14 / 21
Scene.14
しおりを挟む
帰り着いたのは、かなり遅い時間だった。
「…ただいま」
俺が扉を開けると、柊一がいつものように出迎えてくれる。
「遅かったな」
「ちょっと、寄る所があってね…」
それだけ言って、俺は視線を避けるように柊一の脇を擦り抜けて奥に向かう。
仕事部屋の扉に手を掛けた時、後ろから声を掛けられた。
「今日、その部屋も片付けておいたから」
言葉通り、仕事部屋は全ての物が整然と片付けられて、床にはチリ一つ無くなっていた。
「な……んで?」
「なにが?」
「だって、柊一サン。ギター見るとフリーズしちゃってたじゃないか」
「あの時はきっと、名前が判らなかったからそこでメモリーアクセス出来なかっただけだろ。この間からハルカが出掛ける時にそれを背負ってるの見てもなんともなかったから、大丈夫だろうと思ってさ。それにハルカに任せてたら絶対に片付かないじゃないか」
片付けたことを誇るように、まるで得意満面の子供みたいな顔で柊一は笑う。
「そう……それは………良かったよ」
「それでハルカ、メシは?」
「え? あ………ゴメン。遅くなったから外で済ませて来ちゃった」
柊一の顔を見ているのが辛くて、俺は咄嗟に嘘を吐いた。
「なんだよ、そーいう事は先に連絡入れろって言ってるだろ? 用意した物が無駄になったら、もったいないじゃないかっ!」
「…ゴメン」
俺はギターをケースごとそこに立てかけ、上着を脱いでソファの背もたれに掛ける。
すると、柊一はそれらの物を当然の如くあるべき場所に次々片付けた。
「そのままにしておいても良いのに」
「なぜ? 片付けをさせたいから俺を買ったんだろ」
「当てつけがましい…」
俺の言葉に、柊一はビックリしたみたいな顔をする。
「いきなりなんだ?」
「別に。……俺、今日はスッゲー疲れてるから、もう休む」
そのまま、柊一の返事も聞かないで俺は寝室に入った。
「バッカみてぇ………」
なんだかもう何もかもがイヤになり、俺はベッドで俯せになると、目を閉じた。
柊一が俺のクセとか好みを覚えて、それを尊重してホームキーパーをしてくれる現状は、文句の付けようもないほど快適だ。
最初はちぐはぐな部分があったし、今だって微妙な距離が置かれてたりするけど、でも最近は、なんというか「俺と上手くやっていくのに慣れた」みたいな感じだった。
柊一との生活は、面倒見の良い気の合った年上の友達と同居しているみたいな雰囲気だったし、触れちゃいけない禁忌があっても、柊一の豊かな表情の変化やしなやかで綺麗な身のこなしを見てるのは、純粋に楽しかった。
でも柊一は「俺の物」じゃない。
法的には「俺の所有物」ではあるけれど。
柊一の気持ちはずっと元のオーナーのものだし、その元・オーナー縁の弁護士が俺の前に現れた日に、柊一が片付ける事が出来なかった部屋を片付けた…と言うのが、まるでなにかの符合みたいに思える……。
あの慇懃無礼な弁護士は、あらゆる手段を講じて俺から柊一を取り上げる気が満々みたいだし、アイツだけじゃない、なんだか俺以外の全ての事々が、柊一は俺の所有物じゃないんだと言ってるような気がしてきて、なんの罪もない柊一に当たり散らしてしまった。
なんてカッコワルイんだ俺は!
特大の溜息を吐きながら、そうまでして柊一に執着する必要があるのか…? と自問してみる。
客観的に、冷静に、そして論理的に考えた場合の答えは99%「NO」だ。
弁護士野郎にはムカっ腹が立つが、アイツが提示してきた条件は、俺以外の人間から見たらためらう隙もないものだ。
それこそマツヲさん言うところの「畳とマリオネットは新しい方がイイ!」って理論を適用するなら、中古のオーナー登録も出来ないシロモノと交換に、新品の最新型を提供されるなんて即座に飛びつくべき内容だろう。
それでも………最後の1%、俺の心の奥の声が「柊一を手放したくない」と叫んでる。
それが柊一にとって不本意だとしても、俺はどこかで柊一と繋がっていたい……と。
目を開いて、暗闇の中で自分の両手をジッと見つめる。
控えめなノックにハッとすると、微かな音と共に扉が開いた。
「ハルカ、寝てるのか?」
掛けられた声に返事をしないでいると、柊一はそっと俺の顔を覗き込んできた。
「なんだ、返事くらいしろよ。それに着替えもしてないじゃないか。別に具合が悪そうにも見えないし、ただ疲れてるなら風呂に入れ。その方が身体は楽になるんだぞ?」
かいがいしく俺の面倒を見てくれようとする柊一の手を、俺は払いのけた。
「構わないでいいって」
「どうしたんだ?」
柊一は驚いたように、ポカンとして俺を見てる。
言わずに居られなかった。
「柊一サン、アンタ俺のコトどう思ってるのさ?」
「なんだよ、唐突に………」
「少なくともオーナーだとは思ってないんでしょ?」
「それは……仕方がないじゃないか」
「なら、親切ぶるのなんかやめときなよ」
「ええ?」
「オーナーのところへ戻れるまでの間、ちょこっと下宿代がわりにホームキーパーを引き受けてるだけなんだろ? それなら、親切ぶって俺のコト気にしたりする必要ないでしょ」
「俺は……別に親切ぶってるつもりはないし……。下宿代がわりとか、事務的な義務とか、そんな風に思ってやってるつもりもない」
「じゃあ、ずっとココにいるつもりなの?」
「それは………」
俺が望む返事なんて絶対ないことが解ってて、それでもなおかつそれを口に出して予想通りの反応に傷ついている。
俺って救いようのないバカだ。
「もう、いいから。あっち行ってくれよ」
「でもハルカ…」
「ウルセェな! あっち行けってばっ!」
まるっきり癇癪を起こしている子供みたいになってきて、これじゃあ何の罪もない柊一を、ますます心配させるだけだ。
案の定、柊一は困ったような顔をしながら、どうやったら俺を宥められるかを模索しているみたいに、そこから立ち去ろうとはしない。
でも今の俺には柊一の気遣いがなにより辛い。
柊一が親切であればあるほど、柊一が綺麗であればあるほど、辛いんだ。
「新田サンのトコに寄ってきた…」
俺の言葉は唐突だったが、柊一はすぐ、何の事か解ったように顔を輝かせた。
「それで、どうだったんだ?」
柊一を喜ばせてやりたいと思ってる反面、この話題で柊一が喜ぶことが、なにより辛い。
しかも柊一の表情は、俺が予想したよりも更に期待に満ちていて、最後の水滴がコップの水を溢れさせるように、その表情が俺の中のナニカを溢れさせた。
「なにをそんなに期待してるのさ?」
「え? じゃあダメだったのか?」
「いや、ダメじゃないさ」
「…ハルカ?」
俺はいきなり身体を起こすと、訝しげに俺を見ていた柊一の襟元を乱暴に掴み、そのまま強引にベッドの上に組み敷いた。
「そんなに、そのことばっかり気になる?」
「ハルカ、痛いよ………」
押さえ込まれているのが苦しいって顔をしているけど、本当は苦しいことよりも、俺の様子を訝しみ、警戒してるのが手に取るように判る。
胸の奥がギリギリと痛んだ。
「柊一サンって、頭良いけどオバカサンだよね? 以前のオーナーが白馬の王子様みたいに迎えに来ても、俺が一言ダメって言ったら、帰れないんだよ? 考えたコト無いの?」
「ハルカ……何を言って………」
「柊一サンは俺のコト、オーナーとは思ってないだろうけど、法的には俺が柊一サンの持ち主なんだぜ? 柊一サンが、どんなに俺のコトを毛嫌いしててもさ」
「俺はオマエのこと、嫌いだとかそんな風には………」
「そんな風には思ってないの? なら、なんで俺に触れさせてくれないのさ?」
「だってっ、オマエは俺のオーナーじゃない…!」
「法的には俺が柊一サンの持ち主だって、言ってるでしょ?」
「ハルカ、放して!」
「放さない。だって放したら柊一サン、俺から逃げる気だろ? そんなこと許さない。言えよ、前のオーナーの事なんてどうでもいいって! 前のオーナーはもう、柊一サンのこと探してなんかいないさ、柊一サンのこと、捨てたんだよ!」
「そんなことあるもんか! アイツは絶対、俺を手放したりなんかしない!」
「よくゆーぜ! 顔も名前も覚えてないクセに!」
俺の言葉に、今にも泣き出しそうな表情で、柊一は激しく傷ついている。
「そんな顔して! 感情なんて無いとか言いながら、そんなにしっかり前のオーナーに固着して、俺の言葉に傷付いてるんじゃないか! ウソつき!」
罵りながら、でもそんな柊一に固着している自分の方がよほど愚かだ。
強く抱きしめると、柊一はますます身体を強張らせる。
俺がどんなに想っても、柊一は絶対に応えてくれない。
「ハルカッ、いやだっ! やめろっ!」
「自分のマリオネットを抱いて、どこが悪い」
「オマエ、俺を抱かないって言っただろ!」
「自分のマリオネットの都合を伺う奴なんて、いるもんか」
驚愕に見開かれる瞳を無視して、俺は柊一の口唇に噛み付くようにキスをした。
歯列を割って、薄い舌を絡め取る。
スウェットのファスナーを引き下げて、俺は柊一の胸元に手を潜り込ませた。
「や………っ!」
「やーらしいの。キスされただけで、乳首こんなに堅くしちゃってさぁ」
「は………なせっ!」
「いい加減に認めろよ、俺の所有物だってこと」
「いやだっ! 俺はオマエの物なんかじゃない!」
「じゃあ大暴れして、俺の首の骨でもへし折れば?」
俺を睨みつけていた柊一が、怯んだように黙り込む。
「へえ、俺の横っ面ひっぱたけるくらいだから、セーフティモードが壊れてるのかと思ってたけど。意外にちゃんと機能してるンじゃん。それとも、しばらくヤッてないから身体がうずいちゃってるの?」
「ばかっ! 放せッ!」
「放さないし、止めない。柊一サン、本気で俺を拒もうと思えば出来るんでしょ? やらないんだから、拒んでないんだ、男が欲しいのさ」
「ちが…………っ!」
スウェットのパンツの中に手を滑り込ませて、中心をきつく握りしめる。
柊一は身体を仰け反らせて、痛みに悲鳴を上げた。
「イヤミっぽく、わざわざ自分で室内着調達してさ。そんなコトしたって、結局は使ってるの俺の金なんだぜ? 今のアンタは何もかも俺に依存してるってことを認めて、黙って足開けっつってンだよ!」
乱暴に衣服を引っぱったら、生地が裂けた。
でも俺は構わず柊一を全裸にすると、強引に膝を割って、いきなりヴァギナに俺自身をねじ込んだ。
「ひっ!」
柊一が悲鳴を上げる。
だが痛みを感じることはほとんど無かったようだ。
服を脱がせて触れた時には、少しひんやりとしていた肌がみるみる上気して、ピンク色に染まりながら熱を帯びてくる。
それでも柊一は俺を拒絶して、懸命に顔を背けているのだ。
決して俺を受け入れない相手…しかも作り物のマリオネットに、こんなに熱くなってる俺の方が、バカだ。
でも俺を拒否してる柊一は、どうしようもないほど魅力的で、これが俺のものにならないなんてどうしても認めたくなかった。
ピンク色に染まった肌の上に、プックリと膨らんでいる小さな蕾のような乳首に口唇を寄せる。
吸い上げながら舌先で転がすと、閉じた柊一の目蓋から、透明な雫が溢れ出した。
歯を食いしばって堪えている柊一は、俺を拒絶することも攻撃することも出来ないでいる。
そして切ない表情で、前・オーナーに縛り付けられている自分を示してる。
顔も名前も残さず、何一つ責任を果たさないまま自分はポックリ逝っちまって、それでも柊一を縛り付けているオーナーこそが、腹立たしさを向けるべき相手だし、己の存在を抹消する事も記憶をリセットする事も許されなまま、残されてる柊一がものすごく哀れだと思う。
でも同時にそういう柊一が憎くて、前・オーナーへの嫉妬を柊一に向けるしかなかった。
「なぁ、こんなどこの馬の骨とも解ンねェヤツに抱かれてヨがってるところ、元・オーナーに見られたらどうする?」
「な…に…?」
「俺とヤッてるところ、ビデオに撮っておこうか? 元・オーナーが見つかったら上映会してやるよ。俺とヤリまくってイっちゃった証拠品として」
「ゲス…野郎!」
「万能ロボのクセに、語彙が狭いじゃないか。他に罵りの言葉知らないの?」
俺は柊一の手を掴むと、しっかり屹立している自分自身を握らせた。
「体内(なか)は俺が、これからたっぷりかき回してあげるから、コッチを自分で可愛がってあげなよ。俺の指さえあてがってれば、リングが緩んでイキまくれるから」
「だ………れが………っ!」
俺は片手で柊一の腰を抱えると、片手を金環に添えたままで腰を激しく律動させる。
「やだ……っ! んんっ!」
突き上げられる度に柊一の体内が、小さな突起で締め付けてきて、己の快感を刺激する。
柊一の手は無意識の内に、己の手指が触れている場所を擦り始めていた。
「あっ………、あぁ………んっ!」
白い肢体がビクビクッと跳ねて、秘部から温かな蜜が溢れ出す。
同時に男性器からは飛沫が散って、俺の腹と柊一の腹を汚した。
それでもなおも律動を止めず、俺は執拗に柊一の身体を責め上げる。
「はっ、………やぁ……っ!」
またしても飛沫が上がり、俺と柊一の腹はベチョベチョになった。
「言ってみろよ、気持ちイイって。もっとたっぷり可愛がってくださいってさ」
「ふ…………うん………」
思わず叫びそうになった言葉を、柊一は必死になって口唇を噛みしめて押さえ込む。
俺は乳首を摘むと、ものすごく意地悪くつねり上げた。
「やぁっっ!」
「こんなふうにされるのも、気持ちイイんだろ? 体内(なか)がピクピクして、もっとしてってねだってるぜ?」
「ちが………」
「大丈夫。俺、まだイッてないから、ご期待通りにもっとしてやるよ」
「やっ!」
柊一の手の上から添えた手を蠢かし、俺はなおも腰を律動させる。
「ふ……あっ、………ろ、ぅっ!」
悲鳴や喘ぎとは明らかに違う様子で、柊一は何かを呟き掛けた。
一瞬、なんだろう? って考えて。
でも数秒後に、俺はその意味に気付いてしまった。
柊一が呟いたのは、思い出せない元・オーナーの名前だったのだ。
それは最後の最後に呼ぶ、最愛のヒトの名前………だったはずなのに。
柊一には、その名前を正しく呼ぶ事が出来ない。
ただ記憶のカケラの意味のない音だけが、その一瞬を埋め尽くしただけで。
愛しくて憎らしい身体を貫きながら、俺もいつしか泣いていた。
「…ただいま」
俺が扉を開けると、柊一がいつものように出迎えてくれる。
「遅かったな」
「ちょっと、寄る所があってね…」
それだけ言って、俺は視線を避けるように柊一の脇を擦り抜けて奥に向かう。
仕事部屋の扉に手を掛けた時、後ろから声を掛けられた。
「今日、その部屋も片付けておいたから」
言葉通り、仕事部屋は全ての物が整然と片付けられて、床にはチリ一つ無くなっていた。
「な……んで?」
「なにが?」
「だって、柊一サン。ギター見るとフリーズしちゃってたじゃないか」
「あの時はきっと、名前が判らなかったからそこでメモリーアクセス出来なかっただけだろ。この間からハルカが出掛ける時にそれを背負ってるの見てもなんともなかったから、大丈夫だろうと思ってさ。それにハルカに任せてたら絶対に片付かないじゃないか」
片付けたことを誇るように、まるで得意満面の子供みたいな顔で柊一は笑う。
「そう……それは………良かったよ」
「それでハルカ、メシは?」
「え? あ………ゴメン。遅くなったから外で済ませて来ちゃった」
柊一の顔を見ているのが辛くて、俺は咄嗟に嘘を吐いた。
「なんだよ、そーいう事は先に連絡入れろって言ってるだろ? 用意した物が無駄になったら、もったいないじゃないかっ!」
「…ゴメン」
俺はギターをケースごとそこに立てかけ、上着を脱いでソファの背もたれに掛ける。
すると、柊一はそれらの物を当然の如くあるべき場所に次々片付けた。
「そのままにしておいても良いのに」
「なぜ? 片付けをさせたいから俺を買ったんだろ」
「当てつけがましい…」
俺の言葉に、柊一はビックリしたみたいな顔をする。
「いきなりなんだ?」
「別に。……俺、今日はスッゲー疲れてるから、もう休む」
そのまま、柊一の返事も聞かないで俺は寝室に入った。
「バッカみてぇ………」
なんだかもう何もかもがイヤになり、俺はベッドで俯せになると、目を閉じた。
柊一が俺のクセとか好みを覚えて、それを尊重してホームキーパーをしてくれる現状は、文句の付けようもないほど快適だ。
最初はちぐはぐな部分があったし、今だって微妙な距離が置かれてたりするけど、でも最近は、なんというか「俺と上手くやっていくのに慣れた」みたいな感じだった。
柊一との生活は、面倒見の良い気の合った年上の友達と同居しているみたいな雰囲気だったし、触れちゃいけない禁忌があっても、柊一の豊かな表情の変化やしなやかで綺麗な身のこなしを見てるのは、純粋に楽しかった。
でも柊一は「俺の物」じゃない。
法的には「俺の所有物」ではあるけれど。
柊一の気持ちはずっと元のオーナーのものだし、その元・オーナー縁の弁護士が俺の前に現れた日に、柊一が片付ける事が出来なかった部屋を片付けた…と言うのが、まるでなにかの符合みたいに思える……。
あの慇懃無礼な弁護士は、あらゆる手段を講じて俺から柊一を取り上げる気が満々みたいだし、アイツだけじゃない、なんだか俺以外の全ての事々が、柊一は俺の所有物じゃないんだと言ってるような気がしてきて、なんの罪もない柊一に当たり散らしてしまった。
なんてカッコワルイんだ俺は!
