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失われた書と守護の国
目を付けられたティウ
しおりを挟む「獣人は目がいい」
ジルヴァラの言葉に、アルドリックはうんうんとにこやかな顔で頷いた。
「そうだろう。でも、昨日今日ミズガルに来た観光客が、結界を一目見て綻んでいるとなぜ分かるんだい? 結界は元からこういうものだったかもしれないだろう?」
「…………」
「目が良いから? 魔法に精通しているから?」
先ほどまで穏やかにクスクスと笑っていたアルドリックが、どんどん恐怖の存在へと変わっていく。
自分の魔法だからこそ分かった事実だったが、本当にタイミングが悪かったとしか言いようがなかった。
「ティウ、どうして綻びに気付いたんだい?」
声色は優しいが、怖いと思ってしまうほどの威圧感があった。
しかしティウがアルドリックの顔を恐る恐る見ると、どこか悦に入ったような目でこちらを見つめているのに気付く。予想とは違う反応に、ティウの困惑は声になって出た。
「……怒らないんですか?」
「怒る? どうして?」
「だ、だって……ボロボロなんて言っちゃったから……」
自分の国を守る大事な結界の悪口を言ってしまったのだ。ティウがそう思うのは当然だったのだが、アルドリックはその点に今気付いたとばかりに驚いていた。
「ああ、だからティウは怯えていたのか!」
ぺたりと寝てしまったティウの耳を見て、アルドリックは慌てていた。
アルドリックは安心させるように「気付かなくてすまなかった」と謝った。
「私が分かっていたのは結界に綻びが出始めているという予想だったが、そこまでボロボロなのかと正直驚きはしただけで怒りはしないよ。むしろティウが協力してくれたら、結界の綻ぶ理由が分かるのではないかと期待したんだ」
「協力?」
どうしてと困惑が隠せない。話をする以前の問題だった。
「君は結界の綻びが見えているんだろう? 私はそれらを証明する手立てを探している。一緒に手伝ってくれないか!」
うっとりした顔をしながらそう言われたが、ティウは目と口をあんぐりと開けたまま、どうしていいか分からずにジルヴァラに視線で助けを求めた。
「断る!」
ガルルルルとうなり声がジルヴァラから発せられている。アルドリックを睨み付けるジルヴァラに、ティウの耳と尻尾がぼんっと膨らんだ。
「どうしてだい? このままでは結界はいずれ崩壊するかもしれない。そうすれば、この国は……」
アルドリックが慌てて言い募るが、ジルヴァラは馬鹿にするように鼻で笑った。
「賢者ティウは、この国の民を守るために結界で覆い、魔物の脅威から救ったと聞いている。だが、それからこの国はどうした? 百年で民を結界から追い出し、貴族ばかりが守られる事に徹しただろう。この国の民には、恩恵のおの字もない結界がどうなろうと知ったことではないのでは? ましてや他国の獣人が手伝う謂われなど端からない!」
ジルヴァラの発言にアルドリックは少し驚いたようだった。目を見開いていたが、すぐに反論する。
「確かに結界の恩恵に肖ろうと増えていく民を持てあましてしまったのは事実だ。しかしもう結界はこの国の象徴でもあるんだ。これが消えてしまったら……」
「象徴だと……⁉」
ジルヴァラから殺気が迸る。さすがにまずいと感じたのか、従者達がアルドリックを立たせて背後に隠した。
「ジルお兄ちゃん、やめて!」
ティウが慌ててジルヴァラに縋り付くと、ジルは殺気は消したもののアルドリックを睨み付けるのを止めはしなかった。
ジルヴァラが感情的になってしまったのは、百年前のティウを想っての事なのだ。
この結界を施された経緯は聞いたが、ティウが百年も昏睡していた原因でもある。それに今の結界のあり方も、ジルヴァラにとって許せない一つなのだ。
「あの、アルドリック様」
「ティウ、アルお兄ちゃんでいいよ」
アルドリックがにこやかにそんな事を言い出したので、ティウは目が点になった。ジルヴァラの不敬にはあまり怒ってなさそうだと少しホッとする。
「あの、ごめんなさい。協力はできません」
「ティウ、どうか早まらないで私の話を聞いて欲しい」
「わた……僕の目には、網が破れているように見えました」
慌てて男の子設定だったと思い出しながら理由を話すと、ジルヴァラから鋭い声が飛んだ。
「ティウ!」
その声に驚いてティウの耳がペタンと伏せてしまう。しかし、この場を切り抜けるには仕方がない。
「……網? それはまさか結界の事かい!?」
アルドリックが護衛を押しのけて慌てて身を乗り出した。少し待ってくれと懐を探り、何かを取り出した。ティウの言葉を聞き漏らさないようにと手帳に書き記そうとしているようだ。
「破れている所がどこの部分か分かるかい?」
「場所は沢山あって、移動しているから分からないです。虫食いみたいに見えたというか……」
「何という事だ。それでボロボロだと言ったんだね?」
アルドリックの言葉に、ティウはこくんと頷いた。
「でもそう見えただけだから、何もお役には立てません」
「何を言っているんだい。あの結界が網に見えた者はどこにもいないよ。本当に素晴らしい!」
ここでまたしてもティウはしまったと思った。
(様々な術式が複雑に絡み合い、紡がれて結界ができているって言ってたから、てっきりちゃんと網として見えていると思ったけど、ただ術式が絡んでるようにしか見えてないんだ……!!)
気付いた所でもう遅い。ただ、結界の見え方が他人と少し違うというだけに徹するべきだと考え直す。
「あの……アルドリック様は結界を修復したいんですよね? でも僕の力は弱いし魔法に詳しくもないから……」
淡い髪色からしても魔力量は無いと遠回しに言ってみる。しかし、アルドリックは気にしていないと笑った。
それよりも感極まって興奮しているアルドリックに、ティウは口元が少し引きつった。
(早まった? でも、なぜそう見えたのか少しは情報を与えないと、この人は絶対に納得しないはず)
そう考えていたのだが、アルドリックはとんでもない事を口にした。
「そんな事は気にしなくていいんだよ。賢者様の結界を修復するなんて、賢者様本人以外ができるはずがないのだから」
「え?」
「……じゃあなんでティウに手伝わせようとしているんだ」
アルドリックは結界を修復したくて話しかけてきたというのではないという。どういう事なのかとティウとジルヴァラはお互いの顔を見合わせた。
「百年も経っているんだ。どんな物だろうと手入れをしなければ劣化するのが自然の摂理だ。賢者様が目覚めたという話も聞かないし、現れた形跡などどこにもない。ならば結界がそうなるのも自然の事だと思わないかい?」
ここ数年前から、アルドリックは創造の賢者たるノアにも協力を仰ごうとしたが、冷たい言葉一つで突っ返されたらしい。
「創造の賢者様にも協力のお願いをしたことはある。でも、すげなく断られたんだ」
(じーちゃんが……?)
ノアにも思う所があったのか、関わりたくないとかなり辛らつに拒絶されたらしい。
ふと隣のジルヴァラを見れば、当たり前だと言わんばかりの顔で頷いている。
「私はね、むしろよくここまで保たれたと思っているほどなんだ。もし結界が綻ぶ時は、結界自体の限界か……もしくは賢者様の身に何かあったと思うのが普通だろう?」
「…………」
ティウと創造の賢者が身内であると周知となっているのであれば、長命のエルフだと分かっているのだろう。
眠り続けることになった守護の賢者の結界が綻びる時、その身がついに危ないと思われているのかもしれない。
「……結界に守られ続けた国が、急に結界を失ったらどうなると思う?」
「え?」
しかしアルドリックはティウの答えを聞く前に首を左右に振り、「いや、これ以上はここでは話せないな……」と隠してしまった。
「これ以上話してしまうと、そこのお兄さんがティウを隠してしまいそうだ。返事を急かしてすまなかったね。君達はどこに泊まっているんだい? よかったら送ろう」
急に話を終えたアルドリックに、ティウは戸惑いが隠せない。
「必要ない」
ジルヴァラは音を立てて椅子から立ち上がり、ティウをひょいっと片腕で抱えた。
「あ、あのっ、ごちそうさまでした!」
慌ててティウがお礼を言うと、アルドリックは微笑みながら言った。
「今日はあまり話せなかったがとても有意義な時間だったよ。ありがとう。ティウ、また会おう」
そう言ってアルドリックが一礼する姿はとても優雅だったが、ティウは言い知れない悪寒に見舞われる。
まるでまた会えると確信しているようだった。
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