暁闇の騎士

琉斗六

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 室内は、あまりにも静かだった。
 拘束衣はそのままで、ミスティは何をするでもなく立ち尽くす他にない。

──何があったんだろう?

 静寂だが落ち着かない、この空気。
 警告灯が明滅していても、警報が鳴っていなかった理由を考える。

──ここの施設は、研究棟のはずだが……。

 データ採取のためにあちこちに連れ回されたが、廊下が入り組んでいるために、歩いただけでは施設の全貌は掴めなかったが。
 しかし、少なくとも転送陣のようなものに乗せられたことも、階段の昇降もしたことがない。
 それはつまり、自分のいるところが一つのフロアに限られているということだ。

──あのおかしなクレイドルのあった部屋から、別の棟に移動したということもあり得るが……。

 だが、その可能性はとても低いように思われた。
 潜入したのが研究棟で、今も同じフロアだけを移動させられている。
 それはつまり、ミスティの存在を最低限のものしか知らず、更に極力人目に触れさせたくないと考えているからだろう。

 ミスティは、室内をもう一回見回した。
 殺風景だが、物が無いわけではない。
 なにかのヒントがないかと、ゆっくり室内を見て回る。
 そしてミスティは、机の上に置かれた、一枚のポートレートを見つけた。

──これは、あのクレイドルの中にいた男だ……。

 壁に掛けられている、古ぼけた旗。
 そして、ポートレートの中で微笑む男と、子供。

──こっちの子供の顔、タイドの面影があるな……。

 クレイドルを覗いた時にも、知らぬ男の顔には見覚えがあった。
 そして、壁の旗に刺繍されている紋章。

──ルミナリア騎士団……! 悲劇の騎士団長!

 それは、ルーファの記憶にある記章と顔だ。
 暁闇の騎士ミステリーナイトの叙爵のあとに、人間防衛史として学ばされた記憶も繋がる。

──あのクレイドルの男がアルダン・レスターク? 死んだのは50年も前だぞ……。

 しかし、自分を生体サンプルとして扱ったドクター・アルドリックの顔と、彼の冷酷無比な魔導科学への執念を思い返せば、死体の保存なぞ易々とやってのけそうな気もする。
 このポートレートの少年がタイドなのだとしたら、彼もまたレスタークを再生させることを望んでいるのだろう。

 意外な符号が繋がって、ミスティは背中に冷たい汗を感じる。
 繋がった線にミスティが呆然となっていると、扉の外でゴトリと音がした。
 思わず扉へ振り返り、拘束衣でままならないまでも身構える。

「すまん。来るのが遅くなったな」

 開いた扉の外に立っていたのは、ダスクだった。

「ひどい格好にされているな。大丈夫、どうせさんざん実験材料にされているだろうと思ったから、身動きのしやすい服も持ってきてある」

 ダスクはミスティの背後に回ると、背中でめられていた拘束衣のベルトを外してくれた。
 そして同じ姿勢を強要され、すっかり固くなった関節をいたわりながら、拘束衣を脱がせてくれる。
 魔導バッグから、ミスティの騎士服が取り出された。

「手伝うか?」

 拘束衣を捨て、患者着を脱ごうとしていると、ダスクが背中をめている結び目をほどいてくる。
 その時に、ダスクの指が背中の皮膚に触れた。
 一瞬、ぎくりとしたのだが。

──嫌悪感が……、ない?

 肌に触れたのは、冷たさでも、痛みでもない。
 むしろ……あたたかいとさえ感じた。

「さあ、出よう」

 ポンッと肩を叩かれ、我に返る。

「脱出経路は?」
「もちろん、確保してある」
「そこのポートレートを見たんだが、やつらはレスターク団長を復活させようとしてるようだ」
「なんだって?」
「人間防衛史の冒頭で、ルミナリア騎士団の悲劇って話をきみは覚えてないか、クリ……」

 つい、慣れ親しんだ肩書きを呼びそうになり、ミスティはハッとした。

「いや、ダスク。きみは、人間防衛史は?」
「……」

 なぜか、ダスクはまじまじとミスティの顔を見ている。

「ダスク?」
「ああ、すまん。きみが拘束されているのに、そこまで推理していることに、驚いた」
「知ってたのか?」
「俺は諜報活動をしてたんだぞ。話は、歩きながらだ。脱出に使える時間は、あんまりないからな」

 肩に添えられた手が、少しだけ力を込めた。
 それが合図のように、ミスティは部屋の外へと歩き出す。
 その背後で、部屋の照明がふたたび落ち、扉が空気を吐き出すような音を立てて閉まった。
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