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京のかりそめ
第二十話「同じ世界の人間」
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松岡と名乗った男の言葉が、私の頭の中で何度も反響する。
『異世界から来たんだろう?』
なぜ。どうして。この男は、何を知っているというのだろう。
私が声も出せずにいると、松岡さんは「いや」と気まずそうに頭を掻いた。
「違ったら、全然いいんだ。ごめん、変なこと聞いて」
そう言って、彼は私に背を向け、去ろうとした。
その姿に、私は我に返った。ダメだ、行かせちゃダメだ。この人は、何かを知っている。このチャンスを逃したら、私はきっと、永遠にここで独りぼっちだ。
「待ってください!」
必死の形相で叫ぶと、彼の足がぴたりと止まった。松岡さんは、ゆっくりとこちらに振り返った。
「……興味、あります」
私は、咄嗟に嘘をついた。彩花との間で決めた、私の偽りの身の上話を、少しだけ捻じ曲げて。
「私の……親友が、最近、別の世界から来たって言うんです」
「……ほう。ただの妄想、とかじゃなく?」
「はい。だって、その子……私が話したこともないはずの、私の昔のことを知っているんです」
それは、私がこの世界で彩花にしたこと、そのものだった。
松岡さんは、じっと私の目を見つめてくる。値踏みするような視線に、嘘がバレないかと心臓が早鐘を打った。
「へえ……。その親友さんとやらは、いつからそう言い始めたの?」
「……一ヶ月、くらい前です」
「一ヶ月前……ね。具体的に、先月の何日からか、分かる?」
「え、えっと……確か、9月の26日からです」
私が答えた瞬間、松岡さんの表情が険しくなった。彼は自分の腕時計に視線を落とし、何かを確認するように指で日付をなぞった。
「今日は……10月20日か。……まずいな」
その不穏な呟きに、私の胸騒ぎは頂点に達した。
「あの……! 松岡さんは、一体何を知ってるんですか!?」
問い詰める私に、彼は観念したように、ふう、と大きなため息をついた。
「……あー、もう、まどろっこしいのは無しだ。単刀直入に言うよ」
彼は、私をまっすぐに見据えた。
「僕も、君と同じ世界から来たんだよ」
「え……」
「だから分かる。別の世界から来たのは、君の親友じゃない。君自身だろう?」
見抜かれていた。
彼の言葉に、私はもう、反論することができなかった。
なぜ、どうして、と混乱する私に、彼は続ける。
「僕はずっと、探してたからね。僕みたいな人間を。君がこの図書館で調べていた本の種類、検索していたキーワード。そういうのを見ていれば、分かるんだよ」
同じ世界の人間。
その言葉が、私の心に希望の光を灯した。でも、それと同時に、彼が口にした「まずい」という言葉が、不吉な影を落とした。
聞きたいことが、山ほどある。
「……とりあえずさ」
松岡さんは、壁の時計を見上げた。
「もう夜の七時だ。寮のご飯もあるだろうし、今は君も、頭がごちゃごちゃだろう。話の続きは、明日にしないか」
「え、でも……」
「明日の昼、ここの隣のカフェに来て。そこで、君が聞きたいこと、僕が知ってること、全部話すから」
そう言うと、彼は「じゃあ、また明日」と今度こそ本当に書架の向こうへと姿を消した。
私は、その場に一人、立ち尽くした。
ようやく見つけた、同じ境遇の人間。しかし、彼がもたらしたのは、希望だけではなかった。
「まずい」という言葉の意味は。
私に残された時間は、もう、ないのかもしれない。
そんな恐怖に、全身が震えていた。
『異世界から来たんだろう?』
なぜ。どうして。この男は、何を知っているというのだろう。
私が声も出せずにいると、松岡さんは「いや」と気まずそうに頭を掻いた。
「違ったら、全然いいんだ。ごめん、変なこと聞いて」
そう言って、彼は私に背を向け、去ろうとした。
その姿に、私は我に返った。ダメだ、行かせちゃダメだ。この人は、何かを知っている。このチャンスを逃したら、私はきっと、永遠にここで独りぼっちだ。
「待ってください!」
必死の形相で叫ぶと、彼の足がぴたりと止まった。松岡さんは、ゆっくりとこちらに振り返った。
「……興味、あります」
私は、咄嗟に嘘をついた。彩花との間で決めた、私の偽りの身の上話を、少しだけ捻じ曲げて。
「私の……親友が、最近、別の世界から来たって言うんです」
「……ほう。ただの妄想、とかじゃなく?」
「はい。だって、その子……私が話したこともないはずの、私の昔のことを知っているんです」
それは、私がこの世界で彩花にしたこと、そのものだった。
松岡さんは、じっと私の目を見つめてくる。値踏みするような視線に、嘘がバレないかと心臓が早鐘を打った。
「へえ……。その親友さんとやらは、いつからそう言い始めたの?」
「……一ヶ月、くらい前です」
「一ヶ月前……ね。具体的に、先月の何日からか、分かる?」
「え、えっと……確か、9月の26日からです」
私が答えた瞬間、松岡さんの表情が険しくなった。彼は自分の腕時計に視線を落とし、何かを確認するように指で日付をなぞった。
「今日は……10月20日か。……まずいな」
その不穏な呟きに、私の胸騒ぎは頂点に達した。
「あの……! 松岡さんは、一体何を知ってるんですか!?」
問い詰める私に、彼は観念したように、ふう、と大きなため息をついた。
「……あー、もう、まどろっこしいのは無しだ。単刀直入に言うよ」
彼は、私をまっすぐに見据えた。
「僕も、君と同じ世界から来たんだよ」
「え……」
「だから分かる。別の世界から来たのは、君の親友じゃない。君自身だろう?」
見抜かれていた。
彼の言葉に、私はもう、反論することができなかった。
なぜ、どうして、と混乱する私に、彼は続ける。
「僕はずっと、探してたからね。僕みたいな人間を。君がこの図書館で調べていた本の種類、検索していたキーワード。そういうのを見ていれば、分かるんだよ」
同じ世界の人間。
その言葉が、私の心に希望の光を灯した。でも、それと同時に、彼が口にした「まずい」という言葉が、不吉な影を落とした。
聞きたいことが、山ほどある。
「……とりあえずさ」
松岡さんは、壁の時計を見上げた。
「もう夜の七時だ。寮のご飯もあるだろうし、今は君も、頭がごちゃごちゃだろう。話の続きは、明日にしないか」
「え、でも……」
「明日の昼、ここの隣のカフェに来て。そこで、君が聞きたいこと、僕が知ってること、全部話すから」
そう言うと、彼は「じゃあ、また明日」と今度こそ本当に書架の向こうへと姿を消した。
私は、その場に一人、立ち尽くした。
ようやく見つけた、同じ境遇の人間。しかし、彼がもたらしたのは、希望だけではなかった。
「まずい」という言葉の意味は。
私に残された時間は、もう、ないのかもしれない。
そんな恐怖に、全身が震えていた。
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