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2.曇天を切り裂く瞳
うちに遊びに来るか?
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星野夏芽。
聖上(せいじょう)中学1年1組、13歳。
美術部所属。
雪也が調べ上げてくれたその情報を聞きながら、俺は苦い思いだった。
昨日はそれぞれ帰って終わったけど、これからどうすりゃいいんだ。
ってか、同じ部活だったのかよ。
「だから、たまには部活にも顔出せばいいのに」
ため息交じりの雪也。
今は昼休みで、俺と雪也は屋上で日向ぼっこをしていた。
この屋上は陽当たりがよくて好きだけど、休み時間にくると人が多い。
今も女子の何人かが口うるさく噂話をしていた。
「学校の規則だから入ったんだよ。じゃなきゃ部活なんてだるくてやってられるか」
「いつもながら荒んでるね」
雪也は苦笑して、話題を戻す。
「で、どうするの? つきあうって」
「つきあうしかねーだろ、言っちまったんだし」
「タエさんはどうするの?」
「なんでそこにタエが出てくるんだ?」
ほんとうに分からなくて聞いたのに、雪也は呆れたようだった。
「だって少なくともタエさんのほうは彼女のつもりなんでしょ? いいの?」
「あー……」
そういえばタエもそんなこと言ってたっけな。
でもタエにいちいち言うのもめんどくせぇし。
「別にそのままでいいだろ」
「うわ」
雪也はあからさまに顔を歪めた。
「璃津さいてー」
「今更だろ?」
俺はわざと笑ってみせる。
悪人て言われるくらいが、俺にはちょうどいいんだよ。
そんな気持ちで。
放課後、雪也と下駄箱にいくと、夏芽が柱に背を預けて待っていた。
「なにしてんだ、こんなとこで」
「あ、やっときた」
夏芽は俺を発見すると、餌をぶら下げられた犬みたいに嬉しそうに笑った。
「待ってたんです。教室の前で待とうかと思ったけど、それだと迷惑になるかと思って」
「別にどこで待っててくれてもいいけど」
「一緒に帰りませんか? 昨日は畑中くん、先に帰っちゃったし」
「ああ……」
ちらりと雪也を見る。どうしようかと相談の眼差しだったことを察したはずの雪也は、ふふっと笑った。
「じゃ、ぼくは急ぐからこれで。璃津、頑張りなよ」
「え、ちょ……雪也!」
焦る俺を尻目に、雪也はさっさと靴を履きかえて走り去っていく。
残された俺と夏芽は、どちらからともなく視線を合わせた。
ほんのりと頬を染めて、夏芽が微笑む。
「いい友達ですね」
「どうだかな」
俺は乱暴に靴を履くと、先に歩き出す。後ろから夏芽がついてきた。
「お前も家、こっちなのか?」
「はい」
ふぅん、と返しながらぶらぶらと歩く。──間がもたねぇ。
これがタエだったら、タエのほうから勝手に腕をからませてきたりもするんだけど。
男同士でそういうわけにもいかないだろうし。
「どうせなら、うちに遊びに来るか?」
「えっ」
沈黙に耐えられずに言うと、夏芽は驚いたようだった。赤かった頬を更に紅潮させる。
ほんとに分かりやすいな、こいつ。
……面白いかも。
「来いよ」
手を取ると、ゆでだこのように真っ赤になった。
タエにはない新鮮な反応に、へぇ、と思う。
新しいおもちゃでも見つけたような気分だ。
家に戻ると、島田が俺たちを出迎えた。
「おや、坊ちゃまがお友達を連れてくるなんて珍しいですね」
俺はそれには答えず、島田と挨拶をかわす夏芽を自室へと引っ張っていく。
部屋に踏み込んだ俺は、思わず舌打ちした。ベッドの盛り上がりを見たからだ。
──タエ。こいつ、まだいたのかよ。
「あれぇりっちゃん」
扉のあく音で目覚めたのだろう、タエはもぞもぞと顔を出す。
「だぁれ? お友達?」
「大学行かなかったのかよ」
「うん、寒くて面倒だから、ぬくぬくしちゃってた」
「ここはお前ん家(ち)じゃねぇんだぞ」
「いいの、彼氏の家(うち)なんだから」
今ほどタエが憎いと思ったことはない。
振り返ると、夏芽が戸惑ったように俺とタエとを見比べている。
俺は、あきらめた。
「夏芽。こいつは、タエ。俺はつきあってるつもりはねぇけど、こいつにはあるらしい」
真実を言ったのに、タエは口を尖らせる。
「えー、毎晩抱き合ってるのに」
だからなんでそれが彼氏彼女の仲の証明になるんだ?
「彼女だったら料理のひとつくらい作れよ」
「あーそれって男女差別だよ、りっちゃん」
夏芽は俺たちを見比べるのをやめ、花のように微笑んだ。
「畑中くんなら、彼女のひとりくらいいると思ってました。初めまして、星野夏芽です」
そう言って、タエに向けて丁寧にお辞儀をする。
こいつ……俺の彼女って聞いても、傷つきもしねぇのか?
