14 / 40
京のかりそめ
第十四話「理由のいらない優しさ」
しおりを挟む
穏やかな寮生活とは裏腹に、私の心は常に焦燥感に駆られていた。
日中は、手がかりを求めて京都中の図書館を渡り歩いた。郷土資料、民俗学、果てはオカルトや理論物理学の専門書まで、僅かでも異世界に繋がりそうな本を片っ端から読み漁る。しかし、そこに書かれているのは荒唐無稽な魔術の話か、到底理解できない数式ばかりだった。
夜は布団に潜り込み、スマートフォンの小さな画面を頼りに、ネットの世界を彷徨った。「異世界 転移」「パラレルワールド 帰り方」。思いつく限りのキーワードで検索をかけても、ヒットするのは出来のいい小説や、信憑性のない都市伝説だけ。
一度だけ、なけなしのお金を使って、超電導リニアで埼玉の地元まで戻ったこともある。
あの日の同じ時間に、同じバスに乗れば、何かが変わるかもしれない。そんな藁にもすがる思いで試してみたが、結局何も起こらなかった。私の家があった場所には、今日も知らない家族が住む、知らない家が建っているだけだった。
考えうる限りの全ての方法が、行き止まりにぶつかる。
時間だけが、無情に過ぎていく。
その夜、私はリビングのソファで、膝を抱えてうずくまっていた。
もう、どうすればいいのか分からない。尽きるかと思っていた涙が、また後から後から込み上げてくる。
途方に暮れて静かに泣いていると、ふわり、と隣のソファが軋む音がした。
顔を上げると、いつの間にかそこに伊織先輩が座っていた。彼は何も言わず、マグカップを二つ持っていた。その片方を、私の前に、ことり、と静かに置いてくれる。
湯気の立つカップから、甘いココアの香りがした。
「……ありがとう、ございます」
「どういたしまして」
彼は、それ以上何も聞いてこなかった。
どうして泣いているのか、何に悲しんでいるのか、一切尋ねない。ただ、私が落ち着くまで、静かに隣に座っていてくれる。その理由のいらない優しさが、張り詰めていた私の心を、ゆっくりと溶かしていった。
別の夜には、こんなこともあった。
いつものように二人でコーヒーを飲んでいる時、彼がぽつりと尋ねてきたのだ。
「美緒ちゃんは、ご家族とは連絡、取ってへんの?」
その言葉に、私は心臓を掴まれたように、びくりと体を硬くした。
何と答えればいい?
『私の家族は、この世界にはいないから』?
そんなこと、言えるはずがない。言葉に詰まり、俯いてしまった私を見て、伊織先輩は全てを察したように、穏やかな声で言った。
「……ごめん。踏み込んだこと、聞いたね」
彼は、それ以上は何も追求しなかった。
きっと、「親の都合で家を出ている」という私の表向きの事情の裏に、何か複雑な家庭の悩みがあるのだと、そう解釈してくれたのだろう。
私の嘘を、それ以上暴こうとはしない。その繊細な気遣いが、たまらなく嬉しかった。
この世界に来てから、私の周りには常に分厚い壁があった。誰にも本当のことは言えず、たった一人で戦っている。
でも、伊織先輩と一緒にいる時だけは、その壁を少しだけ忘れることができた。
彼は、私の心の、一番柔らかい場所に、そっと寄り添ってくれる。
この優しさが、いつか私を駄目にしてしまうかもしれない。
そんな予感を覚えながらも、私は彼に惹かれていくのを、もう止めることができなかった。
日中は、手がかりを求めて京都中の図書館を渡り歩いた。郷土資料、民俗学、果てはオカルトや理論物理学の専門書まで、僅かでも異世界に繋がりそうな本を片っ端から読み漁る。しかし、そこに書かれているのは荒唐無稽な魔術の話か、到底理解できない数式ばかりだった。
夜は布団に潜り込み、スマートフォンの小さな画面を頼りに、ネットの世界を彷徨った。「異世界 転移」「パラレルワールド 帰り方」。思いつく限りのキーワードで検索をかけても、ヒットするのは出来のいい小説や、信憑性のない都市伝説だけ。
一度だけ、なけなしのお金を使って、超電導リニアで埼玉の地元まで戻ったこともある。
あの日の同じ時間に、同じバスに乗れば、何かが変わるかもしれない。そんな藁にもすがる思いで試してみたが、結局何も起こらなかった。私の家があった場所には、今日も知らない家族が住む、知らない家が建っているだけだった。
考えうる限りの全ての方法が、行き止まりにぶつかる。
時間だけが、無情に過ぎていく。
その夜、私はリビングのソファで、膝を抱えてうずくまっていた。
もう、どうすればいいのか分からない。尽きるかと思っていた涙が、また後から後から込み上げてくる。
途方に暮れて静かに泣いていると、ふわり、と隣のソファが軋む音がした。
顔を上げると、いつの間にかそこに伊織先輩が座っていた。彼は何も言わず、マグカップを二つ持っていた。その片方を、私の前に、ことり、と静かに置いてくれる。
湯気の立つカップから、甘いココアの香りがした。
「……ありがとう、ございます」
「どういたしまして」
彼は、それ以上何も聞いてこなかった。
どうして泣いているのか、何に悲しんでいるのか、一切尋ねない。ただ、私が落ち着くまで、静かに隣に座っていてくれる。その理由のいらない優しさが、張り詰めていた私の心を、ゆっくりと溶かしていった。
別の夜には、こんなこともあった。
いつものように二人でコーヒーを飲んでいる時、彼がぽつりと尋ねてきたのだ。
「美緒ちゃんは、ご家族とは連絡、取ってへんの?」
その言葉に、私は心臓を掴まれたように、びくりと体を硬くした。
何と答えればいい?
『私の家族は、この世界にはいないから』?
そんなこと、言えるはずがない。言葉に詰まり、俯いてしまった私を見て、伊織先輩は全てを察したように、穏やかな声で言った。
「……ごめん。踏み込んだこと、聞いたね」
彼は、それ以上は何も追求しなかった。
きっと、「親の都合で家を出ている」という私の表向きの事情の裏に、何か複雑な家庭の悩みがあるのだと、そう解釈してくれたのだろう。
私の嘘を、それ以上暴こうとはしない。その繊細な気遣いが、たまらなく嬉しかった。
この世界に来てから、私の周りには常に分厚い壁があった。誰にも本当のことは言えず、たった一人で戦っている。
でも、伊織先輩と一緒にいる時だけは、その壁を少しだけ忘れることができた。
彼は、私の心の、一番柔らかい場所に、そっと寄り添ってくれる。
この優しさが、いつか私を駄目にしてしまうかもしれない。
そんな予感を覚えながらも、私は彼に惹かれていくのを、もう止めることができなかった。
0
あなたにおすすめの小説
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
日常的に罠にかかるうさぎが、とうとう逃げられない罠に絡め取られるお話
下菊みこと
恋愛
ヤンデレっていうほど病んでないけど、機を見て主人公を捕獲する彼。
そんな彼に見事に捕まる主人公。
そんなお話です。
ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写と他もすべて架空です。
触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜
桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。
上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。
「私も……私も交配したい」
太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる