黎
BL
ヤンデレ執着攻め×鈍感強気受け
ユハン・イーグラントには、幼い頃から共に過ごしてきた幼馴染みがいる。それは、天使のような美貌を持つミカイル・アイフォスターという男。
彼は公爵家の嫡男として、いつも穏やかな微笑みを浮かべ、凛とした立ち振舞いをしているが、ユハンの前では違う。というのも、ミカイルは実のところ我が儘で、傲慢な一面を併せ持ち、さらには時々様子がおかしくなって頬を赤らめたり、ユハンの行動を制限してこようとするときがあるのだ。
けれども、ユハンにとってミカイルは大切な友達。
だから彼のことを憎らしく思うときがあっても、なんだかんだこれまで許してきた。
だというのに、どうやらミカイルの気持ちはユハンとは違うようで‥‥‥‥?
そんな中、偶然出会った第二王子や、学園の生徒達を巻き込んで、ミカイルの想いは暴走していく────
※旧題「執着系幼馴染みの、絶対に叶えたい6つの願い事。」
【完結】言えない言葉
未希かずは(Miki)
BL
双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。
同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。
ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。
兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。
すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。
第1回青春BLカップ参加作品です。
1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。
2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)
愛され少年と嫌われ少年
透
BL
美しい容姿と高い魔力を持ち、誰からも愛される公爵令息のアシェル。アシェルは王子の不興を買ったことで、「顔を焼く」という重い刑罰を受けることになってしまった。
顔を焼かれる苦痛と恐怖に絶叫した次の瞬間、アシェルはまったく別の場所で別人になっていた。それは同じクラスの少年、顔に大きな痣がある、醜い嫌われ者のノクスだった。
元に戻る方法はわからない。戻れたとしても焼かれた顔は醜い。さらにアシェルはノクスになったことで、自分が顔しか愛されていなかった現実を知ってしまう…。
【嫌われ少年の幼馴染(騎士団所属)×愛され少年】
※本作はムーンライトノベルズでも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる