メビウスのトンネル

琉斗六

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第10話

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 翌日は次の公演地への移動日だったから、これと言った事件も無かったのだが、その翌日のリハーサルに東雲氏はまたしても姿を現さなかった。

「なんかシノさん、今回のツアーはバックレが多いねェ」
「だってこういうのがいつものコトなんじゃないんですか?」

 青山サンのグチに俺が答えると、先達コンビは顔を見合わせて肩を竦めてみせる。

「いつものコトだけど、モノには限度があるでしょう? 今回は多すぎるね」
「原因、俺ですかねェ?」
「ハルカ君、自信満々じゃん?」

 広尾サンのツッコミで、スタッフ共々ゲラゲラ笑ったけれど、ある意味でシャレにならないなと俺は密かに思っていた。
 絶賛ウンヌンの話がその場限りのおだてだったのは解ってるし、東雲氏の眼中に俺なんてない事も充分承知している。
 だが先日の北沢氏に対する異様な暴行を思い返すと、今日の無断欠勤は俺が北沢氏に負わせた擦り傷が原因なんじゃないかと思える。
 しかし一同が愚にもつかない井戸端を始めたところに、渦中の人である東雲氏が姿を現した。

「遅れてゴメン。ちょっと頭痛してたんだけど、珍しく痛み止めが効いてきたから。時間ナイからまず通しで一回演ってもらえるかな」

 どうやら本日の東雲氏は1号の方らしく、冴えない顔色ながらもテキパキと指示を出しはじめる。
 先達コンビその他スタッフが各々の部署に散り、リハーサルはやや早足に進められたが、青山氏が言うところのプロ魂で順調に体裁が整っていく。

「じゃあ、今日はこれで終わりにします。本番ン時もこの調子でよろしく」

 マイク越しに東雲氏が解散を告げると、室内に安堵の息が広がった。
 俺もギターをスタンドに置いて、一つ深呼吸した。
 アーティスト・東雲柊一は本当にイイ音を作る。
 一緒に仕事を続けられれば得るところが多いだろうが、いくら才能があってもあんな奇行をやらかす相手じゃ、そうもいかないか……。

「ちょっとシノさん、さっきのリフのコトで、いいかな?」

 青山氏がステージの袖で、東雲氏を呼び止めている。
 その姿を見るともなしに眺めていた俺はふと、並んで立っている青山氏と東雲氏のバランスに、奇妙な違和感を抱いた。
 奇妙というか何というか…具体的に言うと、東雲氏が「小さい」ような気がしたのだ。

「じゃあ後はハルカと打ち合わせて。悪ィけど俺、ちょっと……仮眠とるわ」

 蒼白い顔に少し無理な笑みを浮かべて、東雲氏は早々に青山氏から離れ楽屋に引っ込んでしまった。
 残った青山氏がこちらに寄ってきて、俺に話しかけてくる。

「ハルカ君、俺と交互にソロが入るところあるでしょう? あそこのリフなんだけどさ……」
「あの、いきなり不躾なコトお訊ねしますけど、今日靴を新調してますか?」
「はぁ?」
「おーいハルカくーん、ヒール話題タケシには禁句だぞ~?」

 茶化してツッコミを入れてくる広尾氏を無視して、俺は青山氏に答えを促がした。

「どうなんですか?」
「んー、キミの質問の真意を知りたいね?」
「東雲サンが、小さく見えたモンで…」
「ああ、そのコトね」

 納得顔で青山氏が頷く。

「シノさんって、大きさ変わるんだよ」
「……それ、人として変じゃないですか?」
「でもホントなんだよ。ねェ、ヒロ?」
「うん、変わるねェ。もっともこれまた、本人には禁句のネタだけど」
「それって、東雲サンが年中、靴を新調してるってコトですか?」
「新調っていうか、イメルダ夫人並みに履き替えが激しいみたいだよ。直接聞いて確かめたワケじゃないけどさ」
「シノさん独自のローテーションがあるんじゃん。見るからに履いてるモノが違うから、ヒールの高さもかなりチガウんでしょ」
「なるほど…」
「んじゃ、リフの話にいってもいいかな?」
「ああ、はい。なんでしょう?」

 答えて、俺は今目にした違和感に、一応の納得をした。



 これは俺の個人的な感想というか、主観に過ぎないが、ステージに立った1号と2号を比べると、1号の公演の方が面白いと思う。
 客の煽り方や演出などは2号の方が上手いのだが、1号のステージは1号自身が心底楽しんでいるように見えて、その楽しそうな1号の感情にオーディエンスが引っ張られて盛り上がるから、全体に調和が生まれるところがなんとも好印象なのだ。
 比べて2号の公演は、オーディエンスは煽られて盛り上がるが、2号自身はひどく冷めているように見えて、俺に残るのはただ「仕事してます」って印象だけだ。
 1号のステージだって「仕事」には変わりないのだが、1号は「仕事を楽しんで」いる。
 例え客が20人だったとしても、俺はステージが大好きだ! とでも言いそうなパッションがある。
 だから俺としては、出来れば常に1号と仕事をしたいと思うが、いかんせん東雲氏のニュートラルは2号の方だから、これまでのツアーで俺が1号を感じた公演は全体の1割程度だった。
 今までの俺の経験からすると、2号がリハーサルをして、実際の公演が1号だったコトは一度もない。
 つまりリハで1号が出てきた時は、公演が1号である可能性があるが、リハに2号が出てきたら、公演は確実に2号なのだ。

 今夜のリハは2号だった。
 だからどうせ本番も2号が来るのだろうと思っていたのだが、俺の予測はハズレてステージに姿を現したのは、久々の1号の方だった。
 ツアー中でも割と収容人数少なめのホールだったが、しっかりとまとまった実に気分のイイ演奏が出来て、今夜の客は実にラッキーだったな…なんて俺は内心思ってた。
 メインのステージを終え、一旦楽屋に戻った俺達は、アンコールに向けて慌ただしく準備に走る。
 生理現象をもよおした俺は、足すため某所に駆け込んだところ、そこに東雲氏がいた。
 東雲氏は洗面台に向かって俯いていた。
 一瞬、吐いてるのかと思った。
 しかし数秒様子を見たところ、そういう気配ではない。

「東雲サン?」

 声を掛けた瞬間、東雲氏は弾かれたように振り返った。
 その驚愕を浮かべた顔に、こっちの方が驚かされる。

「どうしたんですか? 気分でも悪いとか?」
「いや、…………別に」

 取り繕うみたいに青ざめた顔に笑みを浮かべ、そそくさと再び洗面台に向き直ろうとしたその右腕に、うっすらと傷がある事に気付いた。
 それに気付いた俺が、口を開き掛けるのを察した東雲氏は、逃げるようにいなくなってしまった。
 モノスゴク不審な気分が一気に襲ってきて、見た光景の事を、考え込んでしまい……、スタッフが「アンコール開演!」と叫んでいる声が耳に飛び込んできてようやく、俺は我に返った。

 後にして思い返すと、あの時の東雲氏の背中というか、肩が震えていたような気がする。
 結局俺は用を足せないままアンコールのステージに立ったのだが、頭の中は不可解な目撃シーンの事で一杯だった。
 二重人格と思いこんでいた東雲氏だが、実はアレは、二人の人間が入れ替わっていたのだとしたら……?
時代錯誤なファッションや、今時考えられないウズマキ付きの眼鏡が実はただ顔を隠す為のアイテムとすれば、すんなり納得出来てしまう。
 2号はあの通りの勝手なタイプだし、青山氏らの話からすると覚醒剤すら常用しているようだから、いきなりステージに立てない状態になっている事だってあるだろう。
 だが代役をこなせる者…すなわち北沢氏であり1号を常に傍に用意していれば、ステージに穴を空ける心配は無くなる。
 満席のオーディエンスから喝采を浴びている1号の背中を見つめて、俺はものすごく複雑な気分になった。
 これほどのパフォーマンスが出来るカリスマと才能を持っていても、彼は2号の影武者でしかない。
 俺が「東雲柊一」に感じていた二重性は、この才能を持っている1号の輝きと2号の凡才によって作られていたのだ。
 つまり、あの横暴で身勝手な2号は、実はさほどの才能がある訳でもなければ、ひらめきがあったワケでもない。
 単に、ちょっとばかり機転が利いて、オマケに商才があった…だけだ。
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