たおやかな慈愛 ~窓のない部屋~

あさひあさり

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斎藤福寿、寿管士としての生活が始まる。

3 言えない八月二六日の二時五六分

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僕は机の横に置いたかばんを持って立ち上がる。すると窓華さんも同じように僕でも分かるブランド物のかばんを膝に置いた。
「じゃあ、アパート行きましょうか」
「へぇ、思ったより呪って背が高いね」
何か忘れているようなと僕は感じながら窓華さんと会議室に居た。僕は背が高いだなんて言われたことがなかったから、どう受け止めたら良いか分からない。それくらい僕は普通で並で平均だった。
「一六五センチですよ。そこまで高い方じゃないです。窓華さんが小柄なだけだと思いますよ」
「あ、酷い。チビって言った」
「いつ僕がチビって言いましたか?小柄だとしか言ってません」
確かにチビとは口に出さなかったけど、窓華さんは小さい。ここまで小柄だと本物の煙草やお酒を買うことに苦労しそうだ。今はコントロールベーカリーで作る嗜好品には税がかからないが、店で買うものにはすばらしく高い税がかかる。李さんから僕に持たされたクレジットカードもその税金を使うのだ。無駄なことに使わないようにしないと国民に怒られてしまう。
「でも、私にはそう聞こえるんだよ」
「あぁ、そうですか」
言いがかりをつけられたようで、僕は少し苛立っていた。だって、チビだとは一言も言っていないことが事実だ。僕は悪くない。それに窓華さんだって、そんなに怒ってなど居なかった。
「私は自分より背の高い人じゃなきゃ嫌なの。私は一四四センチだから四捨五入しても一五0センチいかないんだけど」
「男性は平均的に自分より背の低い女性を選ぶと思いますよ。そんなに小さければ選び放題じゃないですか」
「そうだね、私がヒールを履いても呪の身長は超えられないし」
一六五センチと一四四センチ。二一センチ差か。そこまで高いヒールの靴はお洒落に興味がない僕には思い当たらなかった。スニーカーの窓華さんは、僕より本当に小さくて子どもみたいな感じがした。霞さんともマザーさんとも全く違う女性。僕にとって女性は母さんと詩乃しか知らないから、新しい発見でいっぱいだ。
「対策は竹馬ぐらいでしょうか」
「呪は面白いこと言うね」
けらけらと笑う窓華さん。こんな元気な人が死ぬという事実を僕は受け止めきれないで居た。死ぬ日付と時刻は知っている。でも、どうやって死ぬかなど原因をマザーは教えてくれない。これから病気で弱っていく可能性だってある。そんなことになったら僕はうまくできるだろうか。そうだ、首輪を忘れていた。
僕はかばんからネックレスのように華奢な首輪を出す。銀色でとても綺麗だ。もしかして古いタイプの人間はアレルギーの問題があるから、金属はサージカルステンレスだろうか。シルバーだったら汗で黒ずむからなと僕は心配していた。
「その前に首輪をしてもらわないと」
「それはすももさんから聞いたから知ってるよ。自殺方法を調べたり、自殺しようとしたら警告音がするんでしょ」
すももさんって李さんのことか。首輪のことを知っているなら話が早い。僕は首輪を窓華さんに渡すと、ネックレスをするようにボブの髪をかきあげてつけた。この首輪は簡単に装着できるが、外すときは死が確認された時だ。そんな怖い首輪を何も感じないように窓華さんはつけた。
「そうです、日本は自殺率が低いことで平和とされていますから」
「大昔は自殺率が高い国って有名だったのにね。今は鎖国しているから他国のことなんて映画やドラマでしか分からないけど、ヘルスメーターのおかげで犯罪も減って平和にはなったわね」
「犯罪者予備軍は補導されますから事件も起きませんしね」
マザーと町に設置されたヘルスメーターは連動している。ヘルスメーターが危険と感じる人を見つけてマザーに報告し、その人の措置を決める。軽い病気の兆しも見つけてくれる。そして犯罪を起こしそうだと思われたら、そこで更生施設に入れられてマザーの決めた講習を受ける。マザーの講習の経験は国民カードに記載され、良いこととはされない。その記載があるだけで就職などがマザーによって不利になるとも聞いたことがある。でも、僕はそんな悪いことをした覚えもなく、友達は居なくとも大学に行って、院に進学してこの結果だ。

「でも、本当に平和になったと言えるのかな?喜代也のせいでマザーができたみたいなものなのに」
「日本はマザーあっての平和ですから」
「でも、今の日本って革新的なことがないからさ」
今の世の中は裁判所がなくなった。マザーの講習で終わるから刑務所もない。日本は平和になったと言われる。マザーがすべて決める世界は争いもない。それに将来も保証してくれる。なのに、心のどこかが寂しい世界だと僕は思う。だって、夢を追うことができないのだから。マザーによる与えられた選択肢を選んで生きるしか方法がない。僕はこんな仕事になんてなりたくなかった。
「何か、国の政策に思い当たることでも?」
「だから、国会議員もマザーが選んだ人しか立候補できないでしょ?誰が当選するかは未知数だけど、最初からみんなに権利があるわけじゃない。これって平等で平和だって言えると思う?言えないよねぇ」
「窓華さんは今の日本、つもり寿管士という仕事がおかしいと」
三権分立は裁判所をマザーが兼ねる。裁判所なんてなくなったから司法権はマザーが持つ。立法権である国会はマザーの決めた国会議員が携わる。行政権も同じでマザーの決めた国会議員がその役割をする。学生時代、日本は三権分立だと習ったけれども実際は三つの権利はマザーが持っているようなものだ。今の日本で何か法律を変えることは難しく、国家を守るために増税の法律しか作られない。
「そうだよ、だいたい死ぬ半年前ぐらいから隔離でしょう。死ぬ日時を教えてくれても私は自死保護機構のシェルターに逃げるようなことはしないよ。だって自分から死ぬなんて怖いじゃん」
「死ぬまでのその期間、精一杯生きると?」
僕はその言葉を聞いて安心した。だって、僕と住んで自殺未遂とかされたらやっぱり困る。でも、これから死ぬと分かっていて窓華さんは強い女の人だなと僕は感じていた。僕が保護人だったら、こんな冷静にはなれないと思う。
「そうだよ、死を実感するから生きる意味が分かるの」
「僕には分からないなぁ」
「呪に分かって欲しい問題じゃない。これは私の考え方」
窓華さんの考えは僕に分かりっこない。日本国民は死に怯えない。どちらかというと生きることに怯えている。喜代也ができて数年の間、遺書に死にたい年齢を書く法律がなかった。だから一八0歳の誕生日は遺書を書いていない人の命日だ。自分の書いた年齢にあの世に送ってくれる人とは違う、もっと立場が上の役割の仕事の人がするのだと言う。詳しく知らないがどちらも国家公務員らしい。
「意地悪ですね」
「私の死ぬ時期を教えてくれない呪よりは善良だと思う」
「僕は窓華さんの亡くなる日付と日時を知っています」
この人になら教えても大丈夫だと思う。でも僕は言うつもりはない。僕のことを呪いだと思う人に教えるつもりはない。このまま僕のことを呪って死んで欲しかったから意地悪で答えた。
「教えてくれるの?」
「教えませんよ」
「けち」
「どうにでも言ってください」
冗談に付き合うように窓華さんは笑っていた。自分の死期を知ると人間は卓越するのかもしれない。窓華さんの言う、死をしって生を知ることはもしかしたら嘘ではない可能性だってある。
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