メビウスのトンネル

琉斗六

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第12話

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「わざとインパクトの強い容姿にどもりの演技とは、結構知能犯ですね?」
「悪いけど俺は、強請られたって金なんて持ってないぜ?
「そうなんですか? まぁ、その辺の事情はゆっくり伺うつもりですけど…」
「………それで、どうしたいんだ?」

 上目遣いに俺を見上げた仕種に、一瞬自分でも理解不能な感覚が身の内に湧き上がる。

「とりあえず、お名前教えて貰えます?」
「東雲柊一」
「偽名じゃなくて」
「本名だ」
「だって東雲柊一って、芸名でしょ?」
「ハルカが知ってる方の東雲柊一は、俺の双子の弟で、本名は辰巳椿と言うんだ」
「名前が柊一サンとしても、双子の弟が辰巳なら、アナタだって辰巳じゃないんですか?」
「辰巳は椿の養子先の苗字で、元は椿も東雲姓だった」
「養子? もーちょっと解るように説明願えます?」

 1号は諦めたように溜息を吐く。

「本家の祖母が、ものすごく迷信深くてな。俺達が生まれた時、双子を忌み嫌って弟を養子に出したんだそうだ」
「なるほど、それで苗字が違うんですか。でもそれならなんで兄弟タッグで影武者ごっこしながら芸能人やってんです?」
「椿は、俺を捜す為に東雲柊一を名乗ったと言っていた」
「捜すって、兄弟を?」
「双子は不吉だという理由で里子に出したくらいだから、互いの居場所は一切教えられてなかった。それどころか俺は、震災の時まで椿の存在すら知らなかったんだ」
「震災?」
「阪神淡路の震災だ。父が単身赴任で丁度あの時に神戸にいたんだ。母は父の世話をするのと、まぁ、久しぶりの夫婦水入らずで観光がしたいとか言って、出掛けて行っていてな。結局、それっきり二人とも帰らなかった。二人の生命保険金が入ってきたので、俺と祖母はその後なんとか暮らしたんだが、その祖母も2年ほど前に他界した。両親が死んだ時に、祖母が椿の事を教えてくれた。…多分、自分がいなくなった後に俺が天涯孤独になる事を不憫に思ったんだろう」
「椿サンは柊一サンの事を知ってたんですか?」
「養子先には二度と関わらないって制約をしてたらしいが、それでも東雲という苗字と、兄の名前が柊一だという事だけは教えてあったようだ。椿は養い親から聞いて、双子の兄がいる事を子供の時から知っていたらしい」
「でも柊一サンは、お祖母さんから椿サンの話を聞かされたワケなんだから、椿サンに会いに行けたんじゃないんですか?」
「祖母は頑固者で、自分は忌み子の椿に二度と関わりになりたくない…と言っていた。母は強く反対したそうだが、祖母は息子である父に強引に言い含めて、結局全て取りはからったのは父一人だったらしい」
「で、柊一サンは椿サンを探そうとはしなかったんですか?」
「祖母が亡くなった後、探そうか…とは思ったんだが。しかし、家は別に財産家だったワケじゃなかったんでな。両親の生命保険金のほとんどは俺の学費と祖母との生活費で無くなっていたし、学校を卒業した後は就職だの祖母の葬式だので一杯一杯だったんだ。だが、就職したら取引先の営業から同姓同名のロック歌手がいると言われて、オマケに顔がそっくりだと言われた」
「それで弟だって気が付いた?」
「ああ」
「それから?」
「椿に会った。そうしたらアイツに、どうせその顔でその名前じゃ行く先々でトラブルになるだろうから、自分の仕事を手伝えって言われて…」

 ぼそぼそと身の上を語る1号は、そうして見ると2号よりもやっぱり一回り華奢に見える。
 だが、明らかに別人だと判ったからこそ二人の違いに目がいくが、最初に一人だと思いこまされていては違和感を感じても同じ顔の人間が入れ替わっていると気付く事は滅多にないだろう。
 というか、そもそも同じ顔の別人が存在している…と前提して、他人と付き合う人間なんている訳もない。

