暁闇の騎士

琉斗六

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 ユグドラシルに用意された部屋は、前回ミスティが滞在したのと同じものだった。
 リゾートホテルの豪華な部屋のように、洞の中にいくつもの部屋が仕切られている、優雅な間取りだ。

 窓の外から聞こえる、森の木々の葉擦れの音。
 その音に誘われるまま、ミスティはバルコニーに歩み出る。
 しばらくそうして、夜風に当たりながら星空を見ていると、ノックの音がした。

「どうぞ」
「いや、本当にとんでもない場所だな、ここは」

 入ってきたのは、クリスだった。

「同盟連邦評議会は彼らを野人やじんなどと呼ぶが、人間のほうがよほど野蛮だよな」

 空を見上げたままのミスティの隣に、クリスも並んで立つ。

「大丈夫か?」

 クリスが問うた。

「なにが?」
「きみの体調とか……? いろいろあって、大変だっただろう」

 真面目に問うクリスに、思わずミスティは笑った。

「きみこそ、傷はいいのか? 利き手だろう」
「こんなものは、かすり傷だ。任務の時には、さんざんあったことだ」

 ハハハと笑い、クリスは肩に掛けられていた三角巾を無造作に外した。

「ほうら、大したことないだろう? ……あ、いてて……」
「おいっ、強がりにもほどがあるだろう! 振り回すやつがあるか!」

 ミスティはクリスの手から三角巾を取り上げ、手を釣る形で結び直す。
 そこで体を近付けた時に、クリスがふと、指先でミスティの顔に触れた。
 その感触に、改めてミスティは体温だけを感じていることに気付く。
 クリスの顔を見ると、そっと顔を寄せられて、キスをされた。
 それを、ミスティはあまり力を入れずに、しかしはっきりとクリスの胸を押して、拒絶した。

「すまん……」

 断りもなく触れたことにクリスは謝罪をした。
 だが、その声に怒りや不満はなく、ただ寂しげな後悔が滲んでいた。

 ミスティは、慌てたように首を横に振る。

「謝るのは、僕のほうだ」

 間を置いて、ミスティはクリスの目を見て口を開く。

「僕は……、ずっときみの気持ちを踏みにじってきた。本当に、すまなかった」

 その言葉に、クリスのまなざしが微かに揺れる。

「おい、どうした?」
「どうしたもなにも、今回の件で思い知った。僕は、全くきみたちの……いや、きみの言う通り、生真面目で頭が硬すぎる馬鹿だ」
「ミスティ?」

 ミスティは、大きく息をく。

「僕は、ネクシオンだし。更に変異体の不死身の異形だ」
「……そんな……」
「最後まで、聞いてくれ」

 真っ直ぐに瞳を見つめると、クリスは渋々といった様子で頷いた。

「……同盟連邦評議会が、僕に望んだことは、兵器として戦況を変えることだった。彼らにとって、僕は "物" だった。……だけど僕は、一緒に戦っているラディアントのみんなも、僕をそういうふうにとらえていると決めつけていた。ダイアナが……、シェイドが……、きみが……。僕が利用価値が高ければ、親切にしてくれるんだ……って」
「ミスティ……」
「その……称号も……」
「称号がどうした?」
蒼穹の騎士クリスタルナイトという肩書きは、きみにとっては騎士の矜持を表す、名誉の証なんだろう? でも……僕にとって暁闇の騎士ミステリーナイトの称号は、兵器としての……物としての名前でしか無かった」

 ミスティの言葉に、クリスの眉がかすかに動く。

──そうだったのか……。

 今まで見えていなかった "壁" が、ようやく彼の前に現れたのだ。
 クリスにとって騎士の称号は、相手に最大の敬意を払った呼称であった。
 それがミスティにとって──。
 騎士の称号が "番号" のような呪いとなっているなどと、想像も及ばなかった。

「だけど……ルーファはもう、いないんだ。僕が殺した。ネクシオンの僕が。……僕はルーファの記憶を持っていても、ルーファじゃない。僕は模倣体もほうたいで……」
「違う。きみは、俺の前で、今こうして、生きてる。……それだけで、ルーファは "いる" んだよ」

 クリスの腕に強く抱きしめられて、ミスティは自分が泣いていることに気付いた。

「名前……なんてのは、符号にすぎん。個人を識別するための……な。きみは英雄の称号を持つルーファ・カルテム……それでいい。それが、きみの名前だ」

 その声は、抱きしめられているためか、まるで脳に……というよりは、むしろ心に直接語りかけられているように感じられた。
 そして、ミスティは表面的な意味ではなく、本当に "騎士の称号" の価値を、スヴェンがその名をどういう気持で口にしているのかを、理解した。

「……きみが……代わりに腹を立ててくれていたことも、心配してくれていたことも、僕は全部、ないがしろにして踏みにじっていた。──自分がネクシオンで、異形になってしまったことを、僕は本当は認めたくなくて、受け入れがたくて……考えないようにしてただけだった」
「うん」
「スヴェン。僕はきみの恋人になれるだろうか?」

 クリスが、驚いたような顔でミスティを見ている。

「……だめ……だろうか……?」
「だからきみは、生真面目だと言うんだ、ルーファ!」

 スヴェンは、特別にプライベートな顔で、甘く笑った。
 その顔に、ルーファは安堵を覚える。
 未だ、自分の心の中には、スヴェンと対等の位置に立つ事への戸惑いが残っている。
 刷り込まれた自己否定の影響は、未だ拭いきれてはいない。

「スヴェン、僕は約束する。僕は……、僕は決して、タイドやラファエルのようにはならない。きみが消えたあとも、ラディアントの──きみの矜持を守るよ」

 強い決意を込めて言ったあと、ルーファは一度深く息を吸った。
 胸の奥にあった迷いと、怯えと、希望をひとつにして──。
 そっと身を寄せ、スヴェンの肩に腕を回す。

 そして、初めて自分から口づけをした。

 スヴェンが驚き、目を丸くしている。
 その見開かれた瞳の、美しい空色にルーファは微笑んだ。
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