邪神様に恋をして

そらまめ

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新婚編

閑話2

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「いつまで死んだフリをしているんだ、ハデス。貴様には聞きたいことが山程あるんだ。さっさと起きろ」

 残っている奴の下半身を蹴ると、上半身が半透明になり立ち上がった。
 やはり、奴のテリトリーでは簡単には滅せられなかったか。
 だが、死にかけなのは確かだな。

「俺の友をどこに隠した」
「貴様には絶対に教えん。たとえこの私が滅びようともだ」
「ほう、そこまでゼウスに義理を果たすか。それとも、別の誰か、かな」
「なにを問われようとも貴様に答える気はない。あれは我々にとって望まれぬ存在。絶対に復活はさせぬ」

 ほう、見上げた根性だよ。
 だが、やはり彼の神体は何処かにあると自白してくれた。

「なにが望まれぬ存在だ。ただの嫉妬と、自分達の娯楽を失う恐怖だろ。な、違うか、ハデスよ」
「滅びゆく世界で、人々と精霊が最後に希望を託し、願い生まれたのが奴だ。新たな神族など不要だと貴様も分かっているはずだ」
「創世から滅びまでを娯楽として、嬉々として眺める貴様らと私を一緒にするな。滅びは必ず訪れる、だがそれは穏やかであるべきなのだ。決して貴様らを満たすだけのものではない」
「ふん。所詮、我々が創り出した箱庭と人形だ。それをどうしようが我々の勝手だ。なにが悪いというのか。あれはその理を乱す存在、決して復活はさせぬ」

 中々に強情だな。
 だがゼウスなき今、誰が奴を動かした。
 思い当たる奴らが多すぎる。

「どうしても口を割らぬというのか」
「当然だ。ヴァン神族如きが、我を甘く見るな!」
「なら滅びよ、永遠にな」


 彼の神体は必ず何処かにあるはず。そうでなければ、あれ程の力は奮えないはずだ。必ず見つけ出して救ってやる。

 待ってろ、友よ。



 ◇



 最近、妹の様子がおかしかった。
 常ならば無邪気に笑い、親しい者と遊んだりしているのだが、近頃は一人で何処かに行っているようだった。
 しかも、どこか遠くを眺めて、ため息ばかりを吐いている。
 私は心配になり、こっそり妹の後をつけた。


 彼女は二人分の昼食を持って毎回出掛けるのだが、毎回手付かずで持ち帰ってきていると母から聞いていた。
 今日もその二人分の昼食をカゴに入れて出掛けて行ったのだが、なぜか不思議なことに彼女は木の影から、ただある人物を声も掛けずに眺めているだけだった。

 その彼女が眺めている人物を私は知っていた。
 彼の存在は神々の間ではあまり歓迎されておらず、むしろ出自からして嫌われていた。

 どうしてそんな彼を、彼女は……

 二人に気付かれないように私は木の上から二人の様子を見ていた。
 我が妹は、らしくもなく一歩踏み出してはすぐ戻るを繰り返していた。その様子がおかしくて笑いを堪えるのが大変だった。

 どうやら、彼に声を掛けたくても掛けられないでいるらしい。
 そんな初心な妹ではないと思っていたが、案外彼女は純情だったらしい。
 まあ、初恋とはそんなものなのだろう。


 その意中の彼は剣の稽古を黙々と一人でこなしていた。その剣捌きには目を見張るものがあった。
 また、彼が神威を解放すると美しい白金のオーラに包まれ、穢れなど一切感じさせない在り様だった。

 うーん、たぶん、この姿に惚れたのだな。

 妹の右往左往する姿を面白おかしく眺めていたが、さすがにほっとけなくなってきた。
 私は意を決して、彼に声を掛けて二人の仲を取り持とうと試みた。

 彼に声を掛けると、思っていたよりもとても良いやつだとすぐに分かった。
 私達が仲良くなるのに然程時は必要としなかったし、私のいちばんの友人となった。

 そんな私に怒りの目を向けてくる妹。

 いやいや、ちゃんと二人の仲を取り持ったじゃないか。と言ってみても、邪魔ばかりしないでと邪険にされる。

 おかしい、なぜ私は感謝されないのだろうか。

 自然と彼とは妹の目を盗んで夜に会うことが多くなった。
 妹の事で愚痴を零したり、とりとめのない話を朝までしたり、遊びに出掛けたりと楽しい日々が続いていた。


 だが、そんな毎日が突然終わりを告げた。

 彼はある世界の惨状を見せられ、その者達を救うために神である事を簡単に捨てて、下界へ降りていった。

 彼は誰かの悪意に嵌められたのだ。

 神の身では降臨できない世界へ、他の神が悪意を持って彼が赴くように手引きしたのだ。

 必死に妹は彼を止めた。
 あんな無様な彼女を見たのは初めてだった。
 泣いて、縋って、それでも彼の心は変わらなかった。

 彼は妹と一つ約束をして、彼女に自分の権能を譲っていった。


 私と妹は、彼の最後を神界から見届けた。
 人の身に落ちても、彼は最後の最後まで人々に手を差し伸べて救った。
 どんなに過酷でも、自身が傷つこうと、それでも彼は何度も歯を食いしばって立ち上がり、人々を救った。

 だがそれにも限界と終わりは必ず訪れる。

 一人の傷ついた少女をその身でかばいながら、彼は自身の命を散らしたのだ。


 私は彼の復讐をその時に誓った。


 あれからもう一万年近くの時が経つ。
 彼の魂は、彼がどこに生まれ変わったのかさえも分からなかった。何者かの手によって意図的に秘匿されていたのだ。

 だが、妹がようやく彼を見つけた。
 しかし彼女は、それを私には知らせてくれなかった。
 未だに彼女の中では、私は邪魔者扱いなのだろうか。

 少し、いや、かなり残念に思う。
 なら、邪魔者らしく唐突に現れてやろう。

 彼との再会を、待ち侘びたのは、君だけではないのだよ、フレイヤ。
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