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最終章
180,邪神
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のたうつように激しい動きで見る間に形状が変化していく。
時折一瞬だけ怨嗟の叫びをあげるかのような形にも変化してすごく気持ち悪い。
なかなか形が定まらないがだんだんと人の形状に近づいているように感じる。
まぁつまりは体積が小さくなってきているのだ。チャンスすぎる。
のたうって形を変えているだけで小さくなっていくのだから今がチャンスなのだ。小さくなればそれだけ広範囲を無紫刃華で捉える事が出来る。
スタミナを回復させるとすぐさま無紫刃華を放つ。
花びらが球体の盾を展開させるために高速で迫ると、それまでのたうって形を変えるだけだった靄が急激な反応を見せた。
早い!
スライムのようなゲル状の動きで盾を展開しようとした花びらから瞬時に離脱されてしまった。
さっきの鷹の急降下も早かったがそれに匹敵するほどの動きだ。やばくないかこれ。
小さく圧縮されて動きが急速に洗練されてきている。
ドリルさんよりはまだ遅いと思うが火力特化構成では目では追えても体が追いつかない。
「させませんわ!」
スライムから一気に人型になった靄は体の至る所に気持ちの悪い怨嗟の声なき声をあげる顔を貼り付けてまっすぐにオレに向かってきた。
しかしドリルさんが相変わらずの早さで斬撃を叩き込んで妨害を始める。
ドリルさんの斬撃は小さくなっても防御力は尚健在らしい靄に傷1つ与えられないが足止めは可能なようだ。
鬱陶しそうに斬り付けて来るドリルさんに反撃しようと手足を振るい、その手足がゲル状になって人間では不可能な動きを見せる。
しかもこれがまた早い。
一瞬で枝分かれし伸びた手足がドリルさんを追いかけて広がり網の様に展開される。
だがそこに狙いすましたかのようなレーネさんのブレイズウィングが突き刺さる。
大きな衝撃を受け流せずに枝分かれした手足が飛沫のように舞い散ってドリルさんが切り刻む。
……舞い散ってさすがに体積が少なくなりすぎたのか靄を消滅させる事には成功している。しかしすぐに補充されるようで正直あまり意味が無い。
オレも攻撃に参加したいのだが、どうにも動きについていけない。
人型となってスピードがあがった上に花びらの盾は非常に警戒されている。
花びらが近づこうものならドリルさん達の攻撃を強引に突破して逃げるのだ。これでは無紫刃華を当てるのは難しい。
【わたりん! こいつ! だんだん早くなってきゃっ!】
「ちっ!」
人型の動きがどんどん早くなってきている。
そして遂にドリルさんの速度に追いつかれた。
信じがたいが事実としてドリルさんの斬撃を受け止め、絡みつきそのまま地面に縫いとめられてしまった。
今まで人外のスピードで掴むことなど不可能だと思われたドリルさんが、放置ではなく真骨頂といえるそのスピードで対応されたことは驚愕に値する。
しかも靄で動きを封じるように床に縫い付けられたのだ。融合する気か!
花びらを展開するだけでも王族の不文律は必須だ。
故に無紫刃華を咲かせなくても花びらの盾を展開させただけで、スタミナ回復ポーションが湯水の如く減っていく。だが使わないわけにはいかない。
しかし縫い付けられたドリルさんを自由にするには花びらの盾は使いづらい事この上ない。だがこれ以外で靄を突破する事は難しいのも事実だ。
「ぐ!」
「レーネさん!」
ドリルさんと融合する気かと思ったら今度はレーネさんを靄で床に縫い付けてその行動を封じられた。
……2人と融合する気じゃない! 狙いは、オレか!
要するに邪魔な前衛の動きを封じたのだ。
2人を拘束する靄を維持しながらヤツは恐るべきスピードで刹那の間もなく迫ってくる。
加速する世界でヤツの体中に点在する怨嗟の表情が声なき絶望を一際大きく叫ぼうとその口を大きく開いた。
瞬間、オレを守る盾が靄との間に割り込み爆音が連鎖する。
2人を止めたくらいでオレに近づけると思ったか、ばかめっ!
連鎖する爆音――震爆の衝撃によって弾かれて空中に舞い上がった人型の靄はドリルさんばりのスピードも見る影もない。
……食らえ!
今度こそ花びらの盾の中に全身を捉えた。
盾が完成した瞬間に刹那の間もおかずに華を咲かせる。
1輪目の華が咲いた時にレーネさんとドリルさんの動きを封じていた靄が本体から切断されて霧散した。
2輪目の華が咲いて花びらの盾の中の靄が人型ではなくなった。
3輪目、4輪目と咲いていく華により、靄の面積が見る間に減っていく。
そして5輪目。
華が咲く瞬間だった。
減少した靄が急速にその動きを変化させ、花びらの盾に衝突した。
今までなかった事に驚く暇もなく、花びらの盾が貫かれた。
花びらの盾は無紫刃華の極悪な破壊力を外に漏らさないために展開させている。
その頑強さは尋常ではない。
しかし無紫刃華の膨大なエネルギーを湾曲させてそのベクトルを変える事によってまた内部に戻し、さらなる破壊を生むような構造になっている。
確かに硬いがそれは無敵といえるほどではない。
だからといって簡単に貫けるものでもないはずだった。しかし現実として貫かれ、咲いた5輪目の無紫刃華の莫大なエネルギーが漏れた。
背中に冷たい汗が流れたような、しかし実際にはそんな悠長な時間などないほどの刹那の時間。
無意識により展開された膨大なMPで作られた風の盾がレーネさん、ドリルさん、アルを包み込む。
オレはアルのすぐ後ろにいたので一緒に包み込んだ。
だがそれがどれだけの役に立っただろうか。
嵐の中の小船がいつ転覆してもおかしくない波の中で壊れかけたオールを動かすのに似たような……そんな。
ホワイトアウトした意識の最後にそんな幻覚をみたような気がした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
脳髄を断続的に焼かれるような激痛で目を覚ました。
痛みに支配されて音も、匂いも、何もかも感じる事が出来ない。
目の前は真っ白だし、声をあげることすらできない。
痛みが断続的だったためか、治療に意識を割く事が奇跡的に出来た。
ずっとこの痛みが続いていたらすぐにオレは発狂しただろう。それほどのダメージを負っていた。
思考誘導でスタミナ回復ポーションを選択する。
残っていたスタミナ回復ポーションはラスト4つ。これではスタミナを全回復させるのは難しい。
だが半分以上は回復する。迷わず使い、王族の不文律を発動させて瞬時に自身を治療した。
まず音が戻り、匂いが戻り、白かった視界に色がつく。
感覚がなかった体に全てが戻った頃王族の不文律がスタミナ危険域のために自動解除された。
何度も膨大なMPを瞬時に治療に回す行為をしていたからか、ずいぶん慣れていたようだ。
起き上がるときに何かを破るような感触が少しだけした。
信じ難い事にそこにあったのは人型の抜け殻。
まるで人間が脱皮をしたかのような……だが焼け爛れた皮膚に覆われ、最早個人の判別どころか性別の判別すらおぼつかないほどの変容をとげている物体だった。
……ゾッとする。これ以上ないほどに。
しかしそんな恐怖も視線をあげたところでどこかへ吹き飛んでいった。
凄まじいスピードで靄と人がぶつかりあっている。
残像を残すほどのスピードでその靄――邪神とやりあっているのはボロボロだが確かにアルだった。
彼の戦闘服である燕尾服は見る影もないほどボロボロだが、肉体に致命的な損傷は見られない。
オレがあれほどのダメージを負ったのに彼は服以外は無傷といっていい。
確かにアルは防御技術に関して超一流だ。
だがオレが判別不可能になるほどの損傷を受けるほどのダメージを負って、オレの盾となることを是とするアルが無事なわけがない。
アルなら文字通り盾となって守るはずだ。
つまりは無傷など……。
「ぁ……」
アルの腕を靄が食いちぎった。
まだよく頭が働いていないのか、とても現実とは思えない。
普段のオレなら激怒して我を忘れてもおかしくない光景なのに思考が凍りついたように動かない。
……そして食いちぎられたアルの腕が次の瞬間には元に戻っていた。
そう、元に戻っていたのだ。
しなやかな無駄な筋肉の一切ないアルの腕が何事もなかったかのように。
考えたくない。これ以上考えたらいけない。
そうオレの中にある何かが訴える。
……でも。
また靄がアルの体を食いちぎった。そして元に戻るアル。
……あぁ。
そういうこと、か。
アルは人間ではない。
チュートリアルブックの化身だ。
誕生から始まり、知識を劣化させることなく覚えていられたり、彼専用の職業だったりと色々と人間離れしている。
その際たるものがアレなのだ。
彼は損傷すると知識を失う。
蓄えた知識を肉体の代わりに損傷する。
今まさにアルは自身の知識を身代わりにオレを守ろうとしている。
無紫刃華の無慈悲な破壊のダメージをどれだけ受けた?
オレが回復するまで何度攻撃を受けた?
何度知識を失った?
知識とはこの世界――ウイユベールに誕生してから得た全ての情報を意味している。
その中には当然オレとの思い出も含まれている。
一体どれだけ思い出を失った?
奥歯がギリシ、と音を立てる。
涙が溢れ、視界がぼやける。
すでにスタミナ回復ポーションは底をつき、無紫刃華を展開させることはできない。
判別不能になるほど肉体がダメージを負っていたのだ当然身に纏っていた防具も、紫電の大槌の柄も最早残っていない。
だが、それでも……。
「アルッ!」
防具を纏っている暇などない。
出来る限りのスピードで構成を筋力特化に切り替え、アイテムボックスから武器を引き抜く。
これ以上アルに思い出を失わせるわけにはいかない。
戦闘モードに切り替わり、加速した思考の中で1歩1歩と靴すら失った裸足でガラスのように硬質化した迷宮の床を砕きながら駆ける。
腕を足を失っては思い出を犠牲にして元に戻しながら邪神を食い止めるアル。
あと7歩。
もう1度アルの名を叫び、腰貯めに武器を構える。
全力で、たとえ届かなくても全力で。
あと6歩。
筋力特化構成ならば邪神結晶には届かなくても靄は吹き飛ばせる。
あと5歩。
靄を吹き飛ばせば割れた片方の邪神結晶では元に戻すまでに時間が稼げるはずだ。
あと4歩。
稼いだ時間で撤退して態勢を整える。
あと3……。
巨大に膨れ上がった闇がアルの全身を飲み込んだ。
時折一瞬だけ怨嗟の叫びをあげるかのような形にも変化してすごく気持ち悪い。
なかなか形が定まらないがだんだんと人の形状に近づいているように感じる。
まぁつまりは体積が小さくなってきているのだ。チャンスすぎる。
のたうって形を変えているだけで小さくなっていくのだから今がチャンスなのだ。小さくなればそれだけ広範囲を無紫刃華で捉える事が出来る。
スタミナを回復させるとすぐさま無紫刃華を放つ。
花びらが球体の盾を展開させるために高速で迫ると、それまでのたうって形を変えるだけだった靄が急激な反応を見せた。
早い!
スライムのようなゲル状の動きで盾を展開しようとした花びらから瞬時に離脱されてしまった。
さっきの鷹の急降下も早かったがそれに匹敵するほどの動きだ。やばくないかこれ。
小さく圧縮されて動きが急速に洗練されてきている。
ドリルさんよりはまだ遅いと思うが火力特化構成では目では追えても体が追いつかない。
「させませんわ!」
スライムから一気に人型になった靄は体の至る所に気持ちの悪い怨嗟の声なき声をあげる顔を貼り付けてまっすぐにオレに向かってきた。
しかしドリルさんが相変わらずの早さで斬撃を叩き込んで妨害を始める。
ドリルさんの斬撃は小さくなっても防御力は尚健在らしい靄に傷1つ与えられないが足止めは可能なようだ。
鬱陶しそうに斬り付けて来るドリルさんに反撃しようと手足を振るい、その手足がゲル状になって人間では不可能な動きを見せる。
しかもこれがまた早い。
一瞬で枝分かれし伸びた手足がドリルさんを追いかけて広がり網の様に展開される。
だがそこに狙いすましたかのようなレーネさんのブレイズウィングが突き刺さる。
大きな衝撃を受け流せずに枝分かれした手足が飛沫のように舞い散ってドリルさんが切り刻む。
……舞い散ってさすがに体積が少なくなりすぎたのか靄を消滅させる事には成功している。しかしすぐに補充されるようで正直あまり意味が無い。
オレも攻撃に参加したいのだが、どうにも動きについていけない。
人型となってスピードがあがった上に花びらの盾は非常に警戒されている。
花びらが近づこうものならドリルさん達の攻撃を強引に突破して逃げるのだ。これでは無紫刃華を当てるのは難しい。
【わたりん! こいつ! だんだん早くなってきゃっ!】
「ちっ!」
人型の動きがどんどん早くなってきている。
そして遂にドリルさんの速度に追いつかれた。
信じがたいが事実としてドリルさんの斬撃を受け止め、絡みつきそのまま地面に縫いとめられてしまった。
今まで人外のスピードで掴むことなど不可能だと思われたドリルさんが、放置ではなく真骨頂といえるそのスピードで対応されたことは驚愕に値する。
しかも靄で動きを封じるように床に縫い付けられたのだ。融合する気か!
