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京のかりそめ
第二十八話「朝の違和感」
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伊織先輩の探るような視線から逃れたい一心で、私は差し出された水を一気に半分ほど飲み干した。
喉の渇きが癒えていく。しかし、それと同時に、今まで感じたことのないほどの、異常な眠気が、ずしりとした重みとなって全身にのしかかってきた。
(あれ……? なんだか、すごく……ねむ……)
目の前の景色が、ぐにゃりと歪む。身体が、言うことを聞かない。
隣に座る伊織先輩の顔が、心配そうにこちらを覗き込んでいるのが、ぼんやりと見えた。
「眠い?」
「……ぅ、ん……」
「もう寝る?」
「どうしよ……かな……」
彼の穏やかな声が、まるで水の中から聞こえるように、遠い。
「おやすみ、美緒ちゃん」
その声を最後に、ぷつり、と。
私の意識は、糸が切れるように途切れた。
次に目が覚めた時、私は自室のベッドに横になっていた。
10月23日、絶食二日目の朝。
頭が鉛のように重い。そして、体全体が気だるく、ぴくりとも動きたくなかった。
(……私、また……)
昨夜、リビングで話している途中で眠ってしまったのだろう。伊織先輩が、また部屋まで運んでくれたのかもしれない。
そう思いながら、億劫な身体を起こそうとした、その時。
私は、ある違和感に気がついた。
着ているパジャマが、妙によれている。それだけじゃない。下着の位置が、なんだか気持ち悪くズレていて、体にフィットしていない感じがした。
そして、下腹部の奥に、ずん、とした鈍い痛みが居座っている。
(……なに、これ……?)
疑問に思いながら、ベッドから足を下ろそうとした瞬間だった。
股の間から、何かぬるりとした液体が、どろり、とこぼれ落ちる感覚があった。
「―――っ!?」
私は慌てて動きをぴたっと止める。
まさか、生理が来た……? でも、予定日よりずっと早い。
恐る恐る立ち上がり、私は猛スピードで部屋のトイレに駆け込んだ。
震える手でショーツを下ろすと、そこには、信じられないものが付着していた。
ほんの僅かな血。
そして、それに混じった、白濁の、粘り気のある液体。
「な……に…………これ…………?」
病気?
それとも、この世界に来たことによる、身体の異常?
頭が真っ白になり、血の気がさーっと引いていくのが分かった。
しばらく呆然とそれを拭き取った後、これが月経による出血ではないことだけは、確かだった。下半身には、今まで一度も感じたことのない、重たい違和感が残っている。
まさか―――。
一瞬、最悪の考えが頭をよぎる。
でも、そんなはずはない。私には、誰かとそういうことをした記憶なんて、全くないのだから。
きっと、絶食による体への負荷か浄化作用、もしくは何かのストレス反応だ。
そう思うことにした。そうでも思わなければ、正気でいられなかった。
部屋に戻り、布団に汚れがついていないことを確認して、ようやく一息つく。
昨夜の記憶を、必死で手繰り寄せようとする。伊織先輩とリビングで雑談したのは覚えている。水をもらったことも。でも、そこから先の記憶が、綺麗に抜け落ちていた。
(部屋で寝てるってことは、自分で戻ったか、伊織先輩が運んでくれたか、だよね……)
後で、本人に会ったら、それとなく聞いてみよう。
私は、下腹部の鈍痛と、心の奥底で鳴り響く警鐘に気づかないふりをしながら、今日一日の予定を頭の中で確認していた。
松岡さんに会って、話を聞く。
それが終われば、きっと、全てが分かるはずだから。
喉の渇きが癒えていく。しかし、それと同時に、今まで感じたことのないほどの、異常な眠気が、ずしりとした重みとなって全身にのしかかってきた。
(あれ……? なんだか、すごく……ねむ……)
目の前の景色が、ぐにゃりと歪む。身体が、言うことを聞かない。
隣に座る伊織先輩の顔が、心配そうにこちらを覗き込んでいるのが、ぼんやりと見えた。
「眠い?」
「……ぅ、ん……」
「もう寝る?」
「どうしよ……かな……」
彼の穏やかな声が、まるで水の中から聞こえるように、遠い。
「おやすみ、美緒ちゃん」
その声を最後に、ぷつり、と。
私の意識は、糸が切れるように途切れた。
次に目が覚めた時、私は自室のベッドに横になっていた。
10月23日、絶食二日目の朝。
頭が鉛のように重い。そして、体全体が気だるく、ぴくりとも動きたくなかった。
(……私、また……)
昨夜、リビングで話している途中で眠ってしまったのだろう。伊織先輩が、また部屋まで運んでくれたのかもしれない。
そう思いながら、億劫な身体を起こそうとした、その時。
私は、ある違和感に気がついた。
着ているパジャマが、妙によれている。それだけじゃない。下着の位置が、なんだか気持ち悪くズレていて、体にフィットしていない感じがした。
そして、下腹部の奥に、ずん、とした鈍い痛みが居座っている。
(……なに、これ……?)
疑問に思いながら、ベッドから足を下ろそうとした瞬間だった。
股の間から、何かぬるりとした液体が、どろり、とこぼれ落ちる感覚があった。
「―――っ!?」
私は慌てて動きをぴたっと止める。
まさか、生理が来た……? でも、予定日よりずっと早い。
恐る恐る立ち上がり、私は猛スピードで部屋のトイレに駆け込んだ。
震える手でショーツを下ろすと、そこには、信じられないものが付着していた。
ほんの僅かな血。
そして、それに混じった、白濁の、粘り気のある液体。
「な……に…………これ…………?」
病気?
それとも、この世界に来たことによる、身体の異常?
頭が真っ白になり、血の気がさーっと引いていくのが分かった。
しばらく呆然とそれを拭き取った後、これが月経による出血ではないことだけは、確かだった。下半身には、今まで一度も感じたことのない、重たい違和感が残っている。
まさか―――。
一瞬、最悪の考えが頭をよぎる。
でも、そんなはずはない。私には、誰かとそういうことをした記憶なんて、全くないのだから。
きっと、絶食による体への負荷か浄化作用、もしくは何かのストレス反応だ。
そう思うことにした。そうでも思わなければ、正気でいられなかった。
部屋に戻り、布団に汚れがついていないことを確認して、ようやく一息つく。
昨夜の記憶を、必死で手繰り寄せようとする。伊織先輩とリビングで雑談したのは覚えている。水をもらったことも。でも、そこから先の記憶が、綺麗に抜け落ちていた。
(部屋で寝てるってことは、自分で戻ったか、伊織先輩が運んでくれたか、だよね……)
後で、本人に会ったら、それとなく聞いてみよう。
私は、下腹部の鈍痛と、心の奥底で鳴り響く警鐘に気づかないふりをしながら、今日一日の予定を頭の中で確認していた。
松岡さんに会って、話を聞く。
それが終われば、きっと、全てが分かるはずだから。
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