「柊一サンって、色白いよね? シノさんに化ける時は、ファンデでカバーリングしてるの?」
「それがどうした?」

 日焼けサロンが好きなのか、趣味で屋外のスポーツでもやっているのか知らないが、2号が作った東雲柊一のイメージは、健康的に日焼けをしたナイスガイってなものだ。
 でもこんな蛍光灯の下にあっても、1号の顔は生白さが「影武者」って単語そのものな感じがした。
 2号の代わりにリハーサルを仕切ったり、代理でステージに立っている時にはあんなにも鮮烈な輝きを放つのに、目の前にいる1号はまさしく「影が薄い」という言葉そのままに、ひっそりとおとなしい。
 だがそういう受け身の佇まいが、俺に妙な気を起こさせた…。
 うなじと襟元の白い肌をジッと見つめながら、俺は1号、いや、ホンモノの東雲柊一の隣に座った。

「不思議なモンだよねェ。同じ顔してるのに、一方はあんなに横暴で身勝手な暴君で、こちらは借りてきた猫みたいにおとなしいンだから…」
「それで、一体どうするつもりなんだ?」

 チラと見返してくる上目遣いの黒い瞳に、俺は自分の性欲を意識した。
 このヒトは、類い希なる才能を持った「モーツァルト」そのものだ。
 人を惹きつけるカリスマと、目映いばかりの輝きを持った輝石………。
 しかし残念な事に、彼には類い希な才能を「換金」する能力は欠落しているようだ。
 少なくともそれに関しては、このヒトを探し出せる程度にネームバリューを広げられた2号の方が、才覚があったと言える。
 だけど、そういう言い方をしたら俺だって、その程度の「才能」は持ち合わせている。
 ハッキリ言ってしまって、俺の持ち合わせている商品は、俺の「テクニック」のみだ。
 だが以前に青山氏に向かって言った通り、俺程度のテクニックを持ったギタリストなんて十把一絡げのそんじょそこらにゴロゴロしている。
 そいつらが俺と同じ程度に稼いでいるかと言えば、そんな事は無い。
 むしろ俺よりテクが上だったり、音楽的才能に恵まれている輩もいるにも関わらず…だ。
 同じテクを有していても、俺が稼げて食えるのに、全く金にならない連中がいる理由はただ一つ、そいつらには「換金能力」つまり営業の才能が無いだけなんである。
 類い希なる音楽的才能を持った「モーツァルト」に対して、音楽的才能は無いモノの営業能力に秀でている「サリエリ」は、同時に「金になる輝石」を見分ける能力もある。
 商品の善し悪しが分からずに売り込みをするバカも居ないだろう。
 だから俺はその「サリエリ」仲間として、2号からちょこっと恩恵を分けて貰おう…と思っていたのだが。
 だけど今の俺は、そんなコト全てそっちのけの欲望でいっぱいになっている。

「柊一サン、金持ってないんでしょ?」
「ああ」
「だからってその様子じゃ、弟サンに泣きつくようなマネも、あんまりしたくないンでしょ?」
「…………よく解ってるな」
「じゃあ、俺を黙らせる方法はあと1つしか残ってないんじゃない?」

 俺の要求に1号は初めきょとんとした顔をしていたが、やがて表情を強張らせた。

「なに………言って………」

 逃げる術もない状況に、「東雲柊一」の瞳が絶望の色に変わる。
 その表情に、俺はますます自分が駆り立てられるのを感じた。
 俺は思いっきり人の悪いカオをして、ニィと笑って見せる。

「俺はどっちでもイイよ。身体で払ってくれても、弟サンに泣きつきに行ってくれても」

 自分では全然自覚が無かったケド、俺って意外とサディストの要素を持っているのかもしれない。
 強張って、切羽詰まった顔のままジイッと俺を見つめる柊一の様子に、心がワクワクしてくるのを止められない。

「ちょっと俺、ビール買いに行ってきます、ここの冷蔵庫には愛用のブランドが無いんでね。身体でお支払いの場合は、シャワー浴びてベッドで待っててください」

 去り際に身を屈めて、柊一の頬にチュッと音を立ててキスをする。
 瞬間、柊一はギュウっと目を閉じた。
 その表情に、自分でも驚く程そそられる。
 同性を抱いてみたいなんて、今まで一度だって考えた事もなかったのに。
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