上 下
21 / 22

心節 5

しおりを挟む




「天ぷら旨かったなー……」


慣れ親しんだ部屋に戻り、温かいお茶で一息入れながら敬吾が言った。

それは無論、本心だろうが。
毒にも薬にもならない話題をわざわざ選んでいることが伝わってきて逸は苦笑する。

「すみません、うちの家族」
「お前まで謝んなよ………」

さすがに疲れてしまったような表情をする敬吾を抱き寄せ、逸は労るようにその背中を撫でた。
やっと気が抜けたように肩から力を抜いて、敬吾は逸の肩に頬を乗せてふっと溜め息をつく。

「……あそこまで謝られるとは」
「うん、でも……」

やはりごく当たり前の家庭を築いている立場から見れば。
そうできる人間にそうさせない、しかも自分の息子が──となれば、土下座したくもなるだろう。

敬吾もまた逸と同じように親とはそういうものなのだろう──と考えて、もう勘弁して欲しいとは思うものの眩しいような、切ないような気持ちになっていた。

彼らに報いるためには光一と瞳が言ったような逸の覚悟だけでは恐らく、不十分なのだ。

「……………逸」
「ん?………」

さらさらと撫でられる背中が擽ったい。
少しだけ身を捩りたい気持ちになりながら、それをごまかすように敬吾は逸の首に頬を寄せた。

「……………好き」

消え入りそうな敬吾の呟きに、逸は硬直してしまう。

背中を撫でられなくなったことが少し寂しくて、敬吾は逸の腰に回した腕をきゅっと強めた。

「………あの人たちを安心させたいなあとは思うんだけど、結構難しいんだな」

それにはきっと、こうして寄り添っているしかない。
だがそれは当人には当たり前のことで、積極的な主張にはもうなり得ないだろう。

──だから。

「うん……、」

ほんの少しだけ悲しげに笑い、逸も敬吾の髪に頬を擦り寄せた。

「……末永く、いっぱい仲良くしましょうね」

温かく、少し切ないような逸の声に敬吾が目を閉じる。

「ん…………」

──しばらくそうして体温を分け合い、少し自分に呆れたように笑って敬吾が逸の肩を押した。

「これ、何入れよう?」

微笑みながら敬吾が手にしたのは大樹と百合が贈ってくれた写真立てだった。
左腕は敬吾の肩に回したまま、逸も化粧箱の中の柔らかいガラスの曲面を撫でる。

恐らくは百合主導であろう、派手すぎない祝いのメッセージも刻まれていて品の良い色ガラスだ。
それでもよく見ると手作りらしさが垣間見える辺りが、素直に純粋に祝ってくれた二人に重なって愛おしい。

「……ゆっくり考えましょう」

敬吾は写真が苦手だ。
それがツーショットなどという照れくさいものになれば、なおさら。
せっかく百合と大樹が贈ってくれたものだ、焦って不本意な写真を入れることもない。


ひとまずはメッセージカードを入れたまま目に入りやすいところに飾り、それを見て微笑んでいる敬吾を逸はまた抱きしめた。




しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...