なぜかむかむかする俺をよそに、タエもベッドに座りなおしてぺこっと頭を下げる。
「はじめましてー。木谷(きたに)タエです」
そして、この前みたいに目を輝かせる。
「もしかしてー、りっちゃんが言ってた可愛い系の告白してきた子ってナツメくんのこと?」
ああ、今こいつのことをくびり殺せたら気持ちいいだろうな。
そんな衝動に駆られる俺の気持ちも知らずに、タエはくちゃくちゃとしゃべり続ける。
聖上(せいじょう)中学1年1組、13歳。
美術部所属。
雪也が調べ上げてくれたその情報を聞きながら、俺は苦い思いだった。
昨日はそれぞれ帰って終わったけど、これからどうすりゃいいんだ。
ってか、同じ部活だったのかよ。
「だから、たまには部活にも顔出せばいいのに」
ため息交じりの雪也。
今は昼休みで、俺と雪也は屋上で日向ぼっこをしていた。
この屋上は陽当たりがよくて好きだけど、休み時間にくると人が多い。
今も女子の何人かが口うるさく噂話をしていた。
「学校の規則だから入ったんだよ。じゃなきゃ部活なんてだるくてやってられるか」
「いつもながら荒んでるね」
雪也は苦笑して、話題を戻す。
「で、どうするの? つきあうって」
「つきあうしかねーだろ、言っちまったんだし」
「タエさんはどうするの?」
「なんでそこにタエが出てくるんだ?」
ほんとうに分からなくて聞いたのに、雪也は呆れたようだった。
「だって少なくともタエさんのほうは彼女のつもりなんでしょ? いいの?」
「あー……」
そういえばタエもそんなこと言ってたっけな。
でもタエにいちいち言うのもめんどくせぇし。
「別にそのままでいいだろ」
「うわ」
雪也はあからさまに顔を歪めた。
「璃津さいてー」
「今更だろ?」
俺はわざと笑ってみせる。
悪人て言われるくらいが、俺にはちょうどいいんだよ。
そんな気持ちで。
放課後、雪也と下駄箱にいくと、夏芽が柱に背を預けて待っていた。
「なにしてんだ、こんなとこで」
「あ、やっときた」
夏芽は俺を発見すると、餌をぶら下げられた犬みたいに嬉しそうに笑った。
「待ってたんです。教室の前で待とうかと思ったけど、それだと迷惑になるかと思って」
「別にどこで待っててくれてもいいけど」
「一緒に帰りませんか? 昨日は畑中くん、先に帰っちゃったし」
「ああ……」
ちらりと雪也を見る。どうしようかと相談の眼差しだったことを察したはずの雪也は、ふふっと笑った。
「じゃ、ぼくは急ぐからこれで。璃津、頑張りなよ」
「え、ちょ……雪也!」
焦る俺を尻目に、雪也はさっさと靴を履きかえて走り去っていく。
残された俺と夏芽は、どちらからともなく視線を合わせた。
ほんのりと頬を染めて、夏芽が微笑む。
「いい友達ですね」
「どうだかな」
俺は乱暴に靴を履くと、先に歩き出す。後ろから夏芽がついてきた。
「お前も家、こっちなのか?」
「はい」
ふぅん、と返しながらぶらぶらと歩く。──間がもたねぇ。
これがタエだったら、タエのほうから勝手に腕をからませてきたりもするんだけど。
男同士でそういうわけにもいかないだろうし。
「どうせなら、うちに遊びに来るか?」
「えっ」
沈黙に耐えられずに言うと、夏芽は驚いたようだった。赤かった頬を更に紅潮させる。
ほんとに分かりやすいな、こいつ。
……面白いかも。
「来いよ」
手を取ると、ゆでだこのように真っ赤になった。
タエにはない新鮮な反応に、へぇ、と思う。
新しいおもちゃでも見つけたような気分だ。
家に戻ると、島田が俺たちを出迎えた。
「おや、坊ちゃまがお友達を連れてくるなんて珍しいですね」
俺はそれには答えず、島田と挨拶をかわす夏芽を自室へと引っ張っていく。
部屋に踏み込んだ俺は、思わず舌打ちした。ベッドの盛り上がりを見たからだ。
──タエ。こいつ、まだいたのかよ。
「あれぇりっちゃん」
扉のあく音で目覚めたのだろう、タエはもぞもぞと顔を出す。
「だぁれ? お友達?」
「大学行かなかったのかよ」
「うん、寒くて面倒だから、ぬくぬくしちゃってた」
「ここはお前ん家(ち)じゃねぇんだぞ」
「いいの、彼氏の家(うち)なんだから」
今ほどタエが憎いと思ったことはない。
振り返ると、夏芽が戸惑ったように俺とタエとを見比べている。
俺は、あきらめた。
「夏芽。こいつは、タエ。俺はつきあってるつもりはねぇけど、こいつにはあるらしい」
真実を言ったのに、タエは口を尖らせる。
「えー、毎晩抱き合ってるのに」
だからなんでそれが彼氏彼女の仲の証明になるんだ?
「彼女だったら料理のひとつくらい作れよ」
「あーそれって男女差別だよ、りっちゃん」
夏芽は俺たちを見比べるのをやめ、花のように微笑んだ。
「畑中くんなら、彼女のひとりくらいいると思ってました。初めまして、星野夏芽です」
そう言って、タエに向けて丁寧にお辞儀をする。
こいつ……俺の彼女って聞いても、傷つきもしねぇのか?
なぜかむかむかする俺をよそに、タエもベッドに座りなおしてぺこっと頭を下げる。
「はじめましてー。木谷(きたに)タエです」
そして、この前みたいに目を輝かせる。
「もしかしてー、りっちゃんが言ってた可愛い系の告白してきた子ってナツメくんのこと?」
ああ、今こいつのことをくびり殺せたら気持ちいいだろうな。
そんな衝動に駆られる俺の気持ちも知らずに、タエはくちゃくちゃとしゃべり続ける。
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