ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

夕凪ゆな

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第二部

109.空白の五日間(後編)

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 ◇


「リアム様の側にできるだけ長くいたかったオリビア様は、殿下を慕っている振りをすることにした。殿下相手であれば、父親も口を出しにくい。少しでも時間を稼いで、上手くいけば、側妃に納まって仮面夫婦を演じればいいと思っていたそうだよ。そうして何年か過ごしたら、離縁してもらえばいい。それくらいの気持ちでいたって」


 その後のことは、以前リアムから聞いた通りの内容だった。

 オリビアは、アレクシスと二人きりのときに火傷を負い、それによってリアムがアレクシスと揉めることになってしまった。

 そうなって初めて、オリビアはこれまでの自分の言動を後悔したが、そのときにはもう、取り返しのつかない状況になっていた――と、シオンは語った。


「僕はさ、今の話を聞いたとき、なんて不器用な人なんだろうって思ったよ。正直、愚かだとすら思った。誰かに一言でも相談していれば、もっと違った結果になっていただろうにって。……でも同時に、少し同情したんだ」

『同情した』――そう呟いたシオンの横顔は、どこか遠くを見つめているように見える。

「僕も一歩間違えたら、オリビア様やリアム様と同じようなことをしていたかもなって。そう考えたら他人事とは思えなくて。リアム様のことは今でも許せないし、僕個人としては殿下寄りの考えだから、オリビア様を擁護はできないんだけど……。でもこれ以上、オリビア様に苦しんでほしくないと思う気持ちも本物なんだ。だから、ここに連れてきた」

「…………」

 あまりの情報量の多さに、色々と処理が追い付かないエリスの隣で、一通りの話を終えたシオンは、あっけらかんと笑う。

「にしても、殿下も酷いよね。宮の出入りだけじゃなくて、手紙のやり取りも禁止って言うんだよ。読むのはいいけど、返事は書くなって。でも今朝姉さんの手紙を読んで、居ても立っても居られなくて。遠くから顔を見るくらいならいいかなって、こうして御者に変装して忍び込んだんだよ。かつらで髪色を変えて、帽子を深く被ったら誰も僕だって気付かないんだ。警備が緩すぎるって、後で殿下に伝えておいてよ」

 シオンはそう言いながら、どこに隠し持っていたのか、地味な茶髪のかつらを被り、帽子を深く被る仕草をする。

 そんなシオンの服装は確かに、使用人が着るような少し型の古いスーツであり、エリスは思わず、感嘆の声を上げた。

「あなた、馬車も引けるのね」

 今突っ込むべきところは絶対にそこではないが、消化不良気味のエリスには、そう返すので精一杯だった。

 シオンはそんなエリスの返しにクスリと笑うと、温室の入口の方を見やり、「時間切れだね」と言って、オリビアを抱えたまま立ち上がる。


「時間切れ?」
「うん。――ほら」

 そう言われて視線を追うと、そこには様子を見に来たであろう侍女たちの姿があった。


「エリス様……!」
「お戻りが遅いので様子を見に参りましたわ!」
「……!? これはいったいどのような状況で……」
「こちらの男性は……、――! シオン様ではありませんか! どうして……」

 侍女たちはオリビアが意識を失っていることや、この場にシオンがいることに混乱を見せたが、シオンは全く気にする様子もなく、オリビアを抱えて侍女たちの横を通り過ぎていく。

「じゃあ、僕はオリビア様を連れて帰るね。罰ならちゃんと後で受けるから」と、潔く言い残し。


 エリスは、そんなシオンの背中を無言で見送りかけて――けれど数秒の後ハッとして、シオンを呼び止める。

 
「シオン……!」

「?」

「あの……こんなこと、わたしが言うのは変かもしれないけど……」

 エリスはまだ、シオンの話の半分も消化できていない。

 だから正直、何と言ったらいいのかわからなかったが、それでも、今の気持ちくらいは伝えなければと、口を開く。


「ありがとう、シオン。会いにきてくれて。それに……オリビア様の側にいてくれて」

「――!」

「きっとオリビア様も、心強かったと思う」

 するとシオンはその言葉が意外だったようで、大きく目を見開いたが、すぐに嬉しそうに眼を細めた。

「うん。僕も、姉さんが元気そうで安心したよ」

 と柔らかく微笑んで、今度こそ温室を後にする。

 

 エリスはそんなシオンの背中を、最後まで見送った。

 温室に降り注ぐ陽光の下、自分はどうすべきなのだろうかと考えながら、シオンの姿が温室の外に消えるまで、見送り続けていた。
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