ホームレスでしたが、このたび結婚いたしました。

希彗まゆ

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はちみつバレンタイン(プチ続編)

愛を、知ったんだ。

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「はあ……」

そして、がっくりとうなだれる。

「相手が、椛さまでなけりゃなあ……」

その言葉の意味を、尋ねるよりも早く

「よくこらえたね、夏斗。えらいえらい」

この場に不似合いなほど、穏やかでのんびりとした声が、響き渡った。
見れば部屋の入り口に、いつのまにかスーツ姿の椛さんが立っている。
いつもの、穏やかな笑みを浮かべて。

「も……椛さん!?」

「椛さま……!」

思わず声を上げる、わたしと水口夏斗。

「電車なんてもうとっくにない時間ですよね? どうやって帰ってこられたんですか?」

突然の椛さんの登場に、うれしく思いつつ尋ねてみると

「雪兎とふたりきりで食事に言ったってりんごちゃん、電話で言ってたよね? 一応夏斗を見張りに立ててはおいたけど、それでも雪兎は今夜中にりんごちゃんに手を出してくるだろうと思ってね。タクシー使って帰ってきたんだよ。……雪兎には事前に、りんごちゃんには手を出さないように言っておいたはずなんだけどね」

あのわたしのたったひと言の報告だけで、わたしの危機を感じて駆けつけてきてくれるだなんて……椛さんの愛を確かに感じて、口元がほころんでしまう。
この際、いったいいくらタクシー代がかかったのか、という問題は置いておこう。
どのみち椛さんにとっては、たいした問題じゃないのだろうし。

「……すみません、俺……水浴びて頭冷やして寝ます」

ばつが悪そうにそう言う水口夏斗も水口夏斗だけど

「うん、そうしたほうがいいね」

にこやかに、でもなぜか絶対零度の笑顔でうなずく椛さんも椛さんだ。

「こんな真冬に水を浴びるなんて、風邪引いちゃいますよ!」

「止めるな、りんご! じゃねぇ、りん子さま! おやすみなさい!」

ツッコミを入れるわたしを振り切るようにして、水口夏斗はものすごい勢いで、部屋を駆け出ていってしまった。
まだ水口夏斗、様子が変だけど……やっぱり、わたしの裸の絵なんか見ちゃったせいだろうか。

「椛さん、いつからいたんですか? ぜんぜん気づきませんでした」

「んー? りんごちゃんが鼻血を出した夏斗に駆け寄ったあたりからかな? ふたりとも一生懸命で、ぼくに気づく余裕もなかったみたいだね」

「声、かけてくれればよかったのに」

「夏斗がどう出るのか、見届けたかったんだよ」

わからないことを言っておいて、そして椛さんは、わたしに向けて「おいで」と両腕を広げてくれる。
わたしの心は、ぱっと明るくなる。
椛さんの胸に、飛び込んだ。
ああ、椛さんのバニラの香り……ドキドキして、でもすごく安心する……。
このにおい、大好き。
椛さんのにおい、大好き。

「見張りに立てておいた夏斗がこの絵を見ちゃうとは、誤算だったなあ。とにかく雪兎からりんごちゃんを守りたくて、慌ててたんだよね」

「椛さんでも、慌てることってあるんですか?」

「なにを言ってるのかな、ぼくの奥さんは。ぼくだって人間なんですよ? 奥さんに男の影とあらば、慌てもしますよ。相手は、あの雪兎だしね」

冗談めかして、わたしの前髪をかきあげて額にキスをくれる、椛さん。
普段冷静な判断を下す椛さんが、わたしのために慌ててくれるだなんて……世界一、幸せな気分だ。

「夏斗さんは、男の人じゃないんですか?」

「おや。りんごちゃんは、夏斗のことを男だと思ってるの?」

考えたのは、一瞬だけ。
その一瞬も、さっき水口夏斗が、ガラにもなく男の人みたいな一面を、わたしに見せたから。
わたしはすぐに、かぶりを振る。

「ううん、夏斗さんのことは弟みたいに思ってます。……でも、裸の絵を見られるのはイヤです。……もうほんとに思い切って、絵、捨てちゃいませんか?」

「うん、それはほんとにりんごちゃんにも夏斗にもごめん。だけど、前にも言ったようにぼくにはりんごちゃんの絵は、絶対に捨てられないし燃やせない」

笑顔で、でもきっぱりとそう言う椛さん。
喜んでいいのやら、恥ずかしいやら……やっぱりわたしは、複雑な気持ち。

「でも……あんな絵でうろたえちゃうなんて、夏斗さんも男の人なんだなって……ちょっとだけ思いました」

「そりゃあね、夏斗は──うん、まあいいや」

椛さんがなにか言いかけてやめるなんて、これまた珍しい。

「なんですか? 言ってください」

「りんごちゃんのその鈍感さが、ぼくにとってはかわいいんだけど……夏斗にとっては地獄なんだろうな」

わたしの鈍感さが、地獄?
ますます意味がわからない。

「まあ、夏斗には明後日のバレンタインにでも告白させるよ。告白させないまま、純情まっしぐらで暴走、爆発されちゃっても困るし夏斗も困るだろうしね」

「告白って……そんな言い方じゃ、夏斗さんがわたしのこと好きみたいじゃないですか。誤解を招きますよ」

「あはは、そうだね」

椛さんは軽快に笑ってから、ぎゅっとわたしを抱きすくめた。
すがりつくかのように。

「……椛、さん?」

「りんごちゃん。りんごちゃんは、ぼくだけのものだからね?」

ときどきこんなふうに顔を出す椛さんの独占欲が、わたしにとっては、たまらなく……うれしい。
わたし、ちゃんと椛さんに、必要とされてるんだ。

「当たり前、です」

わたしも、ぎゅっと椛さんを抱きしめ返す。
いったん身体が離れ、ちゅ、と唇にやわらかくキスが落とされる。
角度を変えて、幾度も幾度も……啄むように。
甘い甘い、椛さんの唇。
はちみつの味がする、……キス。

「……ん……っ」

甘い声が出てしまったのは、下唇を甘く噛まれたから。
そうされながら軽くノックするように唇を舐められると、弱いことを……椛さんは、よく知っている。

「椛さん……お仕事、は……?」

キスの合間に尋ねると、

「今回の出張ぶんは、終わらせてきた。取引も無事に済んだよ。……明後日、いや、もう明日かな。明日はちょっとまた出かけなくちゃいけないけど、今日は一日あいたから……デートでも、しようか」

熱い吐息の合間に、そう微笑まれた。

「で……デート……?」

「うん」

思わず、目をぱちくりさせてしまう、わたし。

だって……なんだかんだでいままで、休日があっても部屋で抱かれてばかりいたから
まともなデートというデートなんて、考えてみたらしたことがなかった。

もしかして……もしかしなくても、椛さんと初デート!?
とたんに浮き立つわたしの返事を遮るようにして、第三者の声が割り入ったのはそのときだ。

「わっかんないなー。なんでそんな冴えない女をそんなに大事にしてるの? 椛」

見ると、入り口のところに立って、開きっぱなしだった扉をイラついたようにキイキイと揺らす、椎名社長の姿があった。
そうだ、いまこの結木邸にはこの人もいたんだった……!

「……雪兎」

椛さんが、わたしを背にかばうようにして立つ。
その行動が、ますます椎名社長の機嫌を損ねたらしい。
椎名社長は、眉間にしわを寄せる。

「前はよく、つきあってた女を俺にくれたりもしたじゃん? なのになんで? 椛は結婚したからって変わるようなタマでもないだろ?」

「雪兎。悪いけど、もう一生涯女はりんごちゃんしか……りん子しかいらないって決めたんだ。理性でも計画でもなんでもない、ぼくの心がね」

きっぱりと椎名社長を見つめて、椛さんは言った。

「りん子は特別なんだ。二度とりん子に手を出さないでくれ」

「……っ、そんな椛、俺が好きだった椛とは違う!」

ああやっぱり、この人は椛さんのことを、兄弟のように慕っていたんだな。
わたしがそう思ったその矢先、

「その女だってとんだ尻軽女だぞ。俺に抱かれたんだ!」

椎名社長は部屋着のズボンのポケットから、スマホを取り出して椛さんに見せた。

「っ……!」

わたしは思わず、手で口元を覆ってしまう。
なぜってそこには、さっきのホテルで撮られた、わたしの上半身の裸の写メが画面に写し出されていたから。
とうとう、椛さんに見られてしまった……!
だけど、わたしが、どうしよう、と思う暇もなく。
椛さんを取り巻く空気の温度が、一気に下がった。

「……りん子の裸を、見たの?」

いつもよりも低く冷たい椛さんの声に、椎名社長の表情が凍りつく。
心なしか、わたしまで寒気を感じる。
椎名社長がそれに答えるよりも早く、椛さんが動いた。
鈍い音がして、椎名社長が後ろに倒れ込む。
彼の唇は切れて、血が出ていた。

椛さんが……椎名社長を、殴ったのだ。
あの椛さんが、こんな行動に出るなんて……。
わたしどころか、椛さんとずっと仲良くしてきた椎名社長にだって予想外だったに違いない。
呆然と椛さんを見上げる椎名社長に、椛さんは冷たく言った。

「すぐに削除して。でないと雪兎、ぼくはおまえとの縁を切る」

「っ……!」

椎名社長は、なにかをこらえるようにして……それでもスマホを操作して、再び画面を椛さんに見せる。
そこにはもう、なんの画像も写ってはいなかった。

「……これで、いいんだろ」

「他には、ないね?」

「ああ」

「雪兎を信じるよ?」

コクリと、椎名社長は悔しそうにうなずく。
そして立ち上がると、

「俺、もう……帰る。椛、……ほんとにどうしちゃったんだよ、おまえ。まるで、別人みたいだ」

椛さんは、ただひと言。

「愛を、知ったんだよ」

椎名社長は、愕然と椛さんを見つめていたけど

「雪兎。殴って、ごめんね。だけど、それだけぼくにとってりん子は大切な女性なんだ。……あとで詳しく、話すよ。雪兎が納得できるまで、ぼくとりん子のなれ初めを何度でも」

ようやく落ち着いたのか、穏やかに椛さんにそう言われて……黙って背中を向けて、とぼとぼと、部屋を出て行ってしまった。
バタンと扉が閉められると、椛さんは鍵をかけ、またわたしのところに戻ってきて抱きしめてくれる。

「わたし、椎名社長に抱かれてなんか、いません」

必死にそう訴えると、

「わかってる」

椛さんは、優しく微笑んでくれた。

「雪兎はきっと、試したんだな、ぼくとりんごちゃんとの愛がどれほどのものなのか。雪兎は不器用だから、こんな手しか使えなかったんだと思う。……詳しく話せばきっと、雪兎はわかってくれるよ」

「……はい」

4年前のあの日のことから、椛さんが丁寧に話してくれれば、相手が椛さんだったら、きっと椎名社長はわかってくれるだろう。
椎名社長は、椛さんのことをどこかカリスマ的存在だと思っているのかもしれない。
そう考えると、椛さんの話だったら彼も聞く耳を持つだろう、そう思った。

「デート、どこに行きたい?」

バニラの香りに包まれていると、ようやく睡魔が襲ってくる。
椛さんに身体を預けながら、ぼんやりした頭で考えた。

「でも、そういえばわたし明日仕事に行かなくちゃ、なんですけど……」

椛さんは仕事は早めに終わらせたみたいだけれど、明日は平日。
わたしの仕事は、あるはずだ。

「体調が悪いって言って休みなよ。一日くらい、ぼくが許す」

「そんな……今日だって午後は体調が悪いって言ってお休みしたのに」

「それ、雪兎が関係してる?」

ギクリとするわたしを、椛さんはさらに鋭く問いつめてくる。

「まあ、詳しくは雪兎に聞くけど……りんごちゃんは、ぼくのためには一日もあけてくれないのかな?」

うう、そう言われると……弱い。

「……わかりました。明日というか今日は、会社お休みします」

「うん」

満足そうにうなずく椛さんが、ちょっとかわいく感じられて……気がつけば、口元がほころんでいた。

「デートなら……遊園地も映画館も行きたいし、日帰り温泉なんかも行ってみたいな。わたし、温泉って行ったことがないんです」

温泉どころか、旅行と名のつくものには、いままでのわたしの人生は、とんと縁がなかった。
そういえば……。

「椛さんて、遊園地とか行ったことありますか?」

たまごかけごはんも知らなかった人が、庶民の遊び場である遊園地に、行ったことがあるのか不思議に思ったから。
いや、さすがに遊園地くらいには行くかな?
椛さんの返事は、至極あっさりとしていた。

「んー、ご令嬢じゃない子とつきあってたときに、誘われて行ったことはあるかな」

ご令嬢じゃない子って……たぶん、わたしみたいな庶民レベルの子……って意味だよね。
とたんに、料亭で椎名社長から聞かされた椛さんの”武勇伝”を思い出して……胸がモヤモヤ。

「……椛さんの初めての相手って、年上のお姉さんだったそうですね」

「いきなり、どうしたの」

わたしが突然会話を切り替えても、椛さんは動揺したふうでもない。
ただ黙って微笑んで、わたしの頭を撫でてくれているだけ。
それがなおさら、憎たらしい。
可愛さ余って憎さ百倍って、こういう気持ちのことを言うのかな。

「椎名社長から、聞きましたよ。初体験のときの影響で、椛さんの好きな女性のタイプって、年上のお姉さんだって」

「いまはりんごちゃんにしか興味ないけどね?」

そこで、ふっと椛さんは笑った。

「りんごちゃん……ヤキモチ?」

「知りませ……──ひゃっ!」

ぷいとそっぽを向こうとしたのに、腰に回された手に力が入って、それを許してはくれなくて。
さらに耳たぶを、甘噛みされる。
椛さんは、幾度もわたしの耳に唇を押し当てながら、パジャマのボタンを少しだけ外し、あらわになった首筋と肩との境目あたりに、顔をうずめた。

「あ……っ」

少し強くソコを吸われて、たちまち甘い痺れが身体じゅうに広がっていく。

「だめ、椛さん……っ」

「どうして?」

「スーツ、乱れちゃいます……っ」

「ぼくは別にかまわないよ」

言いながら椛さんは、わたしの首の弱いところを確実に攻めたててくる。
……こういうこと、最初……椛さんは全部、セレブなお姉さま方に教わったのかな。
そう思ったら、手が動いていた。
自分でもその衝動に、驚くくらいに。
ピクリと椛さんの身体が反応するのがわかって、もう少しだけ強く、手を触れてみる。
初めて触れる、椛さんの……屹立。

「……りんごちゃん? 今日は積極的だね?」

顔を覗いて微笑んでくる椛さんは、今夜もたまらなく、色っぽい。

「……わたし、だって……他の女の人に、負けたりしませんから……」

ちいさくちいさくそう言ったのに、椛さんは地獄耳なのか聞き取れてしまったらしく、くすりと楽しそうに笑った。

「かわいいね、りん子」

「……こうして、わたしに触られるの……イヤじゃ、ないですか……?」

触っているわたしのほうが、恥ずかしさと緊張で、心臓がはちきれそう。
椛さんは、そっと頭を撫でてくれる。

「イヤなんかじゃない。うれしいよ」

その言葉に、さらに背中を押された。

「椛さん、」

「なに?」

「どうするものなのか、……教えて……ください」

たぶんそう言ったときのわたしの顔は、これ以上ないくらいに真っ赤だっただろう。
椛さんは、時折優しく

「むりしなくていいんだよ」

と言ってくれたけれど、……むりなんか、ぜんぜんしてない。
それどころか、自分が大好きな人にこんなふうにできて、満足感さえある。
椛さんは、わたしの頭を撫でたり、髪を手で梳いたりしてくれながら……丁寧に、教えてくれた。
でも途中から、椛さんもわたしのカラダに触れてきて……

「いつもより、感じてるね」

楽しげに笑う、椛さん。

「興奮しちゃった?」

「や、っ……」

そんなふうに、指を動かされたら……っ。

「口も手もお留守。だよ?」

「も、椛さんがそんなことするから……っ」

椛さんにそんなふうに触れられたら、わたしは椛さんのカラダに触れる余裕なんて、たちまちなくなってしまう。
そのうち椛さんは、わたしのパジャマのズボンと下着とを、脱がせてしまって

「そのまま、立ってて?」

ひざまずいて、なにをするかと思ったら

「あ──っ!」

ソコに、顔をうずめてしまった。
唇と舌を使って、わたしのもっとも敏感なところを愛してくれる、椛さん。
そんなこと、もういままで幾度もされたけれど、この恥ずかしさはいまだに慣れない。
だけどその羞恥よりも、きもちよさのほうが、いっそう強くて──。

「だめ……、椛さんっ……!」

「どうして?」

そんなところで、しゃべらないで……っ。
吐息が触れるだけで、どうにかなってしまいそう。

「りん子のココ、甘いから。ぼくは、好きだよ? こうするの」

椛さんは、くすっと笑う。
そして、吸い上げられながら指を入れられた瞬間。
椛さんの頭を抱えるようにして、まるで泣き声のような声を上げ、わたしは達してしまった。
その夜は、昼間飲んだお酒のせいもあってか、慣れないことをしたせいもあってか、すぐに心地良い疲れがやってきて、眠くなってしまって──。

「ごめんなさい、……わたしばっかり……」

椛さんの寝る準備を待って、寝室でふたりベッドに横になりながら、そう言うと

「楽しみは、デートのときに取っておくよ」

優しく、きゅっと抱きしめてくれる。

「デート、りんごちゃんがまだ行ったことがないのなら、温泉にしようか。雪見温泉」

「雪見温泉……素敵、ですね」

眠くて朦朧としつつも、胸がふくふくと幸せになってくる。

「いまからでも予約、取れるんですか?」

「うちが経営している旅館だったら、たぶん日帰りだしねじこめるよ。ちいさいけど、近くに遊園地もあるしね」

旅館まで経営しているなんて、ルミエール・ファクトリーってほんとにすごいんだなあ。
そんなことを考えつつも、わたしは睡魔に負けて……いつのまにか、眠りに落ちていた。
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