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六章 雪原の狼と『模倣』の魔法使い
33、好きな人の話
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セスの元へはよく手紙が届く。聞くと王都に居る弟からだそうだ。普段着けているペンダントも弟が作ったものだという。
基本的に表情の少ないセスだが、手紙を読んでいる時の雰囲気は柔らかい。
「なんて書いてあるんだ?」
アーノルドには字が読めない。
「寄宿学校での出来事が多いですね。今年から寄宿学校へ通うようになったんです。それから、スカーレット……恋人と言うか好きな人と言うか、その人の様子とか……」
「恋人って、セスの? なんか意外だな。どんな感じの子なんだ?」
アーノルドは思わず突っ込んで聞いてしまった。セスは白い顔をわずかに赤く染めて訥々と答える。
「えっと、すごく綺麗で、可愛くて明るくて……優しい人です」
「おお、直球で惚気るな。いや聞いたのは俺だけどよ」
セスはますます赤面した。
それにしても可愛くて明るくて優しい。うん、いかにもセスに似合いそうである。きっとほんわりした美少女なのだろう。アーノルドは勝手に納得した。
しかしセスは視線を落とした。
「でも、きっと今頃僕のことを嫌いになっているので……」
「はあ? 何でそうなるんだ」
「北部へ来ることを彼女に言わずに来たので」
「はあ!?」
アーノルドは一歩引いてセスを見た。
魔法使いといえども、少なくとも一年以上は兵役の期間がある筈だ。それを恋人に伝えないとは、どういう神経をしているのだ。
普通にフラれるだろそんなの。
「えっ……怖いんだけど。お前ほわほわした顔でそういうことする奴なのか」
「アーノルドには僕がどんな風に見えているんでしょうか……」
セスが遠い目をする。
彼は分が悪いと思ったのか、それより、と話を無理矢理変えた。
「アーノルドは家族に手紙を出さないんですか?」
「は? 字が書けない俺への当てつけか?」
「そうじゃないです。……入団するための書類を提出する必要があったはずですし、ご家族に読み書きができる人が居ますよね?」
「ああ、妹ができるから頼んだけどよ」
「僕が教えるので、手紙を出しませんか?」
セスの言葉にアーノルドは動きを止めた。確かに字を覚えたら多少便利だろうが、今更覚えたところでどうなるというのだ。自分は仕事さえできて、家族を養えたらそれで十分だ。
「いいよ、今更。そんなに言うならお前が代筆してくれよ」
「僕が居なくなっても手紙が書けた方が良いじゃないですか。それに、騎士として昇級するにしても、違う仕事をするにしても、書類仕事は必要ですよ」
なんとなく引っかかる物言いだが、違和感を掴み取る前に次の言葉に意識を持って行かれた。
「できると思うか? 違う仕事なんて」
「できますよ」
冗談を言っているのかと思ったがセスはニコリともしていない。
「それにアーノルドが書いた手紙の方が、ご家族も嬉しいじゃないですか」
そんなものだろうか。アーノルドは頭を掻く。
「……それじゃ、教えて貰おうか」
「ええ。喜んで」
ちっとも喜んだ顔をしていない。アーノルドはため息をついた。
「そういう時はもっと嬉しそうな顔するんだよ」
◆
王都キルクスバーク第4区シエンナ邸。
ロザリー・ダグラスはシエンナ邸で保護を受けている。立場上は客人であるが、一般教養に始まり、令嬢としての嗜み、社会奉仕活動など、ロザリーは様々なことを学んでいる。
「あら、ロザリーちゃん刺繍が上手ね。手先が器用なのねぇ」
「ありがとうございます、おばさま」
シエンナ夫人はロザリーの刺繍を見て微笑んだ。
ロザリーは目を伏せて頬を染める。
シエンナ家の姫のような夫人と、少女然としたロザリーが並ぶと、まるで友人同士の空間のように見えた。
この家に来るまで、ロザリーは魔法以外の教育をまともに受けていないことが判明した。彼女は感情の起伏が激しく、善悪の区別がつかないが、環境によるものだろうとシエンナ家は判断した。
魔法使いの大家であるダグラス家にどのような考え方があるのかは分からない。しかしダグラス家で出来なかった経験を、この家で保護している間は与えたいと彼らは考えていた。
ロザリーはもじもじと手元を弄んだ。
「この前おばさまが孤児院へ連れて行ってくれたでしょう? その時、子供たちに刺繍を入れたハンカチをあげたら、喜んでくれて、その……嬉しかったんです。だからもっと上手になりたいと思ったの」
「まあ。素敵ね」
「れ、練習に付き合ってくださいますか……?」
「もちろん、喜んで!」
ロザリーは小さく頬を染めた。シエンナ夫人はしみじみと呟いた。
「スカーレットちゃんは刺繍に興味が無かったから、なんだか新鮮だわぁ」
「スカーレット様は……今日も鍛錬されているのですか?」
ロザリーの言葉にシエンナ夫人は小さく息をついた。
「そうなの。ロザリーちゃん、休憩に誘ってみてくれるかしら?」
「はい!」
ロザリーは意気込んでスカーレットの元を訪れた。
シエンナ邸にある騎士たちの訓練所にスカーレットは居た。
成人男性ほどの大きさの、訓練用の人形に拳を叩きつけていた。
「オラァ!!」
空気が破裂する音と共に、砂を詰めた人形が吹き飛ぶ。
ロザリーは最初、王子様然としたスカーレットか知らなかった。この光景を初めて見た時は本気で怯えたのだが、シエンナ家の者からすると通常運転のようだった。今ではロザリーもそういうものだと慣れつつある。
「あの、スカーレット様、休憩なさいませんこと?」
「ロザリー嬢。いや、遠慮するよ。もう少し打ち込みたい」
スカーレットは額の汗を乱暴に拭った。赤い髪が頬に張り付いている。
「でも、少しくらい休まれた方が……」
「いや。休んでいたら却って落ち着かなくてね。私のことは気にしないでくれたまえ」
「それは、やはり……あの男のせいですか?」
ピクリ、とスカーレットは動きを止めた。拳を固めてぶるぶると震える。
「いいや……ふふ、関係ないさ。でも、次会った時は、あの人形のようにしてやろうかなと思ってね」
ロザリーは吹き飛ばされた訓練用の人形を見遣る。打ち捨てられ、中身の砂がこぼれ出ていた。
──セス・ワイアットが北部へ行った。スカーレットにも告げずに。
という事実が発覚してから、スカーレットの情緒は乱高下を繰り返していた。
連絡が取れなくなってから、最初は心配し、彼の弟に事実を問いただしたところ、北部の騎士団に所属しているという。スカーレットは驚愕し、事実を受け止めると大いに泣いた。
「何があったの」とか「どうして一言も言わなんだ」とか「私は捨てられたのか」とか、わんわん言いながら泣いていた。影で彼女を見守っていた家族も思わず泣いていた。
次にヤケ食いが始まった。
初めはケーキをホールで食べていたが、山のような肉まんに移行し、鳥を自分で仕留めて丸焼きにし始めたあたりから家族は見守らなくなった。山に猪を狩りに行きだしたところで止められるようになった。
今はこうして、様々な感情を拳で発散している。
破壊された人形の数はもはや把握できていない。
「本当に殴られてしまえば良いのだわ、あんな冷血漢」
ロザリーは思わず口にした。ロザリーからしてみれば、スカーレットは恩人である。それを因縁のある男が、こんなにも苦しめているのだ。
だがスカーレットは、へにょりと眉を落とした。拳を解いて指を遊ばせる。
「うむ。そう、そうなんだが……でもやはり、私が殴ってしまうと彼は死んでしてしまうかもしれないし……」
「スカーレット様の心の痛みの方が大きいですわ! あんな冷たくて思いやりが無くていつも人を見下している男、死んだ方が良いのよ!」
ロザリーの言葉にスカーレットは眉を寄せる。
「でも、彼はいつも思慮深いし、私に無い視点を与えてくれるし、考えすぎて逆に言葉が直球な所はあるけど、それは相手のことを考えているからで……それに、やっぱり怪我したら可哀想だ。彼が怪我をしたら私はきっと悲しくなってしまうだろう」
ロザリーはムッとした。彼女の感情に同意しているのに何故反論するのか。
それに、やはり彼女を困らせているセスにも怒りが沸く。
(わたくしがあの男だったら、こんなに悲しませないのに!)
ロザリーはもうシエンナの人々のことが好きになっていた。こんなに優しい人たちと家族になれるかもしれないのに、それをみすみす放棄しているセスが理解できない。
(恵まれている人間は物事のありがたみを知らないのだわ!)
スカーレットは視線を落とした。
それに、と言い辛そうに続ける。
「きみたちの事情は、後から知って……私は部外者だから口を出すことではないけれど。死ね、だなんて、好きな人のことを言われるのは辛いよ……」
ロザリーは目を見開いた。
ロザリーの父は、セスの母親を暗殺している。本来はセスを狙った攻撃だったが、彼の母親が身を挺して彼を庇ったのだ。
そのままロザリーの父は捕まり、秘密裏に処刑された。
暗殺自体がダグラス家の命令だったが、それが失敗に終わり、ダグラス家は全ての責任をロザリーの父に押し付けたのだ。そして父の死後も、ロザリーの立場は非常に弱い。
『魔物使い』の<ギフト>を見込まれ、ダグラス家の裏の仕事の手伝いをさせられていた。
それに比べて、セスは魔力が無く、魔法使いとして役に立たないにも関わらず、スカーレットのような素敵な恋人が居る。彼を心配する弟も居る。安心して家で目覚めることができる。やりたくない怖い仕事をやらされなくて良い。
(あの男がきちんと殺されていれば、わたくしの苦しみは生まれなかったのに)
ロザリーはじわりと目に涙を滲ませた。
(もし一秒でもあの男の母親が遅かったなら。あの日の運命がもし違っていたら、わたくしは違う人生を歩んでいたのに!)
「本当に辛いのはわたくしなのに」
ロザリーはそれだけ言うとスカーレットに背を向けて走り出した。
──あなたは素晴らしい魔力の輝きを持っています
ロザリーの脳裏にある言葉が蘇る。
仕事で王都第2区に訪れた時、とある占い師に言われた言葉だ。
──しかし、あなたよりも強い魔力を持つ者に命を奪われるでしょう
それから思い出すのは地下闘技場で初めて見かけた、セスの弟、ルカ・ワイアットだ。見ただけで感じた魔力の強さは、ロザリーを凌駕するだろう。
ロザリーはぎゅっと震える自身を抱きしめた。
スカーレットは走り去るロザリーの背中を見つめたが、追いかけなかった。彼らの事情を知ったのはロザリーを保護すると決めた後だった。セスとスカーレットは立場上恋人である。それを抜きにしても、親交のあるセスの、仇に当たる少女、それも彼に対してひどく当たりが強い子を保護したことに悩んだりもした。
(だが彼は正しいことがしたいと言っていた。私も、私の信じる正しいことをするまでだ)
スカーレットの信じる正しいことは、大人に利用され、命を狙われて泣いている女の子を放っておけないということだった。
それから先程の自分の言葉を思い返す。
(好きな人、か)
「うん。簡単な話だったな!」
言葉にすると妙に爽やかな気持ちだ。彼女は口角を上げて、覚悟を決めた。
基本的に表情の少ないセスだが、手紙を読んでいる時の雰囲気は柔らかい。
「なんて書いてあるんだ?」
アーノルドには字が読めない。
「寄宿学校での出来事が多いですね。今年から寄宿学校へ通うようになったんです。それから、スカーレット……恋人と言うか好きな人と言うか、その人の様子とか……」
「恋人って、セスの? なんか意外だな。どんな感じの子なんだ?」
アーノルドは思わず突っ込んで聞いてしまった。セスは白い顔をわずかに赤く染めて訥々と答える。
「えっと、すごく綺麗で、可愛くて明るくて……優しい人です」
「おお、直球で惚気るな。いや聞いたのは俺だけどよ」
セスはますます赤面した。
それにしても可愛くて明るくて優しい。うん、いかにもセスに似合いそうである。きっとほんわりした美少女なのだろう。アーノルドは勝手に納得した。
しかしセスは視線を落とした。
「でも、きっと今頃僕のことを嫌いになっているので……」
「はあ? 何でそうなるんだ」
「北部へ来ることを彼女に言わずに来たので」
「はあ!?」
アーノルドは一歩引いてセスを見た。
魔法使いといえども、少なくとも一年以上は兵役の期間がある筈だ。それを恋人に伝えないとは、どういう神経をしているのだ。
普通にフラれるだろそんなの。
「えっ……怖いんだけど。お前ほわほわした顔でそういうことする奴なのか」
「アーノルドには僕がどんな風に見えているんでしょうか……」
セスが遠い目をする。
彼は分が悪いと思ったのか、それより、と話を無理矢理変えた。
「アーノルドは家族に手紙を出さないんですか?」
「は? 字が書けない俺への当てつけか?」
「そうじゃないです。……入団するための書類を提出する必要があったはずですし、ご家族に読み書きができる人が居ますよね?」
「ああ、妹ができるから頼んだけどよ」
「僕が教えるので、手紙を出しませんか?」
セスの言葉にアーノルドは動きを止めた。確かに字を覚えたら多少便利だろうが、今更覚えたところでどうなるというのだ。自分は仕事さえできて、家族を養えたらそれで十分だ。
「いいよ、今更。そんなに言うならお前が代筆してくれよ」
「僕が居なくなっても手紙が書けた方が良いじゃないですか。それに、騎士として昇級するにしても、違う仕事をするにしても、書類仕事は必要ですよ」
なんとなく引っかかる物言いだが、違和感を掴み取る前に次の言葉に意識を持って行かれた。
「できると思うか? 違う仕事なんて」
「できますよ」
冗談を言っているのかと思ったがセスはニコリともしていない。
「それにアーノルドが書いた手紙の方が、ご家族も嬉しいじゃないですか」
そんなものだろうか。アーノルドは頭を掻く。
「……それじゃ、教えて貰おうか」
「ええ。喜んで」
ちっとも喜んだ顔をしていない。アーノルドはため息をついた。
「そういう時はもっと嬉しそうな顔するんだよ」
◆
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「あら、ロザリーちゃん刺繍が上手ね。手先が器用なのねぇ」
「ありがとうございます、おばさま」
シエンナ夫人はロザリーの刺繍を見て微笑んだ。
ロザリーは目を伏せて頬を染める。
シエンナ家の姫のような夫人と、少女然としたロザリーが並ぶと、まるで友人同士の空間のように見えた。
この家に来るまで、ロザリーは魔法以外の教育をまともに受けていないことが判明した。彼女は感情の起伏が激しく、善悪の区別がつかないが、環境によるものだろうとシエンナ家は判断した。
魔法使いの大家であるダグラス家にどのような考え方があるのかは分からない。しかしダグラス家で出来なかった経験を、この家で保護している間は与えたいと彼らは考えていた。
ロザリーはもじもじと手元を弄んだ。
「この前おばさまが孤児院へ連れて行ってくれたでしょう? その時、子供たちに刺繍を入れたハンカチをあげたら、喜んでくれて、その……嬉しかったんです。だからもっと上手になりたいと思ったの」
「まあ。素敵ね」
「れ、練習に付き合ってくださいますか……?」
「もちろん、喜んで!」
ロザリーは小さく頬を染めた。シエンナ夫人はしみじみと呟いた。
「スカーレットちゃんは刺繍に興味が無かったから、なんだか新鮮だわぁ」
「スカーレット様は……今日も鍛錬されているのですか?」
ロザリーの言葉にシエンナ夫人は小さく息をついた。
「そうなの。ロザリーちゃん、休憩に誘ってみてくれるかしら?」
「はい!」
ロザリーは意気込んでスカーレットの元を訪れた。
シエンナ邸にある騎士たちの訓練所にスカーレットは居た。
成人男性ほどの大きさの、訓練用の人形に拳を叩きつけていた。
「オラァ!!」
空気が破裂する音と共に、砂を詰めた人形が吹き飛ぶ。
ロザリーは最初、王子様然としたスカーレットか知らなかった。この光景を初めて見た時は本気で怯えたのだが、シエンナ家の者からすると通常運転のようだった。今ではロザリーもそういうものだと慣れつつある。
「あの、スカーレット様、休憩なさいませんこと?」
「ロザリー嬢。いや、遠慮するよ。もう少し打ち込みたい」
スカーレットは額の汗を乱暴に拭った。赤い髪が頬に張り付いている。
「でも、少しくらい休まれた方が……」
「いや。休んでいたら却って落ち着かなくてね。私のことは気にしないでくれたまえ」
「それは、やはり……あの男のせいですか?」
ピクリ、とスカーレットは動きを止めた。拳を固めてぶるぶると震える。
「いいや……ふふ、関係ないさ。でも、次会った時は、あの人形のようにしてやろうかなと思ってね」
ロザリーは吹き飛ばされた訓練用の人形を見遣る。打ち捨てられ、中身の砂がこぼれ出ていた。
──セス・ワイアットが北部へ行った。スカーレットにも告げずに。
という事実が発覚してから、スカーレットの情緒は乱高下を繰り返していた。
連絡が取れなくなってから、最初は心配し、彼の弟に事実を問いただしたところ、北部の騎士団に所属しているという。スカーレットは驚愕し、事実を受け止めると大いに泣いた。
「何があったの」とか「どうして一言も言わなんだ」とか「私は捨てられたのか」とか、わんわん言いながら泣いていた。影で彼女を見守っていた家族も思わず泣いていた。
