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京のかりそめ
第二十一話「明日、カフェで」
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どうやって寮まで帰ったのか、あまり覚えていない。
頭の中は、松岡さんと名乗った男のことでいっぱいだった。「同じ世界から来た」「まずいな」。彼の言葉が、何度も何度も頭をよぎる。
希望と、それ以上に大きな恐怖。ぐちゃぐちゃになった感情のまま、私は寮の自室にたどり着くと、ベッドに倒れ込んだ。
(どうしよう。あの人を、信じていいの……?)
一人で考えていても、答えは出ない。
私は、唯一この世界の秘密を共有している彩花の部屋のドアを、震える手でノックした。
「はーい。……って、美緒? どうしたの!? 顔色、真っ青だよ!?」
ドアを開けた彩花は、私の顔を見るなり、驚いて駆け寄ってきた。その心配そうな顔を見たら、堰を切ったように言葉が溢れ出した。
「彩花……どうしよう、いたの。いたんだよ、私みたいな人が……!」
「え、え、ちょっと待って、落ち着いて。何があったの?」
彩花に腕を引かれて部屋の中に入り、私は今日の出来事を、必死で説明した。
図書館で会った、松岡という男性のこと。彼が、私と同じ世界から来たと話したこと。そして、何か時間が残されていないかのような、不吉な言葉を残して去っていったこと。
「……美緒以外にも、いるんだ……」
「分からない。あの人が本当にそうなのかも、何が『まずい』のかも……。情報が、少なすぎる……」
「そう……だよね。……ねえ、美緒」
彩花は、私の手をぎゅっと握った。
「明日のカフェ、私も一緒に行こうか? 一人じゃ、危ないかもしれないし」
その言葉は、暗闇の中で差し伸べられた手のようで、本当に心強かった。
でも、私は静かに首を横に振った。
「ううん……ありがとう、彩花。でも、これは、私の問題だから」
「だけど……!」
「それに、もし、あの人が悪い人で、彩花にまで何かあったら、私……。だから、一人で行くよ」
これは、私が自分で決めなくてはいけないことだ。
私の決意が固いことを悟ったのか、彩花は「……分かった」と頷いた。
「でも、絶対に無理はしないでね? 何かあったら、どんな些細なことでもいいから、すぐに電話して。約束だよ?」
「うん。ありがとう」
固い約束を交わし、少しだけ心が軽くなった、その時だった。
ちょうどいいタイミングで、部屋の扉が控えめにノックされた。
はっと、心臓が跳ねる。
まさか、今の話を誰かに―――。
彩花と顔を見合わせ、私がおそるおそるドアを開けると、そこに立っていたのは、穏やかな笑みを浮かべた伊織先輩だった。
「ごめんね、二人で話してるとこ。そろそろ夕食の時間やから、下に降りておいで」
聞かれた……!?
私は、血の気が引くのを感じながら、必死で彼の表情を窺う。
しかし、彼の瞳には、いつもと同じ、凪いだ優しさが浮かんでいるだけだった。何かを聞いたような素振りは、微塵も感じられない。
「あ、はい! 教えてくれて、ありがとうございます」
「うん。待ってるね」
そう言って、伊織先輩は静かに踵を返した。
ほっと胸をなでおろすと同時に、冷や汗が背中を伝う。
この寮の中ですら、私は決して気を抜けないのだ。
明日、私はたった一人で、未来を左右するかもしれない約束の場所へ向かう。
緊張で、指先が氷のように冷たくなっていた。
頭の中は、松岡さんと名乗った男のことでいっぱいだった。「同じ世界から来た」「まずいな」。彼の言葉が、何度も何度も頭をよぎる。
希望と、それ以上に大きな恐怖。ぐちゃぐちゃになった感情のまま、私は寮の自室にたどり着くと、ベッドに倒れ込んだ。
(どうしよう。あの人を、信じていいの……?)
一人で考えていても、答えは出ない。
私は、唯一この世界の秘密を共有している彩花の部屋のドアを、震える手でノックした。
「はーい。……って、美緒? どうしたの!? 顔色、真っ青だよ!?」
ドアを開けた彩花は、私の顔を見るなり、驚いて駆け寄ってきた。その心配そうな顔を見たら、堰を切ったように言葉が溢れ出した。
「彩花……どうしよう、いたの。いたんだよ、私みたいな人が……!」
「え、え、ちょっと待って、落ち着いて。何があったの?」
彩花に腕を引かれて部屋の中に入り、私は今日の出来事を、必死で説明した。
図書館で会った、松岡という男性のこと。彼が、私と同じ世界から来たと話したこと。そして、何か時間が残されていないかのような、不吉な言葉を残して去っていったこと。
「……美緒以外にも、いるんだ……」
「分からない。あの人が本当にそうなのかも、何が『まずい』のかも……。情報が、少なすぎる……」
「そう……だよね。……ねえ、美緒」
彩花は、私の手をぎゅっと握った。
「明日のカフェ、私も一緒に行こうか? 一人じゃ、危ないかもしれないし」
その言葉は、暗闇の中で差し伸べられた手のようで、本当に心強かった。
でも、私は静かに首を横に振った。
「ううん……ありがとう、彩花。でも、これは、私の問題だから」
「だけど……!」
「それに、もし、あの人が悪い人で、彩花にまで何かあったら、私……。だから、一人で行くよ」
これは、私が自分で決めなくてはいけないことだ。
私の決意が固いことを悟ったのか、彩花は「……分かった」と頷いた。
「でも、絶対に無理はしないでね? 何かあったら、どんな些細なことでもいいから、すぐに電話して。約束だよ?」
「うん。ありがとう」
固い約束を交わし、少しだけ心が軽くなった、その時だった。
ちょうどいいタイミングで、部屋の扉が控えめにノックされた。
はっと、心臓が跳ねる。
まさか、今の話を誰かに―――。
彩花と顔を見合わせ、私がおそるおそるドアを開けると、そこに立っていたのは、穏やかな笑みを浮かべた伊織先輩だった。
「ごめんね、二人で話してるとこ。そろそろ夕食の時間やから、下に降りておいで」
聞かれた……!?
私は、血の気が引くのを感じながら、必死で彼の表情を窺う。
しかし、彼の瞳には、いつもと同じ、凪いだ優しさが浮かんでいるだけだった。何かを聞いたような素振りは、微塵も感じられない。
「あ、はい! 教えてくれて、ありがとうございます」
「うん。待ってるね」
そう言って、伊織先輩は静かに踵を返した。
ほっと胸をなでおろすと同時に、冷や汗が背中を伝う。
この寮の中ですら、私は決して気を抜けないのだ。
明日、私はたった一人で、未来を左右するかもしれない約束の場所へ向かう。
緊張で、指先が氷のように冷たくなっていた。
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