花びらを展開するだけでも王族の不文律は必須だ。
故に無紫刃華を咲かせなくても花びらの盾を展開させただけで、スタミナ回復ポーションが湯水の如く減っていく。だが使わないわけにはいかない。
しかし縫い付けられたドリルさんを自由にするには花びらの盾は使いづらい事この上ない。だがこれ以外で靄を突破する事は難しいのも事実だ。
「ぐ!」
「レーネさん!」
ドリルさんと融合する気かと思ったら今度はレーネさんを靄で床に縫い付けてその行動を封じられた。
……2人と融合する気じゃない! 狙いは、オレか!
要するに邪魔な前衛の動きを封じたのだ。
2人を拘束する靄を維持しながらヤツは恐るべきスピードで刹那の間もなく迫ってくる。
加速する世界でヤツの体中に点在する怨嗟の表情が声なき絶望を一際大きく叫ぼうとその口を大きく開いた。
瞬間、オレを守る盾が靄との間に割り込み爆音が連鎖する。
2人を止めたくらいでオレに近づけると思ったか、ばかめっ!
連鎖する爆音――震爆の衝撃によって弾かれて空中に舞い上がった人型の靄はドリルさんばりのスピードも見る影もない。
……食らえ!
今度こそ花びらの盾の中に全身を捉えた。
盾が完成した瞬間に刹那の間もおかずに華を咲かせる。
1輪目の華が咲いた時にレーネさんとドリルさんの動きを封じていた靄が本体から切断されて霧散した。
2輪目の華が咲いて花びらの盾の中の靄が人型ではなくなった。
3輪目、4輪目と咲いていく華により、靄の面積が見る間に減っていく。
そして5輪目。
華が咲く瞬間だった。
減少した靄が急速にその動きを変化させ、花びらの盾に衝突した。
今までなかった事に驚く暇もなく、花びらの盾が貫かれた。
花びらの盾は無紫刃華の極悪な破壊力を外に漏らさないために展開させている。
その頑強さは尋常ではない。
しかし無紫刃華の膨大なエネルギーを湾曲させてそのベクトルを変える事によってまた内部に戻し、さらなる破壊を生むような構造になっている。
確かに硬いがそれは無敵といえるほどではない。
だからといって簡単に貫けるものでもないはずだった。しかし現実として貫かれ、咲いた5輪目の無紫刃華の莫大なエネルギーが漏れた。
背中に冷たい汗が流れたような、しかし実際にはそんな悠長な時間などないほどの刹那の時間。
無意識により展開された膨大なMPで作られた風の盾がレーネさん、ドリルさん、アルを包み込む。
オレはアルのすぐ後ろにいたので一緒に包み込んだ。
だがそれがどれだけの役に立っただろうか。
嵐の中の小船がいつ転覆してもおかしくない波の中で壊れかけたオールを動かすのに似たような……そんな。
ホワイトアウトした意識の最後にそんな幻覚をみたような気がした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
脳髄を断続的に焼かれるような激痛で目を覚ました。
痛みに支配されて音も、匂いも、何もかも感じる事が出来ない。
目の前は真っ白だし、声をあげることすらできない。
痛みが断続的だったためか、治療に意識を割く事が奇跡的に出来た。
ずっとこの痛みが続いていたらすぐにオレは発狂しただろう。それほどのダメージを負っていた。
思考誘導でスタミナ回復ポーションを選択する。
残っていたスタミナ回復ポーションはラスト4つ。これではスタミナを全回復させるのは難しい。
だが半分以上は回復する。迷わず使い、王族の不文律を発動させて瞬時に自身を治療した。
まず音が戻り、匂いが戻り、白かった視界に色がつく。
感覚がなかった体に全てが戻った頃王族の不文律がスタミナ危険域のために自動解除された。
何度も膨大なMPを瞬時に治療に回す行為をしていたからか、ずいぶん慣れていたようだ。