次にヤケ食いが始まった。
初めはケーキをホールで食べていたが、山のような肉まんに移行し、鳥を自分で仕留めて丸焼きにし始めたあたりから家族は見守らなくなった。山に猪を狩りに行きだしたところで止められるようになった。
今はこうして、様々な感情を拳で発散している。
破壊された人形の数はもはや把握できていない。
「本当に殴られてしまえば良いのだわ、あんな冷血漢」
ロザリーは思わず口にした。ロザリーからしてみれば、スカーレットは恩人である。それを因縁のある男が、こんなにも苦しめているのだ。
だがスカーレットは、へにょりと眉を落とした。拳を解いて指を遊ばせる。
「うむ。そう、そうなんだが……でもやはり、私が殴ってしまうと彼は死んでしてしまうかもしれないし……」
「スカーレット様の心の痛みの方が大きいですわ! あんな冷たくて思いやりが無くていつも人を見下している男、死んだ方が良いのよ!」
ロザリーの言葉にスカーレットは眉を寄せる。
「でも、彼はいつも思慮深いし、私に無い視点を与えてくれるし、考えすぎて逆に言葉が直球な所はあるけど、それは相手のことを考えているからで……それに、やっぱり怪我したら可哀想だ。彼が怪我をしたら私はきっと悲しくなってしまうだろう」
ロザリーはムッとした。彼女の感情に同意しているのに何故反論するのか。
それに、やはり彼女を困らせているセスにも怒りが沸く。
(わたくしがあの男だったら、こんなに悲しませないのに!)
ロザリーはもうシエンナの人々のことが好きになっていた。こんなに優しい人たちと家族になれるかもしれないのに、それをみすみす放棄しているセスが理解できない。
(恵まれている人間は物事のありがたみを知らないのだわ!)
スカーレットは視線を落とした。
それに、と言い辛そうに続ける。
「きみたちの事情は、後から知って……私は部外者だから口を出すことではないけれど。死ね、だなんて、好きな人のことを言われるのは辛いよ……」
ロザリーは目を見開いた。
ロザリーの父は、セスの母親を暗殺している。本来はセスを狙った攻撃だったが、彼の母親が身を挺して彼を庇ったのだ。
そのままロザリーの父は捕まり、秘密裏に処刑された。
暗殺自体がダグラス家の命令だったが、それが失敗に終わり、ダグラス家は全ての責任をロザリーの父に押し付けたのだ。そして父の死後も、ロザリーの立場は非常に弱い。
『魔物使い』の<ギフト>を見込まれ、ダグラス家の裏の仕事の手伝いをさせられていた。
それに比べて、セスは魔力が無く、魔法使いとして役に立たないにも関わらず、スカーレットのような素敵な恋人が居る。彼を心配する弟も居る。安心して家で目覚めることができる。やりたくない怖い仕事をやらされなくて良い。
(あの男がきちんと殺されていれば、わたくしの苦しみは生まれなかったのに)
ロザリーはじわりと目に涙を滲ませた。
(もし一秒でもあの男の母親が遅かったなら。あの日の運命がもし違っていたら、わたくしは違う人生を歩んでいたのに!)
「本当に辛いのはわたくしなのに」
ロザリーはそれだけ言うとスカーレットに背を向けて走り出した。
──あなたは素晴らしい魔力の輝きを持っています
ロザリーの脳裏にある言葉が蘇る。
仕事で王都第2区に訪れた時、とある占い師に言われた言葉だ。
──しかし、あなたよりも強い魔力を持つ者に命を奪われるでしょう
それから思い出すのは地下闘技場で初めて見かけた、セスの弟、ルカ・ワイアットだ。見ただけで感じた魔力の強さは、ロザリーを凌駕するだろう。
ロザリーはぎゅっと震える自身を抱きしめた。
スカーレットは走り去るロザリーの背中を見つめたが、追いかけなかった。彼らの事情を知ったのはロザリーを保護すると決めた後だった。セスとスカーレットは立場上恋人である。それを抜きにしても、親交のあるセスの、仇に当たる少女、それも彼に対してひどく当たりが強い子を保護したことに悩んだりもした。
(だが彼は正しいことがしたいと言っていた。私も、私の信じる正しいことをするまでだ)
スカーレットの信じる正しいことは、大人に利用され、命を狙われて泣いている女の子を放っておけないということだった。
それから先程の自分の言葉を思い返す。
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