王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする

葉山あおい

文字の大きさ
27 / 81
本編 

第二十話 新たな婚約者候補と教養マウント

しおりを挟む
 侯爵家での滞在三日目。蟹の解体ショーで度肝を抜かれたシルヴィスの両親だったが、彼らの平民排除計画はまだ終わっていなかった。

 昼食後、シルヴィスとエレナは屋敷の温室へ案内された。

「紹介します。こちらはイザベラ・ローズブレイド伯爵令嬢。由緒あるローズブレイド家の才媛よ」

 ベアトリスが誇らしげに紹介した女性は、輝くような金髪を縦ロールにし、流行りのドレスを完璧に着こなす美女だった。

 イザベラは優雅に扇子を開き、シルヴィスに向かって甘い微笑みを投げかけた。

「お久しぶりですわ、シルヴィス様。アカデミーの卒業パーティー以来ですわね」

「……ああ。そうだったか?」

「まあ、冷たいお方。でも、そんなクールなところも素敵ですわ」

 イザベラはシルヴィスの隣に自然と腰を下ろすと、エレナの方をチラリと一瞥した。その目は、道端の石を見るような冷たさだった。

 彼女はエレナに挨拶すらせず、完全にいないものとして扱い、シルヴィスへの猛アピールを開始した。

「最近、わたくしは王国の歴史研究に没頭しておりますの。特に、建国期の『白薔薇の誓約』についての文献を読み解くのが楽しくて……。シルヴィス様も、魔術史の観点からご興味がおありでしょう?」

 イザベラが語り出したのは、この国の建国神話にまつわる有名なエピソードだった。

 初代国王が、敵国の女王と恋に落ち、一本の白薔薇を贈って和平を結んだという、ロマンチックな伝説だ。

「敵対する二人が愛によって国境を越える……。なんて美しい物語なのでしょう。わたくし、その詩を暗唱できますの」

 イザベラは陶酔とうすいした様子で、古語の詩を朗々と詠み上げた。その発音は流暢で、確かに高い教育を受けていることが分かる。

 ベアトリスが「これぞ貴族の教養よ」と言わんばかりに、勝ち誇った顔でエレナを見た。

「……素晴らしいでしょう? イザベラ嬢は王立アカデミーを首席で卒業された才女なの。平民の方には、退屈なお話かもしれないわね」

 ベアトリスの言葉にイザベラはクスクスと笑い、ようやくエレナに向き直った。その笑顔は、優越感で歪んでいる。

「確かに、難しいお話をしてしまいましたわね。メイドさんにはお掃除やお洗濯のお話の方がよかったかしら?」

「いいえ、お気遣いなく」

 エレナは静かに首を振った。そして、少し困ったような顔でイザベラを見た。

「ただ……少々気になりまして。イザベラ様が先ほど引用された詩ですが、それは第三章の『愛の告白』の場面ですよね?」

「ええ、そうですわ。……それが何か?」

「実は、近年の研究で発見された初代国王の直筆日記によりますと、その詩は女王へ向けたものではなく、国王が愛馬の死をいたんで詠んだものであることが判明しております」

 温室の空気が凍りついた。イザベラが目を丸くする。

「は……? 愛馬……? 何を適当なことを! そんな話、教科書には載っておりませんわ!」

「はい。一般に流通している歴史書では、ロマンチックな脚色がなされておりますから。ですが、王宮の書庫に保管されている一次資料――『建国日誌・原文』の七巻、十四ページには、はっきりと『愛馬ロシナンテよ、白き肌の友よ』と記述がございます」

 エレナはスラスラと、まるで昨日読んだかのように出典を述べた。

 イザベラの顔が青ざめていく。

「王宮の書庫……? まさか、貴女のようなメイドが入れるはずが……」

「王宮付きメイドには、王家に係るあらゆる業務が含まれます。書庫の管理と蔵書の把握もその一つです」

 一般的なメイドと異なり、王宮付きのメイドは、ただ掃除をするだけの存在ではない。王族の話し相手を務め、時には幼い王子や王女に物を教えることもある。高い格式を持つ者が侍女を務め、高い教養を持つ者がメイドを務める。

 国家の中枢たる王宮のメイドには、それこそ諸侯貴族における侍女並みの素養が必要なのだ。もっとも、エレナの頭脳に入ったそれは、彼女の並外れたセンスと記憶力によるものだが。

 エレナは涼しい顔で続けた。

「ちなみに、『白薔薇の誓約』の実態は、恋愛沙汰ではなく『関税撤廃に関する通商条約』です。白薔薇は当時の特産品だった羊毛の隠語ですね。……夢のないお話で恐縮ですが」

 とどめの一撃だった。ロマンチックな愛の物語を、馬への追悼と関税の話という極めて現実的な事実に上書きされたイザベラは、口をパクパクと開閉させた後、顔を真っ赤にして立ち上がった。

「わ、わたくし、急に頭痛が……! 失礼いたしますわ!」

 イザベラは逃げるように温室を飛び出していった。残されたのは、眉間を押さえて溜息を漏らすベアトリスと、笑いを堪えるシルヴィスだけ。

「愛馬への詩を、俺に向かって熱烈に詠んでくれたわけか。よっぽど、俺のことが嫌いなのだろうな」

「クローデル様、笑っては失礼ですよ。イザベラ様の発音自体は大変美しかったですから」

 エレナは悪びれもせず、紅茶を一口飲んだ。

 掃除、料理、マナーに続き、教養対決でも完全勝利。侯爵家側が用意できる手札は、もう残り少なくなっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

想定外の異世界トリップ。希望先とは違いますが…

宵森みなと
恋愛
異世界へと導かれた美咲は、運命に翻弄されながらも、力強く自分の道を歩き始める。 いつか、異世界にと想像していた世界とはジャンル違いで、美咲にとっては苦手なファンタジー系。 しかも、女性が少なく、結婚相手は5人以上と恋愛初心者にはハードな世界。 だが、偶然のようでいて、どこか必然のような出会いから、ともに過ごす日々のなかで芽生える絆と、ゆっくりと積み重ねられていく感情。 不器用に愛し、愛する人に理解されず、傷ついた時、女神の神殿で見つけた、もう一つの居場所。 差し出された優しさと、新たな想いに触れながら、 彼女は“自分のための人生”を選び初める。 これは、一人の女性が異世界で出逢い、傷つき、そして強くなって“本当の愛”を重ねていく物語です。

枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!

宵森みなと
恋愛
気づけば異世界。しかもモブ美少女な伯爵令嬢に転生していたわたくし。 静かに余生——いえ、学園生活を送る予定でしたのに、魔法暴発事件で隠していた全属性持ちがバレてしまい、なぜか王子に目をつけられ、魔法師団から訓練指導、さらには騎士団長にも出会ってしまうという急展開。 ……団長様方、どうしてそんなに推せるお顔をしていらっしゃるのですか? 枯れ専なわたくしの理性がもちません——と思いつつ、学園生活を謳歌しつつ魔法の訓練や騎士団での治療の手助けと 忙しい日々。残念ながらお子様には興味がありませんとヒロイン(自称)の取り巻きへの塩対応に、怒らせると意外に強烈パンチの言葉を話すモブ令嬢(自称) これは、恋と使命のはざまで悩む“ちんまり美少女令嬢”が、騎士団と王都を巻き込みながら心を育てていく、 ――枯れ専ヒロインのほんわか異世界成長ラブファンタジーです。

虐げられていた次期公爵の四歳児の契約母になります!~幼子を幸せにしたいのに、未来の旦那様である王太子が私を溺愛してきます~

八重
恋愛
伯爵令嬢フローラは、公爵令息ディーターの婚約者。 しかし、そんな日々の裏で心を痛めていることが一つあった。 それはディーターの異母弟、四歳のルイトが兄に虐げられていること。 幼い彼を救いたいと思った彼女は、「ある計画」の準備を進めることにする。 それは、ルイトを救い出すための唯一の方法──。 そんな時、フローラはディーターから突然婚約破棄される。 婚約破棄宣言を受けた彼女は「今しかない」と計画を実行した。 彼女の計画、それは自らが代理母となること。 だが、この代理母には国との間で結ばれた「ある契約」が存在して……。 こうして始まったフローラの代理母としての生活。 しかし、ルイトの無邪気な笑顔と可愛さが、フローラの苦労を温かい喜びに変えていく。 さらに、見目麗しいながら策士として有名な第一王子ヴィルが、フローラに興味を持ち始めて……。 ほのぼの心温まる、子育て溺愛ストーリーです。 ※ヒロインが序盤くじけがちな部分ありますが、それをバネに強くなります ※「小説家になろう」が先行公開です(第二章開始しました)

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

婚約破棄された令嬢は氷の公爵に拾われ、気づけば溺愛されていました~見下してきたあなた、後悔してももう遅いわ~

exdonuts
恋愛
婚約者である王太子に理不尽な罪をなすりつけられ、婚約破棄された公爵令嬢レティシア。 家族にも見放され、絶望の淵にいた彼女の手を取ったのは「氷の公爵」と呼ばれる冷徹な青年・アランだった。 愛を知らずに生きてきた彼の優しさが、傷ついたレティシアの心を少しずつ溶かしていく。 一方、過去の悪行が暴かれ始めた王太子とその取り巻きたち。 ざまぁが爽快、愛が深く、運命が巡る。 涙と笑顔の“溺愛ざまぁ”ロマンス。

処理中です...