メビウスのトンネル

琉斗六

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第11話

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 打ち上げの席に現れた東雲氏は、俺の予想した通り2号になっていた。
 あれだけのステージを演じた後なのに、すこぶる機嫌が悪く低気圧なところまで思った通りだ。
 バラードで音が外れたの、こっちの体調に関係なく客は勝手に盛り上がるの、そりゃもう言いたい放題…というか。
 まるっきり「自分以外の誰かのステージを貶している」発言続出だ。

「全く、良くない酒だよねェ」

 ボソッと呟いた青山氏の言葉に、俺はふとある事に気付いた。
 2号は食事の時に晩酌をバンバン飲るが、俺が初めて会った時の1号はほとんどアルコールを口にしなかったのだ。
 もっともこうまで酒癖がよろしくないのでは、あの手の公式の席ではお目付の中師氏が飲ませないのだ…と言われてしまえばそれまでだが、カラクリが見えてしまった俺にはすべての本当の意味が透けて見える。
 とはいえ、俺の確信には何の裏付けも無く、まだ推理の域を出ていないのだが。

「なぁハルカ、多聞センセ知らん?」

 くいっと広尾氏に袖を引かれる。

「そういえば、今日は全く見かけてませんねェ?」

 するとその向こう側にいた青山氏が、こっちに振り返って言った。

「センセは今日、別行動だよ。なんでも精神病関係で権威の教授がこっちの方に住んでるんだってさ」
「へえ! あのセンセでも、ちゃんとお医者サンしてるコトあるんだ!」
「ヒロってば、そりゃ言い過ぎでしょ~?」
「だって、あのセンセに診てもらってるシノさんがああだぜ~? あれじゃ、名医って感じはしないぢゃん~」

 確かに東雲氏が1号と2号という人格を有していて、あんなふうに行動してるとしたら、多聞氏の精神科医としての腕前は頼りなく思える。
 しかしどんな名医だって、まったく別の二人の人間を同一化させる事は不可能だろう。

「し…シノさん、ほら……」
「ん…だよ! 別に手伝って貰わなくたって歩けるっつーんだよ!」

 完全にへべれけ状態の東雲氏は、北沢氏の腕を振り払うようにして大暴れしている。
 そんな東雲氏をジイッと見つめて、俺は怖ろしく悪魔的な物思いに耽っていた。

「そろそろお開きになるのかな?」
「ハルカ、この後どうするの?」

 問われて、俺は青山氏にお人好しな笑みを返す。

「今日、多聞サンいないんでしょう? ジャックさん大変そうだから、ちょっと手伝ってきますわ」
「ええ~、ハルカってば奇特だねェ!」

 もちろん俺だって、酔ってクダを巻いてる2号のお守りなんて、普通ならば断固お断り申し上げたい。
 だが推理を立証するには、皆が裸足で逃げ出すヘベレケの2号は、恰好の言い訳材料になる。

「大丈夫ですか、ジャックさん」
「ん……だよっ! ハルカまでっ! うざってェな!」

 暴れ回る2号の腕を取り押さえて、俺は強引に酔っ払いを立ち上がらせた。

「ご…ゴメン、ハルカ君……」
「ジャックさ~ん、タクシー来ましたよ~」

 俺が北沢氏への助勢を名乗り出た所為か、いつもなら早々に姿を消す青山氏が、わざわざ店の前でタクシーを掴まえて待たせている。

「じゃあハルカ。後、頑張ってね~」
「なんか旨いモン食ったら、後で教えて下さい」
「ガンバレよ~」

 北沢氏と二人で2号を担ぎ上げ、俺がタクシーへ乗り込むと、青山氏と広尾氏が手を振って見送ってくれる。
 食事をした店とホテルまでは車で2分と掛からない距離だから、息を吐く間もなく降車作業だ。

「は…ハルカ君、付き合わせちゃって申し訳ないね……」
「んだ~? ジャックぅ、ハルカ如きにヘコヘコすんじゃねェぞ!」

 酔っぱらいが振り回した拳が、ガツンッと音を立てて北沢氏のこめかみに当たり、北沢氏が蹌踉めいた。

「大丈夫ッスか?」
「だ…大丈夫……」

 ダダをこねる2号をタクシーから降ろし、左右から支える。
 その頃には半ば白河夜船となっていた2号は、意味を成さない言葉をブツブツと呟きながら、ようやく暴れなくなった。

「コレに毎回付き合ってるんですか? 結構な肉体労働ですねェ」
「そ…それほどでも、ないよ」

 エレベーターを降りて、おとなしくなった1号を抱えて部屋に連れて行く。

「東雲サンって、酔った時に寝ちゃったら、後は起きないタチですか?」
「お…起きる時は起きるけど。で…でも、枕元にポカリを置いておけば大丈夫だよ」

 肩で息を吐き、北沢氏はベッドに倒れている東雲氏の靴を脱がしたり、掛布を直したりして、最後に言葉通り冷蔵庫に用意してあったペットボトルをベッドサイドに用意した。
 部屋を出たところで、俺は北沢氏に声を掛けた。

「先刻殴られたところ、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ…」
「まったく酷いコトしますねえ」
「し…仕方がないよ…。あれも、付き人の、仕事だから…ね」
「でも腫れてきてますよ」

 微妙に歩行速度を変えて俺は北沢氏の背後に付き、先程東雲氏に殴られた場所に手を当てた。

「だ…大丈夫って…」
「でも東雲サン寝ちゃってるンだし。今夜はもうお役御免でしょ?」

 ビンゾコ眼鏡の奥の目が、激しく迷っている。
 本当に1号と北沢氏が同一人物であるならば、俺のギターを高く評価してくれたのはほぼ間違いなく、目の前にいる人物だ。
 だからこそ、この人は、わざわざ財布を持って俺を追いかけてきたのだ。
 俺と音楽の話をするために。
 だとすればこの迷いは、押し切ってしまうのが正解だ。

「大丈夫ですよ。俺は全部ナイショにしときますから」

 先日と同じように手を掴むと、俺は強引に北沢氏を部屋に引っ張り込んだ。
 室内にあるソファに座らせて、タオルを水で濡らし、北沢氏の頭に当てる。

「マジで腫れてるじゃないですか。全く、東雲サンはジャックさんに甘え過ぎですよ。こんな手加減無しで、酷いなぁ」
「お…俺の間が、悪かっただけだよ」

 ボソッと答えた北沢氏は、なんとなく居心地悪げに落ち着かない様子だ。
 なぜ北沢氏がそこまで2号に忠義を立てているのか判らないが、この落ち着きのなさは、2号への裏切りにも等しい状況ゆえなのだろうか?
 俺は座らせた北沢氏の視界から外れる位置に、それとなく移動した。
 そして不意に彼の髪に手をかける。

「なにを…っ!」

 振り返った北沢氏は、俺の手に握られているカツラを見て狼狽する。

「やっぱり、ね」

 北沢氏の頭から剥ぎ取ったボサボサヘアーのカツラをテーブルに投げ出し、俺は北沢氏に詰め寄った。
 北沢氏は咄嗟に立ち上がったが、結局なにも出来ないまま、俺に付けヒゲも剥ぎ取られる。
 最後に俺が彼から取り上げたのは、グルグル渦巻きのビンゾコ眼鏡だった。
 それらの「変装用品」を取り去った後には、東雲柊一にそっくりな顔が現れる。

「お久しぶりですね」
「ハルカ………やっぱり気付いて………」
「前から変だな~と思ってましたよ。周りの皆さんが二重人格とか、分裂症とか、勝手なコト言ってますから、てっきり騙されてましたけどね。でもその腕の傷を見たら、ピンときちゃったんですよ。…つまり、俺のコトを評価してくれてるのは、東雲サンじゃなくて、北沢サンを名乗ってるアナタだって」

 腕の傷を見下ろした1号は、大きな溜息を吐きながら俯くと、力無くその場に座り込んだ。
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