暁闇の騎士

琉斗六

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 ミスティは、監房に監禁されていた。
 両手は拘束具で固定され、常に背後で留められている。
 監房内には、横になるための簡素なベッドと、仕切り壁の奥に、ぽつんと排泄装置が据えられている。
 おそらく魔力循環式で処理されるのだろうが、使うものの羞恥を和らげるような配慮は皆無だった。
 押し込まれた際、拘束は背中から前へと移されたが、解かれることはなかった。

  "検体" という言葉が指すのは、ミスティのたい細胞なのか、存在そのものなのか──その境界さえ曖昧になるほどの扱いだった。
 ドクター・アルドリックは「嗜虐趣味はない」と言い、実際になんらかの処置をする時、丁寧に麻酔は掛けてくれたが。
 しかし、処置の内容そのものは尊厳を踏みにじられるようなことばかりだった。

 特に今日は──。

 処置室の金属のベッドに横たえさせられて、いつもならば採取部位に麻酔が施されるが、それがなかった。
 ドクター・アルドリックと数人の助手、部屋には映像を残すための機材がすでに設置されていて、それらを扱うためにタイドがいた。

「もうしわけないね、ミスティくん。今日は少々、恥ずかしい目にあってもらう。まぁ、痛みはないから心配はしないで」

 ドクター・アルドリックは、いつもの不気味な微笑みをミスティに向けたのち、スッと表情を引っ込めると助手に向かって淡々と命じた。

「今日は生理学的データを取る。ホルモンバランスや反応時間だ。心理状態も同時に計測する」

 助手たちは、ミスティの頭部に脳波計を、胸に心電図をとるための粘着式の電極パッドを貼り付けた。

「準備、終わりました」
「よし。引き続き、検体の採取を始めよう」

 ドクター・アルドリックが指示を出すと、白衣にゴム手袋をした助手と、ビーカーを持った助手が、作業を開始する。

「ちょっと、待て! これは、一体……っ!」
「生殖機能に関するデータが取りたいんだ。なに、すぐに終わるよ。もっとも、趣味の悪い一部の研究者が、採取の際のきみの反応も知りたいというのでね」

──趣味が悪いのは、おまえもじゃないかっ!

 ミスティはぎりと奥歯を噛む。
 それは、痛みでも快感でもなかった。
 感覚の輪郭はぼやけ、何を失っているのか自分でも掴めない。
 だが確かに、何かが静かに、自分の内側から剥がれ落ちていくのを感じていた。

──ああ、僕にも、まだ……尊厳なんて残ってたのか?

「ふむ。不死身のヒーローも、心理面では意外に脆いようだね。死と再生を繰り返し、心のほうも鈍化したと思っていたが……そんな顔も出来るのだね」

 タブレットに淡々と記録をつけていたドクター・アルドリックが、感情の抑揚すら乗せず、まるで顕微鏡越しの変化に言及するような声で言った。

──そんな顔……って、どんな顔だ……?

 そこにカメラがあることに改めて気付き、顔を天井に向けるとオペライトの鏡面に自分の顔が見えた。

──僕は、羞恥している?

 そうした行為の全ては、生理現象の一つに過ぎず、与えられる感覚に対する神経伝達物質の化学反応……のはずだ。

 けれど、もしそれだけなら、なんで胸がこんなにざわつく?

 こうした衆人環視の中で行われることに、羞恥を覚えたのか? と思うが、実際のところ自分の置かれている状況は、端的たんてきに言えばモルモットの実験に過ぎない。

──いやだ……!

 しかしミスティの悲鳴は、喉奥に貼り付いて声にはならなかった。

 ゴム手袋が冷たく触れる。
 器具が押し当てられた時、彼は身を強張らせた。
 反応する身体が、自分の意思ではめられないことを悟った瞬間、何かが内側から崩れ落ちていった。

 やがて、ビーカーの底に濁った液体が落ち、しんと静まり返った室内に、小さく鈍い音を響かせていった。

──……終わった、のか?

 ミスティが体を弛緩させた様子を眺め、ドクター・アルドリックは首をかしげる。

「申しわけないね、ミスティくん」

 ビーカーに貯められた体液は、その場で凍結のじゅつが掛けられて、部屋から運び出された。
 だがミスティの回りを取り囲んでいた助手は、作業を終わらせる様子もなく、次の器具を手にしている。

「最初と、それから限界を迎えたあとのものと、差異を比べたいと言われていてね。もう少し、付き合ってもらわなければならないよ」

 冷たい金属音が、手術室に響いた。
 ミスティの視界のハシで、カメラの赤い光が、静かに瞬いていた。

──こいつら……っ!

 自分の意思とは無関係に達してしまったという事実が、全身に寒気さむけのようなものを走らせる。
 身体が勝手に反応した。そう思えば思うほど、何かが壊れたような気がした。
 感じているのは、羞恥なのか、怒りなのか、それとも屈辱なのか。
 はっきりしていたのは、胸の奥を押しつぶすような、混乱だけだった。
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