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京のかりそめ
第十九話「秘密を知る男」
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伊織先輩への疑念を抱えたまま、さらに一週間が過ぎた。
私がこの世界に来てから、もうすぐ三週間が経とうとしている。
焦りだけが募る中、私は憑かれたように、時間さえあれば図書館に通い詰めていた。寮から少し離れた、大きな府立図書館。古い蔵書が眠るこの場所なら、何か手がかりがあるかもしれないと思ったのだ。
しかし、現実は甘くない。
異世界や時間跳躍に関する本を片っ端から開いてはみるものの、そこに書かれているのは胡散臭い黒魔術の儀式や、おとぎ話の類ばかり。藁にもすがる思いで手に取った外国語の文献も、スマートフォンの翻訳アプリを駆使して読んでみたが、結果は同じだった。
(やっぱり、ダメなのかな……)
書架の隅で分厚い本を抱え、途方に暮れて俯いた、その時だった。
すぐ後ろから、穏やかな男性の声がかけられた。
「本を読むのが、好きなの?」
振り返ると、そこに立っていたのは、三十代半ばくらいの、ごく普通そうな男性だった。人好きのする笑みを浮かべているが、特に印象に残らない、街を歩いていれば一分で忘れてしまいそうな顔立ちだ。
寮の美しい人たちを見慣れた目には、その「普通さ」が、逆に新鮮に映った。
しかし、今の私は他人への警戒心を解くことができない。
私が少し身構えたのに気づいたのか、男性は「あ、ごめんごめん」と慌てて両手を上げた。
「いや、毎日熱心に読んでるから、気になっちゃって。不審者じゃないよ。ほら、これ、僕の名刺」
そう言って差し出された名刺には、『松岡 透』と書かれていた。フリーの研究者、というような肩書が添えられている。
「この図書館には、まあ、毎日入り浸ってるからさ」
「はあ……」
曖昧に返事をすると、松岡さんは何か言いたげに口ごもり、そして、意を決したように、まっすぐ私の目を見た。
その瞳から、先ほどまでの人の良さそうな笑みは消えていた。
「君」
彼の声のトーンが、少しだけ低くなる。
「異世界から来たんだろう?」
―――時間が、止まった。
心臓を、氷の手で鷲掴みにされたかのような衝撃。
どうして。なんで、この人が。
私の、誰にも言っていないはずの、最大の秘密を。
頭が真っ白になり、言葉はおろか、呼吸の仕方さえ忘れてしまう。
目の前に立つこの男は、一体、何者なんだろうか。
敵か、味方か。それとも、伊織先輩が差し向けた、新たな罠か。
私は、返事もできず、ただ震える唇で彼を見つめ返すことしかできなかった。
私がこの世界に来てから、もうすぐ三週間が経とうとしている。
焦りだけが募る中、私は憑かれたように、時間さえあれば図書館に通い詰めていた。寮から少し離れた、大きな府立図書館。古い蔵書が眠るこの場所なら、何か手がかりがあるかもしれないと思ったのだ。
しかし、現実は甘くない。
異世界や時間跳躍に関する本を片っ端から開いてはみるものの、そこに書かれているのは胡散臭い黒魔術の儀式や、おとぎ話の類ばかり。藁にもすがる思いで手に取った外国語の文献も、スマートフォンの翻訳アプリを駆使して読んでみたが、結果は同じだった。
(やっぱり、ダメなのかな……)
書架の隅で分厚い本を抱え、途方に暮れて俯いた、その時だった。
すぐ後ろから、穏やかな男性の声がかけられた。
「本を読むのが、好きなの?」
振り返ると、そこに立っていたのは、三十代半ばくらいの、ごく普通そうな男性だった。人好きのする笑みを浮かべているが、特に印象に残らない、街を歩いていれば一分で忘れてしまいそうな顔立ちだ。
寮の美しい人たちを見慣れた目には、その「普通さ」が、逆に新鮮に映った。
しかし、今の私は他人への警戒心を解くことができない。
私が少し身構えたのに気づいたのか、男性は「あ、ごめんごめん」と慌てて両手を上げた。
「いや、毎日熱心に読んでるから、気になっちゃって。不審者じゃないよ。ほら、これ、僕の名刺」
そう言って差し出された名刺には、『松岡 透』と書かれていた。フリーの研究者、というような肩書が添えられている。
「この図書館には、まあ、毎日入り浸ってるからさ」
「はあ……」
曖昧に返事をすると、松岡さんは何か言いたげに口ごもり、そして、意を決したように、まっすぐ私の目を見た。
その瞳から、先ほどまでの人の良さそうな笑みは消えていた。
「君」
彼の声のトーンが、少しだけ低くなる。
「異世界から来たんだろう?」
―――時間が、止まった。
心臓を、氷の手で鷲掴みにされたかのような衝撃。
どうして。なんで、この人が。
私の、誰にも言っていないはずの、最大の秘密を。
頭が真っ白になり、言葉はおろか、呼吸の仕方さえ忘れてしまう。
目の前に立つこの男は、一体、何者なんだろうか。
敵か、味方か。それとも、伊織先輩が差し向けた、新たな罠か。
私は、返事もできず、ただ震える唇で彼を見つめ返すことしかできなかった。
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