特大の溜息を吐きながら、そうまでして柊一に執着する必要があるのか…? と自問してみる。
客観的に、冷静に、そして論理的に考えた場合の答えは99%「NO」だ。
弁護士野郎にはムカっ腹が立つが、アイツが提示してきた条件は、俺以外の人間から見たらためらう隙もないものだ。
それこそマツヲさん言うところの「畳とマリオネットは新しい方がイイ!」って理論を適用するなら、中古のオーナー登録も出来ないシロモノと交換に、新品の最新型を提供されるなんて即座に飛びつくべき内容だろう。
それでも………最後の1%、俺の心の奥の声が「柊一を手放したくない」と叫んでる。
それが柊一にとって不本意だとしても、俺はどこかで柊一と繋がっていたい……と。
目を開いて、暗闇の中で自分の両手をジッと見つめる。
控えめなノックにハッとすると、微かな音と共に扉が開いた。
「ハルカ、寝てるのか?」
掛けられた声に返事をしないでいると、柊一はそっと俺の顔を覗き込んできた。
「なんだ、返事くらいしろよ。それに着替えもしてないじゃないか。別に具合が悪そうにも見えないし、ただ疲れてるなら風呂に入れ。その方が身体は楽になるんだぞ?」
かいがいしく俺の面倒を見てくれようとする柊一の手を、俺は払いのけた。
「構わないでいいって」
「どうしたんだ?」
柊一は驚いたように、ポカンとして俺を見てる。
言わずに居られなかった。
「柊一サン、アンタ俺のコトどう思ってるのさ?」
「なんだよ、唐突に………」
「少なくともオーナーだとは思ってないんでしょ?」
「それは……仕方がないじゃないか」
「なら、親切ぶるのなんかやめときなよ」
「ええ?」
「オーナーのところへ戻れるまでの間、ちょこっと下宿代がわりにホームキーパーを引き受けてるだけなんだろ? それなら、親切ぶって俺のコト気にしたりする必要ないでしょ」
「俺は……別に親切ぶってるつもりはないし……。下宿代がわりとか、事務的な義務とか、そんな風に思ってやってるつもりもない」
「じゃあ、ずっとココにいるつもりなの?」
「それは………」
俺が望む返事なんて絶対ないことが解ってて、それでもなおかつそれを口に出して予想通りの反応に傷ついている。
俺って救いようのないバカだ。
「もう、いいから。あっち行ってくれよ」
「でもハルカ…」
「ウルセェな! あっち行けってばっ!」
まるっきり癇癪を起こしている子供みたいになってきて、これじゃあ何の罪もない柊一を、ますます心配させるだけだ。
案の定、柊一は困ったような顔をしながら、どうやったら俺を宥められるかを模索しているみたいに、そこから立ち去ろうとはしない。
でも今の俺には柊一の気遣いがなにより辛い。
柊一が親切であればあるほど、柊一が綺麗であればあるほど、辛いんだ。
「新田サンのトコに寄ってきた…」
俺の言葉は唐突だったが、柊一はすぐ、何の事か解ったように顔を輝かせた。
「それで、どうだったんだ?」
柊一を喜ばせてやりたいと思ってる反面、この話題で柊一が喜ぶことが、なにより辛い。
しかも柊一の表情は、俺が予想したよりも更に期待に満ちていて、最後の水滴がコップの水を溢れさせるように、その表情が俺の中のナニカを溢れさせた。
「なにをそんなに期待してるのさ?」
「え? じゃあダメだったのか?」
「いや、ダメじゃないさ」
「…ハルカ?」
俺はいきなり身体を起こすと、訝しげに俺を見ていた柊一の襟元を乱暴に掴み、そのまま強引にベッドの上に組み敷いた。
「そんなに、そのことばっかり気になる?」
「ハルカ、痛いよ………」
押さえ込まれているのが苦しいって顔をしているけど、本当は苦しいことよりも、俺の様子を訝しみ、警戒してるのが手に取るように判る。
胸の奥がギリギリと痛んだ。
「柊一サンって、頭良いけどオバカサンだよね? 以前のオーナーが白馬の王子様みたいに迎えに来ても、俺が一言ダメって言ったら、帰れないんだよ? 考えたコト無いの?」
「ハルカ……何を言って………」
「柊一サンは俺のコト、オーナーとは思ってないだろうけど、法的には俺が柊一サンの持ち主なんだぜ? 柊一サンが、どんなに俺のコトを毛嫌いしててもさ」
「俺はオマエのこと、嫌いだとかそんな風には………」
「そんな風には思ってないの? なら、なんで俺に触れさせてくれないのさ?」
「だってっ、オマエは俺のオーナーじゃない…!」
「法的には俺が柊一サンの持ち主だって、言ってるでしょ?」
「ハルカ、放して!」
「放さない。だって放したら柊一サン、俺から逃げる気だろ? そんなこと許さない。言えよ、前のオーナーの事なんてどうでもいいって! 前のオーナーはもう、柊一サンのこと探してなんかいないさ、柊一サンのこと、捨てたんだよ!」
「そんなことあるもんか! アイツは絶対、俺を手放したりなんかしない!」
「よくゆーぜ! 顔も名前も覚えてないクセに!」
俺の言葉に、今にも泣き出しそうな表情で、柊一は激しく傷ついている。
「そんな顔して! 感情なんて無いとか言いながら、そんなにしっかり前のオーナーに固着して、俺の言葉に傷付いてるんじゃないか! ウソつき!」
罵りながら、でもそんな柊一に固着している自分の方がよほど愚かだ。
強く抱きしめると、柊一はますます身体を強張らせる。
俺がどんなに想っても、柊一は絶対に応えてくれない。
「ハルカッ、いやだっ! やめろっ!」
「自分のマリオネットを抱いて、どこが悪い」
「オマエ、俺を抱かないって言っただろ!」
「自分のマリオネットの都合を伺う奴なんて、いるもんか」
驚愕に見開かれる瞳を無視して、俺は柊一の口唇に噛み付くようにキスをした。
歯列を割って、薄い舌を絡め取る。
スウェットのファスナーを引き下げて、俺は柊一の胸元に手を潜り込ませた。
「や………っ!」
「やーらしいの。キスされただけで、乳首こんなに堅くしちゃってさぁ」
「は………なせっ!」
「いい加減に認めろよ、俺の所有物だってこと」
「いやだっ! 俺はオマエの物なんかじゃない!」
「じゃあ大暴れして、俺の首の骨でもへし折れば?」
俺を睨みつけていた柊一が、怯んだように黙り込む。
「へえ、俺の横っ面ひっぱたけるくらいだから、セーフティモードが壊れてるのかと思ってたけど。意外にちゃんと機能してるンじゃん。それとも、しばらくヤッてないから身体がうずいちゃってるの?」
「ばかっ! 放せッ!」
「放さないし、止めない。柊一サン、本気で俺を拒もうと思えば出来るんでしょ? やらないんだから、拒んでないんだ、男が欲しいのさ」
「ちが…………っ!」
スウェットのパンツの中に手を滑り込ませて、中心をきつく握りしめる。
柊一は身体を仰け反らせて、痛みに悲鳴を上げた。
「イヤミっぽく、わざわざ自分で室内着調達してさ。そんなコトしたって、結局は使ってるの俺の金なんだぜ? 今のアンタは何もかも俺に依存してるってことを認めて、黙って足開けっつってンだよ!」
乱暴に衣服を引っぱったら、生地が裂けた。
でも俺は構わず柊一を全裸にすると、強引に膝を割って、いきなりヴァギナに俺自身をねじ込んだ。
「ひっ!」
柊一が悲鳴を上げる。
だが痛みを感じることはほとんど無かったようだ。
服を脱がせて触れた時には、少しひんやりとしていた肌がみるみる上気して、ピンク色に染まりながら熱を帯びてくる。
それでも柊一は俺を拒絶して、懸命に顔を背けているのだ。
