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Scene.8
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目覚まし代わりの携帯アラームに覚醒を促され、俺はベッドの上に起きあがった。
ノロノロとベッドを抜け出し、洗面所に向かう。
勤め人ではないけれど、これでも一応メジャーデビューを果たしたミュージシャンだし、現在レコーディングの真っ最中だからそれなりに忙しい身の上なのである。
今日の予定をポツポツ思い出しながら、特大のあくびをした所で、足を止めた。
なにやら芳ばしいコーヒーの香りがする。
とりあえず顔を洗うのは棚上げにして、その原因を探求すべく、俺は進路を変えた。
イイ匂いの原因は、キッチンに入った途端に判明する。
テーブルの上にはコーヒーカップと皿が用意されていて、その脇ではコーヒーメーカーがコポコポ音をたてながら湯気を上げており、オーブントースターの中には「あとはタイマーを捻るだけ」な状態でスライスチーズの乗った食パンが待ちかまえていたからだ。
「起きたのか?」
「おはよ~」
きっちり返事をしたつもりで、俺はかなり寝ぼけた声を出していた。
俺はかなり寝起きが良くない……らしい。
自分的には目覚めたら通常通りに振る舞っているつもりなのだが、他人に言わせると目はいつもの半分の幅しか開いてないし、喋り方もぐだぐだで、なに言ってるのか聴き取れないとか言われる。
そんな俺の様子をどう思ったのか、柊一は穏やかな笑みを向けてくる。
「顔は洗ったのか?」
「まだ……」
「じゃあ、さっさと洗ってこい。その間にこっちは準備しておくから。パンの焼き具合のリクエストは?」
「ん~、カリカリ希望。でも真っ黒は嫌い」
「仰せのままに」
なんだよ、昨日の攻撃的な顔から打って変わって、ずいぶんフランクな態度じゃないか?
…でも、ま、いいか。
確かにあんまりイイ感じのスタートじゃなかったけど、柊一が初日の行き違いを気にしてないんなら、俺だってその方が気が楽だ。
それに俺の目的は最初から、理想の恋人探しじゃなくて、便利メイドさんを手に入れる事だったんだから。
俺が顔を洗ってから再びキッチンに戻ると、カップには熱々のコーヒーが満たされ、皿の上にはトロトロのチーズトーストと、ボイルされた冷食のカリフラワー&ブロッコリーが用意されていた。
「いたらきまふ」
俺の冷蔵庫には劇的にモノが入っていなかったから、その乏しい在庫からひねり出されたこの朝食は、上出来と言って良い。
正直言って俺は、寝起きの悪い人間の多くがそうであるように、普段朝メシはほとんど食べない。
でもここまでちゃんと用意をして貰ったものは、食さないワケにはいかないだろう。
食べなかったらそれは、柊一に対して非礼だ。
マリオネット如き人工生命体相手に非礼もへったくりも無いだろう、と言われるかもしれないが、柊一を目の前にしている俺にはそんな考え方は出来なかった。
俺が柊一に感じているこの感覚は、「ヒトガタをしていれば全部人間と同等に感じる」とかいうのとも違うようだ。
なぜそう思うのかというと、例えば昨日マツヲさんが購入していたマリンちゃんに対して、俺はさほどの敬意を払う気にはなれないし、たぶん(見たコトはないけど)ノリカちゃんにも同様だろうと思うからだ。
「冷蔵庫、空っぽだぞ」
「解ってまふ。昨日の休みに買い出しに行ってないから、すっからかんなのれす」
「どうするンだ?」
「ん~? う~~今日の帰りに買えたらなんか買ってくる予定れすけども………」
「けど?」
「時間がなかったら、無理れす…」
「俺が昼間、買い物しとく事も出来るンだぞ?」
「うん?」
俺は口の中に入れたチーズトーストを飲み込んで、しばし柊一の顔を見つめてしまった。
「誰が?」
「誰が……って、なにが?」
「誰が買い物に?」
「俺が。そんなにおかしなコトでもないだろ? マリオネットはハウスキーパーを兼ねているモンだし」
「そりゃそうだけど。……だって、いいの?」
「どうしていちいちマリオネットに都合を聞くンだよ?」
またしても、呆れ返ったような顔をされてしまった。
「ああ、だけどまだデータが全然少ないから、必要な物をリストにしてもらわなきゃならないけどな」
「データ?」
「嗜好を把握出来てない」
なるほど、そーいう意味か。
しかし実を言うと俺は、料理をするのはさほどの苦ではないが、女性客率の方が圧倒的に高いマーケットを男ひとりでウロウロして、食材の仕入れをするのがイマイチ苦手なのだ。
避けられるなら避けたいのが本音だから、柊一に代行してもらえるなら、ぜひお願いしたい。
「じゃあ、後でメモ書いておきまふ」
不思議な事に、俺が「メモを渡す」と言った途端に、柊一の表情が嬉しそうなものに変わった。
「あの…買い物に行くのが、そんらに楽しいの?」
「なんのコトだ?」
気になって訊ねるたら、逆に怪訝な顔を返された。
「え…違うの?」
「嬉しいも楽しいもないさ、俺は感情を持ってないんだから」
きっぱり言い切られて、俺は思わず返事に詰まってしまった。
だって柊一の様子は本当に嬉しそうだった。
そもそも昨日からの柊一の態度や発言を見てたって「感情がない」って言われても、全然納得出来ない。
そりゃまぁ感情がないからこそ、強姦(じゃないんだけど、結局はそーいう事になるだろうな…)をやらかした相手の飯を作ったり、買い物なんか引き受けたり出来るのかもしれないけどさ。
こうなってくるとますます、マリオネットって理解不能だ!(マツヲさんに言わせれば「奥が深い」のかもしれないけどさ!)
しかし俺には、朝からマリオネットの奥の深さに感心したり、悩んだり、理解探求している余裕はなかった。
朝食を食べ、買いだし用のメモとクレジットカードを柊一に渡し、自分がやらなきゃならぬもっとも大事なコト…つまり仕事をする為にスタジオに向かったのだった。
ノロノロとベッドを抜け出し、洗面所に向かう。
勤め人ではないけれど、これでも一応メジャーデビューを果たしたミュージシャンだし、現在レコーディングの真っ最中だからそれなりに忙しい身の上なのである。
今日の予定をポツポツ思い出しながら、特大のあくびをした所で、足を止めた。
なにやら芳ばしいコーヒーの香りがする。
とりあえず顔を洗うのは棚上げにして、その原因を探求すべく、俺は進路を変えた。
イイ匂いの原因は、キッチンに入った途端に判明する。
テーブルの上にはコーヒーカップと皿が用意されていて、その脇ではコーヒーメーカーがコポコポ音をたてながら湯気を上げており、オーブントースターの中には「あとはタイマーを捻るだけ」な状態でスライスチーズの乗った食パンが待ちかまえていたからだ。
「起きたのか?」
「おはよ~」
きっちり返事をしたつもりで、俺はかなり寝ぼけた声を出していた。
俺はかなり寝起きが良くない……らしい。
自分的には目覚めたら通常通りに振る舞っているつもりなのだが、他人に言わせると目はいつもの半分の幅しか開いてないし、喋り方もぐだぐだで、なに言ってるのか聴き取れないとか言われる。
そんな俺の様子をどう思ったのか、柊一は穏やかな笑みを向けてくる。
「顔は洗ったのか?」
「まだ……」
「じゃあ、さっさと洗ってこい。その間にこっちは準備しておくから。パンの焼き具合のリクエストは?」
「ん~、カリカリ希望。でも真っ黒は嫌い」
「仰せのままに」
なんだよ、昨日の攻撃的な顔から打って変わって、ずいぶんフランクな態度じゃないか?
…でも、ま、いいか。
確かにあんまりイイ感じのスタートじゃなかったけど、柊一が初日の行き違いを気にしてないんなら、俺だってその方が気が楽だ。
それに俺の目的は最初から、理想の恋人探しじゃなくて、便利メイドさんを手に入れる事だったんだから。
俺が顔を洗ってから再びキッチンに戻ると、カップには熱々のコーヒーが満たされ、皿の上にはトロトロのチーズトーストと、ボイルされた冷食のカリフラワー&ブロッコリーが用意されていた。
「いたらきまふ」
俺の冷蔵庫には劇的にモノが入っていなかったから、その乏しい在庫からひねり出されたこの朝食は、上出来と言って良い。
正直言って俺は、寝起きの悪い人間の多くがそうであるように、普段朝メシはほとんど食べない。
でもここまでちゃんと用意をして貰ったものは、食さないワケにはいかないだろう。
食べなかったらそれは、柊一に対して非礼だ。
マリオネット如き人工生命体相手に非礼もへったくりも無いだろう、と言われるかもしれないが、柊一を目の前にしている俺にはそんな考え方は出来なかった。
俺が柊一に感じているこの感覚は、「ヒトガタをしていれば全部人間と同等に感じる」とかいうのとも違うようだ。
なぜそう思うのかというと、例えば昨日マツヲさんが購入していたマリンちゃんに対して、俺はさほどの敬意を払う気にはなれないし、たぶん(見たコトはないけど)ノリカちゃんにも同様だろうと思うからだ。
「冷蔵庫、空っぽだぞ」
「解ってまふ。昨日の休みに買い出しに行ってないから、すっからかんなのれす」
「どうするンだ?」
「ん~? う~~今日の帰りに買えたらなんか買ってくる予定れすけども………」
「けど?」
「時間がなかったら、無理れす…」
「俺が昼間、買い物しとく事も出来るンだぞ?」
「うん?」
俺は口の中に入れたチーズトーストを飲み込んで、しばし柊一の顔を見つめてしまった。
「誰が?」
「誰が……って、なにが?」
「誰が買い物に?」
「俺が。そんなにおかしなコトでもないだろ? マリオネットはハウスキーパーを兼ねているモンだし」
「そりゃそうだけど。……だって、いいの?」
「どうしていちいちマリオネットに都合を聞くンだよ?」
またしても、呆れ返ったような顔をされてしまった。
「ああ、だけどまだデータが全然少ないから、必要な物をリストにしてもらわなきゃならないけどな」
「データ?」
「嗜好を把握出来てない」
なるほど、そーいう意味か。
しかし実を言うと俺は、料理をするのはさほどの苦ではないが、女性客率の方が圧倒的に高いマーケットを男ひとりでウロウロして、食材の仕入れをするのがイマイチ苦手なのだ。
避けられるなら避けたいのが本音だから、柊一に代行してもらえるなら、ぜひお願いしたい。
「じゃあ、後でメモ書いておきまふ」
不思議な事に、俺が「メモを渡す」と言った途端に、柊一の表情が嬉しそうなものに変わった。
「あの…買い物に行くのが、そんらに楽しいの?」
「なんのコトだ?」
気になって訊ねるたら、逆に怪訝な顔を返された。
「え…違うの?」
「嬉しいも楽しいもないさ、俺は感情を持ってないんだから」
きっぱり言い切られて、俺は思わず返事に詰まってしまった。
だって柊一の様子は本当に嬉しそうだった。
そもそも昨日からの柊一の態度や発言を見てたって「感情がない」って言われても、全然納得出来ない。
そりゃまぁ感情がないからこそ、強姦(じゃないんだけど、結局はそーいう事になるだろうな…)をやらかした相手の飯を作ったり、買い物なんか引き受けたり出来るのかもしれないけどさ。
こうなってくるとますます、マリオネットって理解不能だ!(マツヲさんに言わせれば「奥が深い」のかもしれないけどさ!)
しかし俺には、朝からマリオネットの奥の深さに感心したり、悩んだり、理解探求している余裕はなかった。
朝食を食べ、買いだし用のメモとクレジットカードを柊一に渡し、自分がやらなきゃならぬもっとも大事なコト…つまり仕事をする為にスタジオに向かったのだった。
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