食欲不振の竜王様と、捨てられ聖女の硬い食卓

葉山あおい

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本編

第二話 雪と氷の白い地獄

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 父であるゲオルグから与えられた猶予は、わずか三日間だった。

 その短い期間で進められたのは、婚姻の準備というよりも、厄介な荷物を運び出すための梱包作業に近かった。

 リリアナの部屋には、旅に必要な防寒具や最低限の身の回りの品が集められた。公爵家の令嬢が他国の王へ婚姻を持ちかけるというのに、煌びやかなドレスも、家紋入りの宝石類も一切ない。用意されたのは、実用一点張りの分厚い毛皮の外套や、雪国での生活に耐えうる頑丈なブーツばかり。

 屋敷の廊下を歩けば、使用人たちのひそひそ話が耳に届く。

「……お可哀想に。よりによってドラゴニアだなんて」

「あそこは一年中吹雪が吹き荒れる白い地獄だそうよ」

「今の竜王は、気に入らない人間をそのまま頭からバリバリと喰らってしまうという噂だし……」

「何それ、まるで生贄じゃない」

 彼らはリリアナが近づくと慌てて口を閉ざし、同情と軽蔑の入り混じった視線を向けてくる。

 ドラゴニア王国。サザランド王国の北側――大陸の北端に位置するその国は、人間社会から隔絶された異界として恐れられていた。

 国民の大半が、強靭な肉体と魔力を持つ竜人族。支配者である竜王イグニス・ドラゴニアに至っては、真のドラゴンの姿に変化し、一息で山を焼き尽くすブレスを吐くと言われている。

 文化水準も人間とは大きく異なり、極寒の地で狩猟を中心とした原始的で野蛮な生活を送っている――というのが、サザランドにおける一般的な認識だった。

(……生贄、か)

 部屋に戻り、質素なトランクに荷物を詰めながら、リリアナは自嘲気味に笑った。

 あながち間違っていない。アステリアでの失敗以来、リリアナはヴァレンタイン家にとって汚点そのものだった。

 シルヴィスに「ゴム」と吐き捨てられたリリアナの料理。あの言葉は、料理だけでなく、リリアナ自身の価値すらも否定されたように響き、今も胸の奥に棘として刺さっている。

 これまでリリアナは聖女として生きていた。一人の少女として、あるいは人間として扱われなかった彼女が、今度は人外の魔境へ送られる。もしかしたら、向こうでは本当に餌として歓迎されるのかもしれない。それならそれで、役に立てるだけマシなのかもしれないと、投げやりな思考が頭をよぎる。

 そして、出発の朝はあっという間に訪れた。

 空は重く曇り、冷たい風が屋敷の木々を揺らしている。正門前に用意された馬車は、公爵家の紋章が控えめに入った地味なものだった。

 見送りに出てきたのは、執事と数名のメイドのみ。父の姿も、母の姿も、そこにはない。最後まで、リリアナは愛される娘ではなく、都合の良い駒でしかなかったのだ。

「リリアナ様、お時間でございます」

 御者の淡々とした声に促され、リリアナは馬車に足をかけた。

 最後に一度だけ振り返り、生まれ育った屋敷を見上げる。思い出されるのは、厳しいしつけと、プレッシャーと、そして失望された記憶ばかり。

「……さようなら」

 小さく呟き、リリアナは馬車の中に身を沈めた。

 扉が閉まると同時に、馬車が動き出す。車輪が砂利を噛む音が、過去との決別を告げる鐘のように響いた。

 目指すは北の果て。誰からも愛されず、誰からも必要とされなかった出戻り聖女の、凍てつく旅路が始まった。
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