起き上がるときに何かを破るような感触が少しだけした。
信じ難い事にそこにあったのは人型の抜け殻。
まるで人間が脱皮をしたかのような……だが焼け爛れた皮膚に覆われ、最早個人の判別どころか性別の判別すらおぼつかないほどの変容をとげている物体だった。
……ゾッとする。これ以上ないほどに。
しかしそんな恐怖も視線をあげたところでどこかへ吹き飛んでいった。
凄まじいスピードで靄と人がぶつかりあっている。
残像を残すほどのスピードでその靄――邪神とやりあっているのはボロボロだが確かにアルだった。
彼の戦闘服である燕尾服は見る影もないほどボロボロだが、肉体に致命的な損傷は見られない。
オレがあれほどのダメージを負ったのに彼は服以外は無傷といっていい。
確かにアルは防御技術に関して超一流だ。
だがオレが判別不可能になるほどの損傷を受けるほどのダメージを負って、オレの盾となることを是とするアルが無事なわけがない。
アルなら文字通り盾となって守るはずだ。
つまりは無傷など……。
「ぁ……」
アルの腕を靄が食いちぎった。
まだよく頭が働いていないのか、とても現実とは思えない。
普段のオレなら激怒して我を忘れてもおかしくない光景なのに思考が凍りついたように動かない。
……そして食いちぎられたアルの腕が次の瞬間には元に戻っていた。
そう、元に戻っていたのだ。
しなやかな無駄な筋肉の一切ないアルの腕が何事もなかったかのように。
考えたくない。これ以上考えたらいけない。
そうオレの中にある何かが訴える。
……でも。
また靄がアルの体を食いちぎった。そして元に戻るアル。
……あぁ。
そういうこと、か。
アルは人間ではない。
チュートリアルブックの化身だ。
誕生から始まり、知識を劣化させることなく覚えていられたり、彼専用の職業だったりと色々と人間離れしている。
その際たるものがアレなのだ。
彼は損傷すると知識を失う。
蓄えた知識を肉体の代わりに損傷する。
今まさにアルは自身の知識を身代わりにオレを守ろうとしている。
無紫刃華の無慈悲な破壊のダメージをどれだけ受けた?
オレが回復するまで何度攻撃を受けた?
何度知識を失った?
知識とはこの世界――ウイユベールに誕生してから得た全ての情報を意味している。
その中には当然オレとの思い出も含まれている。
一体どれだけ思い出を失った?
奥歯がギリシ、と音を立てる。
涙が溢れ、視界がぼやける。
すでにスタミナ回復ポーションは底をつき、無紫刃華を展開させることはできない。
判別不能になるほど肉体がダメージを負っていたのだ当然身に纏っていた防具も、紫電の大槌の柄も最早残っていない。
だが、それでも……。
「アルッ!」
防具を纏っている暇などない。
出来る限りのスピードで構成を筋力特化に切り替え、アイテムボックスから武器を引き抜く。
これ以上アルに思い出を失わせるわけにはいかない。
戦闘モードに切り替わり、加速した思考の中で1歩1歩と靴すら失った裸足でガラスのように硬質化した迷宮の床を砕きながら駆ける。
腕を足を失っては思い出を犠牲にして元に戻しながら邪神を食い止めるアル。
あと7歩。
もう1度アルの名を叫び、腰貯めに武器を構える。
全力で、たとえ届かなくても全力で。
あと6歩。
筋力特化構成ならば邪神結晶には届かなくても靄は吹き飛ばせる。
あと5歩。
靄を吹き飛ばせば割れた片方の邪神結晶では元に戻すまでに時間が稼げるはずだ。
あと4歩。
稼いだ時間で撤退して態勢を整える。
あと3……。
巨大に膨れ上がった闇がアルの全身を飲み込んだ。
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