決して俺を受け入れない相手…しかも作り物のマリオネットに、こんなに熱くなってる俺の方が、バカだ。
でも俺を拒否してる柊一は、どうしようもないほど魅力的で、これが俺のものにならないなんてどうしても認めたくなかった。
ピンク色に染まった肌の上に、プックリと膨らんでいる小さな蕾のような乳首に口唇を寄せる。
吸い上げながら舌先で転がすと、閉じた柊一の目蓋から、透明な雫が溢れ出した。
歯を食いしばって堪えている柊一は、俺を拒絶することも攻撃することも出来ないでいる。
そして切ない表情で、前・オーナーに縛り付けられている自分を示してる。
顔も名前も残さず、何一つ責任を果たさないまま自分はポックリ逝っちまって、それでも柊一を縛り付けているオーナーこそが、腹立たしさを向けるべき相手だし、己の存在を抹消する事も記憶をリセットする事も許されなまま、残されてる柊一がものすごく哀れだと思う。
でも同時にそういう柊一が憎くて、前・オーナーへの嫉妬を柊一に向けるしかなかった。
「なぁ、こんなどこの馬の骨とも解ンねェヤツに抱かれてヨがってるところ、元・オーナーに見られたらどうする?」
「な…に…?」
「俺とヤッてるところ、ビデオに撮っておこうか? 元・オーナーが見つかったら上映会してやるよ。俺とヤリまくってイっちゃった証拠品として」
「ゲス…野郎!」
「万能ロボのクセに、語彙が狭いじゃないか。他に罵りの言葉知らないの?」
俺は柊一の手を掴むと、しっかり屹立している自分自身を握らせた。
「体内(なか)は俺が、これからたっぷりかき回してあげるから、コッチを自分で可愛がってあげなよ。俺の指さえあてがってれば、リングが緩んでイキまくれるから」
「だ………れが………っ!」
俺は片手で柊一の腰を抱えると、片手を金環に添えたままで腰を激しく律動させる。
「やだ……っ! んんっ!」
突き上げられる度に柊一の体内が、小さな突起で締め付けてきて、己の快感を刺激する。
柊一の手は無意識の内に、己の手指が触れている場所を擦り始めていた。
「あっ………、あぁ………んっ!」
白い肢体がビクビクッと跳ねて、秘部から温かな蜜が溢れ出す。
同時に男性器からは飛沫が散って、俺の腹と柊一の腹を汚した。
それでもなおも律動を止めず、俺は執拗に柊一の身体を責め上げる。
「はっ、………やぁ……っ!」
またしても飛沫が上がり、俺と柊一の腹はベチョベチョになった。
「言ってみろよ、気持ちイイって。もっとたっぷり可愛がってくださいってさ」
「ふ…………うん………」
思わず叫びそうになった言葉を、柊一は必死になって口唇を噛みしめて押さえ込む。
俺は乳首を摘むと、ものすごく意地悪くつねり上げた。
「やぁっっ!」
「こんなふうにされるのも、気持ちイイんだろ? 体内(なか)がピクピクして、もっとしてってねだってるぜ?」
「ちが………」
「大丈夫。俺、まだイッてないから、ご期待通りにもっとしてやるよ」
「やっ!」
柊一の手の上から添えた手を蠢かし、俺はなおも腰を律動させる。
「ふ……あっ、………ろ、ぅっ!」
悲鳴や喘ぎとは明らかに違う様子で、柊一は何かを呟き掛けた。
一瞬、なんだろう? って考えて。
でも数秒後に、俺はその意味に気付いてしまった。
柊一が呟いたのは、思い出せない元・オーナーの名前だったのだ。
それは最後の最後に呼ぶ、最愛のヒトの名前………だったはずなのに。
柊一には、その名前を正しく呼ぶ事が出来ない。
ただ記憶のカケラの意味のない音だけが、その一瞬を埋め尽くしただけで。
愛しくて憎らしい身体を貫きながら、俺もいつしか泣いていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる