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京のかりそめ
第三十話「彼の部屋へ」
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10月24日、絶食最終日。
私の身体は、もう限界に近かった。少し動くだけで目眩がし、思考には常に靄がかかっている。
朝、皆に「おはよう」と挨拶だけすると、私はすぐに自室に引きこもった。やがて、皆が学校へ向かい、寮の中はしんと静まり返る。
今日一日を乗り切れば、明日には、全てが終わる。
私は、それだけを支えに、ベッドの上で息を潜めていた。
昼近くになり、水を飲もうとリビングに下りた、その時だった。
ソファに、誰かが座っている。
「……伊織、先輩?」
そこにいたのは、学校へ行ったはずの彼だった。
「あれ、学校は……?」
「ああ、美緒ちゃん。今日は学校行事で休みなんだ」
「へえ……。珍しいですね」
「うん。まあ、たまにはこういう日もね」
彼は、いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべている。
なぜ、今日に限って彼が寮にいるのだろう。その偶然に、私の胸は嫌な音を立てた。
それから、私たちは特に何をすることもなく、二人きりでリビングのテレビを眺めたり、他愛もない雑談をしたりして過ごした。
夜にしか会うことのなかった彼と、昼間の明るい光の中で二人きりでいる。それは、まるで「おうちデート」のようで―――心臓が、ずきずきと痛いほどに高鳴った。
彼を疑っているはずなのに。怖いと思っているはずなのに。私の心は、まだ、彼に惹かれているのだ。
やがて、昼食の時間になった。
伊織先輩はキッチンに立つと、手際よく自分のためにチャーハンを作った。美味しそうな匂いが、空っぽの私の胃を刺激する。
「美緒ちゃんは、食べないの?」
「は、はい。私、明日の昼くらいまで、ダイエット期間って決めているので。それまでは、飲み物以外は口にしないつもりです」
それは、この状況を乗り切るために、昨夜必死で考えた嘘だった。
彼は「そうなんだ」とだけ言って、特に気にする様子もなく、一人で昼食を食べ始めた。
その後も、私たちは穏やかな時間を過ごした。お互いの趣味や、好きな本の話で盛り上がった。
その時、伊織先輩がふと、顔を上げた。
「そういえば、僕の部屋に本がたくさんあるんだけど、見てみる?」
「え……」
先輩の、部屋。
異性の、それも年上の人の部屋に入るなんて、考えたこともなかった。抵抗がないわけではない。
でも……。
(明日には、もう、会えなくなるんだ)
そう思ったら、ここで断って後悔したくなかった。
彼との、最後の思い出になるかもしれない。
私が恋をした、「優しい伊織先輩」との。
「……じゃあ、お言葉に甘えて、お邪魔しても、いいですか?」
私の返事に、彼は満足そうに微笑んだ。
「いいよ。おいで」
そう言って立ち上がった彼の背中を、私は、まるで何かに導かれるように、静かに追いかけた。
これから起きることも知らずに。
私の身体は、もう限界に近かった。少し動くだけで目眩がし、思考には常に靄がかかっている。
朝、皆に「おはよう」と挨拶だけすると、私はすぐに自室に引きこもった。やがて、皆が学校へ向かい、寮の中はしんと静まり返る。
今日一日を乗り切れば、明日には、全てが終わる。
私は、それだけを支えに、ベッドの上で息を潜めていた。
昼近くになり、水を飲もうとリビングに下りた、その時だった。
ソファに、誰かが座っている。
「……伊織、先輩?」
そこにいたのは、学校へ行ったはずの彼だった。
「あれ、学校は……?」
「ああ、美緒ちゃん。今日は学校行事で休みなんだ」
「へえ……。珍しいですね」
「うん。まあ、たまにはこういう日もね」
彼は、いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべている。
なぜ、今日に限って彼が寮にいるのだろう。その偶然に、私の胸は嫌な音を立てた。
それから、私たちは特に何をすることもなく、二人きりでリビングのテレビを眺めたり、他愛もない雑談をしたりして過ごした。
夜にしか会うことのなかった彼と、昼間の明るい光の中で二人きりでいる。それは、まるで「おうちデート」のようで―――心臓が、ずきずきと痛いほどに高鳴った。
彼を疑っているはずなのに。怖いと思っているはずなのに。私の心は、まだ、彼に惹かれているのだ。
やがて、昼食の時間になった。
伊織先輩はキッチンに立つと、手際よく自分のためにチャーハンを作った。美味しそうな匂いが、空っぽの私の胃を刺激する。
「美緒ちゃんは、食べないの?」
「は、はい。私、明日の昼くらいまで、ダイエット期間って決めているので。それまでは、飲み物以外は口にしないつもりです」
それは、この状況を乗り切るために、昨夜必死で考えた嘘だった。
彼は「そうなんだ」とだけ言って、特に気にする様子もなく、一人で昼食を食べ始めた。
その後も、私たちは穏やかな時間を過ごした。お互いの趣味や、好きな本の話で盛り上がった。
その時、伊織先輩がふと、顔を上げた。
「そういえば、僕の部屋に本がたくさんあるんだけど、見てみる?」
「え……」
先輩の、部屋。
異性の、それも年上の人の部屋に入るなんて、考えたこともなかった。抵抗がないわけではない。
でも……。
(明日には、もう、会えなくなるんだ)
そう思ったら、ここで断って後悔したくなかった。
彼との、最後の思い出になるかもしれない。
私が恋をした、「優しい伊織先輩」との。
「……じゃあ、お言葉に甘えて、お邪魔しても、いいですか?」
私の返事に、彼は満足そうに微笑んだ。
「いいよ。おいで」
そう言って立ち上がった彼の背中を、私は、まるで何かに導かれるように、静かに追いかけた。
これから起きることも知らずに。
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