イルン幻想譚

琉斗六

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ep.3:迷惑な同行者

10.落とし穴【2】

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「これは…なんだ?」

 目眩が止まった気がして目を開くと、そこに宿の天井はなかった。
 それどころか、自分の体は安定しているのに、周囲は眩しい光に包まれでもしているように真っ白で、上下も左右もない。

「いいから、こちらを見よ」

 タクトはマハトの顎に手を掛け、顔を自分へと向かせる。
 魂融術シームルは、神耶族イルンと対象者が、せいある限り切ることの出来ない絆で、魂魄ヴェッテイルを紐づけするじゅつだ。
 これにより、対象者は神耶族イルン能力値ステータスをその身に授かる。
 純粋に精神的スピリチュアルな存在である魂魄ヴェッテイルを繋ぐため、物理的マテリアルな世界から隔絶された場でおこなわれるのだ。
 そして、二つの魂魄ヴェッテイルに絆が結ばれるまでの永遠にして一瞬のその時間、対象者は現世うつしよでは決して得ることの出来ない、得も言われる満足感を得る。

ぬし・・は、全くとんでもない傑物であるな」

 陶酔しているマハトが思い描く "最高の満足" を、タクトはてっきり "剣豪ダインスになり得た自分" なのだと思っていたが。
 他者の手を借りず、常におのれの技量を磨いて頂点を目指すマハトは、その目標を成し得たのちにもまた、新たな高みの目標を見つけ、それを目指して邁進していた。

「全く…、根っからの餓っつきだが…」

 タクトは思わず失笑したが、しかしそんなマハトをますます愛しく思った。
 ひたすら自身の資質を磨くことのみに注力し、なにかを達成する快感を貪る。
 マハトの真の望みは、大きな目標を成し遂げる達成感と、その向こうに現れるさらなる渇望を繰り返す、清廉潔白にして終わりなき欲望だった。
 タクトはこれこそ自分が選んだものだと、更なる悦びを感じる。

「さあ、これで儂らは一蓮托生だ。よろしく頼むぞ、マハト」

 タクトはマハトの唇に、改めて愛おしそうにキスをする。

「んあ…あぁ…っ!」
「おいおい、此処はもう現世うつしよだぞ。そんな声を出しては、隣の部屋におかしな勘違いをされてしまうではないか」

 そんなことを言いながらも、タクトの顔にはその美貌に似合わない笑みが浮かんでいる。
 神耶族イルンは姿形は人間リオンに酷似しているが、実は無性の種族だ。
 故に、夫婦やつがいの概念を持たない。
 当然、房事をおこなうこともない。
 スキンシップの一つとして、肌を触れ合わせたりキスをしたりもするが、それはあくまで絆や情を確かめあう行為に過ぎないのだ。
 契眷属フェストゥーカに足り得るかどうかの試金石として、房事に似た誘いをすることもあるが、それ以上の行為に及ぶかどうかは、神耶族イルンそれぞれの個性による。
 タクトは、そういう意味では『試金石でも愉しむべき』と考えるタイプであった。

「そう急かすでない。楽しみはあとのほうが良い…」

 これからの展開を考えながら、タクトは笑っていた。
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