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渡したかったもの

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 あの後、よくわからないまま、レンヴラントのお屋敷まで帰って来ると、みんなが笑顔で迎えてくれた。
 少しして、アルバートといっしょにデルマも到着して、私たちは、そのままそこで過ごす事になった。

(大丈夫なのかしら?)

 実家や、嫁ぎ先や、お屋敷で暮らすことについて、心配はあるものの、アルバートは「お任せしておいてよいのです」と言って、詳しい事はおしえてもらえなかった。
 教えてもらった事と言えば、オズヴァルド様は、わたしがお屋敷で暮らすことに、大賛成らしい。


 彼とは、ずいぶん打ち解けて話すようになった。だけど、わたしは、レンヴラントの気持ちは聞いていなかった。

(たぶん、嫌い、と言うわけではないとはおもうけど……)

 レティセラは、髪からレースのリボンをはずして、両手の上にのせた。

 このリボンは、箱に結ばれたものだった。


 今は、2月14日、連れ戻してくれた日から、1ヶ月が過ぎている。

 回想から戻ってくると、レティセラは、リボンをながめて、首をかしげた。

 階段をあがってくる足音。
 間もなくして扉があき、レティセラが、好きな彼の姿を確認した。

「全く、お前は!」

 レンヴラントは、あの日、ゴミ箱に捨てられた小さな箱を持っていた。

「おわっ」

 レティセラが、手に持っていたリボンをレンヴラントの胸に押しつけると、彼はびっくりして、それを受けとった。

「もう、いいのか?」

「うん、たぶん、私にはもう要らないものなんだと思う」

 そう言ったけれど、レティセラは泣きそうだった。

「そうか、じゃ代わりに、これ、やる」
「これは? 捨ててたやつ?」
「……そうだな」

 彼は、よく見なくても分かるほど顔を赤くして、横を向いた。


 レティセラが箱を開けて見ると、中身をみて、勢いよく顔をあげる。

「これ! 指輪?!」
「見ればわかるだろ? ほら、よこせ」

 レンヴラントが、指輪をとりあげて、レティセラの指にはめる。
 黄色い石がついている、可愛い指輪だった。

 というか、薬指……

「あの、レンヴラント様? これ、なんですか?」

「なんですか? って、そんなの言わなくたって分かるだろ!」

「もう! 怒らないでくださいよ!」

 レンヴラントはため息をつき、レティセラの腕をつかんで引き寄せた。


(ちょっ。ちかい。ちかい、ちかい、ちかい、ちかいーー!)


 口は悪くても、レンヴラントの整った顔がすぐ近くにあって、湯気が出そうなほど、顔が熱くなる。

「いいか? 一度しか言わないからな」

 レンヴラントが耳元に口を近づけると、息がかかって、からだから力が抜けて、立っているのがやっとだった。
 こっそりと彼が耳打ちをする。

「…………」

 レティセラは、目を見開き、言葉が出てこなかった。



『愛してる。結婚してほしい』

 彼は、そう、言った。


「ふっ……」

 レンヴラントに、さらっと、首筋をさわられて、息をもらす。
 もう、ぐるぐるして、気を失いそうで、彼の服を強くつかんだ。

「なに……するんですかっ!」

「何って、婚約の証を刻むのに、決まってるじゃないか」

 決まってるって……
 身をよじろうとしても、体に力が入らなくて、レティセラは、なされるがままになっていた。
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