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第二部
67.絵ハガキ(後編)
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◇
(気の利いた文章一つ書けんとは……情けない)
そもそも、アレクシスは最初、ハガキを書く気などさらさらなかった。
アレクシスの中での手紙とは、『近況報告』あるいは『連絡事項』を伝える『手段』でしかないからだ。
それだって、基本的にはセドリックに代筆させてしまうわけで、自分で書いた経験と言えば、それこそ、セドリックに内緒にしなければならなかったリアムとのやり取りくらいなもの。
だがジークフリートから、「君はどうする? エリス妃へ手紙は送った?」と聞かれ、
「いや。送っていない」と答えてしまったことで、書く方向へと流れが変わってしまった。
「一月も離れているのに、手紙一つ送らないってどうなんだい? まぁ、君の交友関係は営倉なみに狭いからね。手紙なんてまともに書いたことないだろうし、仕方ないか」と冷めた目で見られたからである。
売り言葉に買い言葉。
「俺だって手紙くらい書ける」と言ってしまったが運の尽き。
実際にやったことのないことを突然やろうとしても、上手くいかないのは世の常である。
しかも、目の前にはジークフリートがいるわけで。
書くところを目の前で見られていると思うと、恥が出てくるのか、どうしても筆が進まない。
更に、今書こうとしているのは絵ハガキである。
封書ではなく、絵ハガキ。
封筒に入れない分、手にした者全員に内容を読まれてしまうという危うさを秘めている。
アレクシスは、「はぁ」と溜め息をついて、気分を変えようと視線を上げた。
すると目に映るのは、見渡す限り広がる、夕日に染まりかけた美しいオレンジ色の海。
今いるのは高台なだけあって、まさに絶景だ。
絵ハガキのイラストも、今見えている景色と同じものを選んだ。
エリスの祖国は三方を海に囲まれている。ならば、ここはやはり『海』の絵がいいだろうと思ったからだ。
だがいくらイラストが良くても、メッセージが貧相では魅力が半減してしまうのでは。
今まで一度たりと手紙の文面について悩んだことのないアレクシスが、そんなことを考えてしまうほど、今のアレクシスにとってエリスの存在は大きかった。
ジークフリートは、海を眺めるアレクシスの横顔を興味深そうに見つめ、小さく息を吐く。
「そんなに悩むくらい、惚れてるんだね」
「……惚れ……何だと?」
「もうさ、今の気持ちをそのまま書けばいいと思うよ? 別に、誰に見られたって構わないじゃないか。悪口を書くわけじゃないんだし。愛を伝えるって、とても素敵なことだよ」
「…………」
「じゃあ、僕は書き終わったから、先に出してくるね」
ジークフリートはそう言うと、どういうわけかウインクをかまし、郵便局内へと入っていく。
アレクシスはその背中を見送り、再び絵ハガキへと視線を落とした。
今朝見た悪夢のせいか、一層エリスを恋しく感じる――この気持ちをどう伝えたらいいものか、悩んだ末、ペンを走らせる。
すると、そのときだ。
丁度書き終えたタイミングで、スリを警備隊に引き渡しにいっていたセドリックが戻ってきた。
「殿下、お待たせしました。……それは絵ハガキですか? もしや、エリス様に?」
「……まぁ、な。ジークフリートが、どうしても書けというから」
アレクシスは意味不明な言い訳をしながら、文面を見られないように絵ハガキを裏返す。
すると、セドリックは唇を緩ませた。
「それはそれは……。きっと喜んでいただけますよ。さっそく出しに行きましょう」
「あ、あぁ」
アレクシスはセドリックに促され、中へと入っていく。
――それはあまりにも平和な時間だった。
だから、アレクシスは考えもしなかったのだ。
自分が帝都不在の間に、エリスの身に何が起ころうとしているのかを――。
(気の利いた文章一つ書けんとは……情けない)
そもそも、アレクシスは最初、ハガキを書く気などさらさらなかった。
アレクシスの中での手紙とは、『近況報告』あるいは『連絡事項』を伝える『手段』でしかないからだ。
それだって、基本的にはセドリックに代筆させてしまうわけで、自分で書いた経験と言えば、それこそ、セドリックに内緒にしなければならなかったリアムとのやり取りくらいなもの。
だがジークフリートから、「君はどうする? エリス妃へ手紙は送った?」と聞かれ、
「いや。送っていない」と答えてしまったことで、書く方向へと流れが変わってしまった。
「一月も離れているのに、手紙一つ送らないってどうなんだい? まぁ、君の交友関係は営倉なみに狭いからね。手紙なんてまともに書いたことないだろうし、仕方ないか」と冷めた目で見られたからである。
売り言葉に買い言葉。
「俺だって手紙くらい書ける」と言ってしまったが運の尽き。
実際にやったことのないことを突然やろうとしても、上手くいかないのは世の常である。
しかも、目の前にはジークフリートがいるわけで。
書くところを目の前で見られていると思うと、恥が出てくるのか、どうしても筆が進まない。
更に、今書こうとしているのは絵ハガキである。
封書ではなく、絵ハガキ。
封筒に入れない分、手にした者全員に内容を読まれてしまうという危うさを秘めている。
アレクシスは、「はぁ」と溜め息をついて、気分を変えようと視線を上げた。
すると目に映るのは、見渡す限り広がる、夕日に染まりかけた美しいオレンジ色の海。
今いるのは高台なだけあって、まさに絶景だ。
絵ハガキのイラストも、今見えている景色と同じものを選んだ。
エリスの祖国は三方を海に囲まれている。ならば、ここはやはり『海』の絵がいいだろうと思ったからだ。
だがいくらイラストが良くても、メッセージが貧相では魅力が半減してしまうのでは。
今まで一度たりと手紙の文面について悩んだことのないアレクシスが、そんなことを考えてしまうほど、今のアレクシスにとってエリスの存在は大きかった。
ジークフリートは、海を眺めるアレクシスの横顔を興味深そうに見つめ、小さく息を吐く。
「そんなに悩むくらい、惚れてるんだね」
「……惚れ……何だと?」
「もうさ、今の気持ちをそのまま書けばいいと思うよ? 別に、誰に見られたって構わないじゃないか。悪口を書くわけじゃないんだし。愛を伝えるって、とても素敵なことだよ」
「…………」
「じゃあ、僕は書き終わったから、先に出してくるね」
ジークフリートはそう言うと、どういうわけかウインクをかまし、郵便局内へと入っていく。
アレクシスはその背中を見送り、再び絵ハガキへと視線を落とした。
今朝見た悪夢のせいか、一層エリスを恋しく感じる――この気持ちをどう伝えたらいいものか、悩んだ末、ペンを走らせる。
すると、そのときだ。
丁度書き終えたタイミングで、スリを警備隊に引き渡しにいっていたセドリックが戻ってきた。
「殿下、お待たせしました。……それは絵ハガキですか? もしや、エリス様に?」
「……まぁ、な。ジークフリートが、どうしても書けというから」
アレクシスは意味不明な言い訳をしながら、文面を見られないように絵ハガキを裏返す。
すると、セドリックは唇を緩ませた。
「それはそれは……。きっと喜んでいただけますよ。さっそく出しに行きましょう」
「あ、あぁ」
アレクシスはセドリックに促され、中へと入っていく。
――それはあまりにも平和な時間だった。
だから、アレクシスは考えもしなかったのだ。
自分が帝都不在の間に、エリスの身に何が起ころうとしているのかを――。
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