ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

夕凪ゆな

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第二部

81.リアムとの思い出(前編)

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 アレクシスの知るリアムは、真っ直ぐな心根を持った人間だった。

 人を全く寄せ付けなかったアレクシスとは対照的に、多くの友人たちに囲まれ、まるで争いとは無縁の場所で生きてきたとでも言うように、いつだって微笑みを絶やさなかったリアム。

 そんな正反対の気質の二人が友人と呼べるほどの間柄にまでなれたのは、リアムが積極的にアレクシスに話しかけたからだった。


 ◆◆◆


「あれ? ヴィスタリア、今日は一人? セドリックはどうしたの?」

「――あ? ああ、あいつは風邪だ。部屋で寝ている」
「そう。最近は夜が冷えるからね。お大事にって伝えておいて」
「ああ」


 入学当初、アレクシスは、生徒たちからも教師たちからも遠巻きにされていた。

 その頃はまだ、スタルク王国との戦争が終結したばかり。

 ランデル王国の孤児院に身を寄せていたアレクシスとセドリックは自国へと呼び戻され、ようやく日常に戻りかけたその矢先の入学で、後ろ盾もなく、かと言って、第三皇子というあまりにも高い身分ゆえに虐げることも難しいアレクシスのことを、周りが腫れ物扱いするのは当然のことだった。

 だがそんな中、リアムだけは、まるで何の事情も知らないような顔で、平然とアレクシスに接していた。


「そう言えば君、もしかしなくても、僕の名前知らなかったりする?」
「…………」
「リアムだよ。リアム・ルクレール。同じ寮なわけだし、名前くらいは覚えてくれると嬉しいな」


 リアムは善人だった。

 侯爵家の嫡男でありながら、下の階級の者を侮る素振りは一切なく、と同時に、上の者にこびへつらうこともしない。

 努力を惜しまず、全てに誠実で前向き。
 まるで、善意と正義の塊のような男。


「ヴィスタリア! ここ、席空いてるよ」

「次の移動教室、場所が変更になったって」

「来週提出のレポート、期限が二日早まったらしいよ。間に合いそう?」


 胡散臭さも、同情心も、わずかな下心も感じさせない。

 それにリアムは、アレクシスに興味関心を持っている態度を見せつつも、決して最後の一線は超えなかった。
 彼は、これ以上は踏み込んだらいけないというラインをよくわきまえている様で、アレクシスを決して不快にはしなかった。

 だからこそアレクシスは、リアムの本当の目的は何だろうかと疑わなければならなかったが、どれだけ経っても一向に態度を変えることのないリアムに、気付けば警戒心を解いていた。

 そうして半年も経つ頃には、互いをファーストネームで呼び合うほどの仲へと進展した。


「ねえ、アレクシス。今度うちに遊びに来ない? 妹の誕生日パーティーをするんだ。勿論、セドリックも一緒にさ」
「妹? 歳はいくつだ」
「次の誕生日で八歳になる。前回の休暇で帰ったとき、妹に君の乗馬が素晴らしかったって話をしたら、凄く興味を持ってね。見てみたいって言うんだよ。だから君さえよければ、妹に君の乗馬姿を見せてあげてほしいんだ」

 聞いた瞬間、『面倒だ』という感情を抱いたパーティーの誘いも、結局受けることにしたのは、リアムを信頼していたからだ。
 妹というのがまだたったの八歳で、女性としてカウントされなかったことも、理由としてはあっただろうが。

 それに、長期休暇中に居場所を提供してくれるリアムは、都合のいい存在でもあった。

 当時のアレクシスにとって、寄宿学校や皇子宮は、自身が『扱いづらい皇子』であることを否が応でも知らしめてくる、息の詰まる場所だったからである。
 
 そこから逃げられるのなら、正直どんな場所だろうと構わなかった――そんなアレクシスの気持ちに、リアムはきっと気付いていた。

 だからこそリアムは、アレクシスのランデル王国への留学が決まったときも、笑顔で送り出してくれだのだろう。


「セドリックから聞いたよ。ランデル王国に、恩人を探しに行くんだって?」
「ああ。実は昔、湖に落ちたところを助けられてな。ちゃんと礼を言いたいんだ」
「湖? じゃあもしかして、君が必死に泳ぎを練習してたのって……」
「そうだ。もし会えたら、泳げるようになったところを見せようとな。まぁ、結局泳げず仕舞いだったが」


 ――十五の夏。

 終戦から三年が経ち、兼ねてから希望していたランデル王国への留学の許可が下りたため、アレクシスはランデル王国へと立つことになった。

 これはそのときの、アレクシスの記憶の中の最後の会話。

 アレクシスが、結局泳げるようにならなかった、と溜め息をつくと、リアムは珍しく、「アハハ!」と大声を上げて笑った。

「まるで溺れてるようにしか見えないもんね、君の泳ぎ。――でもさ、僕は正直安心したんだ。剣も乗馬も射撃も完璧な君にも、ちゃんと苦手なものがあるんだって。僕には得意なこと、何もないからさ」
「そんなことはないだろう。お前の周りには人が集まる。それは立派な才能だ。少なくとも、俺にはないものを、お前は持っている」
「ありがとう。君にそう言ってもらえると自信が湧くよ。――ところで、戻ってきたらどうするの? 軍に入るっていう気持ちは、今も変わらない?」
「ああ」
「そう。それなら僕は、海軍に入って泳ぎを覚えようかな。そうしたら、いつか君の役に立てる日がくるかもしれないから」

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